3 鉱山と鎧職人の村
用事で途中保存でしばしば中途であげてしまいますが、すいません。
翌日から早速、ミストは肩身の狭い思いをした。
鎧であるベリトン辺境伯との冷え切った初夜が屋敷中に知れ渡り、ベン・カンテン始め、使用人すべてが敵に回ったからだ。
今も自室で一人きりである。
(本当に彼らは何がしたいのかしら?)
既に初夜から3日が経過した。ミストは首を傾げる。
最低限の食事や入浴の面倒などは見てくれるのだが。就寝時には必ず鎧を寝室に置いていく。2日目には相手を理解しようと運ぼうとはしたのだが、重すぎて動かせなかった。
(うーん、でも、エルゼたちの機嫌は少しよくなったのよね)
指紋がついていたらしく、触れたことには気づいたのだ。
「進展ありよ、ベン・カンテン様に伝令」
エルゼが囁いていた。
一体、屋敷がどのように運営されているかも気になって、しばしば散策もした。
全てが鎧のベリトン辺境伯を中心に回っているという印象だ。
実務的な判断は全て、鍛冶屋だというベン・カンテンが下しているのだが、その彼からして、鎧のベリトン辺境伯をからめないと気が済まないらしい。しょっちゅう、鎧様の執務室に行っては決裁を受けている。
ハンコ職人キンタイの作った印鑑を鎧に持たせて押すだけなのだが。絶対に自分の手では押さない徹底ぶりである。本気で鎧を主君だと崇めているのだ。
自室にある寝台脇の呼び鈴を鳴らした。
「お呼びですか?」
不承不承というような表情を露骨に浮かべてエルゼが姿を現した。
昨日、エルゼの非礼を叱ってみたのだが、動けない旦那様を放置している奥様を敬うことなど出来ない、と反論された。他の使用人も集まってきて詰るのである。
相手が鎧とはいえ、本気で主君と信じ崇めている存在の妻、その役割を果たせていないのは事実なので、ミストも言い負かされてしまった。
だが、ここ3日間でようやく彼らとの付き合い方も分かってきたのだ。
「えーと、私の義父にあたる?先代様はどこにいらっしやるの?」
どうせ先代も鎧なのだろう、とミストは思っていたが一応尋ねる。とにかく情報を集めることだ。
ベリトン辺境伯と自分との結婚、入籍は正式に役所で受理されており、爵位も正統なものだ。手続き自体をどのように行っているかは気になったが、全てベリトン辺境伯の執務室に揃っていた。
(私はここで生きるしかない。実家にも帰れないしね)
継母らが牛耳っている実家よりは鎧が夫の屋敷のほうがマシだ。
「ええと、先代様なら確かリョウガン様が引き取りましたわ。今は鎧として他のご先祖様たちとともにご霊廟に」
人扱いして鎧の話をするとひどく喜ぶのだ。エルゼもきちんと答えようとしてくれる。
また、リョウガンという新しい名前も出てきた。
「その、リョウガン様というのはどなたなの?」
ミストは更に尋ねてみた。
「初代様から第17代の当代様までを作られた方ですわ。ギンジ様とお二人で、代々のベリトン辺境伯様を製作された方です」
エルゼがしれっと教えてくれた。しかし、なぜかリョウガンの名前を出すために乙女のように頬を赤らめるのだ。なんだというのか。
(いま、自分で作ったって。製作って。もう、やっぱり作った人がいるのだわ)
内心で盛大に怒るミスト。しかし、迂闊に指摘はできない。
「そのリョウガン様やご先祖様にご挨拶をしたいのだけど」
試しにミストは提案してみた。
「え?」
嬉しそうに驚くエルゼ。思ったとおりの反応だ。唇の端から笑みがこぼれている。
ただ、やはり芝居とは思えないのが恐ろしい。
「ええと、出来れば旦那様もご一緒に」
本当は1人で行くつもりなのだが。社交辞令で言ってみた。
「分かりました。旦那様のご予定を確認して参ります。ですが奥様」
なぜか出来るだけ硬い調子を保とうとしているエルゼ。
「旦那様もご多忙です。出来ればご予定はお早めに」
一応、急な提案というのがよくないので注意したかったらしい。まるで喜びが隠せていないが。
(次はもっとしっかりやらないとね)
思いつつもミストは頷いた。相手が本物の人間であればしていた配慮だ。まだ甘い。
「えぇ、気をつけるわ。ごめんなさい」
素直に謝ると、軽快な足取りでエルゼが去っていく。
自分がどうしたいのかをミストは考える。実家よりも良い環境であり、鎧の夫を人間扱いさえしていれば快適に過ごせるのなら良いではないかと思えてきた。
(ただ、ここ20年で17代?鎧だからか代替わりが早すぎるわ。次の鎧が出来たら、今の鎧の妻の私はどうなるの?)
まだまだ、ベリトン辺境伯について知らねばならないことが多すぎる。本当にどうしたいかを決めるのは、もっと多くを知ってからだ、とミストは自分に言い聞かせた。
「申し訳ありません、奥様」
数分後、ベン・カンテン始め、なぜか屋敷にいる使用人全員からミストは謝罪を受けていた。
「本日、どうしても外せない鉱山組合との会合があり、旦那様は一緒にお出かけになれないのです」
ベン・カンテンが心底残念そうに言う。夫婦仲を改善するせっかくの好機を逃した、とでも思っているのだろう。会議に出ている鎧、というの大変気にはなるのだが。
「奥様の方から歩み寄ってくれたのに、と本人も大変すまなそうに見えました」
ベン・カンテンが言う。
他の面々も頷いている。彼ら全員にはすまなそうに見えたようだ。言ったのではない。そう見えるのである。
門番のスチューと侍女のエルゼだけを連れて、ミストは馬車でリョウガンのいるという鎧職人の村へと向かう。
ベリトン辺境伯領では昔から魔鉱石など鉱石の採掘が盛んだ。採掘業のみで生計を立てていたところ、近年から鎧を盛んに作るようになった。ベリトン辺境伯自身が鎧となった時期とピタリと一致する。ベリトン鎧と言えば国中に名を轟かす名品だ。
半日揺られて、三方を山に囲まれた鎧職人の村へと至る。台地のような土地に工房がいくつも並び立つ中、鍛冶の火を起こすための煙があがる。
「着きました」
エルゼに言われてミストは馬車を降りる。
工房前の地面に2人の男性が平伏していた。
1人は白髪交じりの50過ぎぐらいの男性。もう1人は30代前半くらいの男性だ。
「私がリョウガン、こっちがギンジでございます。本日はいかなるご用件で」
なぜ気付かなかったのか。リョウガン本人を見て、ミストは思う。王都にて肖像画を見たことがあった。
「伝説の魔術師リョウガン様?勇者様とともに魔王を倒したという?」
ベリトン辺境伯領の存するカーデア王国は隣接する魔王の領土と長年争っていた。20年以上も昔のことだ。勇者ガベルとその仲間たちが魔王を倒して平和をもたらしたという歴史がある。
リョウガンもガベルの仲間だったが、あまりに偏屈で口が汚いので追放されたという。
「いえ、私は魔筒士です。それにもし、ガベルを勇者とおっしゃるなら、あれはとんだヘタレのグズで」
早速、リョウガンが意味不明の訂正をし、勇者を侮辱し始めた。
「そうだな、あの若造はものをつくる人間の気持ちがまるで分かってねぇ」
ギンジもうんうんと頷いている。
「あの、魔筒士とは?」
ミストはまずもっとも興味を惹かれたことを質問する。
「ええ、私は筒から集積した魔法を放出するのが得意でして。あとは鎧なんかに魔法機能を付与するのも」
リョウガンが誇らしげに説明した。
「ただ、こいつぁ、その2つしか出来ねえ。肝心の鎧は俺が作るんでさ」
ギンジも自慢するように言う。
2人の様子を見ていると、本当に自分たちの仕事に誇りを抱いているのがひしひしと伝わってくる。
「では、当代のベリトン辺境伯様も?」
ミストは分かりきったことを聞く。
2人が少し複雑な表情となった。誇らしさの他に困惑とも申し訳無さともつかぬ表情だ。
「えぇ、俺ら2人の最高傑作を代々の辺境伯様とさせて頂いております。王都のバカ陛下にも文句は言わせねぇ。優れた鎧が統治する理想郷をここに作りたくてね」
犯人はリョウガンだった。優れた鎧が統治する理想郷。意味不明である。
しかし、指摘する間もない。
「しかし、こんな美人の人間が、嫁に来るとは」
続くギンジの発言にミストは耳を疑った。まじまじと自分を気の毒そうに眺めている。
「はい?」
人間が、嫁に来ると何がおかしいのか。
(いえ、むしろ普通じゃないかしら。鎧の嫁に人間が来ておかしいってことでしょ)
ミストは思い直した。どうやら自分も感覚がおかしくなってきているようだ。初めて正論を言われているのである。
「俺もギンジも、他の者も、ベリトン辺境伯様の奥方には、それはもう素晴らしい機能を付与された、高性能の女性用ドレスが嫁に来るものだとばかり」
リョウガンがとんでもないことを言い出した。
「しかし、あのバカ陛下が正規に認めたっていうぞ」
ギンジが指摘する。
二人の話からして、自分と鎧の結婚は彼らにとっても予想外のことだったらしい。しかし、鎧の嫁にドレスが来て、誇らしげに寝室に並べているところを想像すると、なぜか少しゾッとした。
「フォン・ブラウン公爵から、うちのベリトン辺境伯様に見合うだけのドレスを買い取ったはずなんに」
リョウガンが言い、気の毒そうにミストを見た。
「ご実家となにかあったので?」
ギンジの問いにミストの瞳から涙が溢れてくる。
全てにようやく得心が行った。ミストを厄介払いすべく、実家はあろうことか、ベリトン辺境伯領の人々を騙して、自分を鎧に嫁がせたのだ。
リョウガンもギンジも全てを察したらしい。二人で顔を見合わせる。
「困ったな。気の毒だが、我らのベリトン辺境伯様17号に離婚歴をつけたくないな」
リョウガンがポロリと本音をもらす。
(え、いま17号って)
ミストの目から涙が引いた。
「だが、どうする?18号様だっていずれ完成させたいのに」
ギンジも訳の分からない返しをする。
「生身の人間に捨てられた、なんて末代までの恥だぞ」
さらにリョウガンが言う。
この期に及んで、リョウガンもギンジも人間より鎧のほうが大事なのだ。
くっくっ、とミストは笑みをこぼした。
「奥方様?」
エルゼが訝しげに問う。ちなみにずっとエルゼが無言だったのは、リョウガンに見とれていたせいである。
「安心なさって。お二人の鎧を捨てるつもりなど全くありませんから」
本当にままごとのような結婚になるかもしれない。それでも実家の思い通りになるのは癪だった。
鎧の妻をやってやる、そんな気持ちをミストは抱く。
「大したお方だ」
ポツリとリョウガンがこぼした。
「別に鎧の奥方様が人間でいけない理由もない」
さらにギンジもいう。
「では、我らの奥方様を売り払い、我々を騙したご実家には然るべき報いを与えましょう」
静かな口調でリョウガンが告げた。