98.正義はいつだってアンバランス
「アスパ……。順当に行けばこれは一旦逃げた方がいい場面かもしれません。」
「そうさせて貰えるならいいけどねぇ……。あたしは無理な気がするよ。」
「同感です。第一、見過ごせません。」
アザスト中心街のマーケットから一本入った裏路地。この辺りで奴隷を買い集めているという宝石商を探しに来たシャルル、アスパのペアは、恐るべき光景に遭遇していた。
地面に血だらけで倒れるハゲ親父。クルトの集めた情報と見た目の特徴が一致しているし、恐らくこの男が例の宝石商だろう。やはりこのマーケットに来たのは間違っていなかった。が、どうやら少し遅かったらしい。
ハゲ親父の上にぬらりと立つ鎌を持った化け物。カラスのような黒い羽を生やしたその男は、誰がどう見ても魔族と呼ぶべき存在だ。
「もしかしてこれがクルトの言っていた『霧』とかいう殺人鬼でしょうか。」
「そうだろうねぇ。お嬢ちゃん、さっさと逃げな。あたしは覇王様からあんたの護衛を仰せ使ってるんだ。こいつの相手はあたしが引き受ける。」
「魔族を相手に一人逃亡するなど、シャルの正義が許しません。逃げるなら貴方も一緒です。もっとも、殺人鬼を放置する気はありませんから、こいつを倒してからになりますが。」
「大した正義感だねぇ。じゃあとにかく、死なないでおくれよ。」
まだこちらに気づいていないのだろう。『霧』は鎌についた血を拭い取り、殺した宝石商の顔を凝視している。その後ゆっくりと体を起こし、ようやくシャルル達を睨みつけ始めた。
「あぁ……。また、また出会えなかった。どこへ行ってしまったのだ愛する娘よ……。どこを探しても、娘に会えない。我が娘、我が娘よ!」
「お嬢ちゃん、一応聞いておくがこいつは魔族って事でいいんだよな?」
「ほぼ確実にそうです。『霧』という通称の通り、魔族は実態を持たず黒いモヤになって移動します。逃げられないよう注意してください。それと、決して奴らと契約しないように。」
「契約?」
「えぇ。詳しいことは分かりませんが、人間が魔族と契約するとスキルが大幅に強化される代わりに奴らに体を乗っ取られるんです。どの程度自我を奪われるかどうかは魔族の性質にもよるみたいですが……とにかく彼らの言葉に耳を貸さない方がいいのは確かです。」
シャルルはテンパランスやチャリオットなど魔族と出会ったことで、彼らに関する知識を豊富に有しているが、アスパはただの自警団団長。素早く情報を共有し、アスパが覚悟を決めたようにして腰に下げていた肉切り包丁を引き抜く。
そしてその対面で、魔族が目を輝かせていた。
「貴様、我々について知っているのか?ならば問おう。我が娘、我が娘を知らないか!」
「娘?知りません。魔族にも親子関係があるんですか?」
「はぁ……貴様も知らぬか。よい、ならば消すのみだ。我が名は『デス』。愚者以外に興味はない。無知に死を、死はいつでもすぐそばに。」
「来るよ!」
鎌を振り上げ、一直線にこちらへ向かってくるデス。その動きを確認し、素早くアスパが前に出る。肉切り包丁と鎌が激しくぶつかり合い、耳を裂くような金属音が鳴り響いていく。
「お嬢ちゃん!基本的にはあたしが戦闘するから、危なくなった時だけ【投獄】で逃がしてくれ!」
「分かりました。気をつけてくださいね。」
「任せな。伊達に悪人やってないんでね。あたしは、タイマン最強だ。【悪党の誇り】!」
アスパが肉切り包丁でデスを切り付けた瞬間、彼女のたくましい背筋から赤色の糸のようなものが射出される。それはそのままデスの体に絡みつき、アスパは連撃を加えていった。
「あたしのスキル、【悪党の誇り】は命中を補助する力でねぇ!一度斬撃を当ててこの糸を巻き付けちまえば……十分間、絶対に攻撃が命中する。」
「はぁ、くだらん力だ。我が娘には数段劣る、哀れな力よ。」
鎌で跳ね返そうと、体を翻して回避しようと。どれだけアスパの肉切り包丁を無効化しても、デスの体から黒色の煙が噴き上がる。相手が魔族だから決定打になっていないが、確かにこのスキルはタイマン最強とも言えるものだろう。
初激を当てなければならない点や十分間の制限時間など諸制限はあるものの、ただ転移するだけのシャルルからすれば羨ましいほど強力な戦闘スキル。
最早助けに入るまでもなく、ただシャルルが彼女達の戦いを眺めていると、アスパの体が突如として崩れ落ちる。
「な、なんだ!?急に……呼吸がっ!」
「貴様、煙草を吸っているな。呼吸器をおろそかにするからそうなるのだ。それが、貴様の死に様だ。」
「あぁ!?テメェ、一体何しやがった!」
「我は死を司どるもの。我に触れた馬鹿者は、その寿命を奪われ己の死に様を直視する。」
膝を突き、咳き込み始めるアスパ。筋骨隆々としたその体には次第に皺が刻まれていき、あっという間にその場へ倒れ込む。
「アスパ!?大丈夫ですか、アスパ!」
「うぅ……早く逃げな、お嬢ちゃん。攻撃したら寿命を奪われるだなんて馬鹿げた性能の相手だ、勝てるはずがない。ごっほぉ……!」
「逃げられるわけないでしょう!シャルルは正義を貫く者です!相手が誰だろうと、仲間を傷つけ、人を殺した相手を絶対に許しません!」
「逃げ時も分からないのかい。流石は覇王様のお友達だ、見上げた正義感だよ。」
『クリミナル』の中でシャルルは常識人のような扱いをされているが、実際のところあれは間違いだ。冷静さで言えばいつだってユンに軍配が上がるだろうし、特定の条件さえ満たさなければキュキュにすら負けている。
常に正義を追い求め、悪きものへと常に立ち向かい続ける。
いつだって一番馬鹿で、一番頭がおかしいのがシャルルだ。自分がテレポートしか出来ないことも、相手が圧倒的強さを誇っていることも分かっている。分かった上で逃げられないのだ。
ここでアスパを連れて逃げても、どうせ彼女は死んでしまう。ならば自分が全身全霊を持ってこの悪しき魔族を葬り、アスパの寿命を奪い返す。
出来るかどうかは問題ではない。ただそれが一番正義だと思うからそうするのだ。怯えは何も生まない、ガジュはそう教えてくれた。
ただ明確な信念に基づき、狂信的なまでに歪な正義を振りかざす。それが、シャルルという少女である。
「次は貴様だ。貴様も我が娘ではない。ただ、死あるのみ。」
「ふぅ……。上等でーーーす!!!!例えこの身が朽ち果てようと!!!!貴方を裁きまーーーす!!!」
相手は魔族。それも死を司どるとかいう化け物。内に秘めた恐怖心を払拭すべく、シャルルは久々にメガホンを取り出す。
王道のスタイルとなった正義の化身がめん棒を構え、死の象徴と向き合った時。シャルルの体は黒いモヤに包まれていた。
「素晴らしい。素晴らしいじゃないか!!!!!我が名はジャスティス!無謀な戦いに挑む小さなヒーローに、力を授けよう!!!」
唐突に現れ、金色の髪をたなびかせた女は、シャルルに輝く白い歯を向けていた。




