表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/59

第三章 休日のお出掛け(4)


 付け焼き刃ではあるが、バスが来るまでの限られた時間で問題の漫画をざっと流し読んだ。

 八叉様はこの漫画を読んで、一体何を考えたのだろう。何故、この漫画をなぞるような行動をとったのだろう――彼が何を考えているのか見当もつかない今、少しでも情報が欲しかった。

 ――まぁ結局。

 そこにあるのはただの少女漫画だ、という結論にしかならなかったのだけれど。


 ひと通り目を通し終えるより先に、バスの時間がやってきてしまった。これ以上の猶予は残っていない。

 諦めたわたしは大人しくバスへと乗り込む。……あぁもうっ、自分が乗り物に弱くなかったら、バスの中で続きが読めたのに!

 そう思うわたしの頭には、すでに八叉様の不自然な行動のことは残っていない。漫画の内容があまりに面白くて、それどころではなくなっていたのである。


 俺様気質で遊び人だけど実は女性不信なヒーローと、嘘をつくことにトラウマのあるヒロイン。紆余曲折あって、そんな二人が少しずつ距離を詰めていく過程が初々しい。読んでいるわたしまで、キュンキュンしてくる。

 つくづく、最後まで読みきれなかったことが悔やまれる。恋人になった二人がヒロインのトラウマに立ち向かうシーン。あの続きが、早く読みたい。

 先ほどまでのストーリーを思い返しながら、バスの座席に身をゆだねる。


 学校へ行くときに利用するいつもの路線。ただし、今日降りるのは高校よりも手前、電車が停まる駅前の商店街だ。

「ねぇねぇ、あそこに居る男の子、格好良くない? 暇そうだし、声掛けてみない?」

「まだ中学生くらいの子供じゃない。でも、確かに格好良い。モデルさんかな? すごいシュッとしてる感じ。あれは絶対、イケメンになるね」

 通りすがりの女性が囁きかわす声を聞いて、彼女たちがやってきた方向へと目を向けた。その先にある時計柱に寄りかかって、瞼を閉じて腕組みをしている八叉様が目に飛び込んでくる。


 その周りにも大勢の人が居るのに、まるで彼だけが鮮やかな絵具で塗られているかのように際立っていた。

 うつむき加減で人を待つその姿。今日は普段の神様らしい着物姿ではなく、いたって普通の少年の格好だ。それなのに何故だろう。わたしは彼から目を離せない。

「おぅ、司紗。オレを待たせるとは良い度胸じゃないか」

 ゆっくりと彼に近寄っていくと、すっと顔を上げた八叉様が片唇を吊り上げて笑いかけてきた。随分とキザな仕草だが、彼がやるとサマになるから不思議だ。


 それでも、わたしは少し気まずい気持ちでそっと目を逸らした。彼のその格好つけた言動が、やはり先ほど読んだ少女漫画の場面そっくりそのままだったからだ。仕掛けを知っている手品を見せられているような居た堪れなさに、自分の方が恥ずかしくなる。

「何言ってるの、わざわざ一本先のバスに乗ったのは八叉様の方でしょ。待ち合わせ時間としては、別に遅れてないはずだけど」

 わざとらしいほどの明るい声で、彼の台詞を否定する。


 どうやらそれに対応する場面が、見つからなかったらしい。八叉様は無言のまま口をぱくぱくさせると、ふん、とそっぽを向く。

 この反応から察するに、彼のごっこ遊びはシチュエーションが一致しないと発動しないようだ。それなら、わたしのペースで会話を展開していくのがこの茶番を終わらせるのに効果的だろう。


「服、いつもと違うね」

 そう思ってまっさきに目についた違いに言及すれば、八叉様は嬉しそうにくるりとその場を一周して見せた。

「うむ、司紗の母上に見繕ってもらったのだ」

 目論見もくろみ通りいつもの気安い口調に戻って、八叉様は得意げに報告する。

「どうだ、似合うだろう? オレの姿に見とれても良いぞ?」

 にやりと悪戯に笑う彼の姿を、改めてじっくりと眺める。


 斜めにかぶったハンチング帽。シンプルな白いシャツに、少しだけオーバーサイズの紺色のパーカー。ズボンはすらりとしたスキニータイプ。

 ハンチング帽からこぼれ落ちた銀色のおかっぱの髪が、さらさらとフードの上に広がる。その銀と紺の色の対比が眩しいほどに美しい。

 その髪の奥にきらめく、黒曜石のような不思議な色合いの瞳。生命力にあふれたその輝く瞳のために、彼の姿は人形のようにととのっているのに無機質さを感じさせない。朝見た……とは、大きな違いだ。

 はて、とそこまで考えたわたしは、内心で首を傾げる。朝、わたしは一体何を目にしたんだっけ?


 一瞬違和感を覚えたが、いまはそれよりも八叉様への返事の方が先だ。何しろ彼は、わたしの言葉を待ってそわそわとした視線をずっとこちらに向けているのだから。そんな期待に満ちた姿は見た目相応で、なんだか可愛らしい。全力で頭を撫で回したくなる。神様相手に、不敬かもしれないけど。

「うーん、そうだなぁ……」

 敢えて気を持たせるような言い方で言葉を濁しながら、ゆっくりと首を傾げる。

「うん、似合ってると思うよ。すごく……格好良い」

 何故だろう、言っているうちに自分で恥ずかしくなってきてしまった。慌ててくるりと振り向き、歩き出す。

 いざ言葉にしてみると途端に八叉様を意識してしまって、彼の顔がまともに見られなくなってしまう。別に八叉様のことを意識なんて、していないのに。

「まずは映画だよね。さっ、行こ行こ!」

 火照ほてった顔を隠すように背を向けたまま言い捨てて、ずんずんと進んでいく。


 それでも。

 わたしの褒め言葉に彼がぴょこんと跳ねたことは、影の動きで一目瞭然だった。




○   ○   ○   ○   ○   ○   ○




 ――そうして、数時間後。


 ポップコーンの匂いに見送られながら、わたしたちは映画館を後にしていた。

 そろそろお昼ご飯の頃合い。街は朝に比べて混み始め、休日ならではの喧騒と活気を見せはじめている。


「映画、どうだった?」

「すっごく! 楽しかったな!」

 間髪入れず迷いなく返された答えに、つい苦笑が洩れた。

 展開が変わるごとに素直な驚嘆を見せ、身を乗り出すようにしてひたすらスクリーンに没頭していた八叉様。映画に夢中になっていたことは、隣のわたしにもしっかりと伝わっている。

「それなら良かった。喜んでもらえて、嬉しいよ。……けど、本当にあの映画で良かったの?」

「? ああ、もちろん。何故そんなことを訊く?」

「いや……」


 まさか八叉様が見たい映画が、お子様向けの二十二世紀某猫型ロボット映画だとは思わなかった。

 周囲の子供連れに混じるわたし達は、随分と浮いていたことだろう。自意識過剰だとは思うけれど、それでもやっぱり恥ずかしい。

 ……まぁとはいっても、映画自体は普通に楽しめたのだけれど。小学生の頃は、自分も夢中になって見ていたシリーズ。懐かしい思いで、安定の展開を眺めることができた。

 そうして考えると、変な恋愛映画や小難しい映画を選択されるよりも、ずっと良かったのかもしれない。


「それにしても、人の子というのは本当にすごいな! 二十二世紀には、あんなふうに自分たちの欲望を満たすことができるとは!」

「えっと……八叉様、あれはフィクションだよ?」

「そんなこと、わかってる」

 あまりに彼が心から感嘆するために恐る恐る突っ込むと、八叉様は気分を損ねたように頬を膨らませる。


「……だが」

 そんな子供じみた反応をしていた八叉様は、そこでふと真面目な表情に切り替えてゆっくりと呟いた。

「間違いなく、人の子はこのまま発展を続けていくだろう。そうして自分たちの望みを自分たちで叶えて、便利にして、何もかもが思うとおりに操れるようになって……そうなったときに」

 視線は、まるでその先を見つめるように遠くへと向けられる。

「そうなったときに……彼らに、神様は必要なんだろうか」




 まさか、子供向け脳天気冒険アニメーションに、そんな感想を抱いていようとは。八叉様の声は、最後には周囲のざわめきにかき消されそうなほどに小さくなっていた。

 少し思考を整理してから、わたしはゆっくりと口を開いた。

「確かに昔の西洋では、科学技術の発展は宗教と対立すると受け止められていた時代もあったよ。……でも」

 適切な表現を探しながら、慎重に言葉を続ける。

「多分、いくら技術が発展したところで、人間の神様にすがる心というのは消えないと思う。世界がいくらデジタルになったところで、やっぱり人間はアナログな生き物だから」

「そういうもの、だろうか」

 あまりぴんと来ていない表情で、八叉様は力なく呟く。

「八叉様は……必要とされなくなるのが怖いの?」


 ふっと、八叉様は笑った。

 普段の天真爛漫な笑い方とも、格好つけて気取ったときの笑い方とも違う笑み。それは達観と、すべてを抱えた哀しみの混じった表情。

 背負うものなどたかが知れている人間には、理解しようとすることすら許されない。それは、そんなたぐいの感情だった。


「たとえ人の子がオレを捨てようとも、オレは人の子を愛しているとも。神とはそういうものだし、それこそが神の矜持きょうじなのだから」

 その声に、迷いや葛藤は微塵もない。


 ――身の程を知らない質問をした、と直感的に悟った。


 今の返答はわたしの問いに対する答えではなかったが、それ以上は何も言えずに口をつぐむ。

 自分の不敬ともいえる質問に、恐らく八叉様は精一杯答えてくれたのだ――そう、うっすら察したのである。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ