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君は強いひとだから  作者: 冬馬亮
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人と状況は、時とともに移りゆく





「うん? これはどういう事だ・・・?」



 リンダの父、トムナン男爵は、待ち侘びていた愛娘のリンダからの手紙を読んで当惑した。



「『あたし、アッシュと結婚して伯爵夫人になる事にしました。これから、お父さんたちにいっぱい楽させてあげるから、安心してね!』って、リンダは何を言ってるんだ? いったい何がどうなって・・・」



 祖父の代からの借金返済に追われ、長い貧乏暮らしを余儀なくされたトムナン男爵は、苦しい生活ながらも家族を大事にする朴訥な男であった。



 節約上手な妻との間には、リンダを筆頭に男の子二人に女の子一人の合計四人の子がいる。いわゆる貧乏人の子沢山だ。


 借金を返済しながら食べ盛りの子どもたちを育てるのは、当たり前だがなかなかに厳しい。そんなある日、学園の長期休暇で家に帰っていたリンダが、中途退学して働きに出ると言い出した。



 娘の気持ちは嬉しいし正直言って有り難かったが、学園だけは卒業させてやりたいと男爵は思った。若い時の思い出作りと、将来働く時により良い待遇を受けられるように。


 それでもどこかしらは切り詰めたくて、思い浮かんだのが寮費だった。男爵家は王都から遠く、学園敷地内にある寮をリンダは利用していた。


 そこで男爵は、遠縁のロンド伯爵に頼る事を考えた。文官家系のロンド伯爵家は領地を持たない王城勤めで、王都の屋敷に住んでいるからだ。



 ―――リンダの卒業まで残り二年、それまでロンド伯爵家から学園に通わせてはもらえないだろうか。



 それはとってもいい案に思えた。経済的に助かるのはもちろんだが、預かり期間のリンダの態度によっては、卒業後そのまま伯爵家で雇ってもらえるかもしれない。


 ロンド伯爵家なら職場環境としても安心だし、リンダも喜ぶ筈だ。なにしろロンド伯爵家には―――




 そう思って伯爵に頼みこみ、リンダを預かってもらって二年。時折り届くリンダからの手紙からは楽しく過ごせているのが窺えて、安心していたのに。



 トムナン男爵は、もう一度手紙を読み返した。



『あたし、アッシュと結婚して伯爵夫人になる事にしました。これから、お父さんたちにいっぱい楽させてあげるから、安心してね!』




 彼の頭の中は、真っ白だった。


 あと半月もすればリンダの学園の卒業で。


 ロンド伯爵家で正式に雇ってもらえそうかと尋ねる手紙を書き送ったのが三か月前だった。


 けれど、それからずっとリンダの返信はなく。



 トムナン男爵が酷く心配していたところに、やっと手紙が返ってきた。ホッとして封を開けてみれば、書いてあったのは訳の分からない事ばかり。


 家族思いで、素直で無邪気で、ちょっとお馬鹿なところが可愛いかったリンダ。手紙の筆跡は、確かにそのリンダのものなのに。



「アッシュくんと結婚・・・? 一体どこからそんな話が湧いて来たんだ・・・? だってリンダ、お前には好きな人(・・・・)がいるじゃないか・・・」



 トムナン男爵の困惑と嘆きの呟きは、遠い王都のロンド伯爵家にいるリンダの耳には―――丁度その時、伯爵邸の庭園の四阿で自身の妊娠をラエラに告げていたリンダには―――当たり前だが届かない。



 






 アッシュとラエラの婚約破棄が成立し、完全な他人となった今、ロンド伯爵家で何かあったとしても、その情報がラエラのもとに入って来る事はない。


 ラエラの父であるテンプル伯爵が、ロンド伯爵と友人としての距離を置いているから尚さらだ。


 卒業式になぜアッシュとリンダが欠席したのか不思議ではあるが、今はもう関係のない人の話。テンプル伯爵家が首を突っ込む謂れはないとラエラも思う。


 けれど、あの後のヨルンの事は気になってしまうのだ。ラエラよりずっとしっかりしているとこの間の件で理解しているが、それでも気にかかるのだから仕方ない。


 ラエラの記憶が正しければ、ヨルンは来月に誕生日を迎える筈で、でも今のゴタゴタ中のロンド伯爵家にきちんと祝う余裕があるかと言えばなさそうで。



 ―――わたくしがお祝いの品とカードを贈ったりしたら変かしら。



 悩み迷うも、誰に相談できる訳もなく。


 それでも頭の中では、あれこれとヨルンが好きそうなものを思い浮かべるのを止められないのだ。




 そんなラエラは、明日から働き始める。









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