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第3話 計画

 私は変わった。

 いや、これが本来の私だったのかもしれない。


 仮面を手にし、精霊アザゼルと共犯関係を結んだ私は水路を出た。その頃には夜も白んでおり、朝の陽光が汚れた体に照りつけてくる。


 どうやらここはイオスクリア王国の下層、俗にいう貧民街と呼ばれる場所だった。荒いレンガ造りの小屋が建ち並び、湿気と臭気で満ち溢れている。

 路上にうずくまっている者から、市街地まで物乞いをしに向かう者まで様々であったが、その多くが黒髪だった。


『なるほど。この時代の黒髪は特権ではなく、差別される原因となっているのか』


 そう言ってアザゼルは私のすぐ横を“進んでいく”。彼は本当に精霊らしく、地に足つけて歩くことはしない。仮面の所有者である私以外からは見えず、私以外に触れることもできないようだ。


『あなたのいた時代では違ったのですね』


 私は“思念”でアザゼルにそう返事した。仮面の所有者はそれに憑く精霊と思念で会話することができるらしい。

 脳内に直接声が流れてくる感覚は慣れないが、独り言をブツクサ吐き出している不審者に成り下がるよりはマシだ。

 

『ああ。仮面の力を使える者は黒髪の人間だけだったからな』

『人生で初めて、黒髪で良かったと思えました』


 そんな時代に生まれたら、わざわざエリシアと成り代わろうとする必要もなかったな。


『これからどうするつもりだ?』

『下準備、ですかね』


 私は貧民街を抜けて中流階級たちが集う市街地まで向かった。

 貧民街では特に感じなかったが中流階級の人々の中にいると、薄汚れた赤いドレスと黒髪はやはり目立つ。人々の視線を嫌でも感じてしまう。


 私のように黒髪で、貴族の家に生まれた者は珍しい。もっとも私以外にも同じような存在はいるにはいるが、その大半は不義の子だったり父親が認知しなかったりで、孤児院に送られることが多いようだ。


『大丈夫か?』

『ええ、慣れているので。それよりもさっさと済ませましょう』


 私は質屋で身につけていた装飾品や赤いドレスを売り払い、代わりに古着として売られていたブラウスとスカートを買って着込む。

 黒髪が着ていたからだと難癖つけられて売却額の桁がひとつ減ったが、抗議したところで無駄だろう。悪目立ちするわけにもいかないので、私は素直にその値段に応じる。


 それでも数日間、宿の部屋を借りて平民らしい生活をするには十分すぎる金額になった。

 貴族の衣服というものはそれだけ高価なものだったのだろう。平民社会とは金銭感覚がまるで違うというのは本当らしい。


『貴族社会にいたのだろ? 手慣れているな』

『黒髪のおかげで、私を手伝ってくれるメイドや執事はいなかったのですよ。だから全部自分でやっていた』


 もっとも平民の生活様式には慣れていないし、質素な服装には違和感がある。だが、これも経験値として自分に蓄積するべきことだ。

 これから先、この経験が活きる場面があるかもしれない。


 そう思えば、何事にも挑戦する勇気が出てきた。


 昼には屋台で売られているサンドイッチを買った。イオスクリア王国でも有名な店が出している屋台らしいが、パン耳がそのまま付いて肉とチーズを乱雑に挟んだだけのそれに、食欲はわいてこない。

 パンは硬そうだし、干からびた肉が用いられているし、チーズも安物の匂いしかしない。そもそも野菜が入っていないのはどういうことだ。


 だが食べるしかない。生きるためには食事が必要であるという当たり前なことを、否が応でも思い出させられる。


 私は市街地の中央広場のベンチに座り、そんなサンドイッチを食した。


「意外といけますね……」


 平民の味というのも悪くない。大雑把な味付けは、裏を返せばシンプルであるということだ。洗練こそされていないものの、これはこれで十二分に美味しい。


 なにより、礼儀作法に対して口うるさく言ってくる人がいなかった。

 食事中に嫌味ばかりを吐き出してくるアンネーゼも、ときおりこちらを睨みつけては罵倒してくるエリシアも、何事にも無関心な父もいなかった。


 たった1人の食事。

 それがなによりの幸福だった。


『感動しているところ悪いが、このまま平民人生を満喫するわけでもないだろう?』

『ええ、もちろん。まずは仮面の力の使い方を学びます』


 私は人気のない場所へと向かうと、周囲を確認しつつ仮面をつけた。脳裏に思い浮かべたのは先ほどサンドイッチを買った店の【男の店員】だった。

 そして質屋で調達した手鏡で確認する。


 頬を触ってみると、男性特有のゴツゴツとした骨格が皮膚の下にあることが分かった。

 どうやら見た目以外にも、体の形まで変わってくれるようだ。身体構造を含めて、本物そっくりに再現してくれるらしい。


 しかしながら若干の息苦しさのようなものはあった。

 仮面をつけているからだろうか。そのうち慣れてくるものであると信じたい。


『細かいことまで知りたいですね。アザゼル、教えてくださる?』

『もちろんさ。俺は君の共犯者だからな』


 そう答えたアザゼルは、ひと通り私に黒の仮面のことを教えてくれた。

 しかしアザゼルでも分からないことがいくつかあった。それらは実際に試してみる必要があるだろう。


『さて、これからどうする?』

『仮面の使い方を理解した後は、できるだけ早く計画を進めたいですね。私が生きていると知ったら、面倒なことをしてきそうな方々がおられるので』


 奴らにとって私は不都合の塊だ。殺人未遂の証拠が王国内を歩き回ってると知れば、少なくともエリシアたちは全力で排除しに来るだろう。

 この事件が明るみに出れば、王太子との婚約は解消され、ベルフォレスト家の爵位剥奪までありえる。


 無論、私はエリシアと成り代わることを考えているので、それより前の段階で彼女の地位を失墜させたくはない。

 あくまでもエリシアには王太子の婚約者であり続けてもらう。


『まずは私の婚約者フレデリック、そして異母妹のアンネーゼを殺します』


 橋の上での出来事を知る2人が厄介だ。それに今後、エリシアに成り代わって生活するうえで、消えていただきたい人物でもある。

 私を利用した男、私を虐げて橋の上から落とした張本人。

 私に殺されても文句は言えないだろう。


『一気に2人とは。なにか策はあるのか?』

『構想なら……。でも、それよりまずは――』


 ここは焦らず、あくまでも冷静に計画を進めるべきだろう。

 エリシアと王太子の婚約の話にこれ以上亀裂は入れたくない。ただ殺せば良いということでもないのが難しいところだ。


『シャワーを浴びたい気分ですね』


 2日後の夜、私は計画を実行に移した。

《黒の仮面のルール》

2:声や背丈など、身体的特徴は可能な限り再現できる。

  ただしあくまで外見上の変化であり、身体機能の変化はない。

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