52.忠実な操り人形
「ぶっ殺したいのはバーゼだけだってのに次から次へと邪魔が入りやがるから、俺はもうキレてんだ。とっとと終わらせてバーゼをぶっ殺すぞキュキュ!」
「半分ぐらい私のせいですよね……すみませんすみません!」
怒りで目をギラつかせたガジュと、申し訳なさで汗を流すキュキュが横に並び、シャルルの前に立ちはだかる。
「オにイサまのたメ、チツジょをマモりまス。」
「お前が守るべきは秩序じゃなくて正義だろうが。良い加減に、目を覚ませ!」
聞き取りにくいカタコトの言語と、澱んだ瞳。ガジュに使用を禁じられてからも大事そうに腰にぶら下げてたメガホンも無ければ、アルカトラで振り回していた棍棒も持っていない。洗脳されてからまともに入浴していないのだろう。バーゼ同様薄汚れた体だけが悪目立ちし、シャルルの小さな右手には警棒のようなものが握られている。
いくら操られているといえど、シャルルは仲間であり十以上も歳の離れた少女だ。そこらの輩のように顔面を殴り飛ばすわけにはいかない。ガジュは持ち合わせた力の全てを使って、シャルルの足元を殴りつける。
「ちっ、【闇の王】が機能してないから地面一つ壊せない……。おいキュキュ!俺に【強化】をかけ続けてくれ!」
「は、はい!【強化】!」
「ちツジょ、チツじょ!」
指示通りキュキュがガジュの体に軽く触れ、スキルの対象に指定。そのままスキル名を唱え、ガジュの体に力が巡っていく。何よりも気をつけるべきは、シャルルを傷つけないことと、彼女に触られないことだ。別に警棒で殴られること自体は痛くも痒くもないが、シャルルには【投獄】がある。ほんの少し体が触れるだけでユンのように檻の中に入れられてしまう。一体どういう場所に転送されるのかは知らないが、ユンともあろう女がすぐに脱出してこない辺り相当厳重な檻が用意されているのだろう。
「体が軽くなったところで迂闊に攻撃出来ないのは一緒なんだよな……。キュキュ!なんか遠距離攻撃は持ってないのか!」
「すみませんすみません、特にありませんすみません!」
どれほど火力があがろうと、迂闊にシャルルに近寄れば【投獄】される。であれば遠距離攻撃の択を取るのが通常なのだろうが、とにかく面子が悪い。ガジュはパワー一辺倒で、幼い頃弓を使おうとしたら弦を引きちぎってしまったほどの人間だ。キュキュもキュキュでそもそも戦闘の心得がないから出来ることはない。例の第三人格、贖罪モードに入れば黒いモヤを動かして遠距離攻撃も可能だろうが、あれはあまりにもピーキーだ。
「取り敢えず石ころでも投げてスタミナを奪うか。俺があいつの注意を引くからキュキュは適当に攻撃しろ!キュキュぐらいの火力ならシャルルも怪我しないはずだ!」
「は、はい!わかりましたすみません!」
素早く指示を飛ばし、ガジュは壊れた建物の破片を放り投げる。シャルルは力が弱いだけで別に弱いわけではない。手に持った警棒で飛来する瓦礫を的確に跳ね飛ばし、ガジュに向かって突撃し始める。そうして目の前の敵に夢中になったシャルルの後ろをキュキュが蹴り飛ばし、小さな体が大きくよろめく。
ガジュの予想通り、バーゼの洗脳は持続力が高いだけで性能が低い。キュキュの【狂化】のように操った相手の全力を引き出すわけでもなく、細かく操作するわけでもない。あくまでバーゼが遠隔で指示を出せるようになるだけなのだろう。今のシャルルはいわば、古びた操り人形だ。
そう思った途端、シャルルの口が素早く動き始めた。
「ふひっ、ふひっ、力に頼った馬鹿なんてこんなものか。シャルルをアルカトラから脱獄させて、僕の街をゴブリンに攻めさせるだなんてどれほどヤバい奴かと思ったけれど、拍子抜けだよ。」
「へぇ、そんなことも出来んのかよ。シャルルの声でキモい喋り方されると、より一層腹立つな。」
「好きなだけ言えばいいよ。僕の【秩序の管理者】の効果は絶対だ。愛すべき妹がどれほど僕から離れようと、どれだけ体を痛めつけられようと、僕の近くにいる限り決して解けることはない。君が愛すべき妹の腕をもいでも、僕の命令に忠実に従い続ける。」
シャルルの体を借りてバーゼが己のスキルを明かす。こうやってスキルを説明することで、暗にガジュを諦めさせようとしているのだろう。どんな策を講じてもシャルルの洗脳は解けない。その事実だけを淡々と説明し、バーゼの気配が消える。
果たしてここからどうするか。ガジュが頭を抱え始めると、キュキュが側に寄り小声で話しかけてくる。
「あ、あのガジュさん。わ、私がさっき食べてた、チョココロネってまだありますか。」
「はぁ?何だお前こんな局面でチョココロネ食う気か?どんだけ食い意地張ってるんだよ。」
「ち、違います!食べるのは、その、私ではなくて。シャルルさんにあれを食べさせてみませんか!」
そういってキュキュはガジュの懐に手を突っ込み、残りのチョココロネを掴む。確かに先ほどキュキュが正気を取り戻したのはこのパンのお陰だ。だがそれはキュキュが病的なまでに甘味を愛しているからであって、シャルルに効果があると思えない。あまりにも突飛な作戦にガジュが混乱していると、キュキュは構わず走り出し、パラパラとパン屑を撒き散らしながらチョココロネをシャルルの口元に突っ込んでいった。
バーゼはシャルルに『異分子を取り除け』と命令していた。そしてそれはシャルルの中で自分に攻撃してくるものを倒せという命令に変換されているのだろう。一切の敵意なくチョココロネを食べさせようとするキュキュに対しては抵抗も攻撃もせず、シャルルは口に詰められたパンを咀嚼していく。
その瞬間、シャルルの目の色は戻っていた。
「あれ……?キュキュ、それにガジュも。イリシテアにはもう着いたんですか……?」
あまりにもあっけらかんとした表情でパンを頬張るシャルル。その様を見て、ガジュの頭には自称悪の覇王の顔が思い浮かんでいた。
『吾輩が作るパンは世界一!』
どうやらその言葉は、あながち間違いでもなかったらしい。




