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第一章 二節

 早朝。


 太陽が城壁の上へと顔を出し、人々の一日が始まる。


 石造りの街を人々が行き交う。その中にはテトと同じ多くの奴隷の姿があった。人力車や荷車をいている者、見せ物にされている娼婦、畑や建築現場で重労働を課されている奴隷など。


 大抵彼らは若い少年少女で、痩せこけており、ボロ布のようなみすぼらしい格好をしている。何より特徴的なのは、全身に刻まれた奴隷紋だ。それは鎖の模様をしており、首から下のほぼ全身に巻き付くように刻まれている。


 奴隷紋を持つ者に向けられる視線に、好意的なそれは一つもない。


 当然テトも奴隷紋を有しているが、奴隷騎士隊の制服を着ているので、外からは見えない。しかし、殊更世間の目は厳しかった。


 頬に青痣を作り、泣き腫らした顔で歩いているからというのもあるだろうが、道行く人々はテトの姿を見るなりさっと避けていく。まるで関わり合いになりたくないとでも言うように。


「やーいゼイキンドロボー!」

「ドロボー奴隷ー!」

 

 揶揄する声を一瞥すると、同い年くらいの少年たちが石を投げて来た。飛来する小石を目で追うも、テトは避けようともしない。小石は額に直撃し、右目から涙が流れるように、頬を血が伝った。


 それでもテトは反撃どころか、抗議の一つもしない。ただとぼとぼと歩いていく。調子づいた少年たちが再び石をぶつけようとした時、周囲の大人が彼らを羽交い締めにした。


「何してんだ!?」「死にてえのか!?」


 顔面蒼白になった大人たちは少年に対して声を荒げると、どこかへ引き摺って行った。説教する声が、テトの耳に届く。何度も、関わるんじゃねえ、という言葉が聞こえた。


 左手で額に触れる。手のひらが、赤い血で濡れた。


「痛い……痛いよ、シオ」


 こみ上げてきたものを、ぐっと飲み込む。


「なんで、こんな目に遭わなくちゃいけないんだ……? 生まれつき奴隷だってだけで……」

「オラァきびきび動けぇ!」


 声がした方を見れば、十人程度の少年奴隷たちが大人に鞭打たれ、建物の工事に従事させられていた。重たい石のブロックは、幼い彼らには荷が重いのだろう。その表情は重労働と鞭の苦痛に歪んでいる。


 反対側を見れば、器量の良い少女奴隷たちが半裸で路上に晒されていた。通行人に不躾に眺め回されている彼女たちは、皆虚ろな表情をしている。その内の一人が、大柄な男に手を掴まれる。指名されたのだろう、店の中へ連れていかれようとした時だった。


「もういやぁっ!!」


 少女が手を振りほどき、突如走り出したではないか。すれ違いざまにテトを押し退け、そのまま走り去る――というわけにはいかなかった。


 振り返ったテトの前で、彼女の体が突然硬直した。見れば薄布の間から覗く奴隷紋が紫に輝き、バチバチと音を立てて彼女の体を苛んでいる。


「あがっ……!」


 罰のように放たれた電撃が収まると、少女はぎこちない動作で振り返り、自らの足で店先へと戻っていった。


 今度こそ男にがっちりと腕を掴まれ、観念したかのように項垂れる少女。


「馬鹿な雌奴隷だ……奴隷紋の三原則、反逆、逃亡、自害の禁止も知らんとはなァ」


 少女はそのまま店内へと連行されていった。その直前、テトを恨めし気に見た彼女の顔は、強く唇を噛み締め涙に濡れていた。


「……かわいそうに」


 呟き、目を逸らす。


「でも、シオは……シオだけはこんな目に遭わせるわけにはいかない」


 そうして俯いたまま、歩き出そうとした時だった。


「どこ見て歩いてんだクソ奴隷が!」


 魔獣狩人ハンターの男にぶつかられ、テトは突き飛ばされた。見上げれば、大太刀を背負った赤髪の青年が睨み付けている。仲間と思わしき女がテトを見るなり、げっ! と声を出した。


「この銀髪に赤眼……ちょっとアンタ、謝っておいた方がいいって!」

「うるせえ! 分かっててやってんだよ! こっちはてめぇらのせいでロクに稼げもしねえんだ!」

「いや、この子に言っても仕方ないでしょ」

「魔獣狩りに奴隷なんか使いやがって……しかもこんなチビをよぉ! ムカつくぜェ……!」

「全く……どうなっても知らないわよ」

「はっ! 喧嘩ならいつでも受けて立つと言っておけ! チビ奴隷!」


 仲間たちに呆れられながら、赤髪は捨て台詞を吐いてドカドカと去っていった。


「うちのバカがごめんね〜、アラベル様には黙っておいてね。まだ死にたくないし……」


 俯くばかりのテトに声を掛けると、魔獣狩人ハンター集団は足早に赤髪を追いかけていった。


 尻餅をついたテトだけが、その場に残される。


 数名の通行人が転んだテトを冷ややかな目で見下ろし、通り過ぎていく。助け起こそうとする者などいない。


「……クソ」


 悪態をつき、立ち上がろうとした時だった。


「あら、貴方……」


 何者かに声を掛けられ顔を上げると、そこにいたのは若い女だった。シルクのような金髪が、雲間から差し込んだ朝日に照らされ煌めいている。


 彼女はその金髪を豪奢な縦ロール状に結んでいた。勝気そうなツリ目は、サファイアのような碧眼。


「酷い怪我ですわねえ……誰にやられましたの?」


 服装は動きやすさを重視した軽装のドレススカートに、両腕には武骨なガントレットと、アンバランスな見た目だった。身長は女にしてはかなり高く、平均的な大人の男よりやや低い程度か。少なくともテトよりは頭一個分以上大きい。


「…………」


 両膝を折り、顔を覗き込んでくる若い女を、不信感のこもった視線で見返すテト。差し伸べられた手を取らず、


「人間様には関係ないよ……」


 と呟いて立ち上がった。


 朝のそよ風が吹き抜け、娘の金髪を揺らす。それでも陽だまりのような微笑みを浮かべると、彼女は言った。


「こんなかわいいショ……失礼、子どもが悲しい顔をしているんですもの。放ってはおけませんわ」

「……分からないの? オレが奴隷だって事」


 そう言って、テトは隊服の胸元を引っ張った。少し前屈みになり、胸部を覗かせる。そうして、上体を這う奴隷紋を見せようとした。


 すると、女が目をかっ開き、


「ぎにゃあああああ!! いいいけませんわ!! えっちすぎますわ!! 胸元を隠して下さいまし!?」

「……ぇ」


 突如狂い出した女を、引きつった顔で見つめるテト。さっと胸元を隠すと、さささと後ずさった。


 不審者の方も口先ではそんな事を言いながら、視線はテトの平たい胸元をガン見していた。

  

「ハッ……!? こほん、失礼致しましたわ。あの、私決して不審者などではなく……」

「…………」

「わ、私はエスティア・シャル・ヴェルエール! 闘神拳の使い手にして……今はただの魔獣狩人ハンターですわ!」

「はあ……」

「貴方のお名前は?」


 テトはだいぶ躊躇った後、女が引き下がってくれないのを見てしぶしぶ名乗った。


「テトだけど……」

「テトきゅんですわね」

「きゅん……?」


 エスティアと名乗った不審な女は、屈託ない笑顔を浮かべて頷いた。


「オレが奴隷だって分かったでしょ?」

「ええ眼福……ではなく、奴隷紋は確認しましてよ」


 自分が奴隷と知っても全く態度を変えない女に、テトはますます怪訝な表情を浮かべる。


「ご主人が人攫いには気を付けるよう言ってた……」


 完全に警戒モードに入った目で不審者を見つめ、さらに後退るテト。


「ち、違いますわ!? まだ手を出した事はありませんわよ!?」

「まだ……?」

「イ、イエ、ナンデモ……」


 不自然に目を逸らす不審者。気を取り直すように拳を突き上げると、テトに迫った。


「とにかく! テトきゅんのほっぺたに青痣を付けた輩に鉄拳を下してやらねば! 一体どこのクソ野郎にやられましたの?」

「なんで……?」


 心底意味が分からない、とテトの顔にはそう書いてある。


「顔がドタイプ……こほん。奴隷相手に暴力を振るう輩が気に食わないだけですわ。そういう性分ですの、気にしないで下さいまし」

「…………」


 テトは何か言おうと口を中途半端に開いて、やめた。それから立ち上がると、


「お姉ちゃんには関係ないよ……」


 くりくりした上目遣いで、でもそっけなく言うと、さっさと歩き出した。


「お姉ちゃん……」


 ピシャアアアッ! と稲妻を受けたような衝撃がエスティアの体を駆け巡った。余程刺さる言葉だったようだ。うわ言のように「お姉ちゃん……」と繰り返している。変態不審者を見る目で、通行人が通り過ぎていった。


「うおおおおお姉ちゃんに任せなさい!!」


 ドン! と胸を叩いたエスティアの前には、もう誰もいなかった。


「あれっ? テトきゅん? テトきゅーん?」


 不審者は辺りを見回すと、テトが行った方向とは真逆の方に走り出したのだった。

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