93.狂人の管理
「ほ、本当にキュキュちゃんなの?う、嘘だよね?」
大きな口と目を見開き、尻餅までついて困惑するタリ。キュキュと知り合ってからはもう結構な時間が経っている。
ガジュとしてもかなり色々とこのネガティブ少女の情報は把握して来たつもりだが、彼女の因縁といえば一つしかないだろう。なんせ生まれてからガジュに会うまでずっとアルカトラに投獄されていたのだ。
「す、すみませんすみませんすみません!!!本当にすみません!私のような愚か者が……生きててすみません!!!」
「おい待てキュキュ!落ち着け!落ち着くんだ!」
土下座、というレベルを悠に超え、キュキュが頭を地面にめり込めせていく。その小さな額からは赤い血が溢れ出し、流石のガジュも宥めずにいられなかった。そしてそれは、謝罪の対象であるタリにしても同じである。
「キュキュちゃん大丈夫!私なら大丈夫だから!あの時のことは何とも思ってないし、怪我もしてないから!ほら見てよこの体!めっちゃ綺麗でしょ!?」
「すみませんすみません!本当にすみません!」
「やっぱりそういう関係か……。おい、タリとか言ったか。なだめるのはいいが、こいつをあんまり肯定するなよ!あくまでもこいつの罪を認めた上でなだめてくれ!」
「えぇ!?何その難しい注文!?」
この場で今一番恐れるべきことはキュキュの第二人格が顔を出してしまうことだ。どうせこの亜人は丈夫を極めているのだ、頭から血を流したところで死ぬことはない。むしろこの有様をなだめようと適当な言葉を吐かれる方が問題である。それを分かっているからこそ、駆けつけたシャルルもキュキュではなくタリの方を抑えていた。
「すみません。説明は難しいんですが、あなたの知らない間にキュキュは色々と面倒な事情を抱えているんです。一旦落ち着いて話を聞いて下さい。」
「面倒な事情……。も、もしかして私のせい?」
「ケルベロスの亜人っていう体質的な問題もあるが、半分ぐらいはお前のせいだな。あんた、例のお姉さんだろ?」
アルカトラでキュキュと出会い、暴走したキュキュによって傷付けられた例の女性。アルカトラにはもう居ないような話ぶりだったからてっきり死んだのかと思っていたが、まさかこんなところで会おうとは。ガジュ達は何とかタリを落ち着かせ、延々と頭を擦り付けているキュキュを囲んで話し合いを始める。
参加メンバーはガジュ、シャルル、ユン、タリ。そして流血中のキュキュ。事情を知らないクルトとノアは、言うまでもなく蚊帳の外だ。
「えーと、あなた達はキュキュちゃんとどういう関係なのかな。なんとなく、私よりキュキュちゃんと仲良しなのは分かるけど。」
「俺達はこいつとパーティを組んでる冒険者だ。こいつと一緒にアルカトラから脱獄し、そのまま色々と冒険してる。」
「脱獄……。あぁもしかして例の人達!?アルカトラにいる亜人達を解放して、亜人の地位を引き上げてくれた解放の英雄!」
「僕達そんなあだ名付けられてるの?あそこ出てから亜人の人に会うの初めてだから知らなかったや。あ、キュキュちゃ〜ん、キュキュちゃんは褒められてないからね〜!この愚か者ー!大馬鹿ー!」
タリのテンションが上がったのを確認し、ユンが素早く罵詈雑言を重ねる。なるほど、考えたこともなかったが、確かにガジュ達は亜人達からすれば英雄と呼ぶべき存在だろう。アルカトラのゴミ箱に居た亜人達を解放し、彼らに罪がないと宣言したことで「亜人=犯罪者」という世間の認識を払拭した。まぁガジュ達は暴れただけで、諸般の手続きをしたのはシャルルだが、そこはどっちでもいいだろう。
「で、その英雄さん達が何でこんな所に?」
「まぁ色々あったんだが、俺達はこの街にちょっと仕事をしに来ただけだ。そしたら期せずしてお前と遭遇し、キュキュが発狂した。説明することなんてそれぐらいだ。」
「僕らとしてはお姉さんとキュキュちゃんの関係の方が気になるけどね。昔アルカトラにいたんでしょ?その時にキュキュちゃんとイザコザがあったんだよね!」
「う、うん。当時のキュキュちゃんはまだ子供だったし、色々と私が話してあげてたんだよ。私、パーニュ出身ではあるけど、ほぼ旅人みたいなものだったから。」
そう言ってタリが己の耳を触る。キュキュと違って柔らかそうな長い耳と、お尻の辺りから垂れている細い尻尾。なるほどこのレベルの獣人であれば帽子とスカート程度で身を隠せるだろう。
「その後は……私もよく覚えてないんだよね。キュキュちゃんの首輪がたまたま壊れかけてるのを見て、皆が『こいつにスキルを使わせて脱獄しよう』って盛り上がっちゃってさ。それで気づいたら私は血塗れで医務室に運ばれて、キュキュちゃんは独房に。」
「どいつもこいつも記憶力の弱い……。まぁいい。分からないなら直接聞いてみればいいんだ。おいクルト!ちょっとこっちに来い!」
「何だ〜?吾輩、ノアと楽しく○×ゲームしてたんだが。あいつ、ちょっとうざいが割といい奴だな。」
「お前は本当にすぐ人と仲良くなるな。まぁいい、キュキュ、クルトを【強化】の対象に指定しろ。」
「え?わ、わかりましたすみませんすみません!」
今のキュキュは完全に冷静さを失っている。タリも過去の件を覚えてないとなると、もう頼れる存在は一人だけだ。キュキュがアホ面のクルトに触れたのを確認し、ガジュはユンに合図する。
「あー、なるほどね。キュキュちゃんって本当に可愛いよね!こんな可愛い子は何の罪もない!生きてるだけで価値がある!ほら、僕の胸の中で甘えるといいよ!」
「……あっはっは!!!過去、追想、後悔!我のような愚か者に生きる価値などない!みんなまとめて狂ってしまえぇぇぇぇ!!!」
「え!?何だ、吾輩の体が勝手にー!!!」
「こっちが出てくるのは久々だな。クルト、事情を説明するのは面倒だ。お前はここで眠っとけ。」
【狂化】が発動したところで、操られているのがクルトであれば何の問題もない。操った対象が雑魚であれば、狂乱モードのキュキュはただうるさいだけの存在だ。ガジュがクルト、ユンがキュキュをそれぞれ押さえつけ、第二人格との話し合いが幕を開ける。




