幻獣様はいつでも格好良くいたい。1
突然の「通いたい」宣言に驚いたマルクさんが倒れた。
すぐにニケさんが医務室へ連れていてくれたけど、大丈夫かな‥。ターシェさんには理由を聞こうとすると、ヴィオや、ベルナさんをチラッと見て、
「‥キサとだけ話したい」
「え?」
私だけ?
何か真剣な相談なのだろうか。
ヴィオと私は顔を見合わせるけれど、ターシェさんの意思は固いらしい。私の腕をギュッと掴むと、自分の方へ引き寄せた。
「‥僕、ダメなんですか?」
「う‥、あとで理由を話すからちょっとだけ、キサを貸して」
ちょっと申し訳なさそうに話すターシェさんに、ヴィオもそれ以上は難しいと判断したのだろう。私の手をそっと握って、
「‥そっちで待ってるから、終わったら教えてね」
「わかりました。じゃ、ちょっと庭の奥の方で話をしてきますね」
そう言ってから、ターシェさんと一緒に中庭の奥の方へ歩いて行くけれど、いつになく真剣な横顔に何か重大なことでも起きたのだろうかとドキドキする。
そうして、草木がちょっと生い茂った場所にあるベンチに二人で座ると、神妙な顔のまま庭の奥をじっと見つめる。
「実はね、僕の所に劇団があるんだ」
「は、はぁ‥」
静かに話し始めるターシェさんに、耳を傾け、なんなら前のめりにもなる。
「そこの俳優が、ずっっっっと好きで‥」
「ん???」
俳優さん???
もっとなんていうか真面目な話じゃなくて?
ポカーンと口を開けている私の横でターシェさんがギュッと両手を握って、
「国にいる時は、欠かさず公演を観に行ってたんだけど、今回こっちの国で巡業するって言って‥、いてもたっても居られなくて!!!でも、そんなのニケには絶対聞かれたら笑われるし、ベルナには怒られるだろうし‥、でも初めての演目をこっちでするって言うから絶対観たい!でも国と違ってお忍びで来られないし!!!」
つまり推しを観に行きたいってこと、かな?
「‥すごく好きな方なんですね」
「うん!!!!僕の好きな話を演じていてね、それがすごくハマっていて、それからずっと好きなんだ。でも、そういうの話すと絶対からかわれるでしょ?だから、ニケとかベルナには絶対言えないし‥。けどキサが観たいって言ってくれたら、一緒に行けるかな?って‥」
ちょっと照れ臭そうに話すターシェさんが可愛い。
なんだか微笑ましくてニコニコすると、ターシェさんが私をチラッと見て、
「幻獣が浮かれてる‥って思ってるでしょ」
と言うので私は慌てて否定した。
「そんな事ありませんよ!幻獣といえども日々のストレスもあるし、お仕事だって大変でしょう?それに応援したい相手がいるって素敵じゃないですか!」
「キサもいた?」
「そうですね。前の世界には、応援している方もいましたよ」
とはいえ、ターシェさんほどの熱量はなかったけど‥。推しは存在していた。なので、この世界でそんな話がターシェさんから出てくると思ってなかったし、なんならちょっと懐かしい感情に出会えた気分だ。
「公演はいつなんですか?」
「明日!チケットはもう取ってある!ボックス席って言ってね、二階にあって皆からは僕達が見えないから安心だよ」
「すでに席が取ってあった!」
「ね、だから一緒に行って!!お願い!!」
「今回だけでいいなら‥」
「それでもいい!!お願いします!!」
真っ白な髪が揺れ、目をウルウルとさせる美少女‥、いや美青年?のターシェさんにお願いされて、どうして断れよう。しかもからかわれたら嫌だから‥といういじらしさ。散々ヴィオと結婚する前はお世話になった身。推し活の為に体を張るのをどうして断れましょう。
「わかりました!ヴィオをなんとか説得します!!」
「キサ〜〜〜!!大好き!!!」
嬉しそうに笑うターシェさんを見ると、推しってこの世界でもやっぱり大事なんだなぁと痛感する。今の私の推しは間違いなくヴィオかな?‥本人に言ったら、それはもう尻尾をパタパタと高速に振って、キスの嵐になる事間違いないから言えない。絶対言えない。
ターシェさんと話をし終えて、ヴィオの所へ戻ると、それはもう嬉しそうに私の手を握って尻尾をパタパタと振るヴィオ。うん、可愛いなぁ。やっぱり私の推しはヴィオだな。
「ヴィオあのね、ターシェさんにトーラの劇団の話を聞いてね、今回こっちで公演をするらしいの。それで急なんだけど明日ターシェさんとどうしても観に行きたいんだけど、いいかな?」
そう聞いた途端、ヴィオの尻尾と耳がへにゃっと下に垂れた。
「あ、明日‥?」
「うん、午前中に。お昼にはもちろん戻ってくるし、ターシェさんと一緒だよ」
ヴィオが今にも「ヤダ!!」と言いそうな顔をすると、ターシェさんがボソッと、
「サッと送り出せる奴って、大人で格好いいな〜」
と、呟くとヴィオがハッとした顔をして、口をへの字にしたかと思うと、
「‥‥い、いいよ」
と、絞り出すように声を出した。