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第三章 郷土史研究部(1)


 ――慣れというものは、恐ろしい。


 八叉様と出会ってから、気がつけば一週間が過ぎようとしていた。長かったといえば長かった一週間とも言えるし、反対にあっという間に過ぎた日々とも感じられる。

 とはいえ、それは金曜日を迎えるたびに感じていることだ。わたしの生活自体は、実のところあまり変わってはいない。

 八叉様という神秘をそのままに、日常は平然と続いていく。まるでこれが当然ですよというような澄まし顔で。

 そんな中、変わったことといえば、せいぜい三つ。


 まず、ひとつめ。

 朝が今までより格段に慌ただしくなった。

 一緒の部屋で生活することを断固としてお断りした結果、八叉様はわたしの部屋の隣の押入れ……もとい、納戸で寝起きをすることとなった。

 もちろん、随分と不敬なことをしている自覚はある。だが、渋々ながらも八叉様が認めてくれたのでそこは目を瞑ってほしい。

 わたしにも多少の後ろめたさはあるので、そんなわけで少しのことなら我慢をするつもりではいたのだが……それでも、彼の寝起きの悪さはその許容値を大きく超えていた。

 あの日から八叉様を起こすために、どれだけの時間が浪費されるようになったことか。朝の稀少で貴重な時間を持っていかれるのは、わたしとしても非常に不本意である。

 何を言っても必死に布団にしがみつき、放って朝の支度をしていると、バスが来る直前になって慌てて部屋を飛び出してくる。それを毎日繰り返しているのだから、彼の学習能力のなさには呆れるばかり。


 ついでに言うと、八叉様は寝相も大変悪い。その寝相の悪さにより、彼が寝ている納戸の扉は既に四回も部屋の外へ吹き飛ばされている。

 家の中が揺れるほどの轟音が初めて響いたときは、家族総出で駆けつけたものだ。それなのに、肝心の八叉様は扉を下に敷いたまま目覚める素振りもなくぐっすりと夢の中。

 そのときの彼の、小憎らしく可愛らしい寝顔といったら! 見ていると叩き起こされた腹立たしさも何処かへ消えてしまい、笑うしかなかったのは記憶に新しい。

 ああもう、顔が良いって本当に得だ。


 そして、二つめ。

 わたしの朝拝に対する真剣味が、大きく減ってしまった。

 何しろ、祀っているハズの当の神様が目の前に居るのだ。空っぽの本殿にお参りすることを馬鹿らしく思ってしまうわたしの気持ちも、察してほしい。

 八叉様には、「空っぽの神殿を拝んでいるのは変わらないのに、変なヤツ」と、鼻で笑われた。その反応には少しイラっとしたものの、彼の言葉の意味がわからずわたしは聞こえなかったフリをする。

 仮にも神様だというのに、八叉様はわたしの不真面目な礼拝を気にかける様子は一向になかった。これが日本の神様の大らかさというヤツなんだろうか。

 そんなことよりも、彼はお供えでは滅多に出ない肉や魚を食べられてご満悦の様子である。礼拝の態度云々(うんぬん)よりも、どうやら彼にとってはそちらの方が重要らしい。

 今までわたしが真面目にこなしていた儀式とは、一体何だったのだろう。つい遠い目でそんなことを考えてしまう。


 そして、最後三つめは……。




「よしっ、司紗。出かけるぞ!」

 今日もまた、バスの時間直前になって支度を終えた八叉様が張り切って宣言する。つい五分前まで「起きたくない」と布団の中で駄々をこねていたとは思えない、やる気と活気に満ちた声だ。

 エンジンが掛かるまでには時間が必要だが、一度掛かってしまえば最初からフルスロットル。それが彼の性質らしい。効率が良いのか悪いのか。

「どうだ、司紗。オレの圧倒的な異界(わた)り、もう一度体験させてやっても良いが?」

「いやいや、走れば十分間に合うから大丈夫。行くよ!」


 どうやら例の猫騒動で、わたしは八叉様に認めてもらえたらしい。こましゃくれた言動こそ変わらないものの、あれから彼は気まぐれに親切な提案を口にするようになった。……この「気まぐれに」というところが、いかにも神様らしいのだけれども。

 ただし、異界(わた)りについてはノーセンキューだ。八叉様の力による、空間を跨いだ跳躍移動。いくら便利であろうと、あんな常軌を逸した体験を味わうのはもう二度とごめんである。

 面白くない、という顔をしつつも、八叉様は大人しくわたしと一緒に走りだす。そんな素直な態度は、彼のわりと可愛いところではある。

 ただし、そんなことを口にすれば彼がスネるのは必定だ。わたしはただ黙って、小さな彼の背中を追いかける。


「おい、司紗。髪が乱れてしまっているではないか。くしを出せ」

 ぴったり現れたバスの中に駆け込むと、八叉様は横柄な声でそんなことを言った。

オレが直してやる。光栄に思え」

 その言い草に苦笑しながらも、カバンの中を探し始める。……が、いくら探してもそこにあるはずの櫛は一向に出て来ない。思わず肩ががっくりと下がった。


「櫛、なくしちゃったみたい……」

「またなの?」

 横でその様子を見ていたちとせが、呆れたような声を上げる。だがまぁ、彼がそう言いたくなるのも無理はない。


 自分としてはモノの整理は得意な方だと思っているし、大切に扱っているつもりだ。……それなのに。

「何故か櫛だけは、すぐどっか行っちゃうんだよね……」

 言葉と共に、大きなため息がこぼれる。




「まぁ女性の髪には魔力が宿るというからな」

 ふんと鼻を鳴らしながら、八叉様が呟いた。どういうことだろう、とそちらに目をやる。

「櫛はその髪の魔力を享受する道具。だから早々に付喪神つくもがみになって、消えてしまうんだろう」

「なるほど!」

 力強く頷いてしまった。

 八叉様の思いがけない、個性的なアイディア。そもそも、真っ当な神様が付喪神なんてキワモノを口にするとは。

 でも、その新説はわたしの責任をうやむやにしてくれる。全力で乗っかっていきたい。


「まぁつまり、司紗は髪をもっと伸ばした方が良い」

「これでも大分伸びた方なんだけどねー」

 謎の論理展開をされたが、特にそこには突っ込まずに答えた。

 中学の頃は男子に間違えられるほどの短い髪型をしていたわたしだが、高校入学を機に少しは髪を伸ばそうかなという境地へとやってきた。高校デビュー、初級のクリアーである。

 ただし、肩につくくらいになるとどうしても面倒くさくて切ってしまうので、今のところそれ以上伸びる気配はない。


オレは、その方が好ましい」

「いや、アンタの好みかい!」

 雑なツッコミを入れると、耐えきれなかったようにちとせが噴き出す。


 ――もう、バスの中で退屈に耐える必要はない。

 話し相手には八叉様が増えたし、彼が際限なく話題を提供してくれるおかげで、ちとせも寝落ちすることがなくなったから。

 ただ、わたしの生活で三つ目に変わったこと。それは。




 ――ちとせと二人で話をする機会がなくなってしまった。




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