4.ひとえに人へ等しく
「香乃ってさ、やっぱり鈴鹿くんと付き合ってるの?」
咲人とは、打って変わってそれなりの喧騒が伴う教室にて、女子生徒の1人が尋ねる。
「いえ、そう言った関係ではないと思うのですが……」
「でも、毎朝一緒に登校してるじゃん」
「家が近いので。小さい時からの付き合いもありますね」
「ふーん、でも、お似合いだと思うな、香乃と鈴鹿くん。成績優秀でちょっとクールな彼と、お嬢様な香乃。2人が並ぶと花が出るよ、花。背景はもう花めぐりってかんじだもん」
先ほどとは別の女子生徒が、盛り上げるにはベストマッチな高い声で言う。
「彼は少し物怖じをしちゃっているみたいで、クールと思われるよりもたまに話しかけてあげた方が喜ぶみたいです」
「なんかお母さんみたいだね」
女子二人がおかしく思えたのか、声を出して笑っていると、香乃の方もやっぱり自分の答えが変だと気づいたのか釣られて笑みを浮かべる。
「でも、この前、鈴鹿くんにわからない問題を聞いたら、私の名前を思い出すのにちょっと時間かかったみたいだよ。
まぁ、思い出そうと頑張ってる姿はちょっと可愛かったかな、私も心の中で『がんばれー。私の名前は伊佐未だよー』って応援したら、それが通じたみたいに伊佐未さんって言い始めて」
「いきなり名前で呼ばれてるじゃん」
「そーそー。ビックリしちゃった」
「咲人さんは独特な暗記法をしているので、たまにそう言うことがありますよ。たぶん、人の名前はイメージで考えているのかと。音の響きやすさと言うのが重要で、芋野さんの場合なら、芋野というちょっと野暮なイメージより、伊佐未さんという女子らしいイメージが合ったのかもしれません」
「へー、秀才のことはよくわかんないなー」
「でも、可愛らしい所もあるんですよ。伊佐未さんって思い出して、その次にすぐ『芋野伊佐未』って連想するはずですが、その時は思い出すのに必死で、つい『伊佐未さん』って言ってしまったのでしょうね」
「てゆーか、香乃ってやっぱり咲人くんが好きなんだね。物凄い詳しいじゃん」
「ふふっ。ええ、彼の事は好きです。向こうはそれほど、私に魅力を感じていないと思いますが……」
香乃は特に恥じらう事もなく、ちょっとトイレに言っても良いですか? と提案するくらいのフランクさで彼への気持ちを告白するので、香乃を囲む女子2人は目を丸くしつつ、
「大丈夫大丈夫! 香乃くらいの美人がそんなことを言ったら、男子はイチコロだって!」
「進展しないのは香乃が奥手だからかもしれないよ! もっとダイレクトに気持ち伝えてみよ!」
2人は火に油を注いだように、興奮して言葉を並べる。
淑やかな香乃が、余りに情熱的な言葉を出したのが、余りに興味を注がれたらしい。
「ええっと、今日、一応、この前に進められた喫茶店にお誘いするので、その時また話せれたらって」
「この前勧められたって……」
「あの、確か須部理大学の学内にある喫茶店で……」
「香乃! そこは駄目!」
えっ……。
と、香乃は鳩が豆鉄砲を食らったみたいな顔をする。
「えっと、ごめんなさい、この前、城前さんが教えてくれた喫茶店で、凄く、雰囲気が良かったから……」
「美水は、あそこの大学生に囲われたの」
その言葉を聞いて、香乃は信じられない、と言うような顔をした。
城前美水、と言う少女は、今まで香乃や芋野たちとクラスメイト少女で、香乃が先に言った言葉から察せる通り、香乃ともかなり仲が良かった関係である。しかし、今から少し前に、近くの大学生とトラブルにあり、今は傷が癒えずに学校に出ていない。
「その、ごめんなさい、私、知らなくて……」
「まぁ、私たちもその事はあまり香乃には教えようとしてなかったしさ。しょうがないよ。実際、あそこけっこう面白かったし」
「美水さん、そう言うことになったとは聞いていますが、配慮が無くて申し訳ありません」
「気にしないで、ホントに悪いのはあの男たちだし」
「その、もしよろしければ、何があったのかを少し教えていただけませんか……?
私、あんまり知ろうとしていなかったので……」
香乃の言葉は、少し正確ではない。
友人の2人からしてみれば、香乃はどこか『こういう不埒な事件』について、深く話さない方が良い。と思っていたらしい。だからこそ、例え被害者の美水と仲が良かった香乃であっても、詳しくは話さない、それは暗黙の了解であった。だから、香乃も知らずにいた。
「あのね、美水は、あの喫茶店の常連だったの。ほら、美水って大学生活とか、そう言うの凄く夢見ていたじゃない。あの喫茶店、そういう意味ではピッタリでしょ?
だから、そこで会った、あの……」
「あの?」
「噂では、西洋文化研究会って言うサークル。大学ではよくあることだけど、西洋だとか文化だとか、あんまり関係ないけど、楽しくやろーって感じの奴」
「大学って勉強をする場所なのでは……」
「大学って、そういう人多いよ」
少し、呆れたような返答。この辺りの認識の差と言うのは、香乃の箱入り具合の賜物のであろうか。
「ナンパされたのも、実はあの喫茶店だったみたい。で、どうやら飲み会にも参加しちゃったみたい。浮かれていたのかも。未成年なのに、お酒も飲んだみたいで……」
「それって、犯罪では……?」
「そうなんだけど、『あくまでここまではウワサ』なの」
「えっ……?」
「ヤクザ」
芋野が一言。
「ヤクザの息子が、そのサークルにいるらしくてね。
ちょっと大きい事件程度だと、簡単に揉み消せるみたい。実際、私たちが耳に入らない程度の事件だったら、たぶんもっと美水みたいな子、いっぱいいるかも」
「なんて……酷い……」
香乃は心の底から吐き気を催したように言う。香乃は純真無垢に育った箱入りなのだから、そう言うのも不思議ではない。
「でも、香乃にこう言うことを教えてよかったかも。香乃は香乃で、あいつらに騙されてたかもしんないしね。
いーい? いくら鈴鹿くんが一緒だからって、あんな所には絶対行かないでね。絶対よ」