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君は強いひとだから  作者: 冬馬亮
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苦い酒



「何だよ、あの誓いは。『ラエラさまだけは守り抜く』って、ラエラしか守る気ないじゃないか。いや、今さらか。そもそも最初からラエラだけだったな、あいつは」



 酒に口をつけながら、ラエラの父テンプル伯爵は、ヨルンの父である前ロンド伯爵に言った。


 かつて親友と呼び合った二人は、それぞれ花婿の、また花嫁の父として祝いの酒を交わしている。実に5年ぶりの交流だ。



「ここ5年で私もよくよく実感したよ。7歳からの初恋を18歳まで大事に育て続けるとはなぁ。最初から、アッシュじゃなくヨルンと婚約させれば良かったんだろうか」


「あの頃にそれをするのは無理があったろう。ヨルンだって、それを理解してたから大人しくしてたんだろうし」


「だが、そのせいでラエラちゃんを傷つけてしまった。アッシュだけでなく、親の私たちまで愚かな判断をして。本当に悪かったと思ってるんだ」


「もう謝るな、聞き飽きた。結局、もう片方のお前の息子が俺の娘を幸せにしたじゃないか」



 5年前。


 子どもが出来たと泣くリンダをアッシュが可哀想だと言い、ラエラの事を『君は強いひとだから』と別れを告げた日の翌朝。


 テンプル伯爵はロンド伯爵家に怒鳴り込み、平謝りする友に絶縁を宣言した。学生時代からの友情だったが、それもここで終わりだと二人共に思った。実際、それから5年間、一切の交流はなかった。


 それを再び繋ぎ合わせる切っ掛けとなったのは、怒りの活火山と化したテンプル伯爵に果敢にも話し合いを申し込んだ、当時13歳のヨルン。



 切々とラエラへの想いを訴えるヨルンに、けれど伯爵はなかなかに高いハードルを課した。

 成人するまでの間ラエラには会わせず、手紙も贈り物も許さず、唯一許可したのは誕生日の匿名で贈る花一輪だけ。

 しかも、その間にラエラに良い相手が見つかったらそちらを選ぶという但し書き付き。だがヨルンはそれをあっさり受け入れた。



 ラエラの幸せを願っている。出来るならそれを自分の手で叶えたいとも思っている。けれどラエラが幸せなら、結局のところ誰がそうするかはどうでもいいのだとヨルンは答えた。


 その時、テンプル伯爵は、出来る事ならこの男に―――当時はまだ少年だったが―――ラエラを嫁にやりたいと思ったのだ。






 その願いが、叶ってよかった。



 今日のぶっ飛んだ誓いの言葉を聞いて、改めてテンプル伯爵はそう思った。


 お陰で、もう会う事も話す事もないと覚悟していたかつての親友と、また酒を酌み交わす事が出来ている。だからと言って、また気軽に会えるかと聞かれれば、そうでもなくて。



「明日、発つのか」


「ああ。式を見届けたからな。ヨルンにはラエラちゃんがついてるから、これから何があってもしっかりやり遂げるだろう。今度はあっちを見届けないと」


「そうか。体に気をつけろよ。今までとは生活様式ががらりと変わるんだろう?」


「覚悟してるさ」


「まだ生きてるのか?」


「アッシュか? だいぶげっそりしたけど生きてるよ。家は酷い事になってるみたいだけどな」


「・・・今度は、対応を間違えるなよ」


「ああ、頑張るよ」




 そう話していた二人は、柱の時計を見て時間が来た事に気づき、扉の方へと振り返る。


 案の定、いそいそと祝宴の場から立ち去る花婿と花嫁の後ろ姿を見つけて、口元を綻ばせた。



 5年ぶりに交わした酒は懐かしく、そして少し苦い。



 テンプル伯爵は、ことり、と盃をテーブルに置くと、「たまには孫の顔を見に来いよ」と言った。



 聞こえているのかいないのか、前ロンド伯爵は無言のまま、ただ笑った。








 

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