23.おいでませユギ村
「うひょぉ〜!寒寒!」
「ガジュ……早くどこか家に入れてください。シャルは寒いのが苦手です……。」
叩きつけるような横風と、肩に降り積もる雪。およそ人の住む場所とは思えない絶望的環境の大地には一本の木が看板が突き刺さり、荒々しい字体で『ユギ村』と刻まれていた。ガジュとハクアの故郷であるその場所に降り立ち、ガジュ達は身を縮こまらせる。なんせ彼らは囚人だった頃の囚人服のまま、シャルルに関しては看守服だから多少はマシだろうが、どちらにせよ薄着なことに変わりはない。
「俺もハクアも孤児だから生家なんてものはないが、すぐそこに村長の家があるはずだ。足元気をつけろよ。雪深いから気を抜くと転けるぞ。」
「べぶっ!すみませんすみません言われた側から転けてすみません。犬は雪が降ったら喜ぶべきなのに雪に慣れていなくてすみません。」
「はぁ……ユン、手貸してやれ。」
案の条ずっこけたキュキュの方から雪の塊が飛来し、ガジュの頭の上に降りかかる。普通の人間でもこれほどの雪を経験した人は少ないというのに、彼らは囚人だ。雪どころかこうやって大地を歩くのすら久々。四人は手を取り合いながら雪の中を進んでいく。そうして辿り着いた雪に覆われた荒屋。その古い扉をガジュは軽く叩く。
「おいダラ!俺だ、ガジュだ!寒さに凍えてないでさっさと出てこい!」
「うるせぇなクソガキ!そんなに叫ばなくても聞こえるに決まってんだろ!」
荒い口調で家主を呼び出したガジュに応え、より荒い口調の中年男性が現れる。無精髭に白髪混じりの黒髪。見るからにみすぼらしい見た目のその男と、ガジュは極めて親しげに話し始める。
「ジジイは耳が遠いからな、これぐらいで言わなきゃ不安だろ。それより俺達にまともな服を貸してくれ。早くしないとこのボロ屋の玄関に死体が積み上がるぞ。」
「……勝手にしやがれ。まぁけど入り口じゃ邪魔だな。どうせ死ぬなら裏口で畑の肥になってくれや。」
それだけ言い残し家に戻っていくダラという名の中年。極めて愛想のないその態度に対してガジュは怒ることもせず、背後で若干引き気味のユン達にケロッとした表情を向けた。
「よし、じゃあ裏口で先に着替えてくれ。俺はここで待っとくから。」
「……え?いやいや裏口に何があるのさ。今僕ら死ねって言われたよ!?」
「あぁ、お前らは会うの初めてだもんな。あのおっさんはダラ。ここユギ村の村長で俗に言うツンデレだ。今のを翻訳すると『そんなとこにいないで早く裏口に回れ。暖かい洋服が置いてある。』になる。」
「なっ……!髭面のおっさんの……ツンデレ……。」
ガジュからすればダラは村長であり育ての親にも等しい存在。そんな男の口調など最早ツッコむまでもなかったが、ユンからすれば驚愕のものだったようだ。ユンはある種の失望を抱えた様子でトボトボと裏口へ向かい、シャルル達もその背中を追っていく。そしてガジュには、やるべきことが残されていた。
「おいダラ。お前まだ玄関にいるだろ。一体この有様は何なんだ。お前は女が苦手なだけだろ、俺にぐらいはスムーズに説明しろ。」
「ったく悪りぃのはおめぇだからな。久々に帰ってきたと思ったら女大量に連れてきやがって……。」
冷や汗を垂れ流しダラはガジュを睨みつける。ガジュはこの村を訪れたその瞬間から、明らかな異常を感知していた。ユギ村が寒いのはいつものことだが、あまりにも度が過ぎている。そして何よりもガジュ達の歩く地面が、太陽に照らされていない。
「約二ヶ月になるか……この村にはずっと朝が訪れていない。」
「はぁ?なんだしばらく会わない間に詩にでもハマったか。」
「いや言葉通りの意味だ。一年に数日しかないはずの極夜がもう二ヶ月続いてる。」
ダラのそんな言葉を聞き、ガジュは空を見上げる。浮かぶ月と瞬く星。ガジュ達はただ現在時刻が夜なだけだと思っていたが、ユギ村はどうやらずっとこの調子なようだ。日が昇らないから雪も溶けない、ただ無限に雪が降り積もるだけの長い長い夜。
「一体何が起きてこんなことになってるんだ。極夜が何で起きるのか俺は知らないが、要はこの村の地理的な問題だろ?そう易々と極夜が長期化するなんて事があるのか。」
「あるわけねぇだろ。これは魔物の仕業だ。世界に数体しかいないという『災害種』の中の一体、スノアスキュラのな。」
『災害種』。金剛等級まで進んだ冒険者なら誰しも耳にした事がある名前。出現するだけで地震や噴火などの大災害を引き起こす凶悪な魔物の総称。
それがこのユギ村付近に出現したという話を聞き、ガジュは恐怖を抱きながらも興奮していた。
「災害種……それを討伐したら冒険者協会も俺を認めてくれるかもな……。」
「あぁ?何だ、お前そのために来たんじゃねぇのか?」
「いや、俺は色々あってパーティを追放されてな。取り敢えずの安定を得るために故郷に戻ってきただけだ。」
「追放だぁ?お前がいたパーティってことは……ハクアとのパーティだよな。」
「そうだ。話すと長くなるが俺はハクアと決別した。さっきいた三人組が俺の新しい仲間か。」
「そうかそうか……それは何ともタイミングの悪い……。」
ダラが面倒ごとを避けるように背中を向け、一人コソコソと家に入っていく。何故彼の歯切れが悪いのかガジュには分からないが、これは明確なチャンスだ。現在ガジュ達の世間からの扱いは脱獄囚。だがここで災害種のスノアスキュラを討伐したとなれば事は一気に変わる。冒険者協会は圧倒的な実力主義だ。例え脱獄囚だろうとそれほどの戦力を持ったパーティであれば受け入れてくれる。
ハクアへ復讐するために黒曜等級を目指す。
この目標を達成するにおいて、これ以上ない好機。その到来にガジュが溢れる力を拳に込めていると、背後からザクザクという足音が聞こえてきた。
「お、三人とも着替えてきたのか。凄い話があるぞ。上手くいけば俺達の身分は一気に跳ね上がる。」
「ガジュ……?どうしてここにいるんだ……。」
満面の笑みで振り返ったガジュと、そこに立つハクア。ユギ村で共に育った二人は、雪の中でようやく顔を合わせていた。




