3.第一発見囚人
「ふぅ、最高の力だな全く。」
独房の天井に開けた大穴。体感全長百メートル程だろうか、遥か遠くまで続くその穴を登りながら、ガジュは己の体に湧き上がる力を確かめる。
「まさか25にもなって自分の真の力に気づくとはな……。これでハクア達に復讐出来る。」
ガジュのスキル【闇の王】。その正体は夜の間だけ強化されるスキルではなく、暗い所であればあるほど強化されるスキル。この事実にガジュはずっと気づいていなかった。スキルはあくまで個人がなんとなく把握するもの。こうした誤解は定期的に発生するが、自分の身に起こる事態だとは思っていなかった。
ガジュが少しの感動を感じているうちに、彼は大きな天井にぶち当たる。これまでに砕いたものとは違う固い天井と、その中にぽつんと存在するハッチ。ガジュはそのハッチを押し上げ、新たな階層へと身を乗り出していく。
「よいしょっと。おっ、随分と明るいとこに出たな。」
大きな鉄格子の窓と、立ち並ぶ巨大な檻。監獄と言うよりも動物園のようなその場所でガジュは光を浴びていた。
光を浴びたということは、もう先ほどまでのような馬鹿力は使えない。アルカトラは地下監獄、ここから地上に出る為にはまた別の方法をさがさなければならない訳だ。
ガジュがそう思考して辺りを見渡すと、檻の中に囚われた水色髪の少女を発見した。先ほどまでのガジュのように厳重に縛られている訳ではなく、捕縛設備は檻と足枷のみ。ボロい囚人服こそ着ているものの、妙に小綺麗で気楽そうだ。髪も顔もどれを取っても囚人らしくない、異質な少女。ガジュは彼女に声をかける。
「おい、ここから地上まで後どれくらいだ?」
「んー後六十階だね。最下層が百層だから〜まだ真ん中ですらないよ。」
「そうか。ありがとな。」
「いえいえ。ばいば〜い。」
近づいて見てみると少女は本を読んでいたようで、こちらを一瞥もせず適当な返事が返ってくる。
地下六十階。まだまだ先は長いようだが、この階層の囚人になると本まで読めるのか。超凶悪犯罪者しかいないと思っていたが、どうやらアルカトラも地下六十層ともなれば雰囲気が緩くなるようだ。
にしてもパンチ一発で四十層分の壁と天井をぶち抜いたのか。一切の光が差さないあの環境だったからこそ、【闇の王】の真価が発揮されたのだろうが、これ程の力があれば脱獄もそこまでの手間ではないかもしれない。ガジュがそんな期待を胸に歩き始めると、背後の檻から慌てたような声が響く。
「待て待て待て!?君、誰!?看守さんかと思ったけど違うよね!?だってここ女子階層だもん!」
「女子階層……それは悪かったな。直ぐ出ていくから許してくれ。出口どっちか分かるか?」
「分かる分かる!それよりそれより君脱獄囚!?もしそうなら私もここから出してよ!出してくれたら出口の場所教えてあげるから!」
黄色い瞳をキラキラと輝かせてガジュを見つめる少女。仲間に裏切られて監獄に送られた手前、あまり人と関わりたくなかったが、この場合は仕方ないだろう。ガジュは若干の怠さを感じながらも、彼女の檻にかけられた錠を殴り壊す。電気がついているとはいえここは地下。地上よりは【闇の王】の効果が発揮されている。鉄の錠を壊すぐらいはお手のものだ。
「うはー!体を動かせる快感!最高の感覚だよ!そうそう、僕はユン。よろしくね♪」
「俺はガジュ。それで?出口はどっちなんだ。俺は急いでここを出てとある男を捻り潰さなきゃならない。」
「随分物騒だね君。まぁいいや、出口なら知らないよ。僕ただ脱獄したかったから嘘言っただけだし。」
ケロッとした顔で笑い、歩き始めるユン。ガジュはその首元を掴み、再び先ほどの檻へと彼女を叩き込む。
「ちょっとちょっと、扱い酷くない!?こんな可愛い女の子が檻に閉じ込められてるんだよ!?それだけで解放する価値はあるじゃん!」
「ユンとか言ったっけ?ここに居るって事は犯罪者なんだろ。俺は無実の罪でここに来ただけだ。何の役にも立たない悪人を解放する義理はない。」
「そもそも囚人が出口なんて知ってるわけないじゃん!いいからお願い!ここから出してよ!出口は知らなくても囮ぐらいにはなるから!もう三十分もすれば看守が巡回に来るよ!?ていうか君が脱獄したのを聞きつけてもっと早くやってくるかも!その時の対策しておきたくないの!?」
壊した錠をはめ直し再びユノを投獄しようとするガジュに対し、ユノが必死の抗弁を行ってくる。
そうか、看守すら居ない鉄の箱に閉じ込められたからいまいち実感が湧いていなかったが、ここは監獄。監獄には看守がいるのが当然であり、ユノの言う事は至極真っ当だ。
「よし、じゃあ囮として連れて行ってやるか。看守に見つかったら見捨てるから、任せたぞ。」
「優しいのか無情なのか分かんないけど、まぁ了解!このユンちゃんが全力で囮になります!」
こうしてあまり役に立たなそうな仲間が一人増え、ガジュ達は静謐な監獄の中を駆け抜けていく。