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79.セルフ喧嘩

「僕は考えたんだよ。キュキュちゃんがケルベロスの亜人であると分かった今、多重人格をコントロールするのは無理なのではないかとね。」


 数週間前。ベリオット冒険者学校の校庭でいつも通り訓練に励んでいたユンが、思いついたよう言葉を吐く。キュキュの正体が発覚してからしばらく、ヘサの言う通り人格のコントロールに励んできたが、結果は全く持って出ていない。なればこそユンの発言はキュキュの興味を引くものであり、それは横で腹筋をしていたシャルルにしても同じだった。


「どういうことですか?急に全てをひっくり返すような事を言わないでください。」

「いやさ、ケルベロスってことはキュキュちゃんの三つの人格は同じ体を共有しているだけの他人なわけじゃん?他人をコントロールするってのは無理な話だと思うんだよね。僕らもほら、ガジュをコントロールしろって言われても無理じゃん?」

「まぁそれはそうですね。」

「だからさ、キュキュちゃんがキュキュちゃんを従わせればいいんだよ。別人格をコントロールするんじゃなくて、別人格に干渉しようとするの。丁度僕らがガジュの手綱を握ってるみたいにさ。」


 その言葉と共にキュキュの頭にいつもの光景が思い浮かぶ。ハクアを殺そうと暴れ回るガジュと、それを両脇で押さえ込むユンとシャルル。確かにあの状況を自分の体の中で再現できれば、別人格が暴れてもなんとかなるかも知れない。そう思い、キュキュは尊敬する変人に問いを投げる。


「え、えと……わ、私はどうすればいいんでしょうか。」

「別人格が発現した時に、今のキュキュちゃんが意識を保てるようになろう。そしてその為には、とにかく別人格を発現させまくることです!やーいやーい!超絶可愛いケモ耳少女ちゃんやーい!」


 ユンが流れるようにキュキュを褒めちぎり、第二人格が発現する。こうして、キュキュの人格干渉訓練が幕を開けたのであった。


 ◇◆◇


 そうして今。時は創立祭に戻り、キュキュは訓練の成果を遺憾なく発揮していた。


「わ、私はそんなこと求めていません!べ、別に誰も殺したくないです!」

「甘えた事を言うな!己が背負った罪を自覚しろこの痴れ者!」


 瞳の色を目まぐるしく変えながら、右に左に首を振り回して自分自身と喧嘩する様はあまりにも珍妙。ラナーナはこの意味不明な現状を必死に咀嚼し、息を整えながら魔法を構える。


「これは……一体どういう事なのかしら。あたしはあんた、いやあんた達?を倒せばいいわけ?」

「すみませんすみません。ちょっと複雑な事情を抱えていまして……。すぐに落ち着かせるので待ってください。すみません!」

「落ち着くのは貴様だ!複雑な事情など何もない、ただ目の前の敵を全て殺す!それこそが贖罪であり、正当な行為である!」

「あぁもう、黙ってください!!!」


 左手とは違ってしっかりと実態のある右手がキュキュ自身の頬をぶん殴り、自分で自分を黙らせる。第二人格を発現しては罵倒され、第三人格を発現してはボコボコにされる。そうした地獄の訓練の結果、キュキュはどの人格が発現している間でも、元の人格を同時に発現させることが出来るようになっていた。といっても体の操作権はほとんどなく、ただ口を挟んだり軽く殴ったりできる程度。当初の目的である『コントロール』というレベルには到底達していない。


「と、とにかく……今はまずラナーナさんを倒してください。こ、殺さない程度に!」

「殺さない程度に……?はっ!愚か愚か!私を止めてみたくば止めてみるがいい!」

「なんかよく分からないけど、向かってくるなら相手してあげるわよ……手加減なしでね!風の精霊よ!その高潔と知性に満ちた聡き魂を呼び覚まし、我が魔力を糧として貫き通せ!狂風の槍(トルネード・バベル)!!!」


 左手のモヤを槍に変化させ、一切止まることなく突進するキュキュ。そしてそれを迎え撃つように風の槍が空を舞う。炎の時とは違い的確にキュキュの心臓を狙って飛来する槍を避けながら、暴走する自分を抑え込む。果てしなく重労働だが、放っておけば自分かラナーナが死んでしまう。やれることは、全てやらなければ。


「うぅ……。とにかくもっと落ち着いて下さい!」

「べぶっ!」


 かろうじて動かせる右腕で必死に自分の足をぶっ叩き、自分で自分をこけさせる。これで取り敢えずラナーナの魔法は回避出来たが、結局問題は解決していない。


「うぁ……愚か者め!なぜそのような忌まわしき身の上で私の邪魔をする!」

「え、えっと……!分かりました。ラナーナさんを殺しても構いません。か、構いませんから槍じゃなくて槌を使って下さい。そ、それなら邪魔しませんから!」

「何?ふむ、いいだろう。私の目的は贖罪を果たすこと。その方法はさいして問題ではない!」


 三人目の自分は極めて頑固な性格だ。いくら口を挟めるからといってこれを制御するのはやはり不可能。キュキュはそう判断し、改めてラナーナへ向かっていく。自分を抑えられないならば、自分が自分の行いを相殺すればいい。そう考え、キュキュはラナーナに向かって振り下ろされる自分の左手と共に右手を伸ばす。


「殺す!全てを圧殺することこそが贖罪!」

「ら、ラナーナさん!とにかく全力で体を守って下さい!わ、私があなたを全力で守ります!」

「はぁ!?なんかよく分からないけど頼むわよ!」

「は、はい!【強化】!!!」


 ラナーナの良いところは、人の言う事を素直に聞けるところである。魔法を唱えるのは時間的に不可能だったのだろう、ラナーナが両手を前に出し、そこに大鎚が飛来するより早くキュキュの右手が触れる。


 別人格が発現している時でも、キュキュ自身が意識を保てる。それは即ち【凶化】を使っている時でも【強化】を使うことが出来る事を意味しており、それこそが自分をコントロールする上での唯一の活路だとキュキュは自覚していた。【凶化】で攻撃した相手の体を【強化】で強化し、過剰な攻撃力を高めた防御力で相殺する。この方法が、キュキュなりの最適解だ。


「うぅ……。ごめんなさい、ごめんなさい。い、生きてますか?ごめんなさい!」

「はっはっはっ!贖罪は果たした!はっはっはっ!!!」

「いった……あぁもう!何で私はいつもこんな目にあってるのよ!」


 人智を超えた防御力で人智を超えた攻撃力を防ぎきる。こうしてキュキュは誰一人傷つける事なく戦闘に勝利したのであった。

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