84.戦いを始めよう
「おい、生きてるかハクア。」
「何とかな……。お前のせいでボロボロだ。」
「それは悪かったな。だが何とかして生きろ。さっきまでのは俺じゃない、お前は後で改めて俺が叩き殺す。」
「相変わらず無茶苦茶な理論だな。最早安心できるぐらい、お前らしい。」
血まみれのハクアとゲロまみれのガジュが横に並び、ガジュから吐き出された物体を睨みつける。正気を取り戻したからといって戦いが終わったわけではない。むしろ、ここからだ。
金色の吐瀉物から煙が湧き上がり、例の魔族が再び姿を現していく。
「何とまぁ愚かな事よ。其方の復讐心は本物、故に我が手を貸してやったというのに……。」
「勝手にお前が寄ってきただけじゃねぇか。気持ち悪りぃ見た目しやがって。」
「ガジュ、そいつから離れた方がいい。そいつはチャリオット。魔族という化け物の一端だ。」
「魔族の事なら知ってる。このチャリオットとかいうのは特にな。俺の師匠と呼ぶべき人間の仲間を皆殺しにした野郎だ。」
「我が名はチャリオット。復讐を求めし者よ、我と契約して力を得るが良い。我は心が広いからな、一度追い出された所で逃げるような手合いではないぞ。」
魔族、チャリオット。ガジュとしても、創立祭に現れるならこいつだと思っていた。ヘサの仲間を殺し、復讐がどうこう言って去っていた魔族。バーゼに巣食っていたテンパランスが秩序を重んじる魔族だとすれば、こいつは復讐を重んじる魔族なのだろう。この世界においてガジュ以上に復讐を願っている人間はそういない。そのことはガジュ自身が一番よく分かっている。
チャリオットはどうやらガジュを大層気に入っているようで、攻撃するわけでも逃げるわけでもなく、その場に留まり続けていた。恐らくガジュが再びチャリオットの力を求めるのを待っているのだろう。だが、ガジュの頭からそんな選択肢はとうに消えている。
「復讐は後にして、逃げられる前にこいつをぶっ倒す。と言いたいところだが……正直俺は限界だ。お前につけられた傷はいてぇし、【闇の王】はろくに使えねぇ。」
「残念ながら俺もだ。お前のせいでこの通りボロボロ。魔族どころかお前にすら勝てる気がしない。」
「【魔法剣】はどうなったんだ。あの魔族に体を奪われてた間、ぼんやりとしか記憶がないが……随分焦ってたのだけは覚えてるぞ。ひたすらに滑稽だった。」
「ジュノからの魔力供給が途絶えたんだ。どうやらあいつはお前の仲間に倒されたらしい。」
「はっ、うちのユンが頑張ったみたいだな。あいつが勝ったなら……俺らが引き分けとして三勝一分。十分な成果だ。」
ガジュがやたら誇らしげな表情で山を見渡し、ハクアを嘲笑う。魔族に魅入られなければガジュは普通に敗北していたはずだが、彼の頭の中では都合よく解釈されているのだろう。魔族の干渉を断ち切ったとしても、ハクアへの復讐心だけは変わらない。
「あのユンとかいう少女は一体何者なんだ。詳しいことは後で話すが……ジュノはそこら辺の少女が勝てる相手じゃない。というか、俺やお前でも絶対に勝てない相手だ。」
「聞きたいなら本人に聞けよ。くだらない雑談をしてた甲斐があったみたいだぞ。」
「やほ〜ガジュ!おっ、こちらもしかして魔族の方?どうする?煮る!?焼く!?」
ボロボロの体でチャリオットを倒す算段を立てていると、奥から例の少女が姿を表す。その肩には半裸のジュノが担がれ、背後にはシャルル他『クリミナル』と『カイオス』の面々が勢揃いしていた。
「丁度いいタイミングで来たな、お前ら。」
「色々とあったんですが……ユンやキュキュを回収していたら遅くなりました。酷い怪我ですね、ガジュ。」
「俺の傷はどうとでもなる。お前らは怪我してないか?」
「だ、大丈夫です。わ、私もユンさんも、特に負傷はしていません。」
駆け寄ってきた『クリミナル』一同が素早く状況報告をしてくれる。色々と聞きたいことはあるが、やはり自分の仲間達はすこぶる優秀。その事をガジュが実感していると、背後でも『カイオス』の面々が言葉を交わしていた。
「ハクア!?どうしたんだその傷は!」
「レザ、説明は後でするから取り敢えず治癒してくれるか。目の前にいるのは例の魔族、チャリオットだ。俺達はここでこいつを殺さなきゃならない。」
「チャリオット……。【魔法剣】は使えないのか?ハクアなら魔族が相手でも引けを取らないはずだろ。」
「ジュノがあの様だからな。俺も、ガジュも、使いものにならない。」
ハクアに駆け寄ったレザが治癒魔法を素早くかけながら事情を説明され、先ほどまで押し黙っていたチャリオットがようやく口を開く。その奇妙な瞳にはガジュしか映っていないようで、辺りを取り巻く他の人間達には目もくれず、ただガジュに向かって言葉を重ねていった。
「話は決まったか。力を求めよ、復讐者よ。」
「黙りやがれ。おい、ハクア。こいつは俺と俺の仲間達で片付ける。お前はそこで転がってろ。レザとジュノとかいう奴もだ。まぁ、ラナーナは借りるがな。」
「え、あたしも巻き込まれるの。あたしあんたの仲間の獣人にボコボコにされたばっかなんだけど。」
「相変わらず文句の多い奴だな。じゃあお前もいらねぇ。そこでハクアと一緒に転がってろ。」
戦える人間は多い方がいい。そう思ってラナーナを頭数に入れたが、言われてみれば彼女の体はズタボロだ。キュキュがここまでの傷を与えるということは、ほぼ間違いなく第三人格辺りが顔を出して暴れたのだろう。
だがラナーナがいないのならばそれはそれで丁度いい。ヘサの仲間である黒曜等級冒険者を三人殺害し、人智を超えた力を振るう魔族。『クリミナル』が一堂に介して戦闘する相手としては、完璧だろう。
「待たせたな、クソ魔族。俺はお前と契約はしない。復讐は自分の手で果たす。誰かの力を借りるのは……お前みたいな化け物を叩き殺す時だけで十分だ。」
「愚かなことよ……ならば貴様の仲間を殺し、復讐の炎に薪を焚べてやる。」
ベリオット冒険者学校創立祭。誰も知らないラストバトルの始まりである。




