島内調査、内部へ
薄暗く、迷宮のような神殿内部。そこは石の隙間から根強く蔦が生え、不思議な場所だ。
しかし、長い間冒険をしてきた二人には、ただ好奇心を駆り立てる商売道具でしかない。
冒険家は命を顧みず、自由に、本能のまま前にある不思議へと手を伸ばす。
それが、己が生まれてきた理由だと言い張るものもいる。そう言って、危険だと分かりきったことへも、簡単に手を出し、やがてその不思議という名の怪物に呑まれ、死ぬ。
世には、冒険家と似たような職業がある。
それが、冒険者と呼ばれる類の人間たち。彼らも基本、命を賭けて己のしたいことを遂行しようとする。
冒険者は、魔物やら害になる動物やらを殺したり、国からの依頼をこなしたりして食い扶持をつなぐ。
仕事内容としては、殆ど冒険家と遜色ない。言ってしまえば、定住型の冒険家。
まぁもし、この二つを使い分けるのだとしたら、世界中を渡り歩くのが冒険家で、一つの地域に留まるのが冒険者と、すればいいだろう。
「んー……」
松明から発せられる仄かな明かりが、パキパキと音を立てて燃える。
その中、リコは唸った。
「これだけ見て回って、見つかったものがぶっ壊れた石板一枚って…………《大迷宮》の初探索んときよりひでぇぞこりゃ……」
二人はかれこれ半日はここを見た。
しかし、見つかったのはおそらく石板と推測される、文字のような凹凸が見られる欠片だけ。不漁である。
「そうだね…………」
何度か調査が入っているとはいえ、ここまで何も見つからないことは二人も想像していなかった。そのため、期待に対する落ち具合が尋常ではない。
「帰るか……」
「うん、そうしようか」
仕方がないと、リコはここからの帰還を提案し、パオロもそれを了承した。
二人は、ここへ来るまでに作成してきた地図を開き、入り口へ向かった。
不規則に、石床への衝突音が鳴る。
外は夜になったのか、松明の明かりが強くなった印象を受ける。壁は明かりに照らされ、二人の影を映し出す。
「しっかし、結構深いところにいたんだな。俺たち」
「はは。没頭していたから気づかなかったよね」
暗く、落ち着かない中、互いに励まし合うように二人は他愛のない会話を繰り広げていた。
地図を見る限り、今二人がいるのは神殿の中央部。この曲がり角を左に進めば、大広間にたどり着く。
大広間に辿り着けば、あとは真っ直ぐ道に沿って行けばそこが出口だ。
「ここを左だね」
「おう――――……」
二人は角へ差し掛かる。互いにほほえみ合いながら。
そこへ、とんだ邪魔が入る。
まるで、二人を待ち構えていたかのように、一つ。不思議な人のような物体が前を通りすがった。
古く、焼かれたように爛れた皮膚。腐りきった革の鎧を被り、肩と腰には鉄製の錆びた装具が飾られている。
申し訳程度にショートソードと丸盾が装備されている。
「……!?」
二人は後方へ飛び退き、パオロは無意識に剣を抜いた。
本能が言っている。これは危険だと。
その本能は、冒険家としてではなく、人間として。パオロという人格のその存在へ対する否定であった。
「なんだコイツ!?」
彷徨い回る死体。
屍霊モンスター。死に、禁術によって蘇った本来の姿から逸脱した、この世にいてはならない存在だ。
「こいつが……!」
パオロは以外にも冷静であった。
いや、こんな状況だからこそ、パニックに陥ってはならない。それが分かっていたからかもしれない。
どちらにせよ、この存在はこれまでに行われた調査報告書に記されていた。
ここウォラストン島から北東へ進み、そこからさらに東へ進んだところにある島。セルウィン島にて確認された魔物。
彼らには人間へ対しての敵対心がないのか、全く持って襲ってこない。
もし仮に、この魔物と戦闘になった場合も、一個体は脆弱で、大した敵ではないらしい。
この魔物は、この諸島でしか見られないためにまだ学術的な名はなく、ただ《屍霊》と呼ばれている。
「本当に……襲ってこない……」
剣を両手で構え、パオロは屍霊を見つめる。
しかし、報告書通り、全く襲ってこない。それどころか、興味すら示さなかった。
屍霊はまっすぐ突き進んで右の方の通路へ歩んでいった。
「行ったの、か……?」
「…………たぶん」
パオロは屍霊が居なくなったことをしっかりと確認した後、険しい顔をして剣を鞘へ納刀する。
それを見てリコは安堵の息を吐いた。
「はぁ…………びっくりした……」
「セルウィン島以外にも、存在が確認された…………屍霊はどの島にもいると考えたほうがいいかな……」
リコが安心する横、パオロは今の出来事を軽く整理し、今後に備えて情報をまとめていた。
松明の火も、そらそろ消えそうだ。
早めに新しい松明を出さねばと、リコは口にそれを咥えて荷物をあさり、松明を出す準備をした。