00 異世界転移
「やあ、こんにちは」
目の前の少女は自分の眼を見て告げる。
「こ、・・・こんにちは」
咄嗟に言葉がうまく出ず、自分もどうにか返事を返す。
----------これが彼女との初めての会話だった。
1時間前。
「今日も残業か・・・・。今日こそは定時で帰れると思ったのに。」
目の前の書類の山を見てぼやく。ここのところ行う業務の数が増え、定時で帰れる日の方が少なくなってきた。
「しょうがないですよ、今は感染症のせいで出勤できる人も限られてきているんですから。」
隣の後輩の方を覗くと自分と同じような書類の山ができていた。
昨今、感染症が流行っているらしく、オフィス内で仕事を行う人数に決まりができていた。テレワークという、ビデオ通話を用いながら業務を行うやり方を導入はしているのだが、会話途中に通信が途切れたり書類のデータを送る際、セキュリティソフトの兼ね合いでうまく送れなかったりして明らかに作業効率は落ちていた。
「ったく、こちとら泊まりがけでやってるっていうのに・・・、残りは引き継いでやってもらおうかな。」
「いいんすか?今日の日勤は新人の方なんで問題発生したら怒られるの先輩っすよ?」
「だよな・・・。ちょっと外の空気吸ってくるわ。」
自分のオフィスは16階建てのビルで、自分が所属している部署は6階の端の部屋である。たくさんのモニターに囲まれて作業を行っている。長時間液晶とにらめっこするのは苦痛であり、疲れてくると屋上に出てコーヒーを飲むのが日課である。
「確か裏のビルの前にある自動販売機に新しい缶コーヒーが入ってましたよ。」
「・・・甘さは?」
「確か・・・・、微糖だったかな。先輩行ってませんでしたっけ?紫色のパッケージの」
「そうか・・・、そういえばもうすぐ発売とかなんとか言ってたな。屋上の自販機には入ってないのか?」
「多分入ってないんじゃないんですかね。あそこ新しいのなかなか入らないんで。」
サラリーマンにとって毎日同じことの繰り返しで飽き飽きしている。単に新しい缶コーヒーが出ているというだけでも、ちょっと気になるというものだ
「ちょっと行ってみるかな。」
----今思えばいつも通り、屋上のコーヒーを飲んでいればこんな事は起きなかったのではないかと思う。
「よりにもよって立ち入り禁止かよ・・・」
自分の会社の周りは複数のビルと隣接しており、裏のビルに行くためにはぐるっと回っていくか、ビルとビルの間を通っていくかのどっちかだった。ただ、ぐるっと回っていくといってもビル自体が意外にも大きく、缶コーヒーを買うだけにしては面倒な距離であり、間を通っていこうとしたらこの始末である。
「他に道無かったかな。・・・さすがに回っていくの面倒なんだよな・・・。なんでうちの会社は出口が1つしかないかねえ。」
泊まりがけで業務を行っていたせいか、うまく頭が働かず億劫な気持ちが強くなってくる。
「てかなんで立ち入り禁止なんだ、別に人いねえし、大丈夫だろう。」
立ち入り禁止の看板を避け、狭い通路に入る。時間も朝なので足元に気を付けていれば、ケガすることもないだろう。疲れているせいか考えることが面倒になり、行動に移す。
少し進んだ後に、ふと周りを見ると少し暗くなってきている。
「おいおい、やめてくれよ。まだ朝8時だぜ、なんで暗くなってんだよ・・・」
ボーっとしていたせいか、周りの状態にまったく気づかず、新しい缶コーヒーを飲みたい欲求とこれからの残りの業務のことを考えている間にどんどん暗くなってくる。わけのわからない状況に頭も覚醒し、さすがにおかしいと気づき始め、
(さすがに戻ったほうがいいか)
っと思った矢先
「うっ・・・・」
突然周りが明るくなり、咄嗟に腕で目をふさぐ。
「ったく、何が起こってんだよ・・・。は?」
光が落ち着いたところで腕をどけるとそこには
あたり一面写真でしか見たことがないような荒野が広がっていた。