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君は強いひとだから  作者: 冬馬亮
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試験



『次期当主に相応しいかどうかの試験を受けろと言うのですか?・・・嫡男の僕に?』



 不機嫌そうに、アッシュは現当主である父に問い返した。

 謹慎中の部屋から出され、連れて来られた執務室には、既にヨルンが父の傍らに控えている。


 ロンド伯爵は一度ヨルンに視線を向けてから、無精ひげの目立つ長男へと視線を戻した。



『私としては、もう後継はヨルンでいいと思っている』


『なっ』


『だが、お前がうるさく喚いていると使用人からの報告があったからな、それなら機会を与えてやろうと思ったのだが、受ける気がないと言うなら別に・・・』


『っ、う、受けます! きちんと後継者教育を受けていたのは、そこのヨルンではなく僕ですからね。卑劣な奴らの罠に嵌められはしましたが、見事試験に受かって、僕こそが次の当主に相応しいと証明してみせます!』


『・・・そうか。やる気満々で結構だな。では、試験の内容だが』



 ここで伯爵は、予め執務室に連行していた、床に座らされている二人へと顔を向けた。二人―――バイツァーとリンダ―――は口に猿轡(さるぐつわ)を噛まされ、両手を縛られている。バイツァーは静かにしているが、リンダは先ほどから、猿轡の奥でもごもごと雑音を発していた。



『試験はあれ(・・)だ』


『は・・・?』


『まずは、これに目を通せ』



 呆けた声を出したアッシュの前に、ぱさり、と数枚の紙が置かれた。箇条書きのリストのような、一見して数字の羅列が多く記されている書類。



『我がロンド伯爵家が被った損害をまとめた。お前は自分が完全なる被害者だとか言っているようだが、お前が原因の損害もかなりのものだぞ』



 記載されていたのは、予定されていた結婚式の準備とキャンセルにかかった費用、テンプル伯爵家に支払った慰謝料、バイツァーの捜索、捕縛、および拘留に使った経費、リンダの妊娠出産育児にまつわる支払い、学園でのアッシュとリンダの醜聞およびこの一年社交を控えた事で得損ねたであろうロンド伯爵家としての収益の見積もりなどなど。



『ちょっと待って下さい。父上、これは・・・こんなものは・・・』


『いいか、アッシュ』



 アッシュの声を遮り、伯爵は続けた。



『あの二人の処遇を含め、今回の一連の件の処理をお前に任せる。二人に相応の刑罰を与え、我がロンド伯爵家が被った損害額を回収してみせろ。当主に(・・・)なった(・・・)つもり(・・・)でな。資格があると言うのなら簡単だろう?』


『あ・・・えっと、はい、もちろん。そうだ、この二人を娼館に売り飛ばしましょう! その代金を被害額に当てれ、ば・・・?』



 ぱっと思いついた意見を口にしたアッシュは、あからさまに眉を顰めた父に戸惑い、言葉途中で口ごもった。伯爵は大袈裟に溜め息を吐き、額に手を当て、やれやれと頭を振っている。



『え、と、父上・・・?』


『駄目駄目だな、アッシュ、話にならん。二人を娼館に売り飛ばした所で、受けた損害の十分の一も回収できん。それに、男好きで女好きのこの二人に限っては、娼館は大した罰にならない。挙句もし知り合いが客で来たらどうするんだ? せっかく最小限に抑えた我が家の醜聞が、そこから外に出てしまうかもしれない』


『で、では、そうですね、鉱山、鉱山奴隷なら・・・』


『ううむ、鉱山でも金額はさして変わらんな。売られた恨みで醜聞をばらまかれる可能性も変わらない』


『の、喉をつぶせば』


『話せなくても、文字で伝えられる』


『手を切り落として・・・』


『奴隷として売るのに?』


『あ・・・』



 ここでまたロンド伯爵が大袈裟に溜め息を吐く。そして傍らのヨルンへと視線を向け『やはりヨルンに・・・』と言いかけると。



『そうだ、そうですよ! 殺してしまえばいいのです! そうしたら何も言えない! 醜聞が漏れる心配も要りません!』



 ブルブル震えながらアッシュの処罰方法を聞いていた二人が、猿轡ごしにくぐもった声を上げた。それを見ながらアッシュが『名案だ』と笑う。



『どうです? 父上、僕が次期当主に相応しいと、お認めくださいますよね?』



 ロンド伯爵は、鷹揚に顎を撫でながら、口を開いた。



『それだと確かに口封じは出来るが、被害額の回収が不可能になるな。ああ、そうか。もしやお前自身が働いて返すつもりなのかな。娼館でか、それとも鉱山か?』


『え・・・?』












「・・・と、こういう感じで話が進みまして。結局、兄上はその後に父上の出した提案を呑んで、あの二人と共に、とある一軒家に移り住むという任務を受ける事になりました。そこでのお役目を無事に果たせたら、次期当主候補(・・)に返り咲けるという約束です」


「・・・なんだか、罠の匂いがぷんぷんするのは気のせいかしら。それってただの時間稼ぎですよね?」


「ふふ、どうでしょう」


「それを考えたのはヨルンさまでしょう? シンプル思考のおじさまが、そういう絡め手を使える訳がないですもの」


「おや、分かっちゃいましたか」



 声に呆れを滲ませるラエラに、ヨルンは薄く微笑んだ。そんなヨルンに、ラエラは先ほどから気になっていた事を質問する。



「アッシュの試験内容はお聞きしましたが、ヨルンさまはどんな試験を受ける事になりましたの?」


「僕ですか? 大した事ではありません。学園の入学から卒業まで首席を取り続ける事でした。兄上が10位以内の成績でしたので、それよりいい成績を取れと。クリア済みですから、ご安心ください」



 爽やかに告げられ、ラエラは、え、と目を丸くした。



「ちょっと待って。クリア済みって、ヨルンさまは今17歳だから、まだ卒業されてない筈ですわ」


「飛び級制度を使って二年で卒業しましたので、もう学生ではありません。お陰で、ラエラさまが勤務先からご帰宅する時にも、こっそりくっ付いて歩く事が出来ました」













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