45.二対無数の鬼ごっこ
「なぁ!これ、本当に大丈夫なのか!?吾輩のお尻がゴブリンに触られそうなんだけど!」
「いいから黙ってしがみついとけ!そいつらに捕まったらお前は一生ここで孕み袋にされるぞ!」
洞窟内部。くだらない言い合いをしながら、ガジュ達は降ってきた暗い道を逆走していく。
「というかここからどうするんだ!?洞窟を出たらガジュは役立たずなんだよな!?それにゴブリンって人間を見つけたからといってこんなに追いかけてくるものなのか!?」
「悪の覇王の癖に文句が多いな……。いいから俺を信頼しろ!背後にいるゴブリンの中に少し変わった個体はいるか?いるなら細かい位置を教えてくれ!」
洞窟の中はゴブリン達の根城。その中にクルトのような若くて健康な女が入り込めば、必ず追いかけてくる。ここまではガジュの想像していた通りだ。そしてここからは、洞窟を脱出しイリシテアまでゴブリン達を誘導する策を実行しなければならない。日が暮れてから行動を開始したとはいえ、外に出れば月明かりがある。洞窟にいる間に次の一手を打たなければ。
「変わったやつ変わったやつ……。あ!何やら杖みたいなのを持った紫色の奴がいるぞ!あれのことか!?」
「そうだ!それがゴブリンキング、この洞窟の中にいるゴブリン達はそいつの指示で動いてる。位置は!?」
「えーと、ここからゴブリン六十匹ぐらいを超えた先だな。御神輿みたいなのに乗って優雅にくつろいでいる!」
ガジュの役目は走ること。そう割り切って背中の覇王に索敵役を任せたのは正解だった。それだけの情報があれば十分。ガジュはステップを踏んで振り返り、勢いよくジャンプをする。
「一瞬でゴブリンキングを倒して、こいつらの統率を失わせる。相当暴れるからな!怖いなら目でも閉じとけ!」
「わ、吾輩を馬鹿にするな!吾輩はイリシテアにその名を轟かせる悪の覇ーーひゃう!」
クルトの名乗りを無視しガジュが手近なゴブリンの頭を踏みつけると、背中の覇王から怯えたような声が漏れる。ゴブリンキングを倒すのに少しでも手間取れば、一瞬で包囲されて洞窟を抜けることすら不可能になる。ガジュはゴブリン達の頭を飛石代わりにし、ものの数秒でゴブリンキングの元へ辿り着いた。
「キィィィィィィィ!」
「相変わらずうるせぇ魔物だな!【闇の王】効力80%、喰らいやがれ!」
「ひぃぃぃ!落ちる、落ちる!」
なんとかしてクルトを捕まえようと手を伸ばすゴブリン達と、空中を飛翔するガジュ。そして背中からずり落ちそうなクルトを軽く無視し、ガジュは眼前のゴブリンキングの顔を殴りつける。
ゴブリン達が数人松明を持っているから【闇の王】も最大火力は出ていないが、たかがゴブリンキングを叩きのめすぐらいには十分だ。力も弱く足も遅い、ただ圧倒的繁殖力だけを武器とするゴブリン達をまとめ上げているこの魔物は、所詮知性が高いだけ。ガジュの殴りに耐えられるような耐久性は持ち合わせていない。
「よし、これでゴブリン供はまともな思考力を失った。後は適当に煽ってやれば洞窟の外まででもイリシテアまででも、馬鹿みたいに俺達を追ってくるぞ!」
「うぅ……吾輩もう休みたいんだが……。」
「甘ったれたことを言う暇はない!クルト、チョココロネ持ってきてるんだろ、ゴブリン供に撒いてやれ。ここからはシンプルな速度勝負だ。少しでも時間を稼ぎたい!」
ガジュの指示に従い、クルトが鞄に詰め込んでいたチョココロネを洞窟内にばら撒いていく。ゴブリンキングを失ったゴブリン達は細かいことを考えず目の前のものに夢中になる。目の前にパンがあれば齧り付き、逃げる人間がいれば追いかける。そんな想像通りゴブリン達はしばしの間チョココロネに夢中になり、その隙をついてガジュ達は再びゴブリンの一団から距離を取っていく。
「もうすぐ洞窟も終わりだ。地上に出たらこっちの速度はガタ落ちする。そうなったら多分数百メートルも走らないうちに追いつかれるだろう。だから地上では速度以外の面であいつらに差をつけるぞ。」
「速度以外?なんだ?言っておくが吾輩は魔法も使えないぞ?」
「安心しろ、元からお前には期待してない。行きで確認したが、この洞窟からイリシテアまでの間には結構な量の木が生えてる。だからこうやってーー樹木の上を駆け抜ける!」
「きゃうん!」
話しているうちに洞窟は終わり、二人とゴブリン達は月明かり眩しい夜の平原へ。ガジュはそこに生えていた木を掴み、猿のような手早さで木から木へと飛び移っていく。【闇の王】の力は半分ほどに弱まっただろうか。だがその程度の力であっても、ガジュの身体能力ならこれぐらいの芸当はお手のものである。
「ゴブリン供はすばしっこいが、背丈が小さいからな。木の上を走れば速度で負けていても追いつかれることはないはずだ。」
「いやいや、こやつらどんどん木を登ってきてるぞ!早く、早く!」
「あぁもううるさいな!少しは静かにしてろ!」
チョココロネを配ることしか出来ないというのに延々と騒ぐクルトにイラつきつつ、ガジュはイリシテアに向かって直進していく。そうして見えてきたイリシテアの街並み。それを確認し、ガジュは樹上で辺りを見渡した。
「ここらで沼地に行ったユン達と合流したい所だが……。あいつら一体どこ行ったんだ。」
「そもそもあの二人って大丈夫なのか?キュキュはともかく、吾輩にはユンが戦ってる姿が想像できないんだが。」
「意外と強いぞあいつ。おっ、いたいた。おーいユン!遅いぞ、ってなんだあれ……。」
遥か遠くから凄い勢いでこちらに向かってくるユン。そしてその後ろを追いかける巨大な芋虫のような魔物。随分と気持ち悪い魔物だが、何よりも特筆すべきはそのサイズだろう。まるで山が動いているかのようなその巨体を見ながら、背中のクルトが震えているような気がするが、別にそれ自体は驚くことではない。
ガジュを一番驚かせたのは、ユンの後ろを追う芋虫の更にその後ろを追いかける存在。血走った目で巨大な剣を振り回す、見慣れた獣人の姿であった。
「あっはっは!助けてガジュー!!!キュキュちゃんブチ切れちゃった!」
何故かユンだけは心底楽しそうだが、ガジュはこの混沌とした状況に大きなため息を漏らしていた。




