49.内輪揉め
「これは贖罪……!目に入る全てを駆逐し、この世界を更地に致しましょう!」
「やれるものならやってみやがれ。別に世界がどうなろうと構わないが、ハクアだけは俺が殺す。」
平原で二人は相対し、ガジュは凶暴化したキュキュと一定の距離を保つ。何となく左腕のモヤモヤがスキルなことは分かるが、詳細までは理解できていない。その状態で迂闊に近づけば、不意の攻撃で命を奪われかねないだろう。
「剣の及ばぬ力の化身。であればその鍛え抜かれた体を、私が穿ちましょう。」
「なっ!変形まですんのかよ!」
【闇の王】で多少体が強化されたガジュにとって、剣を防ぐのは容易いことだ。余程切れ味のいい刃でない限り、拳で弾き返せば早々ダメージは入らない。
その事実にキュキュも気づいたのであろう。彼女の左腕のモヤモヤは素早く形を変え、黒光りした槍が姿を表す。装飾もなければ無駄な造形もない。ただ人を貫くために作られた槍は、例のごとく巨大な槍はキュキュの失われた左腕に癒着し、自分の腕を振り回すような容易さでキュキュは槍を振るっていく。
「あまねく悪虐の輩を貫く暗愚の槍よ!この卑き体に力を!裁きを!」
「槍の相手をするには明るすぎるんだがな……。戦い方を変えるしかないか。」
今のガジュの力では槍を防ぐことは相当困難だ。剣のように弾くには防御力が足りず、槍を掴んで止めるというやり方をするには瞬発力と動体視力が足りない。ゴブリンとことを構えたあの洞窟でならその余地もあったかもしれないが、ここは残念ながら平原だ。
だが平原には平原なりの戦い方がある。ガジュはその拳の標的をキュキュから地面へと変え、彼女の足元を叩き殴っていく。
「昔共闘した槍使いの冒険者がよく言ってたんだ。槍は足元を崩されると途端に弱くなるんだろ?」
「私の贖罪は絶対的なもの。例え一つ一つを封じようとも姿を変えて襲いくる。その事実を、貴方に突きつけてやりましょう!」
足場を壊されて空中に浮き上がったキュキュは、華麗にその身を翻し地面に着地。ガジュと一定の距離を取りながらキュキュの左腕が再び姿を変え、今度はこれまた巨大な黒い弓となる。先ほどまでの粗暴な動きはどこへやら。キュキュは冷静に弓を引き、目にも止まらぬ速度で矢が射出していく。そしてそれは、ガジュの右手の拳へと突き刺さった。
「ちっ!何だこの矢、全く痛くはないが……。」
「私の弓は全てを繋ぐ弓。まるで鎖のごとく、悪しきものの体を私の汚れた体と繋ぐもの。」
キュキュの言葉通りガジュの右拳に刺さった矢は何の痛みもないまま形を変え、ゆっくりとキュキュの方へと引き寄せられていく。それはまるでたぐられるように、かつて付けられた手錠のように。キュキュの左腕は既に弓の形を失っていた。
「弓の形でモヤを発射し、俺の体に矢を当ててからそのモヤを鎖に変えたのか。どいつもこいつも随分便利なスキルだな!」
「近くなれば攻めを選び、遠くなれば策を選ぶ。愚鈍で稚拙な戦い方しか出来ない馬鹿者に、死の救済を。」
「くっ!」
鎖で引き寄せられたのであれば好都合。ガジュが全力でキュキュの腹部を殴打すると、素早く鎖は棘の盾へと姿を変え、ガジュの拳から血が噴き出す。
攻めも守りも自由自在。左腕のモヤはありとあらゆる武器へと姿を変え、どんな状況だろうと敵を撃破する。
【凶化】はガジュの想像の何倍も、強力なスキルである。
「さぁ、世界に終焉をもたらしましょう。それこそが汚れた血の私に出来る唯一の贖罪。咎を、罪を、自戒を、全てを無に帰すのです。」
「力で黙らすのは無理、ユンが言葉による回復も試した。さて、いよいよどうするかな……。」
キュキュの盾が巨大な鎌へと姿を変え、ガジュの首元に迫り来る。取れる手段はーーいくつかある。
一つはこのまま全力で戦闘すること。勝てば僥倖、負けたとしても仲間を殺したという事実でキュキュを正気に戻せるかもしれない。しかし万が一敗北すればガジュが死ぬから全て無意味だし、何よりキュキュは今戦っている人間がガジュだと認識していない。そして勝てる見込みがあるかといえば……その解は否である。
二つ目は走って逃げ、ゴブリン達と共にキュキュにイリシテアを襲わせること。この作戦を取ればガジュが生存出来るのは間違いない。だがイリシテアの住民は別だ。クルトの僕の子供達が住民を避難させているから、ゴブリン程度であれば街を騒がせる程度で一人の犠牲者も出さずにバーゼを引きずり出せるだろう。だがキュキュを制御するのは不可能だ。万が一住民がキュキュに見つかれば、間違いなく殺されるし、ガジュ達にそれを止める術はない。
身を隠す物もない広い平原。この状況下で、ガジュに与えられた選択肢は数少ない。
「一度逃げて後からどうにかする方法を考えた方がマシか……。イリシテアに行けばバーゼもシャルルもいる、何とかなると信じる他ないな。」
「諦念に満ちたその顔。いち早く終わりを与えて差し上げましょう。この世界も、私も、そして貴方も。全ては無意味な存在です。」
「どの人格でもお前はずっとネガティブだな。これでも食って黙っとけ!」
撤退。その道をガジュは選択し、先ほどクルトから与えられたチョココロネをキュキュに向かって投げつける。こんなもので時間が稼げるとも思えないが、右拳の激痛に対する鬱憤を晴らす程度にはなるだろう。そんな軽い気持ちを込められ、空を舞ったチョココロネ。それに対し、思いがけない速度でキュキュが飛びついていく。
「ふがっ!ふがふがふが!」
一心不乱にチョココロネを貪り食うキュキュ。そうだ、そういえばこの獣人は甘いものが異常なまでに好きであった。ユギ村でのハニカムシチューも勿論、クルトの家でも山積みのチョココロネを胃袋に叩き込んでいた。
ありがとうクルト、お前のお陰で俺の命は守られた!
ガジュが感謝のままに手を合わせると、キュキュの瞳が蒼色を取り戻していくことに気づく。
「美味しい……。美味しすぎます。私のような愚か者がこんな美味しいものを食べていいんでしょうか。すみませんすみません。本当にすみません。」
いつもの調子で謝罪しながらチョココロネを噛み締めるキュキュ。その左腕は元の大きく細い綺麗な腕へと戻り、普段は服で隠している尻尾をこれでもかというほどに振り回している。第三の人格を元に戻すのは、言葉でも力でもなくチョココロネ。あまりにも拍子抜けな決着に、ガジュは本日何度目かのため息を漏らしていた。




