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罪と罰の天秤  作者: 一布
第一章 佐川亜紀斗と笹島咲花
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第十二話② 地下遊歩道銃乱射事件(中編①)


 様々な場所で多くの人が行き来する、休日の昼下がり。


 事件の発生場所は、市街地にある地下通りだった。地下鉄駅と地下鉄駅を結ぶ、地下遊歩道空間という場所。通称「チユホ」と呼ばれる、市内の中心部。


 チユホには、店舗やデパートの地下入口が、数多くある。地上に繋がる出入り口も多い。当然ながら、平日休日を問わず、多くの人が利用している。


 また、チユホには、ベンチなどが設置された休憩スペースが随所にある。休日には、荷物を持った買い物客が一息つくのに利用する場所。


 事件の犯人達は、突如、チユホで銃を乱射した。


 いち早く現場付近に急行した警察官が、チユホに設置されている監視カメラを確認したそうだ。カメラには、銃声もはっきりと入っていた。通常の銃とは明らかに違う音だったらしい。


 犯人は七人。彼等が所持しているのは、間違いなく、違法改造銃だった。


 乱射された銃で撃たれた人は八名。すぐに死亡した被害者は一名のみだが、犯人達は、残る七名にも(とど)めを刺したという。


 乱射後、犯人達は、デパートの地下入口付近にいた人達を、人質に取った。ロープで人質を拘束している。


 人質は、合計で十四名。現在、休憩スペースの壁際に集められていた。


 人質を確保すると、犯人達は、すぐに自分達の要求を伝えてきた。SNSを通じて。


『今から六時間以内に、十億円と銃を100丁、実弾五千発を用意しろ。指定した時間から三十分過ぎるごとに、人質を一人ずつ殺す』


 要求と同時に、犯人達は、人を撃ち殺すシーンを投稿した。銃の乱射で怪我をした人達に、止めを刺すシーン。その後、捕らえた人質の姿も投稿していた。


 犯人達は全員大柄で、運動能力も高かった。だからこそ、たった七人で、一気に十四人もの人質を取ることができたのだ。


 動画に映る犯人は、自分達の顔を隠していなかった。二十代前半くらいの、若い男達。


 監視カメラやSNSを確認した警察官は、こんな心証も報告してきた。


『犯人達は、どこか切羽詰まっているように見える。もちろん、金銭などを要求して逃亡するつもりなのだから、緊張感はあるだろう。必死でもあるだろう。映画やドラマのような、笑いながら銃を乱射して金銭を要求する犯人など、滅多にいない。それにしても、彼等の表情は緊張感に満ちている。まるで、失敗したら殺されるとでも言うような』


 事件の内容や状況から、すぐに、特別課に出動要請がきた。


 隊長の藤山は、出動可能な隊員を招集した。警備車に乗り込むよう指示を出す。


 現場に向うのは、藤山を除くと全部で十六名。日勤の者が、亜紀斗も含めて十名。パトロールに出ていた者が六名。


 その中には、咲花もいた。


 緊急を要する事件。亜紀斗達が乗り込むと、警備車はすぐに出発した。


 道警本部は、現場から割と近い。車で十分もかからない距離だ。


 警備車の中で、藤山は、対応方針の概要を話した。


「分かってると思うけど、最優先事項は人質を無事に助けることだからね。絶対に、これ以上の死人は出さないこと。もう八人も殺されてるんだから」


 人命優先。当然のことだと言える。だが、何度も殺伐とした現場に出ていると、当たり前のことが当たり前でなくなる。犯人を捕らえるために、人質を危険に晒してしまった実例もある。だからこそ、大事なことは都度確認する必要がある。


「現場のチユホは、とにかく見通しがいいからねぇ。犯人達がいる休憩スペースとチユホの見取り図をもらったんだけど、あそこって、通路の幅が二十メートルもあるんだよ。とてもじゃないけど、隠れて接近するのは無理だろうねぇ」


 藤山自身は真面目に話しているつもりなのだろう。もっとも、間延びした口調のせいで、緊張感がなさそうに思えてしまうが。


 市街地に入ると、いたるところが通行止めになっていた。チユホへ通じる地下への入口も、全て進入禁止になっている。各所にある地下入口には、見張りの警察官が立っていた。


 現場付近半径一〇〇メートルからは、完全に一般人が消え去っていた。機動隊員が多数いる。


 警備車は、市街地のデパート付近に停められた。このデパートの地下入口付近に、犯人達が陣取っている。


 藤山は、犯人達がいる場所の見取り図を広げた。全員が見えるように床に置く。


 隊員達が、見取り図の周囲に集まった。


 犯人達が指定した時間まで、あと五時間以上ある。彼等の言葉を信じるのであれば、それまでは人質を殺さないだろう。


 しかし、だからといって、ゆっくりしている時間はない。人質にかかる精神的負担は、想像を絶するはずだ。たとえ命や体が無事だとしても、心まで無事とは限らない。時間が経てば経つほど――人質として、恐怖に震える時間が長くなれば長くなるほど、彼等の心の傷は大きくなる。


 反面、迅速さを優先するあまり、計画が雑になってもいけない。人質救出と犯人確保の計画を綿密に立て、穴がないかを熟考する。人の命がかかっている以上、失敗は絶対に許されない。


 車の中で藤山が言っていた通り、チユホは見晴らしがいい。チユホの通路から犯人達に接近しようとすれば、どのように行動しても確実に見つかるだろう。通路の中央には多くの柱があるが、その柱の陰に隠れる前に見つかる。犯人達が、よほど気を抜いていない限りは。


 また、空間が広いため、スタングレネードも効果は期待できない。爆音と閃光で相手を混乱状態にするスタングレネードは、使用する空間が広くなるほど効果が薄くなる。


 そのため、残された突入経路はただ一つだった。デパートの地下入口。あそこなら物陰に身を隠せるし、犯人達が陣取っている休憩スペースからも近い。


 もっとも、そんなことは、犯人達が一番よく分かっているだろう。当然のように警戒しているはずだ。


 つまり、打つ手がない。


 警備車の中で、誰も、建設的な案を出せずにいた。


「隊長」


 口元に手を当てて考えながら、亜紀斗は藤山に聞いた。


「デパートの地下入口から犯人達がいる休憩スペースまで、何メートルくらいあるんですか?」

「うーん。そうだねぇ。三十メートル、ってとこじゃないかなぁ」

「そうですか」


 三十メートル。内部型クロマチンを発動させて一気に駆け抜ければ、亜紀斗なら、二秒弱で犯人達に接近できる。瞬時に接近して、犯人達を一気に打ち倒す。他の隊員達で、人質の安全を確保する。


 多少危険だが、不可能ではない気がする。


「それくらいの距離なら、俺なら一気に接近できます。犯人達に接近するまで二秒もかかりませんし、エネルギーの温存を考えずに全力で動けば、三秒以内に犯人全員を行動不能にできます」


 亜紀斗に考えられる、現時点で最良の策。


「駄目ね。無理」


 あっさりと否定してきたのは、咲花だった。


「あんたなら、確かに二秒弱で犯人達に接近できるでしょうね。たぶん一・五秒とか、それくらいで。それに、犯人達を全員昏倒させるのも、三秒以内にできるでしょうね」

「じゃあ、なんで無理なんだよ?」

「それはあくまで、犯人達が警戒してない場合の話だから」


 警戒心を抱いていない人間は、咄嗟の対応ができない。突然の出来事に二秒以内に反応し、何らかの行動を取ることなど不可能だ。


「現場の状況から、私達が犯人から隠れて接近できるのは、デパートの入り口に限られてる。それは犯人達も分かってるはずでしょ? 警戒されてたら、あんたがどんなに素早く接近しても、すぐに対応してくる。その対応が、あんたへの攻撃ならまだいい。でも、対応が人質への攻撃なら、少なくとも一人は殺される」

「……」


 亜紀斗は舌打ちしそうになった。咲花の言うことは正しい。正しいからこそ、腹立たしかった。


「じゃあ、あんたには、いい案があるのかよ?」

「あるわけないでしょ。現時点では、正直なところお手上げ」


 デパートの地下入り口から犯人達がいる休憩スペースまで、約三十メートル。外部型クロマチンで正確な射撃ができる距離は、平均で十五メートル前後。咲花ならもう少し距離は伸びるだろうが、それでも、三十メールには届かないだろう。


「それなら、どうするんだよ?」

「それを今考えてるんでしょ?」


 咲花は冷静だった。人の命がかかっているのに。


 人の命の重さなんて考えていないから、冷静でいられるんだ。咲花の冷静さについて、亜紀斗は、そんな心証を抱いた。他人の命などどうでもいいから、冷静でいられる。


 ――そうだ。こいつは。


 亜紀斗は歯を食い縛った。


 咲花は、平然として犯人を殺していた。人を簡単に殺していた。


 ――こいつにとっては、人の命なんてどうでもいいんだ。


 犯人どころか、人質の命だって。


 咲花の心情を想像すると、亜紀斗の中に怒りが湧いてきた。


「こうしてる間にも、人質の人達は震えてるんだ! 一刻を争うんだろうが! どうしてそんなに悠長なんだよ!?」


 狭い警備車の中に、亜紀斗の声が響いた。


 助けたい人達がいる。道を正したい人達がいる。守りたいものがある。亜紀斗は、ただ必死だった。失ってしまった人達に報いるため。大切だった人達に報いるため。そのために、一つの命も取りこぼしたくない。誰の人生であっても、見捨てたくない。


「焦ったからって、いい案なんて浮かばないでしょ? 落ち着いて考えないと、それこそ、人質の命が危なくなる。そんなことも分からないの?」


 咲花は、床に置かれたチユホの見取り図を、コツコツと指先で叩いた。


「この場所の地理的条件。犯人達の状況。それらを総合的に考えると、不意打ちを狙った突入はほぼ不可能。それなら、人質を無事に助け出して、かつ犯人達を確保する方法は、ひとつに限られる」

「へえ。どんな方法だい?」


 口を挟んできたのは、藤山だった。


「単純ですよ。いかにして犯人達を騙し、接近するか。不意打ちが不可能なら、騙して近付くしかないじゃないですか」


「どんなふうに騙すの?」

「今のところ、いい案はないですね。まあ、時間が経てば出てくるでしょうけど」


「時間が経てば? どういうことだい?」

「犯人達は、金と銃、銃弾を要求してるんですよね。それなら、必ず、受け渡しが必要になります。どんな受け渡し方法を要求してくるかは、今のところ分かりませんけど」


「つまり、受け渡す瞬間がチャンスってこと?」

「ええ。十億もの金。一〇〇丁もの銃。五千発もの銃弾。その大荷物の中に私達が隠れて接近する、なんて方法とか」


「なるほどねぇ。いずれにしても、今は動けないってことかぁ」

「そうですね」


 犯人達が要求した物。用意するのに与えられた時間は、SNSでの声明から六時間後。あれから四十分ほど経過したから、残り時間はあと五時間二十分。


 つまり、長ければあと五時間二十分も、人質は恐怖に震えることになる。


 当然ながら、亜紀斗も、人質の命を最優先に考えている。彼等は偶然にもチユホにいて、運悪く事件に巻き込まれただけだ。普通に日常を生きていた人達。そんな人達を長時間恐怖に縛り付けるなど、あってはならない。


 しかし、同時に、犯人達の今後も気掛かりだ。


 犯人は、二十代前半くらいの若い男達だという。彼等の行いは、決して許されるものではない。だからこそ、これから一生涯を懸けて償いをすべきだ。彼等がこれ以上の凶行に走らないうちに、捕えてしまいたい。


 時間が惜しい。歯がゆさに、亜紀斗は唇を噛んだ。


 突如、車内に振動音が響いた。ビィーンという、独特の振動音。特別課が使用している通話アプリの、着信音だった。


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