盗難
事の顛末はこうだった。
401の住人、加藤麻里奈は度重なる窃盗を行っていた。
共用のキッチンにある備品、冷蔵庫に置いてあった食材、リビングのクッション等。
最初は共用区がメインだったらしい、しかし管理会社や清掃の人がそれを察知し5階の掲示板に警告文を張り出した。
それが抑止力になったのか共用区での窃盗はなくなった。
しかしそれが今度は移住区に及んでしまったらしい。
最初にその事を訴えたのは6階の住人だった、被害者と管理人さんが話し合った結果、
犯人捜しをする為にとある罠を設けたらしい、それは
・シェアハウスの住人に窃盗犯がいるという話を住人間でしない。
・在宅時に鍵を開けておき、侵入しようとする者がいないか確かめる。
前者に関してはこのシェアハウスの構造上の問題もある、
正直この施設の中で盗難を完全に防ぐことは不可能だろう、ある程度他の住人を信用しなければならない。
たとえばシャワールームの前には脱衣所があり、そこに各自のシャンプーやらボディーソープが置いてある。
当然ロッカーに鍵をかけてるわけでもないので、盗ろうと思えば盗り放題だ。
しかし他者が使った消耗品をわざわざ盗む輩がこの建物にいる、そんな風に誰も思いたくない。
だからこそ余計な警戒はかえって住み心地を悪くするというものだ。
幸い共用区での盗難はなくなっていたので、この心配はしなくてよかった。
しかし移住区となると話は変わってくる、事が大きくなれば警察を呼ぶ羽目にもなるだろう。
そうなれば管理会社も色々面倒なはず、だから住人間で片付けておくべき問題だったのだ。
後者に関してだが、これは現行犯で捕まえてしまおうということだった。
当然盗難は留守中に行われている、鍵は各部屋1本しか存在しない為、他人が侵入し中の物を物色するには、住人が鍵をかけずに退室した場合しかない。
そう、盗難の被害は全て鍵をかけずに部屋を出ていた不用心な住人なのだ。
ここまで書けば察しの良い人は気づいたかもしれない。
以前私の部屋に侵入していたのは401の住人、加藤麻里奈だったのだ。
あの日、606から退室した私は605から601の部屋の鍵穴が全て縦向きだったのを確認した。
あの時605から601の住人は在室中だった、それらの住人は全員窃盗の被害者だった。
だから在室していながら鍵を閉めず、加藤が入ってくる余地を残していた。
しかし加藤はあの日私の部屋、606に侵入した。
彼女は4階から上がってくる最中にキッチンに行く私を目撃していた。
住人全ての顔を知っていたかは知らないが、見覚えのない顔である私を見て、
一番新しく入居した606の住人であると推測したのだろう。
だから606を標的にした。
しかしここで加藤にとっての誤算があった、私がすぐに部屋に戻ってきてしまったのだ。
加藤からしてみればキッチンに冷凍パスタを持っていってる私は、
そのままキッチン横のテーブルで食事をすると思ったのだろう。だから10分程度の猶予はあると。
しかし私は温めたパスタを自室で食べようと5分もしないうちに戻ってしまった、だから慌てて鍵をかけた。
その後私がキッチンに戻ってパスタを食べてる間に606から抜け出していたというのだ。
幸いその時は何も盗らずに戻っていたらしい。
しかし606から加藤が退室するのを601の住人が目撃していた。
それを管理人に連絡した結果、数々の証拠と照らし合わせ加藤が窃盗の犯人と断定したらしい。
とまあ、メールの内容は以上の事だった。
加藤はシェアハウスの規定違反を行ったということで退去させられるらしい。
彼女がそれを受けどういう態度を取るかはわからないが、窃盗犯と知られたまま住み続けられる程図太い神経の持ち主のようには見えなかった。
しかし疑問は残る、あの日私は部屋に戻る際に601から605までが内側から施錠されていたのを見た。
一度罠を仕掛けておきながら結局全員が内側から施錠した理由はなんなのか?
そして私が目撃したあの黒い人型の影、退去してしまった601の住人。
これらの謎の解消を今はまだどうしてもできなかった。