シーズン1 第四章 奪還 3-4
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「……今後、ゾンビ清掃やなんかで建物に入ることがあるなら、ついでに水道がきっちり閉まっているかどうか確認し、この先使用しないようなら、元栓を閉めてほしい、ってことだったんです。蛇口が開きっぱなしだと、せっかく浄化した水が無駄に流されることになってしまうからって」
もぐもぐもぐもぐ。
「なあるほど、(ばくばくばくばく)そりゃその通りだ。無人の家でじゃあじゃあ水を使われてちゃ、(ばくばくばくばく)他の家に行き渡らなくなるもんな」
林田さんがお皿を抱えたまま、何度もうなずくと、
「ええ、そうですね。早速、(はくはくはく)「蛇口閉めチーム」を作らなければなりませんね」
橋江さんも、スプーン片手に、眼鏡をくいと持ちあげる。
「蛇口だけじゃなくて、ガスの元栓も。むしろ、そっちの方が危ないでしょ?消防が機能してない時、ガス爆発なんか起こったら、すぐに大火事になっちゃう」
とこれは、割烹着と三角巾に身を包み、片手にお玉を持った雄姿で、厨房から顔を出した加呂さんだ。
この日、漣を中心とした「ゾンビ清掃部隊」は、僕らの寝床になりそうな建物をきれいにするついでに、小規模なホームセンターや飲食店、個人病院や鉄工所、スーパーマーケットといった、有用な物資がありそうな場所を数カ所、掃討してくれた。
加呂さんは、センターに残り、次々やってくる避難民達の身体検査を担当してくれていたのだが、シフトを早めに切り上げると、食材を抱えてこの店――清掃が済んだばかりのこぢんまりした小料理屋さんを訪れ、鍋釜を火にかけ、包丁をフル回転させつつ、僕らが「遠征」から帰るのを待っていてくれたのだ。
そして、
「ごく普通の、おうちカレーなんだけどね。それでもよかったら」
と声をかけてくれ(もちろん「よくない」なんていう人間は誰一人いなかった)、僕ら――すなわち、林田さん、平さん、丸手さん、安藤さん、僕、橋江さん、漣、真木ちゃんに加え、この日は真木ちゃんのお父さん、テルさんも同行した――は、シャワーを浴びるのももどかしく、いそいそとお店までやってきたのである。
「いやあ、うまいな!おかわりもらおうかな」
「本当、たまんねえよな、いくらでも入るよ!」
みんなでにこにこしながら次々カレーを平らげては、また皿に盛り、また平らげては皿に盛りと、エンドレスおかわり状態が続く。でかいお釜にいっぱい炊いてあったご飯も、大鍋にたっぷりあったカレーもみるみる量が減っていき、そろそろ底をつく、となったところで、ようやく
「いやー、食った食った、もうこれ以上は無理だ!ごちそうさん!」
林田さんが宣言し、それで食事は終了となったのである。
「ごちそうさま。なんだか、初めて分かった気がしますよ。温かい手作りのご飯って、こんなにおいしかったんですね……」
しみじみと丸手さんがつぶやいたのを聞き、平さんがにやり。
「俺も全く同感だけどよ。でも丸さん、その言い方じゃ、ちょっと加呂さんに失礼じゃねえか?」
そう言われて、丸手さんもはっと気づいたのか、
「いえ、あの!もちろん、ただ温かいってだけじゃなくて、加呂さんの料理の腕がいいからおいしいんですよ、ええ!」
慌てて言い添える。
そのやりとりを聞いてた加呂さん本人も、にったりと笑い、
「いいよ、無理にお世辞言わなくて。自分の料理の腕は分かってるしね」
と、丸手さん、ますます慌てて、
「違いますよ!お世辞じゃないです!本当にこのカレー、おいしくて、あの……」
おろおろと汗を拭いはじめた。
「あはは、冗談よ。褒めてくれてありがとう。おいしく食べてくれて、作った甲斐があったかな」
ころころ笑いながら加呂さんがそう言ったところで、丸手さんは安心したように大きく息をついて……僕らは、なんだかまったり和やかな気分になったのだった。
「いや、でも、本当にうまかったよな。なんか、オレ達だけこんなにうまいもの食って、他の人たちに悪いくらいだ」
林田さんが真顔でつぶやくと、
「ああ、それなら大丈夫。検査を担当してくれてた人たちに声かけたら、みんな料理するのに飢えてたのか、ほとんどの人が乗り気になってくれてね。他のお店で、なんやかやあたたかいものつくって、ふるまってくれてるはずだから」
加呂さんがにっこりすると、
「そうか!ならよかった!」
林田さんも安心したような笑顔になる。
まったり和やか気分がさらに大きくなったところで、
「やはり、こういうご飯は大事ですね。なんだか、すごく活力が湧いて、明日も頑張ろうって気になります。少なくとも一日に一食、夕飯だけは温かいご飯を食べられるようにしたら、労働効率がグンと上がるんじゃないですかね」
橋江さんが、考え考え意見を述べた。
それにすぐ反応したのが、一同の中で一番多くおかわりしていた漣だ。
「そんじゃさ、明日の掃除予定に、ショッピングモール加えたらよくね?あそこ、でかいフードコートあったっしょ」
「んー、そりゃ、あそこが手に入ったらすごいけど、あんだけでかい建物だし、掃除するのにえらい人数と手間がかかるんじゃねえか?」
林田さんが難しい顔をしたが、漣はすました顔で、首を横に振った。
「大丈夫だって。今日連れてった新人さんたち、一日でだいぶん捕獲がうまくなってさ。何人かはリーダーを任してもいいぐらいな感じなんだよ。だから、その人たちに、新しくリーダーになってもらって。で、慣れてる人間だけで、でかい建物専門の特別チーム作ればいいんじゃないかって「清掃部隊」みんなで話してさ。どう、いい考えだと思わねえ?」
「なるほど、専門化することで、作業の効率化を図ろうってことですね。悪くないと思います」
「でしょ、でしょ?」
橋江さんが賛成に回ったことでますます自信を得たのか、漣がはっきり、ウキウキとした雰囲気を漂わせはじめる。
そこへ、林田さんが水を差した。
「ん~……確かに、悪くない考えだとは思うぜ。ただ、ちょっと確認したいんだけど、その特別チーム、どれくらいの人数が必要なんだ?」
「えーと……そうだな、でかい建物をくまなく安全に作業しようと思うと、大体30から50人ぐらいは必要かな……」
漣がそう口にした途端、橋江さんと林田さんは目配せをかわし、揃って難しい顔になった。
「え、な、なに?人数が問題ってこと?それなら、もう少し少なくても……」
戸惑い、少し焦った早口で漣がそう言いかけたところで、
「漣君。人数が問題なんじゃなくて、人数「も」問題なんだ」
橋江さんが、優しく笑いかけ……漣は「なんだよ、さっきは賛成してくれたのに、手のひら返すって!」といわんばかりの表情となった。
「いや、専門チームってのがいい考えなのは認めるって。ただな、今の時点でそれだけの人数割いて、でかい建物掃除する必要があるのかってことなんだ」
「え、でも、さっきはいい考えだって……」
「うん、いい考えですよ。ただ、そのチームを作るのは、もう少し後になってからの方がいいんじゃないかと思います」
林田さんと橋江さん双方から、優しく教えさとすように言われたのが、いたく気に入らなかったのか、漣が突然、大声を張り上げた。
「なんでだよ!いいじゃん、いい考えなら、すぐに実行すれば!なんで、しばらく待たなきゃいけないんだよ!」
いくらよくできた子だとはいえ、漣もまだ高校生だ。自分たちが考えた「素晴らしい考え」を否定された上、子供に言い聞かせるような態度を取られれば、カチンとくるのも当然。林田さんも橋江さんも、漣のプライドを傷つけないようにと気配りした結果、ああいう態度になったのだろうけど、逆にそれが、彼のプライドを痛く傷つけてしまっているのである。
(林田さんはともかく、橋江さんは、漣と一緒に仕事して長いはずなのに、コイツのそういうところ、全然理解してないんだよな……)
やれやれ、と心の中でため息をつきながら、僕はゆっくり、口を開いた。
「漣。お前、まさか、ゾンビさんを排除したら、そのままショッピングモールやフードコートが使えるようになる、と思ってやしないよな?」
「……え?」
思い切り虚を突かれました、という表情で、漣がゆっくりと振り向く。
「ああ……やっぱり、そう思ってたのか」
「え、だって、建物は無事なんだし、ゾンビさえいなくなったら……」
「あのな。ああいう大きな建物を機能させようと思ったら、必ず電気が――それも、結構な大電力が必要になるんだよ」
「あ……」
「電気がつかないままだと、照明はもちろん、調理器具も使えない。フードコートがあっても、宝の持ち腐れになってしまうんだ」
「え、どうしてさ!ガスはまだきてるんだろ?それなら、調理ぐらい……」
「ああいう大きな建物はな、大体屋上にあるタンクに水をためて、そこから厨房やトイレやらに配水してる。一体どうやって、そのタンクに水をためると思う?」
「どうやってって……そりゃポンプで……あ」
漣が、はっとした顔になった。
そうなのだ。
一般の、それほど高さのない住宅なら、浄水場から送られてくる際、水にかけられた圧力によって、2階や3階くらいまで、水を運ぶことができる。でも、5階建て以上の団地やマンション、そして、巨大なショッピングモールなどになると、元から与えられた圧力では上階まで水を届かせることができない。なので、電動のポンプでもって、水を建物の上にまで一度送り、そこから改めて各階、各フロアに水を送る。つまり、停電してしまうと、水が使えなくなってしまうのである。
「ま、ああいう大きな建物には、たいがい自家発電装置とかついてるから、最低限の電力はそれでまかなえるとは思う。でも、装置を動かし続けるには、ガソリンとか、重油とかがいる。今のところ、僕らが確保した区域の中には、ガソリンスタンドが数軒あるだけで、大電力をまかない続けるには、全然足りないんだ」
「そっか……」
ようやく納得したのか、漣は肩を落とし、しょぼんとした顔になった。
「いい考えだと思ったのにな……」
「そんなにがっくりしなくてもいいって。えらそうに解説したけど、実は、ちょっと前に僕も漣と同じようなことを言って、真木ちゃんに笑われたばかりなんだ」
「え、翠に?」
驚いた様子で振り向いた漣の視線を、真木ちゃんは笑顔で受け止めた。
「なんでお前がそんなこと知ってんだよ?」
「なんでって、漣君、わたしのお父さんの仕事、忘れたの?」
「テルさんの仕事!?え、だから、電気工事関係の……あ」
親子並んでにこにこ笑っている真木ちゃんたちの前で、漣は、みるみる赤くなっていった。
「そか。そりゃ、知っててもおかしくねえよな……」
「もう、先にわたしに聞いてくれれば、教えてあげたのに」
「だな。つい、こう、いい考え思いついたっていうんで、「清掃組」みんなで盛り上がっちゃってさ。そんじゃ、林田さんや陸さんをびっくりさせてくるぜって、ものすごいイキってきたからさ……」
「漣君のそういう元気なところ、可愛いけど、話し合いの時に怒ったりするのはダメだよ?みんな、びっくりしちゃうじゃん」
「だな。ごめん、みっともないところ見せちゃって……」
「気にしなくていいけど、次からは気をつけないと……」
言葉を交わしながらだんだんと二人の距離が詰まり、「彼女の尻に敷かれながらも楽しく暮らしてる彼氏」「彼氏を心底好きな、しっかり者の彼女」の雰囲気が濃厚になってきた――もっとはっきり言ってしまえば、あまあまな調子でイチャイチャし始めた――ところで(リア充爆発しろ!)、加呂さんが、ちょっと考えこむような表情になった。
「大きな建物や高い建物には電気が必要、っていうなら、駅前にある高層マンションとかホテルも、ダメってこと?掃除しても、それだけじゃ住めないの?」
「え、そうですね、えーと……」
答えを求めてテルさんへと目を向ける。と、翠ちゃんのお父さんは一瞬で電気工事士の顔になり、ゆっくりとうなずいた。
「だめでしょうね。高層の建造物は、水道設備ももちろんですが、エレベーターがないと住めたものじゃないですから」
ああ、とみんなが納得した顔でうなずく。確かに、一日仕事で疲れて帰ってきた後に、25階まで階段を上る、なんて考えただけでうんざりする。
「そっか~。ああいう建物なら、一つ掃除しただけでかなりの人数が一緒に住めるし、便利だと思うんだけどな」
頬杖をついた加呂さんの言葉を引き取り、橋江さんが――手が塞がっていたため、眼鏡を押し上げることができず、その代わり――手にしたスプーンを持ち上げた。
「私も、そう思います。あれほどの高層マンションと、その隣に立つホテルの設備がそっくり使えるようになったら、収容人数が一挙に増えるのはもちろん、厨房と、広い食堂とが使えるようになりますからね。生活の質が一挙に向上すると思います」
なるほど、確かに橋江さんのいうとおり、快適な布団で寝起きし、温かい、おいしいご飯を食べることができれば、みんなの士気もぐっと上がるに違いない。
「そこで、テルさんに質問なのですが……エレベーターと給水設備、共用部分の照明、それに厨房の電化製品――要は、最低限建物を稼働させるのに必要な電気を太陽光発電でまかなうとすると、どれくらいの太陽光パネルが必要になるんでしょう?」
橋江さんの質問に、テルさんはちょっと困ったような表情になった。
「うーん……太陽光パネルにもいろいろ性能がありますし、一概には言えません。それに、パネルを入れただけでは、その手の建物をずっと稼働させることはできませんし」
皆が意外そうな顔になったのを見て取り、テルさんは慌てて言葉を補った。
「いえ、あの、パネルは、あくまで太陽光を電気に換える働きしかしませんから。くもりだったり夜だったりで太陽が出てないと、当然電気は使えなくなります。いつでも電気を使えるようにしようと思ったら、パネルの他に、作った電気をためておくバッテリーも必要なんです」
ああ、とみんながうなずいたのを見て取った後で、テルさんはあごに手を当て、考えこんだ。
「まあ、大体の感じでいいというなら……一般家庭で使っているパネルが4キロワット台のもので、それでほぼ電気をまかなえます。なので、マンション共用部だけでいいなら、一般家庭4軒分、20キロワット分もあれば、なんとか足りるのではないかと。厨房も稼働させるのなら、それプラスもう一軒分、というところですかね」
「でもって、後はバッテリーか。相当な重量になるな」
「ええ。エレベーターなしでそれだけのものを屋上までに運ぶとなると、大変なことになると思いますよ」
「となると、まずは大型発電機を確保して電力を供給し、エレベーターを動かして物資を運びこんでから電気工事、って手順か。大がかりなことになるな……」
林田さんが渋い顔になったのと合わせるように、橋江さんもため息をついた。
「一軒家を一つ一つ掃除していくより、集合住宅をまとめて掃除した方がいいと思うんですけどね。移動の手間はかからないし、同じ方法で数多くの住宅を解放できるので、作業効率も上がり、それだけ多くの人を救出できるはずですから」
と、それを聞いていたテルさんが、おそるおそる、という感じで口を開いた。
「あの、それなら、高層マンションとかホテルは後回しにして、まずは団地からはじめるっていうのはどうでしょうか?」
「団地?」
「ええ。あの、第二経飯沿いに、昭和に建てられた古い団地が建っている一帯があるんですが、あの団地、高台に一つ、大きな水道タンク塔が作ってあって、それで全ての棟の水道に配水してるんですよ。ですから、そのタンク塔一つの電力を復旧させれば、とりあえず全棟、居住できるようになるんじゃないかと。しかも、古い団地なんで、全部が5階建てぐらいしかありませんから、エレベータなしでも上り下りできますしね」
「なるほど!団地か!そりゃ気づかなかった!」
「でも、確かにおっしゃるとおりですね!下手に高層ビルを掃除するより、その方がずっといい!」
「給水塔一つ分なら、ソーラーパネルやバッテリーの確保も設置も楽ですしね」
林田さんと橋江さんが盛り上がっているのを見て、テルさんはほっとしたようだった(丸手さんと同じで、ちょっと気の弱い人なのかもしれない)。
「テルさん、明日から作業にかかってもらうとして、水道タンクを復旧させるまで、どれくらいかかりますか?」
橋江さんが急に尋ねたせいか、テルさんはちょっとビクッとしたようだったが、すぐにまた、眉根にしわを寄せて、一生懸命考えはじめた。
「ええと……ソーラーパネルとバッテリーは、一軒分もあればいいでしょうから、そこらの家から外すとして、配線外してトラックに積み込んで運び、足りない材料をホームセンターで積んで、また現地で組み立てて設置して……そうですね、二人か三人がかりで、二日もあれば」
「それくらいの間なら、発電機使ってしのげますね」
「だな。よし、決まりだ。明日の清掃作業は、団地だ!……それでいいな?」
それまで皆の顔を見回しつつ話してた林田さんが、最後の一言だけ、じっと僕を見て念を押す。僕は例によって、なんだって僕にそんなこと尋ねるんだろ、って思いかけたが、そこで昼間のやりとりを思い出し、そうか、そういえば僕、計画の責任者ってことになってたんだっけ、と頬が熱くなるのを意識しつつ、口を開いた。
「は、はい、それでいいと思います……。あ、ついでに、お年寄りとか、女性とか、ゾンビ清掃にむかない人たちで、チームをいくつか作って、一緒に派遣してもらえますか?」
「ああ、そうだったな。ガスとか水道の元栓閉めるんだったか」
「それもそうなんですけど、他にも大事なことがあって。ゾンビ清掃が終わったところから、リフォームにかかってほしいんです」
「り、リフォーム!?壁紙取っ替えたり、間取りを変えたりする、あのリフォームかよ?そんなもの、それこそ後回しでいいんじゃねえの?」
漣がわけが分からない、といわんばかりの顔になり、僕は慌てて首を振った。
「違う違う、リフォームはリフォームなんだけど、そういうのじゃなくてさ。ほら、団地って、部屋の仕切りがふすまだったりするだろ?それを、もっと丈夫な扉にして、鍵を取り付けてもらえば……」
「そうか、発病対策だな!もし万が一、夜中誰かが発病しても、鍵つきの部屋に寝起きしてりゃ、「いただきます」できねえもんな!」
安藤さんがぱっと目を輝かせて叫ぶ。その独特の言い回しに思わず苦笑しながら、
「ええ、そうです。簡単な改造でいいんですけど、出入り口をもう少し頑丈なものに換えて、鍵をつけとけば、夜中に発病した誰かに噛まれて病気が広がるのを、防げると思うんですよ」
僕がそう説明すると、橋江さんが眼鏡をキラリと光らせた。
「確かにそれは、必要な措置ですね。早速、どうすれば扉部分を簡単に改造できるか、誰か専門家に相談してみないと」
「新しく来てくれた方の中で、大工さんとか、建築関係の仕事をしてた方がいるか聞いて、その人にチームリーダーになってもらえば……」
「そうだな、それが一番早そうだ」
丸手さんの提案に、林田さんがうなずく。
と、一連のやりとりをみていた漣が、すっと立ち上がり、
「じゃ、俺、メシ食い終わったし、聞いてみてくるよ!加呂さん、ごちそうさん!」
早くも店を後にしようと歩き始める。その後を追うように真木ちゃんも立ち上がると、
「あ、待って!あたしも一緒に行く!カールの散歩もあるし!ごちそうさまでした!おいしかったです!」
慌ててその後を追い――くそ、いいなあ、リア充は――後に残された大人たちは、皆がにまにまと嬉しそうな顔で二人を見送ったのだった(もちろん、苦虫をかみつぶしたような顔で、いまいましそうに二人の背中を見送っている真木ちゃんの父親、テルさんと、くそ、漣のヤツ、そのまま爆発しちまえ、と恨みがましい視線を送っている僕を除いて、だけど)。
「お、そうだ。それじゃ、あれだな。今日掃除した家の扉にも、鍵つけといた方がいいんだよな?」
皆がほっこりした気分になっている中、平さんが、いかにも急になにかを思いついた、という体で、誰にともなくそう尋ねたかと思うと、
「それじゃ、そっちの作業は俺が引き受けるよ!大丈夫、ディックドックで何回も、そういったリフォームの映像見てるから、手順は分かってるしよ!」
誰かが返事をする間もなく、ウキウキとした早口でまくし立て、いかにも嬉しそうににっこりと笑った。
(うわ、また平さんの病気が出たよ、どうしよう……)
こわばった愛想笑いを返しつつ、どう言ったら平さんのプライドを傷つけずに申し出を退けられるかと頭を悩ましていた、その時。
「こらこら!陸君の話を聞いてなかったのか?そういう作業をお願いするのは、ゾンビ清掃に向かない人たち。立派なガタイで、フォークの動かし方も分かってるオレたちがガテンな仕事引き受けないで、誰がやるんだよ!」
林田さんがぴしゃりと言ってくれる。
「そりゃあ……ま、そうだけどよ……」
子供みたいに口をとがらせながら、平さんがしぶしぶ納得してくれる(ああよかったと、僕はひそかに胸をなで下ろした)。
「それじゃ、そっちのチームも作っておかなきゃだな。ちょっと漣君たち追っかけて、そのこと言ってくるよ」
安藤さんが腰を浮かしかけたところで、
「あ、ちょっと待ってください!団地と、今日清掃した一軒家のリフォーム……というか、鍵取り付けチームの他に、あといくつかチームを作りたいんです。そっちも、ゾンビ清掃に向かないとか、どうしてもその仕事がいやだっていう人たちで」
「ほう。それは、どういう?」
橋江さんが指で眼鏡を押し上げ……「またそれか」と思わず笑っちゃいそうになる自分を必死でこらえながら、僕は彼に体を向けた。
「ええ。ゾンビさんがいなくなった住居から、食料とか衣服とか、使えるものを運び出し、布団を干したりベッドを消毒したり、床をざっと掃除したりするチームが、いくつかほしいんです。そうしたら、その晩からすぐに、清潔な寝床で眠れるじゃないですか」
「あ、なるほど!いい加減、薄汚れた寝床で寝るのは、みんな嫌だろうしな!」
林田さんがいかにも嬉しそうににんまりと笑いながら、うんうんと何度もうなずく。いかに「男前」なセンター長代理といえども、そこは年頃の女性、やはり、薄汚い寝床で口がなんだかジャリジャリいうのを感じながら寝るのは、いい加減嫌だったらしい。
「確かに、それは必要ですね。生活必需品をきちんとどこかにストックしておけば、その分、生存できる期間が伸びますし。やはり、団地にはつきものの公民館かどっかにストックしようと考えてるんですか?」
と、これは丸手さん。
「あ、いえ、一軒家の多い地域はそれでもいいと思うんですが、団地は、そうじゃない方がいいかなって思うんです。団地ってたいがい、階段を挟んで向き合うように二軒の住居があって、それは五階まで……だから、一階段につき十軒、家があるじゃないですか。その、1階のどちらかのお宅に、食料品とか衣料品とか集めておこうかと」
「住宅?1階の?」
ちょっと不思議そうな顔の丸手さんに、僕はにっこりと微笑みかける。
「ですです。最終的に、その、1階の部屋を食堂として使えばいいかな、と思うんです。そこだけは電気が使えるようにして。住居一つに3人が住むとして、一階段で30人。その人たちの食事の面倒とか、掃除、洗濯なんかをその部屋でしてもらって……」
「管理人だね!なるほど、そしたら、いつでもみんな、清潔に暮らせるし、温かいご飯も食べられる!いいね、それ!あたし、その仕事したいかな!」
加呂さんが、大乗り気で、嬉しそうに叫ぶと、
「なるほど!うん、そうやって身の回りのことしてもらえるなら、大助かりですね。なにしろ私、家事全般、全然苦手で……」
と、丸手さんが情けない顔をする(すごく家庭的な人、という印象だったので、すごく意外だった)。
「だな。いつまでも俺に面倒みさせてねえで、少しは家事も覚えろって、あれほど言ったのによ」
と、これは平さん(ってことは、平さん、家事全般なんでもこなせる人なんだろうか?こんないかつい見かけなのに、こっちもすごく意外だ)。
「問題は、それだけの電力が確保できるかどうかですね。テルさん、その点については……」
「……一棟につき三軒、四軒分ぐらいのパネルとバッテリーを設置すればいいんですよね?それなら、屋上スペースだけで十分な量を置けるでしょうから……いきなりは無理ですが、しばらく――そうですね、二日もあれば、一棟の工事を終了できると思います」
「なら、問題なさそうですね。それで行きましょうか」
満足そうに橋江さんがうなずいたところで、林田さんが、にやりと笑った。
「さすがリーダー、うまいこと考えつくじゃん!」
「やめてくださいよ、からかうのは。僕はただ、皆さんが心地よく眠れたらいいなと思っただけで」
より正確に言えば、「皆さんが」ではなく、「自分が」心地よく生活できるようになりたい一心で、どうすればいいかずっと考えていただけなのだ。だから、そんなに褒められると、かえって困惑し、申し訳なく思ってしまう。
「いやいや、やっぱり陸君にリーダーになってもらってよかったよ。な?」
林田さんがみんなを見回すと、みんなニコニコ顔で、うんうんうなずいて、僕をみる。
「だから、やめてくださいって!」
あまりのいたたまれなさに、世にも情けない顔になると、林田さんがニヤニヤ笑いながら、背中をばんばんとたたいた。
「ま、そう言うなって。頼りにしてるんだから」
「いや、僕、本当にそんなんじゃ……」
「なにを言ってるんです。君の提案のおかげで、スムースに、皆が納得できる形で、明日の行動指針が決まったじゃないですか。すごく助かりましたよ」
「そうですよ。これで、安心して明日も働けるってもんです」
「だな。将来の復興計画も、ちょっとずつ見えてきたしな」
「誰に、どんな役割を担ってもらうかも、だんだんはっきりしてきたしね」
橋江さん、丸手さん、平さんに加呂さんまでもが、口を揃えて褒めそやし……こりゃ、抵抗しても無駄だと悟った僕は、
「ああ、はい……ありがとうございます。これからもいろいろ、よろしくお願いします」
半ばヤケクソで、ぺこりと頭を下げた(実質これが、僕の「正式な」リーダー就任のあいさつとなってしまったことに、その時の僕は、まだ全く気がついていなかった)。
その場に居合わせた全員が拍手してくれる中、僕はただ一人浮かない顔で、面倒なことになってしまったなあ、などと考えていたのだった。
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それからの三日間、僕らは自分たちの「住まいづくり」を進めていった。
これまで「掃除」してた一軒家の住宅にいくつかチームを派遣し、部屋ごとの扉を強化、施錠可能にするとともに、残された荷物の中から使えそうなもの――衣料品、食料品が中心だ――を運び出し、ついでに軽く掃除。そして、公民館やちょっとした店舗、広めのお屋敷など、いくつか指定した場所にソーラーパネルを設置し、電化製品を使用可能にした上で、それらの物資を運び込み、地域の「集会所兼倉庫兼食堂」として、機能するようにしていく。
それと並行して、町外れにある巨大団地に――どうして団地は、駅や商店街から離れた不便なところにあることが多いんだろう――清掃チームを送り込み、端の棟から順に「ゾンビ清掃」をかけ、完了したところから改装作業を実施していったのだ。
一日目は、慣れない作業に従事しなければならないメンバーが多かったこともあり、なかなかはかどらなかった。が、なんとか一軒家の改装は終えられ、今までずっと硬くて冷たい床の上で寝起きしていた浄水場の皆さんに、喜んでもらうことができた。
二日目になると、皆自分のやらなければならない作業にも慣れて、徐々に手際がよくなった上に、「一軒家改装部隊」が合流したこともあって、次々と団地の改装が完成。思っていたよりもだいぶん早く、現在「再生公社」社員としてともに働いているメンバー全員の寝室と、全員が毎日暖かくて栄養のあるご飯を食べることができる食堂とを、確保することができた。
そして三日目には、これから先避難してくる人のための寝床を数百人分新たに作り、「解放区域」内の車道に放置された車の中のゾンビさんを捕獲していくことで区域内の安全性を、さらに高めることができたのだ。
ちなみに、この頃に確立し、その後さらにインフラが整う数ヶ月後まで適用されることになる僕らの生活サイクルは、次のようなものだった。
朝は、カーテンの隙間から入る朝日で目が覚める。
しばらく寝床にもぐり込んだまま、もぞもぞ動いたり、耳の後ろをかいたりしてうちに、枕元に置いたスマホのアラームが盛大な音を立て始めるので、それでようやく、ベッドからしぶしぶ体を起こす。
そこら辺に脱ぎ散らかした服を――いくら廃熱が減り、町が涼しくなったとはいえ、そこはまだ6月。仕事前に身につけているのは短パンぐらいだ――クンクン嗅いで、まだ臭くないようならば身につける。
ペしペしと何度か頬を両手で叩き、目を覚ましたところで、女性に見られても恥ずかしくない程度に、ベッドや部屋の様子を整える(なにしろ、時々「管理人さん」が掃除やなんかで部屋に入ってくるから、油断できないのだ。中高生の頃と同様、エッチな本なんかも、しっかりベッドの下に隠しておかないといけないのである)。
準備が整ったところで部屋の鍵を開け、玄関から直結のダイニングに出る。
僕がこの頃済んでいたのは、団地の3階で、よくある「団地の間取り」な3DK。その中の――元はたぶん中学生ぐらいの男の子の部屋だったんじゃないかとおぼしき――タタミの上にカーペットが敷かれた四畳半の一室だった(勉強机がそのまま残っていて、引き出しを開けると、中にシャーペンや消しゴムに混じって、いかにも中二感満載のヘンな土産物やちょっとアブなめのコミック、それに、あまり切れそうもないナイフなどが転がっていたのが、なんだか切なかった)。
残りの部屋――南向き六畳の「夫婦の寝室」と「小学生ぐらいの姉妹の部屋」――に住んでいたのは橋江さんと安藤さんなのだけれど、二人ともたいがいギリギリにならないと起きてこない。なので、その間に洗面所で顔を洗い、歯を磨き、ゆっくりトイレを済ます。
その日、たまたま早く目覚めたりすると、することがなくて手持ち無沙汰なまま、ダイニングの椅子で、しばらくぼんやりと過ごす羽目になる。そんなときでも、決して二人を起こしに行ったりはしない。部屋の取り付けられた鍵は簡単なものだから、その気になれば簡単に外からこじ開けられるのだが、それは絶対にしてはいけない、と皆で決めたのだ。
可能性は低いけれど、誰かが就寝中、いきなりゾンビ化することもあり得る。そうなった時、部屋の主が起きてこないことにしびれを切らし、うっかり扉を開けたりすれば、無防備な状態でゾンビさんと対面することになり……あっという間に被害が広がってしまう。
そのような事態を防ぐため、たとえ扉越しに苦しそうなうなり声が聞こえたとしても、中の人間が扉を開けない限り、決して不用意に外から扉を開けてはいけない、というルールを、新たに決めたのである(後に「ドア一方通行法」と呼ばれるようになるこのルールが、以前の日本の法律に加え、僕らが新たに制定した、記念すべき最初の「法律」となった)。
ついでにいうと、この時同時に決めたのが、まだ目が離せない乳児を除き、必ず鍵のかかる部屋に一人だけで寝なければいけない、というルール(こちらは後に「単身就寝法」と呼ばれるようになった)も決めた。漣と真木ちゃんのような仲良しカップルには厳しいルールだが、これも安全確保のためだから仕方がない――といいつつ、このルールが総員の賛成で取り入れられた時、僕も、そしてテルさんも、頬にほころびるニヤニヤ笑いを隠しきれなかったのだった。
ともあれ、起床制限時間の午前八時を過ぎてまだ起きてこない時は、扉をノックし、それでも起きてこない時は「清掃チーム」一隊を呼び、スタンバイしてもらった上で、慎重に扉を開ける、という手順になった。橋江さんも安藤さんも、毎日その時間寸前まで出てこないから、僕はそのたびに、やきもきしながら二人の起床を待つことになる。そして、大丈夫か、そろそろ清掃チームに連絡を入れた方がいいのか、とドキドキし始めたところで、ようやく二人が相次いで、ゾンビさんさながらの覇気のない様子でふらふら出てくるのを見て、ほっと安心する……というのが、この頃の僕の日課になっていく。
しばらくの間、これもゾンビさんさながら、うーうーうなりながらリビングのソファーにもたれかかったり、床にへたり込んだりしているうち、ようやくエンジンがかかってふたりは、ふたりは、トイレや洗面台の熾烈な争奪戦を開始する。その様子を「やれやれ」と苦笑しつつ眺めているうちに準備が整い、僕らは三人揃って、わが家を後にする。
「はい、またしてもどん尻はあなたたちだよ!さっさと食事済ましてね!」
食堂となっている1階管理人室のダイニングキッチンに入ると、お玉片手にエプロン姿も勇ましい加呂さんに、威勢よく迎えられる。
各階から集めてきたテーブルの上には、大皿に盛り付けられた料理が数品、どーんと並べられており、食事に来たメンバーは、そこから各自、好きなおかずを好きなだけ盛り付けて食べるスタイルなんだけど、なにせそこは団地のDK、もともとそんなに面積がないところへ、無理矢理テーブルやらイスやらを押し込んだものだから、いったん席に着くと、もう二度と身動きできなくなるぐらいに狭い(橋江さんが安藤さんがギリギリまで起きてこないのも、一つにはこの食堂の狭さが原因だ。二人とも、狭い室内でむさい男たちと肩が触れ合うような距離で並び、黙々と飯をかき込むのだけはイヤだ、といってきかないのである)。だから、「おかわり自由」ということになっているけれど、みんな最初に盛り付ける時に目一杯、大盛り山盛りでご飯とおかずを盛りつけていく。かといって、あまりに盛りすぎて残しでもすれば、加呂さんから「なんてもったいないことを!」「人がせっかく一生懸命作ってやったおかずを!」「これだから最近の~~は!」攻撃が、情け容赦なく降り注ぐので、きちんと食べきることのできる量を盛り付けるよう、心がける。
ザブザブとかき込むようにして食事を平らげ、流しで洗い物と奮闘中の、もう一人の管理人さん――元は学校の先生をしていたという元気なおばあちゃんだ――に、お礼を言いつつ食器を渡す。電気が来ているのはこの管理人室だけなので、出がけにスマホを渡し、充電しておいてもらう(洗濯してもらいたいものがあれば、それもこの時に渡しておく)。
いったん部屋の玄関まで戻り、ゾンビさんに噛まれても歯が通らない、丈夫で分厚い作業着を着込んでから、小走りで集合場所に行くと、たいがいもうチーム全員が集まっている。照れ笑いで遅刻寸前なのをごまかしつつ、チームの皆さんとあいさつを交わし、すぐさま「ゾンビ清掃」に出発。
後は、ひたすら清掃作業だ。
警報器代わりの犬を先頭に、さすまたを構え、未清掃の人家に踏み込んでは、一部屋一部屋安全を確認し、ゾンビさんがいたら捕獲する(個室の扉が閉じている状態の家ならば、室内にはせいぜい一人か、多くても二人程度しかゾンビさんがいないので、捕獲作業もスムースに進むのだが、家の中の扉が全て全開のお宅は、ゾンビ化した家族全員が一斉に襲いかかってきたりするので、なかなか厄介だ)。
午前中に一軒、昼食を挟んで、午後に二軒ほど清掃をすますと、もう夕方だ。
暑さと、危険にずっと対峙し続けなければならない緊張とでヘトヘトに疲れ切って、のろのろと帰途につく。梅雨時の蒸し暑い中での過酷な肉体労働だから、一日が終わる頃、作業着の中は当然、汗でぐしょぐしょだ。
家に帰り着くやいなや、それらを脱ぎ捨て、三人で先を争ってシャワーを浴びる(水道が使えて本当にありがたい、と思うのはこんな時だ)。
ボディーソープを贅沢に使って体にこびりついた汗を流し、新しい部屋着に着替え、すっきりした気分になったところで、ベットベトに汚れた下着と作業着とをかごに入れて管理人室へ。設置してある三台の洗濯乾燥機のどれかに汚れ物を放り込み――空いてない時には、前にかごを置いておけば、洗濯終了した誰かがセットしておいてくれる――食堂へ。
昼間と同じく、大皿にどーんと盛り付けられている料理を好き勝手に取り、席について貪るのだけれど、朝食と違って、仕事帰りの腹を空かせた人がひしめき合っているので、狭苦しく、落ち着いてご飯を食べることができない。なので、お盆に食料をのせて家に持って帰り、気の置けない仲間で――こっそりビールなど飲みつつ――食事を楽しんだり、晴れた日ならば外に椅子やテーブルを持ち出して、オープンカフェ的な感じで食事をしたりもする。
そんなこんなで食事を終えてしまえば、後はもう、大してすることはない。
充電済みのスマホを受け取り、ライトで照らしつつ、本を読んだり、将棋を指したり、トランプをしたり。小一時間もそんなことをしていると、いい加減眠くなってくるので、自室に戻り、しっかり鍵をかけた上で、ベッドにもぐり込んで……一日が終わる。
いろいろと不自由なことは多いけれど、「このままじゃ、間もなく人間は全滅しちゃうかも」レベルの不安や、絶体絶命だという恐怖を感じる時期は、既に去っていた。
衣食住を確保し、どうにかこうにか安定した生活を全員が送れるところまで、僕らはなんとか、生活を立て直すことができていたのである。
さて、そうなると、問題になるのが「次はどうするか」ということだ。
そして、実のところ、これがなかなか、頭の痛い問題だったのである……。
「次は、やっぱりガスやら石油やらの資源確保に向かうべきなんじゃねえかな。今の状態で、エネルギー切れ起こしたらえらいことになるぜ」
「ですよね。そこらに放置されてる車からガスを集めてはいますけれど、それが切れたら……考えただけでおそろしいですよ」
「太陽光発電パネルだけじゃ発電が追いつかないんで、ホームセンターなんかから発電機持ってきて設置してるんですけど、それにもガソリンが必要です。車やなんかに比べたら、使うガソリンの量もたかがしれてますけど、それでも、これから毎日ずっと使いつづけるとしたら、相当な量のガソリンが必要になりますよ」
「だよな。その辺のこと考えると、やっぱり、与度川沿いに追沙加市内を清掃し、海沿いにあるガスタンクや発電所なんかを確保する、っていうのが手順じゃねえか、って気がするんだ」
額に深いシワを刻み込んだ難しい顔で林田さんがそうつぶやくと、丸手さんとテルさんも、口をへの字にしたまま、うんうんとうなずいた。
「林田さんたちのいうこともよく分かります。確かに、エネルギーの確保は死活問題だと、私も思いますし」
と、これは橋江さん。
いつもなら、どこか得意げな顔で、眼鏡を人差し指でくいっと持ち上げる、お得意のポーズが出るところだが、今日ばかりは、頼みの知恵袋も浮かない顔で、眼鏡のフレームもずり落ちたまま、一向に持ち上げられない。
「ただ、ここから追沙加市内は、人口密集地帯です。それらの都市部を掃除していくとなると、当然、今まで以上――現在の人員の数倍、数十倍になろうかという大勢の避難民を受け入れねばならなくなります。その方たちを、受け入れる準備を整える方が先じゃないかと思うんですよね」
「そうだよねえ。ガソリンとか灯油とかは、ガソリンスタンドとか、放置されてる車とかから抜いてくるとか、手に入れられる方法はあると思うけど、食料はそうはいかないものねえ。電気が止まってるから、急がないと冷蔵庫にある食品、みんな腐っちゃうし」
「だよな。そういうものをまずはかき集めて、悪くなる前にセンターの冷凍倉庫とかに移していかねえと」
「それもそうですけど、牛乳とか、お野菜とかは、やっぱり新鮮なものが食べたいって思います。冷凍野菜とか、全然おいしくないんですもん」
「おいしくないだけじゃなくて、栄養価も落ちますからね。そういった生鮮食料を確保し、これから先の食糧供給の安定を図るためにも、ここはやはり、与度川を北上し、田園地帯を目指した方がいいんじゃないかと思うんです」
橋江さんのその言葉に、加呂さん、真木ちゃんがうんうんうなずき――やっぱり食糧問題などは、女性の方が敏感なようだ――困ったような目つきで林田さんを見つめる。
「うーん、そうなんだよな。真木ちゃんたちのいうこともよく分かるんだ。やっぱり、なんつっても食い物の確保は大事だものな。けれど……」
「農地を確保しただけで、食料がわいて出てくる、ってわけじゃねえからな。作物を育てるにゃあ、それだけの人間と、トラクターやらなんやらといった農機、それに、やっぱりエネルギーが必要になる」
「ええ、そうなんですよ。安定した食料生産のためには、どうしたってエネルギーが必要になってくるんです」
平さん、丸手さんが揃って腕を組んで考えこんでしまったところで、林田さんは、盛大なため息をついた。
「やれやれ。食糧を確保しようと思ったら、エネルギー不足になる。逆に、エネルギーをまず確保しようとすると、食料やら居住地やらが不足する。八方塞がりだよな……」
浮かない顔で目の前のグラスをあおり、一気に空けると、テーブルに小気味よく「たあん」とグラスの底を打ち付ける(いくら林田さんが強いとはいえ、さすがにビールの大瓶三本目ともなると、多少動作が荒っぽくなる程度には、酔いが回るらしい)。
その音が合図となり、皆、目の前のグラスを思い思いにあおっては――漣と真木ちゃんは、もちろんウーロン茶だ――めいめいお気に入りの飲み物を新たにつぎ直す(若手は大体ビールで、丸手さんらオジサン組は、焼酎のソーダ割り。僕は……あまり強くないので、かわいく梅酒ソーダだ)。
団地の「清掃」が一段落し、当初の目標を達成できた、ということで、ここんとこずっと働き詰めだったし、いい加減疲れもたまっているだろうから、ということで、僕ら「パンデモニック再生公社」は、翌日を休日にすることにした。そして、これまでは一応禁止ということにしていたアルコールを解禁し、みんなで「お疲れ様」の宴会を開くことにしたのである。
団地の中央広場に何台ものライトを設置して、椅子やテーブルを置き、「公社」のメンバー数百人がほぼ全員集まってのBBQ大会は、なかなか壮観だった。
つい数日前まで見知らぬ者同士だった、とはいえ、ずっと協力しながら仕事をしてる仲間同士、話題は、いくらでもある。それに加え、久々のお酒で気が緩んだのか、あちこちのテーブルから、いかにも楽しそうな笑い声が絶え間なく響き渡る。
僕ら「創業組」も、初めのうちはチームの仲間と一緒に飲んでいた。が、そのうちに、皆があちこち席替えして、またしても爆笑が巻き起こっている中を縫うようにして、三々五々、加呂さんの仕切る厨房のすぐ近くに、なんとなく集合していた。そして、皆の笑い声をBGMに、グラスを傾けつつ、なんだかんだと話しているうち、いつの間にか、これからの行動方針をどうするかという話になり……あれこれ検討しているうちに、どうにも先行きが暗いように思えて、どよんとした雰囲気になってしまったのだ。
せっかくの飲み会なのだし、つまらない悩み事など忘れて、思い切り楽しみたいとは思う。けれど、自分たちの決定次第で、ここに集まった人たちみんなの運命が良くも悪くもなる、と思うと、そうは羽目を外せない。結局、皆の笑い声をよそに、額を集め、難しい顔でひそひそ相談することになってしまうのである。
「それにしても、なんかねえのかな。こう、全てをうまく解決する、ドカーンとした、ものすごいさあ……」
「もう少し人数がいるのなら、両面作戦でどうにかなるんですけどね」
「だからさあ。これ以上人数集めようとすれば、その分のエネルギーの確保が、ってなって、結局振り出しだろ」
「ですよねえ……」
「あーあ。エネルギーの必要ない働き手とかいれば、全て解決すんだけどなあ……」
大きく伸びをして、林田さんがドサリと背もたれに体を預けた。
その困り果てた様子に、僕も思わず、浮かない笑みを顔に浮かべる。
(本当、困ったよな。こんな時、映画とかドラマとかだと、思わぬところから救いの手が差し伸べられたりするんだけど。ま、現実じゃあ、なかなかそううまくはいかないよな……)
そんなことを思いつつ、ため息が出そうになった、その時。
「あの……公社のえらい人って……」
「あ、はい……」
何の気なしに振り向いた瞬間、僕は目を丸くしてその人の姿に釘付けになった。
あちこちにニキビの散った、やけに色白なのに、どこか病的な、青黒い感じの顔。脂じみた長髪。でっぷり太った体にピチピチのアニメキャラクターTシャツを着て、下半身は何年はいているんだか分からないようなジーンズ姿。そして、妙に緊張しているような、それでいてどこか無遠慮な、にもかかわらず気の弱そうな、なんとも複雑な表情を浮かべている。
僕も、Tシャツにジーンズ、寝癖のついた頭に垂れ目、ときてるから、たいがいオタクっぽい雰囲気ではある。でも、この人は、僕なんかとは比べものにならないほどディープなオタク臭を発している。言ってみれば、ザ・キングオブオタク――中2の頃からつい今し方まで、ずっと引きこもってネットとゲームとアニメだけを糧に生きてきました的な、ものすごい「浮世離れ」感を醸し出している――僕らが座っている広場の片隅に、ぬうっと現れたのは、そういう感じの人だったのである。
(どっからどう見ても救いの手、って感じの人じゃないよなあ。むしろ、ずっと部屋の中に引きこもって、最後の最後まで救われるのをじっと待ってそうな……。外出すること自体数年ぶり的な雰囲気なのに、よくまあ、ゾンビさんに捕まりもせず、ここまでたどり着いたよな……)
僕らがなにも言わず、まじまじと見つめ続けていることに業を煮やしたのか、ディープオタク青年は、再び、ちょっとイラついた口調で口を開いた。
「あの、えらい人は?ここって聞いたんだけど!」
その声で、ようやく僕らは我に返った。
「ああ、えっと……えらいってわけじゃないけど、公社の責任者は僕で、居住地の責任者は、あの女の人です」
といいつつ、手で林田さんを指し示す。
林田さんが困惑した表情で会釈したところで、
「えと、それで、僕らになにか?あの、避難希望なら、別に係の人がいるから、そちらに……」
言いかけたところで、オタク青年は、右手のひらをあげて僕の言葉をさえぎり、やにわに背負っていたナップザックを下ろして、テーブルの上にそっと置く。
「あの……それは一体……」
「もう少し黙ってて。今準備してるんで」
ザックのジッパーを開け、中からごそごそとなにかを取り出そうとしている青年におそるおそる声をかけたのだが、ぴしゃりとはねつけられ、僕らは仕方なく、口を閉じて彼をを注視する。
と。
いかにも大事そうに彼がザックから取り出したのは、握りこぶしよりもやや大きめの、なにやらボタンがいっぱいついたようなトランシーバーのようなものだった。
「あ、それって……」
「もうちょっと!今つなぐから!」
真木ちゃんのおそるおそるの問いかけも、ぶっきらぼうに切り捨てると――我が公社の姫に、なんて口を利くんだと、僕は人知れず目尻をつり上げた――青年は、まるで神殿に供物を捧げるかのような厳かな手つきで、慎重にスイッチを操作し、
「こちらジェーオーシーピー81562……」
呪文めいた言葉をずらずら並べたかと思うと、唐突にこちらを振り向き、ほれ、といわんばかりにトランシーバーを突き出した。
「あ、あの……」
おそるおそる声をかけると、
「あ、もしもし?あの、あれ?えと、なんだったけ?あ、そうそう、パンデミック改正公社だっけ?の人?」
どこかすっとんきょうに高音で、妙にはしゃいだ、一度聞いたら絶対に忘れられないような声が――個性がつぶれ、平板になりがちなレシーバーでの通話にもかかわらず――響いてきた。
「えーっと、あの、はい、あなたが言ってるのが『パンデモニック再生公社』のことでしたら、はい、僕がその、代表を務めてる者ですが……」
「あ、それそれ!その、再生公社!いや、なんかヘンにしちめんどくさい名前な上、そこにいるシェン君――ああ、もちろんこれは、通話における彼のハンドルネームで、本名じゃないと思う、実のところ、彼とはハムでつながっているだけで、僕も本名知らないんだけどね――そのシェン君に、レシーバー越しに聞かせてもらっただけなもので、はっきり聞き取れなくてね。とにかく、君らがそういう組織を作っていると知って、これはなんとかコンタクトを取らなくてはと、こうしてシェン君にそちらまで出向いてもらったんだよ。もう、苦労したよ?多分、見てすぐに分かったんじゃないかと思うけど、彼、重度のヲタクでね。その上、中学の頃からの筋金入りの引きこもりなんだ。そんな彼を、外に出て君らにコンタクトさせようっていうんだからね。このまま部屋にひき困っていれば安全だからと、そればかり主張するシェン君に、中長期的には間違いなく君の慣れ親しんだ世界は崩壊する、今行動しなければ君は近い将来間違いなく、ご両親とともにゾンビの仲間入りをして過ごすことになるって、何十ぺんも繰り返してね。それでようやく、彼を自室の中、机の前から引っぺがして……」
「あ、あの!あの、すいません!」
なおも話し続けようとする相手を強い口調でさえぎり――それまで何度も言葉を挟もうとしたのだけれど、柔らかい口調だと、いっそ耳を貸そうとしないのだ――ようやく相手の言葉が途切れたところで、僕は大急ぎで、言葉を並べた(さもないと、またもや「エンドレス饒舌攻撃」がはじまりそうだったのだ)。
「あなたが大変苦労して彼を送り出したのは、よく分かりました!あの、それで、あなたは一体どなたで、僕らにどういった用事が……」
「ああ!これは失礼!肝心のことを伝えてなかったね、いや申し訳ない!」
ひとしきりちょっと恥ずかしそうな笑い声が響いたかと思うと、がさごそと改めて座り直す気配が伝わってくる。
そして。
「改めまして。僕は、追沙加大学理工学部応用生物工学科環境生物工学教室で講師を務めている加花といいます」
「え!追沙加大学の、先生ですか!?」
追沙加大学といえば、このあたりでは今日都大学に次いで優秀な――僕の通っている大学などに比べたら、それこそ偏差値的に天地の差がある――理系の研究に定評のある大学だ。サークル関係の交流会で一度構内にお邪魔したことがあるが、広い敷地に所狭しと大層な建物が建ち並んでいることにまず圧倒され(僕の大学など、六階建てのビルが一棟、ちんまり違っているだけだ)、そして、歩いている学生の眼鏡率の高さ、着古したネルシャツとジーンズ率の高さ、そして早口でまくし立てる「オタクしゃべくり」率の高さに、これまた圧倒された覚えがある。
その有名大学の講師ともなれば、キングオブヲタク――いやいや、さぞ優秀な研究者であるに違いないのだけれど……。
「いやあ、このゾンビ禍の起きたあの日、たまたま実験の都合で研究室に泊まり込んでてね。おかげで、校舎に残った諸君の代表のような仕事まで任されるようになってしまって。本当言うと、こういうの苦手なんだ。研究室にこもって実験したり、あちこち調査して回ったり、好き勝手やってきたもんでね。あ、でも、生き残ったこと自体は感謝してるんだよ、やりたいこといっぱいあるからね。こんな状況だし、本当にやりたいことを思う存分できるようになるまでには、結構時間がかかるかもしれないけど、それでも……」
少し及び腰になった僕に対し、加花さんの口調は全く変わらず、気がつくとどんどん横道に逸れていく。
「あ、あの!それで、その、追沙加大学の先生が、一体どういう?」
「え?あ、そうそう!そうだったね!いや、僕らも、大学に生き残ったメンバーで、なんとか安全を確保しているんだけど、ちょっと手詰まりな状況になってしまっていてね。僕らの場合、少数の外部からの避難者以外、メンバーは皆、僕のような研究バカで世事に疎い大学関係者か、意欲と体力は有り余ってるけど専門知識はからっきしっていう学生ばかり。だから、サバイバルのためのアイデアはあるんだけど、それを実現できるスキルが完全に不足しているんだ。その点、君ら『再生公社』の皆さんは、安全確保、道路復旧、水道と電力の一部回復と、見事な手腕でインフラを次々と『再生』させてきてる」
「あ、ありがとうございます。でも、なんで僕らの活動を、そんなに詳しく?」
「なに、我々のメンバーに、たまたま無線部の学生がいてね。彼のおかげで、我々は通信も最初に回復させることができたんだけど、その、通信相手の一人が、今君たちのところに行ってくれているシェン君でね。最初は、彼の口から聞いたんだよ。『自分の住んでる角間のあたりで、町を復旧しようと活動している人間がいる。人のために危険を顧みずに活動する、ああいう人たちは本当にえらいと思う』ってね。取っつき悪いしぶっきらぼうだが、素直で優しく、ものの道理の分かる青年なんだ」
加花さんのその言葉に、僕は思わずシェンさんを仰ぎ見た。
が、今まさに自身が話題に上がっているというのに、当のヲタク青年は、まるっきり関係のない、全く興味を持てない第三者の話でも耳にしているかのように、無表情のまま、そっぽを向いたままだ(が、よくよく見ると、その頬が少々赤らんでいて……どうやら、彼は、自分のことが話題に上がっているのが恥ずかしくて、聞こえないふりをしているらしい。ひょっとするとこのシェン君、素っ気なくてぶっきらぼうに見えるけど、実は、単に異常にシャイなだけなのかもしれない)。
「で、シェン君にその話を聞いてから、申し訳ないのだけれど、少々君たちを観察させてもらったんだ。シェン君と、うちの優秀な無線部の学生の協力の下、ドローンやなんかを駆使してね」
ああ、と僕は深く納得した。
数日前から、メンバーからちらほら「誰かに見られているような気がして、気持ち悪い」報告が、ちらほら届いていたのである。
もちろん、囲い込んだエリアにはまだゾンビ清掃し切れていない家屋も多く、その内部にひそむゾンビさんが、よだれ混じりのギラギラした視線を向けている、というのもあるのだろうけど――というか、ほとんどがそういった類いの視線だったのだろうけど――中に、「いや、ゾンビの視線とは違うんだ、なんかこう、遠い空の向こうから見られているような」とかいう、なんとも不可解な報告があって、首をひねっていたところだったのである。
おそらく、視線に超敏感なたちのメンバーが、ビルに身を隠し、上空からそっとのぞいていたドローンの視線を、めざとく感じ取っていたに違いない。
「観察の結果、創意工夫に富み、多くの熟練した技術者を抱えているだけでなく、献身的で、善意に富んだ信頼できる集団だ、ということが分かった。そこで、そういった人たちであれば、この難局を切り抜けるために緊密な協力体制を築いていけるんじゃないか、と思って、今回シェン君に使者をお願いしたんだよ!」
いかにも嬉しそうにそう言い切られて、思わず僕は、息をのんだ。
大学の先生ともなれば、豊富な専門分野の知識を生かし、きっと僕らに有用な知恵を授けてくれる。その上、意欲にあふれ、若い学生たちが合流してくれるとあらば――住居や食料、電力の確保など、クリアしなければならない問題はあるが――チームを増やし、寄り効率的に再生を進めることだって、可能になるかもしれない。
(すごい!これは、絶対に受けなきゃいけない提案だよ……!)
周囲を取り囲むように立っている主要メンバーたちに、もの問いたげな目線を投げかけると、皆身を乗り出し、興奮しきった顔で、鼻息荒く深々とうなずいている。あのうるさ型の橋江さんでさえ、目を見開き、真剣な顔で――眼鏡がずり落ちているのにも気がつかずに――何度も何度も首を上下に振っている。
(よし、全員一致で賛成だ。それなら……)
満面の笑みを浮かべ、「願ってもない申し出です!ぜひとも、協力させてください!」と告げんがため、口を開こうとしたその時。
「あ、いや、いきなりこんな話を聞かされて、戸惑っているのは分かる。しかし、よく考えてほしい。君たちにも損な話じゃないはずだ」
やや慌てたような口調の声が、トランシーバーからほとばしり出てきた。
どうやら、少々長く沈黙を続かせてしまったせいで、こちらの意見調整が難航している、と思われてしまったらしい。
「もちろん、着々と復興を進めている君らに比べると、大学構内にこもっているだけの僕らは、まるで実績が足りない。それは認めるよ。そんな奴らと組んで、お荷物になりはしないかって懸念は、よく分かる。だから、その懸念を払拭するために、今回協力をお願いするにあたって、君たちに、まずはいくつかの有用な知識を提供するつもりだ。それを吟味した上で、僕らの専門知識が有用だと分かったら、ぜひ協力体制を前向きに検討してほしいんだ」
熱の入った相手の言葉に気圧され、僕は思わず、
「は、はあ、僕らはそれで構いませんが……」
間の抜けたような返事をすると、加花さんはあからさまにほっとした様子で、
「そうか、分かってくれたか。ありがとう。ええと、それじゃまず、君たちが今捕獲しては遠くまで捨てに行っている「発病者」のことなんだけど……」
ふんふんと耳を傾けているうちに、僕らは皆、再び大きく目を見開き、身を乗り出して、食い入るようにその話を傾聴していた。
こうして、僕らの救い主は、ヲタクの手により、電波という形で、僕らの目の前に姿を現したのだった……。