幻獣様はいつでも格好良くいたい。12
ようやく解散となって、神殿の中庭でお茶をすることになって、お小言を食らったターシェさんはテーブルに顔を突っ伏している。
「‥ええっと、お疲れ様です。ターシェさんお茶飲みませんか?」
「飲む〜〜」
「それにしてもあの俳優さん、間近で見ても本当に格好良かったですね」
私の言葉に、ターシェさんがパッと顔を上げて嬉しそうに笑い、
「そうでしょ?!あの飾らない感じ好きなんだよね〜〜。さっきも庇った団員をずっと心配してたし‥」
「まさに黒騎士さんでしたね」
「うん!帰ってきたらまた観に行こうっと。あ、その時はキサも来てね」
「ええ?!いいんですか?」
「一緒に行って、今度は違う演劇も観ようよ。あの例のやつ!」
ウィンクして笑うターシェさんに、悲しい方じゃない話の事を話しているのに気が付いて、ふふっと笑った。と、一緒にお茶をしていたニケさんがふと、隣に座って未だ眉間にしわが入っているベルナさんを見る。
「‥そういや、今回来てる劇団ってあれだろ?トーラでは「幸せな幻獣と花嫁」をやってるんだろ?」
ベルナさんはそれを聞いた途端、目を丸くして、
「え?!幸せな幻獣と花嫁‥」
じっと向かいに座るターシェさんと目が合うと、ターシェさんが勢いよく横を向いた。
「まだ‥、あのお話を覚えていたんですか?」
「た、たまたまだってば!」
横を向いたままのターシェさんの頬がじわじわ赤くなっているのを、私とヴィオで交互に見ていると、ニケさんがニヤニヤ笑いながら、
「そういやあの俳優。ベルナに似てるよなぁ。ちょっと中性的なとことか?」
ベルナさんが「はぁ?」と言った途端、ターシェさんは勢いよく椅子から立ち上がると赤い顔でニケさんを睨んだ。
「僕もう帰る!!!」
「え??ターシェさ‥」
「じゃあね!キサ、今度また遊ぼうね!!」
そういうや否やあっという間に転移して帰ってしまった‥。
ポカーンとしているとニケさんが大爆笑してから椅子から立ち上がると、恭しく腰を屈めて私に手を差し出した。
「さ、じゃあ本来の仕事に戻るかなぁ。キサ様、黒騎士ではありませんがお部屋までご案内いたします」
お、おお。
流石現役騎士様!いつも一緒にお仕事するけど様になっている‥。
ちょっと感動していると、ヴィオが椅子から勢いよく立ち上がって、
「キサは俺の大事な妻だから、俺がエスコートする」
「あんれま、ケチだなぁ」
ベルナさんが嗜めるようにニケさんの名前を呼んで後ろに引っ張ると、ヴィオが私の手を握ったかと思うと、部屋まで無言で歩いていく。
‥もしかしなくても怒ってる?
それとも穢れを祓ったし疲れているのかな?
繋がれている手からそっとヴィオの体の中の光を見たけれど、綺麗に光っている。ううむ、じゃあ元気だけど何かあったって事かな?と、ピタッとヴィオが足を止めた。
「‥‥キサ」
「なんですか?」
「‥ちょっとだけ、体を小さくしてくれる?」
「っへ?!!」
いつも大人に見て欲しいヴィオが珍しい!!驚きつつも、目を閉じて10歳くらいのヴィオの姿にすると、小さくなったヴィオが私の腰にギュッと抱きついて顔を埋めた。
「ヴィオ?」
「‥今、僕は子供だから」
「はぁ」
「大人じゃないから」
「そうですね」
一体どうしたんだ?
いつもと違う様子に私はオロオロしていると、
「‥僕、頑張ってクールな格好いい大人になるから」
「え、はい」
すでに大人では?と思ったけれど、そのままヴィオの言葉を待っていると、ヴィオがそろっと顔を上げた。
「そうしたら、もっと好きになって。もっと僕だけ見て」
拗ねるように、ちょっと口を突き出して目元を赤く染めたヴィオに、今までキリッとした顔をしたり、授業の時間を一生懸命受けようとしたりする姿に、ようやく合点が言った。
黒騎士のお話を格好いいと言ってから、ヴィオはそうなろうとしてたのか!
これだけ一緒にいるのに、そんなヴィオの姿に気が付けなくて自分にがっくりと反省する反面、十分素敵なのにもっと格好良く思って貰いたいというヴィオの気持ちが嬉しくて、私はそっとヴィオを抱きしめた。
「‥これ以上格好良くなったら、困っちゃいますねぇ」
「なんで?!ダメなの?」
「‥‥私の心臓がもたないですし、誰にも見て欲しくないかも?」
そう言うと、小さなヴィオの顔がパッと輝く。
「本当に?誰にも見て欲しくないくらい好きになる?」
「そ、そうとも言いますかね?」
「もう!キサ、そういう時ははっきり好きになっちゃう!って言うんだよ!」
頬を膨らませてそう訴えたヴィオがハッとして、顔をキリッとさせようとして‥、受け取れ切れないくらいの優しさと甘さに胸が痛くなって、ヴィオの額にそっとキスをした。
「き、キサ?!」
「格好いい騎士には、姫からキスを授けますよね?」
「う、うん!!でも、あの大人になってもしてくれる?」
キラキラした瞳でお願いするヴィオに、
「いつものヴィオにだっていくらでも!」
笑って今は小さな騎士様の額にもう一度キスをした。