第三章 郷土史研究部(4)
――災い。祟り神。
「祟ったりなど……!」と、突然逆上した八叉様。
ああ、そうか。そういうことだったのか。それと同時に、全力で仔猫を救いに向かう八叉様の真っ直ぐな背中もよみがえる。
ついつい眉間にシワが寄っていくのが自分でもわかった。なんとか気持ちを切り替えようとするものの、滅入った気分はまったく誤魔化せない。
「僕が最初に伝えたのは、そういうことなんだ。歴史は……」
「勝者のための物語、ね」
投げやりに彼の言葉にかぶせて言った。後からやって来た神様に敗れれば、もともとその地を守っていた神様であっても悪者とされてしまう。
――弱肉強食。敗者はその虚構に甘んじるしかないのだ。
ちとせは、容赦なく説明を続ける。
「朝廷にとっても、白火主命にとっても、八叉彦命を祟り神とすれば都合が良い。この地が祟り神に苦しめられているということであれば、朝廷の白火主命の派遣は正当性が認められる。また、白火主命も侵略者ではなく救世主という役どころになる。……ほら、一石二鳥だ」
「まぁ、たしかに」
賢い選択だとは思う。皆が得する上手い選択。……ただし、そこで言う「皆」に八叉様は含まれていない。
「そこで、さっきのつぅちゃんの指摘に戻るわけだ」
「……なんだっけ?」
「白神大祭で、何故八叉様の尾に見立てられた紐を切るのか、という話だよ。これはおそらく、白火主命に対する八叉彦命の恭順を表しているのだと思う。正確にいうと、切るのは八本の尻尾のうちの四つ……というのは、つぅちゃんも知っているだろうけど」
「半身を捧げる、ってこと……?」
そんなえげつない意味が込められていたなんて。白神大祭は、八叉様の服従の儀式だったのか。今更ながらに呆然とする。
「祟り神……」
いくら考えても、その単語と我が家に居候している八叉様が結びつけられない。もっと言うと、今の神話に出てくる『八叉彦命』と八叉様が同一人物であることすら、あまりぴんと来ていなかった。
――神話の世界は、現実の世界と交わることなどない。たとえ神様が降臨したところで、その存在は現実に取り込まれて神話とは隔絶したものとなってしまう。
そうして物語から切り離された神様には、一体何が残るのだろう。
「でも……やっぱり、おかしいよ」
そこまで考えたところで、わたしは違和感に気がついた。
「朝廷、新しい神様、神話としての整合性……確かにこの話は、上手に嚙み合っている。でも、それだけで新しい神様が定着するのは無理だよ。実際に、それを信仰する人が現れないかぎり」
いくら都合の良い物語を引っ提げて来ても、その土地に住まう人間にそんなフィクションは通用しないはずだ。
「それは、確かに」
ちとせが虚を突かれたような顔で、考え込む。
「つぅちゃんの言うとおりだ。それが可能になるのは……」
「八叉様が本当に祟り神のとき……だね」
声に出した瞬間、その単語の重さに思わず言葉を切った。
「いや、その結論は早計だ。八叉様が祟り神でないことを前提として、白火主命が受け入れられた別の理由があるのかもしれない」
沈み込んだわたしに、ちとせが助け船を出す。
「別の理由……?」
キーンコーンカーンコーン
はかったように、下校時刻のチャイムの音が鳴った。今日の議論はここでおしまいだ。この話の続きは気になるけれど、そんなことをしていたらキリがなくなる。ちとせと肩を並べて、帰路に就いた。
彼の方も、その話題をもう一度挙げることは敢えて避けたようだ。ぽつり、ぽつりと途切れがちな普段のやりとりが道中交わされる。
長い解説で話し疲れたのだろうか。ちとせは言葉少なだったけれど、決して気まずくはない。
――わずか一週間のブランクしかないにも関わらず、ちとせと二人きりで帰るこの時間は、妙に懐かしく感じられた。




