4 初めての共同作業
「このように当代様には軽量化の機能が付与され、背中の筐体には短時間ながら、魔力を増幅させる装置も設けてあります。自動着脱も可能です。つまり、魔術師であれば苦もなく着装し、強力な戦力となることが出来るのです」
机に向かうミストに対し、鍛冶屋のベン・カンテンが滔々と説明する。
不思議な結婚生活も半年が過ぎた。
日中、ミストはもっぱらベン・カンテンから鎧についての講義を受けている。
初代から始まって、半年かけてついに当代のベリトン辺境伯へと辿り着いた。逐一、覚えているかの試験を課されたり、機能をつけた由来となる出来事まで説明されたりしたので、半年もかかったのだ。
「奥様、リョウガン様からお手紙です」
寝室にて、就寝前のミストに侍女のエルゼが手紙を持ってきた。
門番のスチューらが、数人がかりで夫、第17代ベリトン辺境伯を運び込んでいる。
「ありがとう、あとは自分でやるから」
門番のスチューらにミストは告げて、エルゼから手紙を受け取った。エルゼらが退室し、夫と二人きりになる。
半年前に会って以来、音沙汰のなかったリョウガンからの手紙だ。
「なんですって!?」
一読するなりミストは目を見張った。
ミストの実家、フォン・ブラウン公爵家を物理的にも家柄的にも潰してやったという。
自分たちを騙して、人間のミストを鎧に嫁がせたのは金も取っているので、人身売買に当たると。現国王陛下を詰問し公爵家に責任を取らせる形で、取り潰しとしてやったそうだ。
(勇者様の仲間だった上、今では)
物理的には魔筒で屋敷を執拗に砲撃してやったらしい。正直ミストは犯罪ではないかと思うのだが。
ただ、公爵家を相手取ったため、だいぶ難儀しており、まだ後処理のため王都に滞在せねばならぬらしい。
(なんてこと?ハチャメチャだわ。でも、スッキリした)
ミストはざわめく胸の内を抑え込んで夫を見つめる。
物言わぬ金色の体。ろうそくの灯りが妖しく揺れて、まるで表情があるかのよう。
立ちあがり、魔力を篭めて夫を寝台へと運びこんだ。軽量化機能をうまく作動させれば、ミスト一人でも運ぶことも可能なのだ。
「お父様たち。いい気味だわ」
実家はミストを不当に厄介払いしようとして、報いを受けた。対する自分は毎夜、鎧と添い寝して暮らすようになり、変わったこの家にも馴染んでいる。
冷たい鉱石の身体に安らぎを覚えつつ、ミストは眠りに落ちた。
「た、大変だっ!」
領民が一人、屋敷に飛び込んできたのはその翌日だった。
只事ではない雰囲気に気付いて、ミストも表に出る。男性は傷だらけだ。服の切れ目からは出血もしている。
「どうした?」
顔見知りらしく介抱しながら、スチューが尋ねている。
「数百人ほどの、馬に乗った兵隊に襲われて。あいつら、この屋敷も狙ってるっ」
男性の村はベリトン辺境伯の東の端にある。
でっぷりと肥った貴族に率いられた一団に村を襲われ、住人は何とか避難したものの、貴族たちはなおもこの屋敷を目指して行軍しているとのこと。
「フォン・ブラウン公爵だわ。取り潰されたのを逆恨みして」
ミストは呆然として呟いた。
他にでっぷり肥っていて攻め寄せてきそうな貴族に心当たりがない。
「奥様を売った、父君ですか。浅ましい。しかし、参った。リョウガン様がご不在のうちにやってくるとは」
ベン・カンテンが吐き捨てるように言う。
しかし、文句を言っている余裕もない。
「とにかく、戦える男を集めろ。戦になるぞ」
家政を取り仕切る鍛冶屋の号令一下、壮年の男性が集められることとなった。
侍女のエルゼらに連れられて屋敷の奥へとミストは戻される。
「リョウガン様がいらっしゃれば、数百人が相手でも大丈夫なの?」
歩きながらミストはエルゼに尋ねる。
「はい。勇者と共闘した魔筒士というのは伊達ではありません。数百人の兵士でも巨大な竜でも。鎧を纏って強力な魔術を放つリョウガン様の敵ではありませんわ」
頬に手を当てて、なぜか恥じらいながらエルゼが言う。まるで恋する乙女のようだ。
(鎧を着れば、ね)
ここ半年間のベン・カンテンによる講義をミストは思い出す。自らの夫に付与された数々の機能も。
ミストは、夫の安置されている書斎に通された。
「しかし、今回は間に合わないかも。すぐにでも奥様の実家はここを攻めるかもしれません。お覚悟を」
エルゼが言い置いて部屋を後にした。攻めてくるのはミストの実家でありながら、ミストのことを全く責めない。
最初に嫁入りしてから今日に至るまで、ミストが責められたのは、夫を失礼にも鎧扱いした結婚初期だけだ。
半年という時間を経て自分もまた、鎧を人間扱いするエルゼやベン・カンテンといった人々、そして夫自身にも愛着を持ちつつある。
何の覚悟を決めるべきなのか。分かりきっていた。
「旦那様」
ミストは夫に手を差し伸べて語りかける。
「私達の大切な人たちが傷つけられてしまうかも。耐えられますか?理不尽な逆恨みです」
当然、夫の第17代ベリトン辺境伯が物言うはずもなく。
ミストは夫に触れる手から魔力を注ぎ込む。
「私もあなたも無力ではないのではなくて?あなたには私という着用する人間が。私にはあなたという高機能で頑丈な鎧がいるのですから」
ただ守られるだけの領主と妻ではない。
更に魔力を流し込む。一際、大きな光を夫が発し、ミストは包み込まれた。
自動着脱機能。
ミストは姿見で、金色の鎧に全身を包まれた自らを見やる。
(本当に美しい鎧だこと)
誇らしげに陽光を照り返す夫を見て思う。
窓を開け放ち、ミストは風属性魔法により推力を得て飛び立った。軽量化機能も併せれば自在に飛ぶことができる。
「え、あれは奥様が?」
「いや、旦那さまだろっ」
「旦那様を身に着けた奥様だろっ!」
集合しているのは数十人ほど。やはり数百人の相手など無理だ。眼下であげられる声をあとにしてミストは飛び去っていく。
景色があっという間に過ぎる。
(あれね)
前方にいる騎馬の一団。悠然と行軍している。
先頭にいる馬上のでっぷりとした男。父親のフォン・ブラウン公爵だ。昔は武人としてならしたらしいが、今では見る影もない。
「止まりなさいっ」
凛とした叫びとともにミストは着陸し、実父たちの前に立ち塞がった。
「ここを、ベリトン辺境伯領と知っての狼藉ですか?」
報告通り数百人の騎兵が並ぶ。
声の震えを抑えてミストは告げた。武器も何もかも怖い。いくら何でも無謀すぎただろうか。
「何だ、お前はミストか?そんなものを着て、鎧が夫だというのは本当だったのか」
嘲笑うように父が言う。
声でバレたようだ。リョウガンに変声機能も付けてもらおう、とミストは思った。
「お前がとんでもないところへ嫁いだせいで、理不尽にも、うちは取り潰されかけている。戻ってこい。お前が大人しく家に戻れば、全てなかったことに出来る」
あまりにも勝手な言い分だ。
そもそも「嫁いだ」のではない。「嫁がされた」のである。それに取り潰されたのであって「かけている」のではない。
「ふざけないで」
低い声でミストは呟く。
頭に浮かんだ術式が視界に展開され、発動した。
「プギャァ」
水の奔流が父の顔面を直撃する。顔を洗って出直してこいということだ。
「私は第17代ベリトン辺境伯の妻ミスト・ベリトン。狼藉者の父親など持った覚えはない」
高らかに名乗りを上げてやった。
落馬した父が無様な姿で立ち上がる。
「何をしておる!相手は一人だ!捕らえて我が領地へ連れて帰れ!」
また父親が間違えている。
ミストは夫と2人だ。決して一人ではない。
数百騎が一斉に駆け出そうとする。
先の一撃を放った感覚。詠唱も術式の展開も要らないのだ。戦える、とミストは思った。
「舐めないでくれる?」
自分に使える最大の術式『雷河』の術式を思い浮かべる。両肩の筒からミストは『雷河』の電撃を放出した。背中の魔力増幅筐体と相まって。
視界が真っ白に染まるほどの電撃がほとばしる。
敵の絶叫すらも、雷鳴に呑まれて消えた。
街道に麻痺して倒れる人馬が折り重なっている。
「ひ、ひええ」
失禁している父を、ミストは夫ともに見下ろした。
「これがあなたに売り払われた私と、夫の力です」
口では言いつつも、ミストは別のことを考えていた。
(いけないわ、これ、癖になりそう)
装着して実感できた夫の高性能。夫婦としての万能感。
頭にいくつかのつけてほしい機能も思い浮かぶ。
「いいじゃない。次の鎧、つまり私たちの子供ってことになるのよ?」
ミストは将来の展望をあれやこれやと、着装したまま夫に語りかけるのであった。
とりあえずここで完結とします。
読んでくださった方には感謝の気持ちしかありません。なかなかご希望に添いきれぬ展開、書きぶりだったかもしれませんが。
もし、少しでも楽しんでくださる方がいらっしゃったなら幸いです。
落ち着いたらまた、読み返して微調整や直しをかけることもあるかもしれませんが。ひとまず。
ありがとうございました。