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10.シャルル・バーニュ

「ふぅ……ここまで来ればようやく休めるかもね。」


 どれぐらい走っただろうか。五十九層からのアルカトラのゴミ箱を脱出し、その後も一心不乱に逃亡。四十九層から始まった極めて一般的な牢獄も流れるように通過し、辿り着いた四十層。広々としたオフィスのようなその場所で、ガジュ達は休息を始めていた。


「ユン!お前少しは自分の足で歩こうという気を見せろよ。ゴミ箱を脱出した瞬間に俺の【闇の王(ナイトメア)】の効果は切れたんだ。そのタイミングでキュキュは自分で走り出したというのにお前という奴はずっと俺の背中に乗りやがって……!」

「そんなこと言われてもユンちゃんは可愛い女の子だからさぁ。昔はもっと機敏だったんだけどね!長い監禁生活の弊害だよ!」


 ガジュの記憶では出会った当初のユンは呑気の本を読んでいた。本を読む自由があるという事は運動する自由もあったはずだから、恐らく単純にユンが檻の中でだらけていただけだろう。この怠け者の相手をするのは無駄。そう思ってガジュが視線を回すと、部屋の隅でうずくまっている物体が目に入った。


「キュキュはいい加減に覚悟を決めろよ。俺達はもう、というかあの檻から出た段階で脱獄者なんだ。」

「すみませんすみませんウジウジしてすみません。記憶のある限りずっと檻の中なので走るのも初めてなんです。すみませんすみません。」


 相変わらず謝罪を連呼しているキュキュだが、多分こっちの言うことは本当だろう。彼女と出会ったあの檻は酷く狭かったし、環境もかなり劣悪だった。

 

 しかし獣人は運動神経がいい、そう聞いてはいるがキュキュはその中でも格別に恵まれているように思える。ガジュとさほど変わらない高身長に大きな胸。筋肉こそ付いていないが、剣を取って戦えばユンなどは圧倒できるに違いない。


 必要なのは自信だけ。


 ガジュがそう思っていると、先ほど叱責されたばかりのユンがケロッとした顔でガジュの肩を叩いてくる。


「ねぇねぇ、もしかしてここって看守達の部屋じゃないかな。椅子と机があるから作業場か何かかと思ったけど、コーヒーカップや雑誌が置いてあるんだよね。」

「看守室?まぁもう四十層だしな。あってもおかしくはないと思うが、じゃあ何で看守がいないんだ?」


 ここに来るまでの十層分含め、ガジュ達はシャルルを突破して以降看守に会っていない。ゴミ箱に居た時はシャルルが囚人看守という特殊な立場であり看守から敬遠されているからと勝手に結論づけていたが、四十代の階層は通常の監獄だった。囚人の数もそれなりに居たわけで、看守がいて当然、いや居なくてはならないはず。それなのに看守は一切見つからず、ここまで来れてしまった。


 加えてここが看守室だとするとより謎は深まってしまう。ガジュの頭に次々と疑問符が浮かんでいると、それを取り払うようにユンが解答を提示する。


「う〜ん。考えられる線は色々あるけど、一番は囚人が脱獄してるからじゃないかな。ガジュが最初に空けた縦穴もそうだけど、さっきのゴミ箱破壊で相当な数の囚人が抜け出したからね。ガジュって冤罪なんでしょ?冤罪の脱獄囚よりもっとも〜っと重要犯罪者が逃げ出している場合は囚人達もそっちを優先するはずだよ。」


闇の王(ナイトメア)】に手加減というものは存在しない。一応ガジュ自身がパンチに手加減を施すことは可能だが、スキルの効果は青天井。暗ければ暗いだけ力を発揮し暴れ狂うため、先ほどゴミ箱で放った一撃もガジュの想像の二倍ほどの破壊力を誇っていた。被害範囲はゴミ箱だけに留まらず、先ほど通ってきた四十九層などもかなり損傷しており、ガジュ自身も壊れた檻を幾つも目にした覚えがある。勿論脱獄した囚人も多く存在し、狂喜乱舞しながら仲間と手を取っていた。


 以上のことからしてもユンの想定は十分可能性のあるものだろう。そう理解してガジュがそこらの机を探り始めると、一枚の興味深い紙を発見する事ができた。


「おいこれ、見慣れた顔が写った資料があるぞ。」

「なになに?シャルル・バーニュ……あぁシャルちゃんじゃん!相変わらず可愛いねぇ!」


 囚人No.256シャルル・パーニュ(13)

 身長132センチ、スキル【投獄】。


 遥か昔に異世界人が伝えた単位を用いてシャルルの個人情報が書かれたその紙には、シャルルのあのベビーフェイスの写真が貼り付けられ、この紙が囚人としての彼女の情報をまとめたものである事を一瞬で理解できた。そしてそこには勿論、彼女の罪状も記されている。


「シャルル・バーニュ。豪商バーニュ家の一人娘であり、五歳の時両親を殺害。シャルルは動機について『両親は悪人だった。悪人は裁かなかればならない』と語っており、後の調査で殺害された両親は商人としての顔の裏で詐欺行為を繰り返していた事が発覚した。収容後はその異常なまでの正義感と優れたスキルを利用し、囚人看守として登用。種族犯罪者集団収容階層を担当している、か……。」

「ほーん、あんなに可愛いのに中々バイオレンスな経歴だね。」


 ユンがぴょっこと顔を出し、二人はじっとシャルルの経歴を眺める。見るだけで感情を掻き乱されるような文章だが、ガジュはこの文を信じられなかった。シャルは終始『ガジュ達を檻に入れる事』に専念し、その信念がぶれたのは最後ガジュが罪状の話をした時だけ。それ以外は全く殺意を見せず、棍棒を振る腕にもろくに力が入っていなかった。あの戦闘スタイルの人間が両親を殺すなどーーとても真実とは思えない。


 ガジュがそう思いながら紙を握る力を強くした所で奥の扉が開き、タバコの匂いが部屋に充満し始めた。


「おやおや随分と面白い顔が揃ってるじゃないか。懸命に働く部下達を労いに来たつもりだけど……どうやら仕事をしなきゃならないみたいだ。」


 扉に体をもたれかけ、タバコを吸う男。そのニヤついた表情にガジュは生物的な恐怖を感じていた。

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