新人
11月になった。私が9月に入居してから2か月が経った。
その間にこのシェアハウスで変わったことと言えば、退去した601と401の住人。
601の住人は西野という男だったらしい、管理人さんとの会話で名前を知った。
401の加藤は窃盗の事実が明らかになってから1週間ほどで退去した。
いくつかの不可解さは残したものの、シェアハウスは平穏を取り戻したと言えるだろう。
そんな不可解さなど露ほども知らない新しい住人がやってきた。
601の新しい住人リーラはオーストラリア人の女性だった。
律儀にも同じ階の私の部屋に引っ越しの挨拶に来た、長い金髪をポニーテールにし、
狭いおでこを出した活発そうな女の子だった。
「私の名前はリーラと言います、これからよろしくおねがいします!」
かなり達者な日本語だった、どうやら母国で相当勉強していたらしい。
そういえばこのシェアハウスには結構外国人が住んでいるようだった。
キッチンでたまにエスニックな匂いが漂う料理を作る黒人の男性、
リビングで中国語で談笑する中年の女性二人組、
管理人さんによると12人中約半数は外国人なんだとか。
しかし西野と加藤が退去しリーラが入ったということは、
少なくとも日本人の比率が減ったことは間違いないだろう。
ある日の夜、廊下でリーラとすれ違った際に声をかけられた。
「すみません、wi-fiはどこを使ってますか」
このシェアハウスにはネット回線が引いてあるが個室で有線接続はしていない。
その為各階にはwi-fiのルーターが設置しており、そこに繋げることで各自ネットが使える。
6階の住人である私は当然6階のwi-fiを使っているのだが、
「6階のwi-fiに繋がらなくて…今5階のリビングのを使ってるんです」
6階のルーターは私のいる606に近い位置に設置してある。
対してリーラが居る601は6階の中では一番遠い部屋だ、距離的にも接続が不安定なのかもしれない。
そして5階のリビングは601の真下に存在する、
なるほど、直線距離で考えれば5階のwi-fiの方が近いわけか。
「そちらで問題なければ、そのまま使ってて大丈夫だと思いますよ」
実際私も5階に行けばスマホのwi-fiは6階に接続できなくなる、
そして自動的に5階のwi-fiに接続しているのだ。
私はそれをリーラに説明すると、お互い会釈をして別れた。
リーラがどの程度ネット環境の不安定さで困っていたのかはわからないが、
おそらくそれはリーラが入居する前から601で起こっていたことなのだろう。
これも共同生活故の不便さなのか、幸い自分は入居してからそういったストレスは抱えていないので、
今いる606の快適さに感謝するのであった。
私は自室に戻りいつものようにPCデスクで仕事をしていると突然それは起こった
ブツッ
という音を聴いた直後には暗闇に包まれていた、即座に停電ということを理解する。
ブレーカーを上げなきゃ…と思うが、そもそも自室にブレーカーは存在しない。
そうなると6階の廊下にあるブレーカーだろうか、私の部屋以外も停電している可能性が高くなってきた。
私はスマホのライト機能を使い部屋を照らす、ドアまでは安全に歩けそうだ。
廊下に出ると他の住人も同じようにスマホを手に廊下に出ていた。
廊下は非常灯のみが赤く光っており、ほぼ暗闇に包まれていた。
「こんなのはじめてだよ」
そう呟いたのはたぶん私の部屋に一番近い605の住人だろう、大柄で若そうな男性だった。
その奥にももう一人男性の姿があった、604か603の住人か…そこまではよく見えなかった。
「ちょっとリビング観てくるよ」
そう言って奥の男性はさらに暗闇の奥の階段へと向かって行った。
残ったのは私と605の男性だけだった。
6階の他の住人はどうしてるだろうか、
不在なのか就寝中なのかもしれないが、601のリーラは出てきても良さそうなのに。
とにかく電気を戻さないことには何もできない、私ともう一人の男性は用具室のような所に向かった。
普段管理人さんや清掃のスタッフしか入らない場所だが、ブレーカーがあるとすればきっとここだろう。
私より遥かに背の高い男性が手探りで壁を調べ、それらしいスイッチを発見した。
パチっ…
辺りが光りで包まれた、数秒視界の白さで目が眩んだ。
「うわぁああああ!!!」
安堵するはずのこの状況で廊下から叫び声が聴こえた。
見に行くと先ほどリビングへ様子を見に行った男性が立ち尽くしていた。
男性に近づいて目線の先が見えたところで私も異変に気付いた。
6階の突き当り、リーラが住む601のドアの下からべっとりとした真っ赤な鮮血が溢れ出していた。