72.カウンター
「どうだ、ここでなら君も本気を出せるだろう。ベリオット冒険者学校秘蔵の訓練室。ここならいくら暴れても壊れない。」
そういってヘサに案内された場所は、ガジュにとっても最高の環境であった。窓もない上、扉は入り口の鉄扉だけ。壁や天井には魔法かスキルによる加工が施されているのだろう。硬いを通り越して、最早馴染みのない新鮮な質感である。天井の電気を消してさえしまえば、【闇の王】の力は完全に発揮されるはずだ。
「いいのか?自慢じゃないが俺のフルパワーは凄まじいぞ。」
「構わない。一切の手加減なく殴りかかってきてくれ。」
流石のヘサも本気で相手をするつもりなのだろう。付けていた手袋やメガネ等を外し、部屋の隅に綺麗にまとめていく。いよいよ戦うか、ガジュがそう思って拳を構えると、ヘサから思いがけない問いが投げられる。
「戦う前に、君に確認しておきたい事がある。君の仲間の……ユン氏は一体何者だ。」
「ユン?何者と言われてもな、俺も詳しい事は知らない。アルカトラの第六十層で出会った正体不明の狂人だ。かなり強いことだけは知ってるが、年齢もスキルも聞いた事はない。あいつがどうかしたのか?」
「アルカトラの囚人となると一応人間ではあるのか……。先ほどは本人の目の前だから言わなかったが、私の【測量】によれば、例の魔族と思しき強力な反応の一つは、彼女だ。」
「……はぁ!?」
『ヘサやハクアを軽く凌駕するほどの戦闘力を持ち、魔族でもなければあり得ない。』。ヘサは確かそう言っていたはずだが、その一つがユンとは……。すっかり戦闘モードだったガジュはその情報に困惑し、つい握った拳を緩めてしまっていた。
「最初は彼女自身が魔族、あるいは魔族と契約した人間だと思ったが……先ほどの様子を見ると彼女は魔族という存在を詳しく知らないようだった。演技という可能性も考えられるが……。君に何か心当たりはないか。場合によっては、創立祭を待たずして私は彼女を殺さなければならないかもしれない。」
「急にそんなこと言われてもな……。あいつが悪人ではないことだけは確かだぞ。性格は終わってるが、何だかんだ仲間思いだし、何だかんだ俺達の助けになってくれている。」
「あぁ、だから私も迷っている。キュキュ氏を筆頭に君達は彼女を信頼しているようだったからな。まぁとにかく、彼女には気をつけることだ。本人の意思かどうかも不明だが、彼女が果てしなく強い力を隠していることは間違いない。」
全くあの水色髪はどれだけこちらの頭を悩ませれば気が済むのだろうか。ガジュは軽く頭を抱え、再び拳を握る。どういう状況だろうと、ガジュの信念だけは揺るがない。
「何だろうと、あいつは俺の仲間だ。人でも殺し始めたら問題だが、そうでない限り俺はあいつらを受け入れる。その為にも、俺を強くしてくれ。ハクアをぶっ倒せるほど強くなれば、ユンが何を始めてもどうにかなるだろ。」
「ふっ、見上げた精神力だな。いいだろう、長話は終わりだ。かかってくるといい。」
ガジュが決意を固めると共に、部屋の電気が消えていく。内から湧き出してくる力と破壊衝動。それら全てがガジュの思考をクリアにし、ただハクアへの復讐心だけが燃え上がる。
「まずは一発、デカいの叩き込んでやるよ!」
「攻撃を放つ際に空中に飛ぶな。体勢も制御できない上、攻撃地点が分かり易すぎる。」
暗闇の中での戦闘はもう慣れたものだ。衣擦れの音を頼りに飛び上がり全力のパンチを叩き込んでみるが、ヘサには通じない。拳は最も容易く回避され、大地が抉れていく風圧も簡単に受け流される。だが一度避けられた程度で諦めるほどガジュの心は弱くない。ガジュは素早く立ち上がり、そのまま蹴りへと繋げていく。
「飛び上がったり回し蹴りをしてみたり、体格の割に軽やかな攻撃を好むのは癖か?癖なら今すぐに直すべきだ。それだけの火力を持っているならもっと落ち着いた戦闘を心がけた方が勝率は上がる。」
「落ち着いた戦闘……?」
「君の【闇の王】は火力だけでなくステータス全般が跳ね上がるんだろう?ならば相手の攻撃を多少受け、カウンター中心に攻撃を展開するべきだ。特に一発目は不意を付ける。先ほどの君のように初撃から全力を出す必要はない。例えば……こんな風だ。」
軽く体を屈め、ヘサはガジュの一撃目を避けていく。蹴りを避ける上でしゃがむのは悪手、ガジュがそのまま二発目に繋げようとした時、見るからにヘサの動きが変わる。軽やかだった足取りが一気に重くなり、まるで地に根を張るようにどっしりと足元を固めた小男は近寄ってくる足を掴み、ガジュの体ごと訓練室の硬い壁へと叩きつける。
「ふぅ。私の力では精々この程度が限界だが、君がこのレベルのカウンターを行えるようになれば相当戦闘力は上がるはずだ。この方法なら【闇の王】の効果量にも然程左右されない。今度は私側から攻撃するから、とにかく冷静に攻撃を迎え撃て。」
そう言ってヘサが腰に下げていた木剣を手に取り、ガジュに向かって突きつける。【闇の王】効果100%。未だ、ガジュの攻撃は一度も命中していない。




