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君は強いひとだから  作者: 冬馬亮
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バイツァー・コーエン




 バイツァー・コーエン。


 それがリンダの恋人の名だった。


 なかなかに派手な見た目の青年は当時22歳、ロンド伯爵家でフットマンとして働いていた。


 彼の母がトムナン男爵家の近くにある村出身で、リンダと出会ったのも家族で母の実家に遊びに行っていた時。

 声をかけたのはバイツァーから。だが、熱を上げたのはリンダの方だった。



 リンダが学園に入学してからは、週末によく外でバイツァーと会っていたらしい。

 けれど、週末だけでは満足できず、リンダは親に学園を辞めて働くと言い出した。

 リンダが頭の中で考えていた就職先は、もちろんロンド伯爵家。バイツァーに口利きしてもらおうと考えていた。


 父のトムナン男爵には家族の為と言ったが、全くの嘘ではない。リンダは、ちゃんと給金の一部は送るつもりでいたから。

 それに学園に通うお金が勿体ないと思ったのは本当だ。リンダは勉強が好きではなかった。



 ところが、バイツァーに仕事の紹介を頼む前に、トムナン男爵の親心で無事にロンド伯爵家に行く事ができた。

 使用人としてではなく、学生のまま、遠縁の娘として。


 遠縁という文字の通り、リンダとロンド伯爵家の縁はかなり遠い。

 リンダの祖父の伯母の夫の弟の二番目の息子の従兄弟の姉の夫が、先々代のロンド伯爵の甥だった。


 もはや遠縁と言ってもいいのか分からないくらいの遠さだが、『健気な娘が不憫で』と泣く男爵に、ロンド伯爵が絆された。


 伯爵も最初はなぜロンド伯爵(うち)家に、とは思ったのだ。男爵の娘と嫡男アッシュは同い年だったから、狙っているのかと。

 だが、自邸のフットマンとの恋話を聞いて納得、男爵への同情もあってリンダを受け入る事にした。


 ただ、リンダが卒業した後の約束はせず、二年間ほど様子を見た後でと話を濁した。



 バイツァーと同じ屋敷が嬉しいリンダは、大喜びした。

 この機会を絶対に逃さないよう、リンダはロンド伯爵家の人たちに媚びて、媚びて、媚びまくろうと決意した。

 この二年だけでなく、卒業後も使用人として雇ってもらい、バイツァーとずっと一緒にいたかったからだ。


 誤算だったのは、屋敷内ではバイツァーと話ができなかった事だ。

 ロンド伯爵邸に移った初日、仕事中のバイツァーに会いに行ったら執事に睨まれてしまった。

 卒業後この屋敷で働きたいリンダは、周囲の印象を良くする為に、バイツァーとは彼の勤務時間外に、屋敷の外で会うようになった。


 当初、リンダの事をアッシュ狙いではないかと怪しんでいた伯爵夫人は、夫からバイツァーの話を聞いた頃から態度が軟化し始めた。

 リンダは、男爵家でお手伝いしていた頃によく作っていたお菓子や小物を夫人のところに持って行き、一生懸命に昔の苦労話を話して聞かせた。

 すると夫人は、やがてリンダの境遇に同情して可愛がるようになった。


 アッシュはバイツァーの事を聞いていなかったが、最初からリンダに好意的だった。

 勉強が分からないと言えば教えてくれるし、文具を新しく買うお金がないと言えば代わりに購入してくれた。

 大袈裟に感謝したら、また贈り物を買ってくれ、それにも感謝したら更にお返しが来る。お陰でリンダの私物は充実した。だが、二人の間に、いやらしい触れ合いは一切なかった。お互いに、男女の気持ちはなかったから。


 なのに、アッシュの婚約者のラエラは、リンダとアッシュの関係を邪推するようになった。

 見当違いな指摘に、アッシュは最初は当惑していたが、段々と苛立ちを見せるようになった。リンダも、訳の分からないイチャモンをつけてくるラエラが苦手で、側に来ると泣き真似をして、アッシュに遠ざけてもらった。


 当時11歳のヨルンだけは、リンダの媚に乗らなかった。最年少で大した影響力もないと、リンダがあまり力を入れなかったせいもあるかもしれない。

 後々、ヨルンが最大の障壁になるとは、この時のリンダは思ってもいなかった。



 他人よりは親密に、けれど異性を意識させる事なく、あくまで無邪気に可愛らしく純真を装って。



 こうして、リンダが予想以上に上手くロンド伯爵夫妻と―――そして嫡男のアッシュの懐に入れたからだろう。



 ただの使用人としてロンド伯爵家で勤めるより、もっと―――なんて考えが浮かんでしまったのは。



 そう、浮かんでしまった―――誰に?






『ねえ、バイツァー。あたし赤ちゃんが出来ちゃったみたい。でも、この時期なら卒業までバレないと思うんだ。卒業後にメイドとして伯爵家で働くのは無理だろうけど』


『赤ちゃんだって? そんなのは・・・いや待てよ。なあリンダ、お前今から・・・」





 ―――バイツァー・コーエンの頭の中に。











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