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罪と罰の天秤  作者: 一布
第二章 金井秀人と四谷華
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第二十九話② これからどうやって生きるべきか(後編)


「とりあえず、僕が知りたいことをいくつか上げるから、知ってる限りで答えてくれるかな?」


 咲花は頷いた。


 藤山は、複数の疑問を咲花にぶつけてきた。警察の裏金問題。暴力団との癒着問題。見過ごされていると思われる犯罪。SCPT隊員への対応。


 そして、秀人のこと。


 藤山の質問の中で咲花が回答できたのは、二つ。SCPT隊員への対応と、秀人のこと。


 ごく稀に、SCPT隊員が行方不明になることがある。忽然と姿を消し、二度と現れないのだ。


 何故か。


 答えは単純で、クロマチン能力を使用して犯罪行為に走ったから。


 クロマチン能力者がクロマチンを使って犯罪に手を染めた場合、その犯罪が表に出ることはない。事件は迷宮入りとなる。その裏で、犯罪者となったクロマチン能力者は始末される。


 クロマチン能力者を収容する施設は、全国に八カ所。東京、大阪、名古屋、札幌、仙台、広島、福岡、高松。


 収容されたクロマチン能力者は、収容後間もなく毒殺される。


「なるほどねぇ」


 納得したように、藤山は頷いた。


「だから、秀人君の捜査を表立ってやらないんだ。秘密裏に捕らえて、秘密裏に消すために」

「そうでしょうね。まあ、秀人さんが、そう簡単に捕まるとは思えませんけど」

「だろうねぇ」


 咲花は話を続けた。


「次に、秀人さんのことですけど」


 なぜ秀人は、こんな凶悪犯になったのか。発端は、二十七年前の事件――警察官一家惨殺事件。秀人の家族が惨殺された事件。犯人の一人である五味秀一は、何の罪にも問われなかった。なぜか。五味が、当時の内閣総理大臣である五味浩一の息子だったから。五味浩一によって事実は捻じ曲げられ、秀人の父親は、冤罪を作り出した卑劣な警察官に仕立て上げられた。


 五味浩一は、現在、防衛大臣として政界に残っている。五味秀一は、父親の秘書としてのうのうと生きている。


 秀人の真実を知って、藤山は表情を歪めた。秀人を凶悪犯にしたのは、権力者によって踏み潰された正義だ。そしてそれは、藤山に正義を諦めさせたものでもある。


「あと、秀人さんについて、もう一つ」

「もしかして、秀人君の居場所が特定できたとかかい?」

「まさか」


 苦笑し、咲花は続けた。


「隊長は、疑問に思ったことはないですか? 秀人さんが特別課にいたときに、まったく昇進しなかったことを。秀人さんほど優秀なら、瞬く間に出世できそうなのに」

「思ったよ」


 間を置かず、藤山は答えた。


「僕が隊長に任命されたとき、驚いたんだよ。どうして秀人君じゃないのか、って。当時は、僕が上に従順になったからだろう、なんて思ってたんだけど。違うのかい?」

「違いますね」


 以前は、咲花も疑問に思っていた。なぜ秀人は出世できなかったのか。その答えも、元長官から聞き出していた。


「秀人さんが警察官になったときは、まだ、警察上層部も、秀人さんがあの事件の被害者遺族だって気付いていなかったんです。あの事件の記録は、色々と改ざんされていたんで。だから警察官になれた。でも、途中で気付いたんです。秀人さんに、クロマチン素養があると認められた頃に」

「うん。それで?」

「外部型と内部型双方の素養を持つクロマチン能力者は、かなり稀です。一億人に一人、なんて言われるくらいに」

「だよね。僕も、秀人君以外は見たことないし」

「それで、クロマチン素養を発現させる薬は、国連から提供されるわけですよね。当然、そんな薬の提供を求めるわけですから、発現者の情報を細かく国連に報告します」

「うん。知ってる」

「もし、国連側に、内部型外部型双方の素養がある人がいるなんて報告したら、どうなると思います? 国連が、黙って国内警察なんかに――それも、こんな地方警察に(とど)めておくと思いますか?」

「思わないね。と、いうことは……」


 藤山も気付いたようだ。秀人の、もう一つの秘密。


「国は、秀人さんの薬を国連に依頼する際に、秀人さんについて、嘘の情報を提出したんです。外部型の素養者だ、って」

「なるほど」


 藤山は顎に手を当て、国の思惑を推測した。


「秀人君を、昇進もさせずに地方警察で飼い殺しにしてたのは、秀人君のことを諸外国から――国連から隠すため、だね。秀人君の正しい情報を国連側が得たら、国内警察なんかに留まらせずに、もっと重要な仕事をさせようとしただろうし。そうすると、秀人君は、国内の権力者なんかよりも大きな権力を持つ人と繋がりを持つことになる。結果として、二十七年前の事実に近付くことになる。権力によって隠されたことは、もっと大きな権力で簡単に暴けるからね」

「そうですね。たぶん」


 皮肉気に語る藤山は、咲花の知っている彼とは別人だ。それなのになぜか、違和感がなかった。もしかしたら、これが、本来の彼の姿なのかも知れない。


 秀人は、本来の藤山を知っているからこそ、今の藤山を「気持ち悪い」と言っていたのだろう。


「とりあえず、私が知ってるのはこんなところですね。他に聞きたいことがあれば、知ってる限りで答えますけど」

「いや、十分だよ」

「じゃあ、面談はもう終わりでいいですか?」

「そうだねぇ」


 藤山は天井を見上げた。大きな溜め息を一つ。その体勢のまま、別の質問を咲花に向けてきた。


「で、咲花君は、これからどうするんだい?」

「どう、と言うと?」

「後ろ盾がなくなって、今までと同じことができなくなった」

「そうですね」

「だから、これからどうするのかな、って」

「さあ?」


 咲花は席を立った。面談が終わったなら、もうここにいる必要はない。


「分からないですけど、とりあえず退職するつもりはないですね。殺さなくても、武装犯罪を鎮圧させることはできますし」

「ありがたいねぇ。ウチは、咲花君と亜紀斗君の二枚看板だから」


 ちくりと、咲花の胸が痛んだ。咲花と同じように自分の信念に殉じ、命さえ懸けている亜紀斗。鋼のような精神力を持ち、どんな苦難や苦境にも決して折れることがない男。


 決して口には出さないが、咲花は、もう自覚していた。


 自分は、亜紀斗を認めている。たとえ、彼のことが嫌いでも。真逆の信念を抱いていても。


 だが、咲花は、もう自分の信念に殉じることはできない。亜紀斗と同じようには生きられない。そのために必要な武器を、失ってしまった。


「それじゃあ、失礼します」


 口先だけの挨拶をして、咲花は、小会議室を後にした。


 自分は、これから先、何ができるのか。何をすべきか。何がしたいのか。


 そんな疑問に、押し潰されそうになっていた。


※次回更新は3/16を予定しています。


自分がすべきだと思えることをできなくなった咲花。

彼女の心持ちは、これからどのように変わってゆくのか。

自分の信念に殉じる亜紀斗を間近で見て、何を思うようになるのか。

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― 新着の感想 ―
国はどうして、秀人のためにクロマチン素養を発現させる薬を国連に要求したんでしょう。 秀人の危険性を承知していたのなら、クロマチン能力を発現させるまえに処分……まではしないまでも、やっぱり素養がなかった…
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