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罪と罰の天秤  作者: 一布
第三章 罪の重さを計るものは
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第十一話 殺人教唆。復讐教唆


 美人女性監禁虐殺事件。


 その悪名は、世代を越えて世間に知れ渡っている。事件発生当時に生まれていなかった人ですら、事件名は耳にしたことがある、というくらいに。


 残酷で、陰惨で、血の通った人間が起こしたとは思えない事件。


 犯人達が全員未成年であったことや、未成年であるが故に量刑が軽かったことも、大きな話題となった。


 年月が経っても事件は風化することなく、あらゆるコンテンツで語られている。


 それくらい話題性のある事件だから、当然、出所後の犯人達について、様々な憶測が飛び交った。


 もっとも、秀人が求めていたのは、本当か嘘かも分からない情報ではない。


 事件の犯人として逮捕された、四人の男。そのうち三人は死んだ。残るは、つい六ヶ月前に釈放となった主犯格のみ。


 主犯格の男は、仮釈放時に名前を変えた。受刑者を支援する団体の人物と、養子縁組をしたのだ。もともとの名前は、宮本祐二。今は高野祐二となっている。


 高野は模範囚だった。十年ほどで仮釈放となり、世間に舞い戻った。派遣社員として働き、保護観察官への報告も怠らず、再犯防止プログラムの義務もしっかりとこなした。


 そして、刑期が終了した。高野は自由の身となった。


 それが六ヶ月前。


 刑期を終えた途端、高野は本性を表した。養子縁組をした者に何の報告もなく姿をくらまし、仕事も辞めた。


 秀人は、高野の行方を調査した。彼のような男が、まっとうに生きるとは思えない。当たり前に仕事をし、当たり前に給料を受け取り、慎ましく生活する――そんな生活で満足するはずがない。


 だとすれば、行き着く先は一つだ。


 秀人が持っているネットワーク。暴力団や犯罪者との人脈。社会問題である、闇バイト。あらゆるツテを使って、高野の居場所と行動を探った。


 高野は簡単に、秀人の情報網に引っ掛かった。


 彼は、暴力団事務所に出入りしていた。檜山組とは異なる、当麻会の傘下の暴力団。その最下層。準構成員。


 そこで、特殊詐欺の受け子や架け子に手を染めていた。


 一人騙すことに成功すれば、それだけで、派遣社員の月給と同じだけの金が手に入る。一人の騙された老人から金を受け取れば、それだけで、一ヶ月は生活できる。騙せば騙すほど、大金が手に入る。


 さらに高野を調べると、薬物売買に関与していることも突き止められた。


 咲花の姉を殺した当時から、高野は薬物に手を出していた。「ドラッグ明け」と言われる薬が切れかけた状態で、他人に過度の暴行を加えたこともあった。


 薬物の快楽は、何年経っても忘れることはできない。人間の脳は、時間の経過で痛みを忘れることはあっても、快楽は忘れない。


 高野は再び、薬物に手を出していた。人を騙し、大金を得て、その金で薬物を購入していた。余った金は、生活費と買春で消えた。


 咲花の姉を殺し、逮捕され、法廷の場に立ったとき。


 高野は、涙を流していたという。反省と後悔の言葉を口にし、被害者への謝罪を何度も繰り返していた。


『自分のような人間は、死刑になるべきだと思います。自分自身、死んでしまえば楽だし、それで償えるなら死にたいです。でも、死んだところで、彼女が生き返るわけじゃない。自分のしたことがなくなるわけじゃない。今できるのは、ただ償って、どんな判決でも受け入れることだけです。それ以外に、何もできない……』


 現状から考えると、白々しいことこの上ないセリフだ。おおかた、弁護士から入れ知恵でもされていたのだろう。


 秀人の手には、高野について調べ上げた資料がある。彼がどこに住み、一日をどんなふうに過ごし、どんな生き方をし、どんな姿をしているのか。今の彼の写真もある。


 四月の夕方。市街地から離れた場所にある、アパートの前。


 秀人は、目の前の人物に資料を差し出した。大型の茶封筒に入った、高野の資料。


「とりあえずこいつは、嬲り殺しにされても文句は言えないクズだね。まあ、これから嬲り殺しにするんだろうけど」


 秀人から資料を受け取った人物は、何も言わない。


「こいつは、咲花のお姉さんを殺したことなんて、微塵も後悔してない。反省もしてない。咲花のお姉さんが殺されたことで、他の人も不幸になった――なんて、想像もしてないんだろうね」


 秀人から資料を受け取った人物。その手は、かすかに震えていた。封筒を持つ指に、力が入っている。クシャリと音が鳴って、封筒に皺ができた。


 姉の死の真相を知った咲花は、婚約者していた川井と別れた。咲花の姉だけではなく、咲花や川井の幸せも壊された。


「ねえ。なんなら、俺も手伝おうか? 生きたまま人を苦しめる方法なら、間違いなく俺の方が詳しいし」


 提案したが、断られた。恐らく、誰の手も借りずに高野を殺したいのだろう。磯部や南のときと、同様に。


「まあ、一人でやりたい気持ちも分かるけどね。とりあえず、あのプレハブは自由に使っていいから。必要なくなったら解体するだけだし」


 殺害場所として、山の麓にあるプレハブを提供した。周囲に民家はなく、人通りもほとんどない場所にある。磯部や南もそこで殺したという。彼等がどれだけ悲鳴を上げても、誰にも聞かれなかったはずだ。


「全部終わったら教えてね。プレハブは解体して、片付けるから」


 目の前の人物は、秀人が渡した資料をじっと見ている。返事もしてくれない。


 構わず、秀人は続けた。


「ただ、軽く掃除しておいてくれると有り難いかな。血痕が、パッと見で分からないくらいには」


 わかった、とだけ返事が返ってきた。一応、話は聞いてくれているようだ。


 高野の資料は渡した。秀人の用事は済んだ。


「じゃあ、俺は帰るから。全部終わったら連絡して。あと、約束、忘れないでね」


 また、わかった、とだけ返事が返ってきた。


 秀人はきびすを返した。


 さて、と独りごちる。


 今日の夕飯は何かな。華は、何を作ってくれるのかな。


次回更新は明日(4/19)の夜を予定しています。


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