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罪と罰の天秤  作者: 一布
第四章 この冷たく残酷な世界でも
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第九話① 成功させなければならない。でも、失敗すればいいと思っている(前編)


「亜紀斗君の明日の予定は訓練になってるけど、出勤したら、とりあえず僕のところに来てねぇ。同行してほしいところがあるから」


 昨日の帰宅前に、藤山にそう指示された。


 言われた通りに、亜紀斗は、出勤して隊服に着替えると、隊長席に足を運んだ。


 十一月。秋も深まり、肌寒くなってきている。先日、初雪も降った。これからますます寒くなり、本格的に冬が来るのだろう。


 今日は晴天。窓から、太陽の光が差し込んでいる。


 時刻は午前八時半。

 藤山は、すでに出勤していた。


「おはようございます、隊長」


 頭を下げて、朝の挨拶をする。


「それで、今日はどこに行くんですか?」

「まあ、それはねぇ。行けば分かるよぉ」


 藤山は席を立ち、特別課の出口へ向かって歩き出した。

 彼の後ろについて、亜紀斗も特別課を後にした。エレベーターに乗り、下に降りる。藤山はそのまま、道警本部敷地内の専用駐車場に足を運んだ。通常のパトカーや覆面パトカーが複数台停まっている。


「外に出るんですか?」

「うん、そうだよぉ」


 藤山は、覆面パトカーの一台に乗り込んだ。亜紀斗も助手席に乗った。互いにシートベルトを着ける。


 藤山が車を発進させた。駐車場から出て、一旦南に向かって走る。その後、右折して西方面に走る。


 道警本部を出て、十分ほど。藤山は周辺を見回して、有料駐車場に車を入れた。駐車し、車を降りる。


 亜紀斗も車から降りた。藤山の後ろについて歩く。

 目的地は、駐車場から歩いてすぐのところにあった。


 札幌高等裁判所。


「裁判所、ですか?」

「そうだねぇ」


 有料駐車場に車を停めたのは、ここに一般用の駐車場がないからだ。一見すると、普通の会社のようにも見える建物。


「裁判所に何の用があるんですか?」

「ここは裁判所だけど、用があるのは裁判所じゃないんだよ」

「は?」


 意味が分からない。首を傾げた亜紀斗に、藤山は、身振りで着いてくるように指示した。


「詳しいことは歩きながら説明するから」


 言うが早いか、藤山は歩き出した。隣りを歩く亜紀斗に、淡々と説明を始める。「簡単に話すよ」と前置きして。


「クロマチン能力者が罪を犯した場合、裁判にかけられることもなく殺処分される――っていうのは以前話したけど、それでも、留置する場所は必要だよね。殺処分するにしても、準備は必要なんだから」


 藤山の足は、裁判所の入り口には向かっていない。裁判所の敷地内を移動しているのだが。


「ただ、クロマチン能力者の犯罪の処理は、秘密裏に行う必要があるからね。だから、留置や殺処分をするのに、表立った建物なんて建てられない。さらに、クロマチン能力者は全国各地にいるわけだから、留置する場所も殺処分する場所も、複数箇所必要になるわけだよ」


 当然だろう。殺処分すると言っても、その辺の道端で殺すわけにはいかない。かといって、通常の死刑と同じ方法でも殺せない。クロマチンを使えば、絞首刑など簡単に耐えることができる。


「だから国は、国内に複数箇所用意できて、かつ、できるだけ目立たない――カムフラージュになる場所を考えた。それで、高等裁判所の敷地内に、留置する場所を作ったんだよ」


 高等裁判所は全国に八カ所。北から順に、札幌、仙台、東京、名古屋、大阪、広島、高松、福岡。それぞれの高等裁判所に、管轄する地域がある。


「罪を犯したクロマチン能力者は、捕縛された後、管轄する高等裁判所の留置所に留置されるんだよ」


 咲花が捕縛されたのは地元。つまり、札幌高等裁判所にある留置所にいる。


「あの、隊長」

「ん? 何だい?」

「どうして隊長は、そんなに事情に詳しいんですか? 俺なんて、隊長に教えてもらうまで、罪を犯したクロマチン能力者の対処すら知らなかったのに」


 亜紀斗が聞くと、藤山は、ハハッと乾いた笑い声を漏らした。


「だって、咲花君について国と交渉してたの、僕だよ。そりゃあ、事情にも詳しくなるって」


 それもそうか。亜紀斗が納得していると、藤山はさらに続けた。


「まあ、そんなわけで。咲花君は今、ここにいるんだ。で、今日は面会に来たんだよ。まあ、面会っていっても、普通の留置所とか刑務所とは、面会の手順は違うけど」

「そうでしょうね」


 そもそも、秘密裏に殺処分する対象と、普通の方法で面会できるはずがない。


 高等裁判所の敷地内を歩き、正面玄関の裏側まで来た。重そうな鉄製のドアがあった。一見、ただの裏口のようにも見えるドア。「関係者以外立ち入り禁止」という札が張り付いていた。


「ここが、笹島が留置されてる場所ですか?」

「うん。そう」

「どうやって入るんですか? 当然、鍵が掛かってますよね?」

「そりゃあね。外側の鍵は三つだけど、内側には七つも鍵がついてるんだよ。ドアノブのキーも、一見すると普通のディスクシリンダー式に見えるけど、実は高度な電子ロックキーなんだよね」

「ますます、どうやって入るんですか?」

「大丈夫。面会の約束はしてるから」


 言うと、藤山はガンガンとドアをノックした。


 しばらくすると、ドアの内側から、鍵を解錠する音が聞こえた。合計で七回。本当に、七つも鍵がついているようだ。


 ギィッという音を立てて、内側からドアが開いた。


 ドアを開けたのは、中年の男だった。身長は一七五くらいか。坊主頭で、目付きが鋭い。着ている制服は、特別課の物と似ている。


「おはようございます。予定通りに来ました」


 藤山の口元には、薄い笑みが浮かんでいた。いつもの胡散臭い笑みではない。もちろん、楽しそうに笑っているわけでもない。鋭い、恐怖さえ感じる笑み。


「こっちは、部下の佐川亜紀斗です。知ってますよね。金井秀人討伐のための一角なんですから」


 亜紀斗は一応、坊主頭に軽く会釈をした。


 坊主頭は、藤山の発言に何も返さなかった。ただ一言、「入れ」と言って亜紀斗達を中に入れた。


 ドアの内側は、奇妙な造りになっていた。入ってすぐ行き止まりになっている。通路など一切ない。左側に、覗き窓がついた鉄製のドア。


 坊主頭は、左にあるドアを開けた。「入れ」というように、亜紀斗達に向かって顎を動かした。


 坊主頭が開けたドアの向こうは、一つの部屋になっていた。監視カメラに映し出された映像が、十五個もある。こうして、裁判所周辺を監視しているのだろう。部屋の中の、入り口から見て右側に、また鉄製のドアがあった。


 坊主頭は、室内のドアも開けた。地下に降りる階段があった。蛍光灯が点いていて、それなりに明るい。光に照らされた階段は、奥深くまで続いていた。


「それじゃあ行こうか、亜紀斗君」

「あ……はい」


 階段に足を踏み入れる間際に、藤山は、坊主頭に挨拶をした。


「じゃあ、お疲れ様です」


 坊主頭は何も応えなかった。


 藤山に続いて、亜紀斗も階段に足を踏み入れた。周辺の、コンクリートの壁。コンクリートの階段。階段の幅は狭く、二人で並ぶこともできない。しかも、かなり急だ。もし転んだら、一気に転げ落ちるだろう。


 しばらく階段を降りたところで、後ろから、ギィー、バタン、という音が聞こえた。光と影の動きで、入り口のドアが閉められたのだと分かった。


「この下に、クロマチン能力者用の留置所があるんですか?」


 コンクリートに声が響いた。「留置所」と呼称しているが、実際は処刑場なのだ。クロマチン能力者を殺処分する場所。


「うん。そうだよ。公開されてる札幌高等裁判所の造りは、地上六階の地下一階。でも、ここから、地下二階と地下三階に降りることができるんだ」

「笹島は何階にいるんですか?」

「地下二階だよ。地下二階が、外部型専用の留置区域になってるんだ」

「そうですか」


 ふと、亜紀斗は、素朴な疑問を口にした。


「さっきの坊主頭は誰なんですか? 変わった制服を着てましたけど。警察関係者なんですか?」

「うん。公安の人。正確には、警備部公安特別課の人だね」

「公安特別課」


 公開されていない公安の課。犯罪者となったクロマチン能力者の対処をしている者達。同時に、留置所の監視もしているようだ。


 かなり深く降りて、ようやく地下二階に着いた。正面に通路が現れた。


 地下二階と言っても、通常の地下と比べると、かなり深い場所まで降りた気がする。明らかに湿度が高く、ジメジメとしていた。壁が少し湿っている。


 目の前の通路。十メートルほど先に、柵状の扉がある。柵の隙間から、その奥が見えた。通路沿いに、扉が六つ並んでいる。おそらく、あそこが留置区域なのだ。あそこの扉のどれかが、咲花がいる部屋なのだろう。


 柵状の扉の前に、男が二人いた。先ほどの坊主頭と同じ制服を着ている。長机があり、その奥の椅子に座っていた。一般の刑務所でいう刑務官のような者達か。


 歩きながら、亜紀斗は、声を潜めて藤山に聞いた。


「あの二人も、公安特別課なんですか?」

「うん。そうだよ。まあ、咲花君がその気になったら、あっという間に潰される程度の人達だけど。秀人君が相手なら、なおさらだよね」


 藤山は、声のトーンを一切抑えていなかった。間違いなく、扉の前の二人に聞こえているだろう。


 柵状の扉の前まで来た。


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