6.アルカトラのゴミ箱
「おいクソ脱獄者共!俺もここから出せ!」
「女連れて脱獄とか舐めてんのかぁ!死ね!死んじまえーーー!!!」
両側から降り注ぐ罵詈雑言と唾と汗。それはあまりにも不快であり、ガジュ達の高揚した頭を冷静に戻すには十分だった。最早周りの囚人達に目を向けることもなく、ガジュ達は下を向いていた。
「ユン、俺達に今一番必要なのは物事を落ち着いて考えられる聡明な仲間なのかもしれないな。」
「ほんとそうだよ。『ゴミ箱もこのままダッシュで駆け抜けよ〜♪』とか思ってたさっきまでの僕を殴りたいもん。」
体を縮こまらせながら、二人は檻と檻に挟まれた小さな通路を歩いていく。
数分前、六十層からの階段を駆け上がったガジュ達は、意気揚々と五十九層からの巨大フロアへと突入した。既にユンの魔法の効果は切れていたものの、この層にいる看守は一人。呑気に歩いていても特に問題はなく通過できるというハチミツ並みに甘い考えの元歩き始めたが、ここは『アルカトラのゴミ箱』の異名を取る場所。無数の囚人達が所狭しと収容されており、ガジュ達に罵声を浴びせてきたのである。
「どうする。この騒ぎだと流石に看守に気づかれるだろ。こいつら全員叩き殺すか。」
「それはそれで大問題だと思うなぁ。戦うなら看守にしなよ。この階層の看守は、ほら、超特殊だから。」
その言葉を聞きながら、ガジュは上に目を向ける。ユンから聞いていた通り十階層ぶち抜きの広大なフロア。檻はコンテナのように積み上げられ、その横に細い通路が雑に設置されている。まるで工事現場のようなこの場所を管理するたった一人の看守。どういう人間かは知らないが、確かにここの囚人全員を黙らせるよりは看守を黙らせる方が簡単かもしれない。
「ここの看守は一人で囚人を見てるっていう点も変なんだけど、もっと変な点があるんだよね。」
「もっと?超過重労働以上に変なことなんてあるのか。」
「看守ーー名前はシャルルとかいったかな。そのシャルルちゃん、正確な肩書きは『囚人看守』って言うんだよ。」
「囚人看守?なんだそのふざけた肩書きは。」
「そのままの意味。シャルルちゃんはアルカトラの囚人でありながらこのゴミ箱の看守を任されてるちょっと頭のおかしい子なんだ。」
喚く囚人達の声にも慣れ始め、ガジュ達は例の孤独な看守について雑談を始める。ユンがシャルルちゃんと気安く呼んでいるあたり、彼女と同年代あるいは年下の若い女性なのだろうか。何にせよ囚人看守という特異な言葉に、ガジュの興味はそそられていた。
「ユンは何でそいつの事知ってるんだ?随分仲良さそうだが。」
「別に仲は良くないよ?僕は檻に囚われてたし、単にあの子が有名なだけ。ちっちゃくて可愛いけど元気で面白いらしいんだよね〜!囚人からも看守からも憎まれててちょっと可哀想なのがいい!僕、小さい子がちょっと酷い目にあってるの好きなんだ!」
ユンの性癖は置いておくとしても、そのシャルルという少女の境遇は想像できる。看守側からは囚人として下に見られ、囚人側からは看守として恨まれる。非常に扱いにくい微妙な立場の存在。アルカトラのゴミ箱に突っ込まれているのは、囚人だけではないということだろう。
ガジュがそう思案したタイミングで重苦しい金棒の音が鳴り響く。
「静粛にーーー!!!囚人に喋る権利はありませーーーん!!!!!」
それはまるで可愛らしいマスコットのような高く甘い声。囚人を叱るというよりも弟やお友達を怒る時のような腑抜けた声色がガジュ達の鼓膜を痺れさせ、追い討ちをかけるように鉄の音が鳴る。代わりに周囲の囚人達が次々と静かになっていく中、ガジュをじっと見つめている少女がいた。
右手に金棒、左手にメガホン。例の鎖の紋章が描かれた看守服と手錠。囚人であり看守という歪な身分に相応しい格好に身を包んだ金髪の幼女は徐々にこちらへと近づき、金棒を振り上げる。
「シャルは名誉ある囚人!シャルル・バーニュ!!!正義に逆らうものと!秩序を乱すものはーーー!!!私が抹殺しまーーーす!!!」
「うるせぇクソガキ!分かったから黙れやボケ!」
「あぁガジュ!口が、口が悪いよ!こんなに可愛い子に怒らないで!」
あまりの声量に圧倒されながらガジュは激怒する。この幼女の名前などわざわざ聞かなくてもこの場の全員が察している。ましてあんな意気揚々と叫ぶ必要など、絶対にないはずだ。
「ガジュ?あぁそうですか!貴方がそうですか!報告は受けていますよ!!!秩序の行き届いたこの世の楽園たるアルカトラから脱獄を図る愚か者!!!貴方はここで捕縛しまーーーす!!!」
「だからうるさいんじゃボケェ!!!おいユン!脱獄とか復讐とかどうでもいいからあいつ殺すぞ!俺はなぁ、声がでかい奴と白い髪の魔法剣士が大っ嫌いなんだ!」
「分かったから落ち着いてよ!今ガジュも相当うるさい!メガホン使ってるあの子とあんまり変わらないぐらいうるさいから!それに絵面が悪い!筋肉ダルマが幼女に殺すとか言っちゃダメだって!」
思い思いの大声が響き、立ち並ぶ檻は激しく振動していた。