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ワーキングデッド  作者: 柴野独楽
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シーズン1 第五章 同盟 3

     3

 「……というわけで、キジは後からなんとかするってことで、とりあえず『チーム桃太郞』ってことで話がまとまってから、センターに戻って、改めてもう一度出直し……」

「施設――清掃工場の浄化作業をなさったのですね?首尾はいかがでした?」

 爆笑の余波がまだ残り、大講堂のあちこちでクスクス笑いがもれ出し続けるのを見かねて、司会の加花さんが――笑いをこらえながら――助け船を出してくれた。

 追沙加大学の巨大な教室内に響く笑いの残響を耳にしながら、僕はなんともいえない情けない気持ちを味わっていた。

(そりゃあ、笑われるよな。世の中がこんなになっちゃって、なんとかしなきゃ、生き残らなきゃって皆さん必死になってる時に、いい年こいて桃太郞がどーのこーのって真剣に話してるんだから……)

 まあ、でも、冷ややかで批判的な目で見られるより、「こいつらバカだな」って思われながらも好意的な目で見られる方がまだマシか、と気を取り直し、力ない笑顔を加花さんに向けた。

「清掃工場の浄化作業は、すごくスムースに進みました。サルグツワをかましたゾンビさん――サルゾンビさん10人程度と犬が数頭、それに人間一人を組み合わせてチームを作ったんですが……」

「チーム桃太郞ですね?」

「ええ、そうです。チーム桃太郞じゃ長いし言いにくいからって、今じゃみんな、単に『モモタ』とか『モモッタ』とか呼んでますが」

 加花さんに水を向けられ、思わず余計なことまで口走ったせいで、再び教室内に笑い声が響く。それが落ち着いたところで、

「清掃工場にモモッタを投入して、本当に驚きました。それまで僕らは、犬を二頭と、清掃作業に慣れたリーダー1人、それに、作業員4~5名のチームで浄化作業を行っていたんですが、モモッタは、その元の浄化チームで最優秀だったメンバー以上の効率で、野良ゾンビさんを捕まえることができたんです」

 おお、と驚きの声が上がる。

「人間主体のチームだと、安全のため、万が一ゾンビさんにかまれても病気がうつらないように、丈夫な服を、何枚も重ね着しないといけません。その状態で、この蒸し暑い中捕獲作業をするんで、気をつけないとすぐ脱水症状を起こしちゃうんです。だから、作業中こまめに休憩を入れなくちゃならなくて。しかも、どうしても動きは鈍くなりますから、ゾンビさんの手の届く距離には絶対近づけません。さすまたを使っての遠隔作業にせざるをえないんです。そのせいで、ゾンビさんがタンスの隅とかの狭いところに挟まってたりすると、すごく時間がかかってしまう。そういうことがあるんで、最優秀チームでもせいぜい一日に二軒分――十体も捕獲できればいい方だったんです。ところが」

「モモッタは、もっと大量のゾンビを捕獲することができたんですね」

「そうなんです。なにしろ主戦力がサルゾンビさんなんで、僕らと違って、ターゲットの至近距離まで近づくことができます。部屋の片隅とか、押し入れの奥なんかに逃げ込んだのを引っ張り出すのも簡単なんです。それに、捕まえた後の処理も、サルゾンビさんにつけた紐を引っ張って連れて行くだけでいいので、手間がかかりません。リーダーの人間は、万が一の事故防止のため、やはり厚着をして、ヘルメットをかぶっての作業になるんですが、ゾンビさんと激しく格闘する必要がないので、休憩時間をそれほど取らずに済みます。というか、次から次へとゾンビさんを捕獲できるので、トラックの荷台とかの『ゾンビ集積場』に連れて行く時間が結構かかってしまい、休憩する暇が取れないくらいで」

「そのあたり、システムの改良が必要かもしれませんね」

「はい。僕らもそう考え、チームに配置する人間の数を、一人から三人に増やしました。それなら、捕獲したゾンビさんを一人が連れて行く間、他の人たちが作業続行できますから」

「ローテーションで作業できるようにしたんですね」

「はい、そうしたことでますます効率的に作業することができるようになりました」

「しかし、チームに配置する人数を増やしたことで、マンパワー不足の解消にはつながらなくなってしまったのでは?」

「いいえ。それまでの人間主体の捕獲チームのメンバーは、ゾンビさんとやり合っても力負けしない、体力的に優れた男性ばかりを選ぶ必要がありました。ですが、モモッタでは、サルゾンビさんを集積場まで誘導することさえできれば、誰でもメンバーになれます。引き綱を持って歩くことさえできれば、女性はもちろん、極端な話、小学生だって、メンバーになれるんです。しかも、ゾンビさんは捕獲した端からサルゾンビ化していけるから、そちらの労働力不足はあり得ません。唯一心配なのは犬不足だったので、まずはペットショップなどを回って、ケージに入れられっぱなしだった犬を回収しました。その後、マンションなどの清掃作業中に犬を見つけたら保護するようにしているのはもちろん、特務チームを作り、角間市内の庭付き一戸建てをくまなく見回ってもらい、犬を見つけ次第回収、保護しています。そうした作業の結果、今では百頭を優に越える犬が集まったので、当面の間は大丈夫かと思います」

「チームを運用し、問題点を見つけ出して、すぐにそれを改善し、より効率的な運用を目指す。まさに、組織の鑑ですね。それで、清掃工場は無事に清掃できたんですか?」

「はい。その日のうちに清掃を終了し、設備を点検したところ、問題なく稼働できそうでしたので、とりあえずストックしてあったゴミを投入し、燃焼実験してみたんです」

「ほうほう!それで?」

「ええ、先生からアドバイスいただいたとおり、発電機構が稼働しました」

「そうですか!うまくいきましたか!」

 加花さんが弾んだ声を出すと同時に、教室内のあちこちから

「え、電気復旧?」

「すごい、そこまでできてるんだ!」

などといった感嘆の声が上がった。

「電力復旧チームが頑張ってくれまして、清掃工場と浄水場、最初僕らが拠点にしていた配送センターに必要な電力は、完全に確保できました。それと、周辺の限定的な地域にも、ある程度は送電できそうです」

「そうですか!安全な飲料水にエネルギー、衛生的な生活を確保し、食料の長期保存と、夜でも明かりのつく生活を安定的に可能にした、ということですね。実に素晴らしい成果です!やはり、あなた方と協力体制を組んだのは正解でした!」

「ありがとうございます。ただ一つ、問題がありまして。清掃工場の発電機構、動くのは動くんですけど、発電機構を正常に動かすためには、もっと高温でゴミを燃やす必要があって。それには、ガスが必要なようなんです」

「そうなのですね」

「はい。ですから結局、近い将来どうにかしてガスを確保する必要があるかと思います」

「それが、今後の課題の一つということですね」

「ええ。他にも、食料を生産するための畑を手に入れたり、もっと大勢の人が住むことのできる高層マンションのような住居施設を用意したりと、やらなければいけないことはたくさんあります。これからさらに大勢の方々を受け入れていかなきゃいけないですし、復旧は、まだまだかかりますね」

 浮かない顔で僕がそう言うと、再びどよめきが――自衛隊の方々と、学生の皆さんから――沸き起こった。

 へ、と思って周りを見渡すと、皆が目を見開き、口をぽかんと開けて、じっと僕の顔を見ている。

(あれ、何か変な事言っちゃったかな……?)

 僕が期待していたのは、こんな、あっけにとられたような反応ではなく、うんうんうなずきながらほほえんでくれるとか、冷静な顔でなにやら言いたげに身を乗り出すとかいった、もう少し「まろやかな」リアクションだったのだ。

 予想外の反応にやや不安になり、そっと仲間の方に目を走らせると、そこには、林田さんや橋江さんが、まさに僕の思った通りの反応を示して座っている(「陸君、素晴らしいよ、さすが僕らの頼もしいリーダーだね」と言わんばかりの期待感に満ちた光で目をキラキラさせているのが、なんだか気がつかないうちに袋のネズミにされてる気がして、すごくイヤだったけれど)。

 ま、でも、よかった、あの人たちの反応を見る限り、そんなに間違ったことは言ってないっぽい。あらかじめ皆と相談してきた内容は一通り話したし、どうにか役目は果たし終えたかな、と胸をなでおろしていたところへ、

「えーと、再生公社の方からの報告は、それぐらいでしょうか?」

 と、タイミングよく加花さんが声をかけてくれる。

「あ、はい、それぐらいです!」

 慌てて答え、聴衆の方に向き直ると、

「ありがとうございました!」

 僕は、ぺこりと頭を下げた。

 その途端、会場に居合わせた全員が、力一杯手を叩いているんじゃないかとさえ思えるような、ものすごい拍手がわきおこった。

(え、なにこれ!?)

 思わずぎょっとして会場を見回すと、仲間以外の参加者たちのほとんどが、感心を通り越し、心からの尊敬、畏敬の念のこもった視線で僕を見つめ、一心に手を叩いている。

(うわ……ど、どうしよ……)

 予想だにしなかった反応におののきつつ、へこへこと頭を下げながら、ヘロヘロした足取りで仲間の待つ自分の席に戻る。

 そこでようやく、大きく息をついた。

(やれやれ。なんとか終わった……)

 隣に座った林田さんが、そんな僕の背中をパンパンと――のつもりなんだろうけど、なにせガサツなガテン系、バシンバシン胸に響く強烈さで――叩く。

 あまりの痛さに丸めていた背中をまっすぐ伸ばしつつ、視線を横に向けると、

「お疲れ。よく頑張ったな。かっこよかったぜ」

 林田さんの、心の底からの優しさと親愛の気持ちが詰め合わせになった、優しい笑顔にぶつかった。

「あ……ありがとうございます」

 な、なんだよ、普段あんなに男まさり……男そのものなのに、急にそんな、女の子みたいに気遣ってくれるなんて、反則じゃん……などとどぎまぎしながら、僕は、ズブズブと沈み込むような感じで、椅子に身体を預ける。

(まあ、でも、とりあえず、やんなきゃいけないことはやったし――十分恥もかいたし――後は、他の人の報告を聞くだけだ)

 林田さんの優しいねぎらいもあってか、僕は、なんだかちょっと浮ついた、気楽な気分で、よっこらせとばかり上体を起こしたのだった。


 「では、お願いします!」

 という加花さんの声に導かれ、次に演壇に上がったのは、井関さんだった。

 きびきびと気持ちのよい足取りで階段を上り、僕らの方に向き直ると、「背筋に棒が入っているような」見事な直立不動の「気をつけ」の姿勢となり、

「陸上自衛隊第36普通科連隊第二中隊所属、井関であります!階級は一尉、連隊長、副連隊長不在、各隊中隊長発病及び不在のため、第二中隊副長であった自分が最先任将校として、便宜的に連隊長を務めております!」

 いかにも自衛隊っぽいあいさつを叫ぶと、非の打ち所がない、ポスターになりそうなほど見事な敬礼を、びしりと決めた。

 その迫力と規律正しさに、だらっと席に座っていた僕らも思わず背筋を伸ばし、

「は、ご苦労様です!」

 深々と頭を下げてしまう。

 ややまごつきながら頭を上げると、演壇の上で、井関さんがニヤニヤと――いや、もう少し爽やかな感じだかったから「ニカニカと」ぐらいかな――笑いつつ、面白そうに僕ら眺めていた。

「失礼いたしました。皆さん、こういったあいさつを期待していらっしゃるかと思いまして」

 と、先ほどとは打って変わった、柔らかい口調でぺこりと頭を下げる。

 井関さん、結構面白い人なのかもしれない。

 そこへ。

「いささか驚きましたが……丁寧な挨拶、どうもありがとうございました」

 加花さんが、例によって助け船を出した。

「まずは、井関さんはじめ、災害救助活動のエキスパートである自衛隊の皆さんが我々の協力要請に応じ、ここまで足を運んでいただけたことに、皆を代表して、深く感謝します」

 加花さんが深々と頭を下げると、井関さんは慌ててぶんぶんと手を振った。

「いえいえ、とんでもないです。本来ならば緊急事態になれた我々が先頭に立って復旧に向かわなければならないのに、こうして民間の皆さんに協力する形でしか参加できなかったこと、まことに恐縮です。そして、このような場に我々をお招きくださったことに対し、本当に感謝しております」

 演壇の向こうから我々に向かい、かっきり腰が九十度に曲がるような見事なお辞儀を見せる。と、壇上の大尉さんとは対照的にくだけた口調で、

「いいっていいって。さっきのあいさつ聞いた限りじゃ、アンタ方も、大変な目にあったんだろ?災害が起こると、まず最初に自衛隊が狩り出されるもんな」

 林田さんが、仲間意識に満ちた、優しい顔を向ける。

 この言葉に、小柄な一尉も、救われたような、いたたまれないような笑顔を見せた。

「そうおっしゃっていただけると、我々も多少、気が楽になります。今回の災害で、我々自衛隊は、まさに痛恨の打撃を受けました。私のような、本来隊を代表する立場からはかけ離れた者がこの場に立っていることからも、そのことはおわかりいただけるかと思います。我が駐屯地と近隣の先祖駐屯地、革二紙駐屯地には、合計二千名近い隊員が所属していたのですが、現在職務可能な隊員は、この場にいる将校をはじめとして、せいぜい百五十人程度。師団司令部は機能を喪失し、所属の各隊生存者を我が連隊に合流させ、ひとまず「連隊」を名乗っていますが、実体は中隊規模にも満たない集団なのです……」

 それほどまでに悲惨な状態に陥ってしまったのも、井関さんの話によれば、ひとえに今回のパンデモニックが、自衛隊の中でも予想だにしなかった猛威を振るったから、なのだそうだ。

「自衛官――特に、現場に出て働く若手自衛官たちは、駐屯地内の隊舎で共同生活を送っております。その状況下で発病してしまった隊員が複数いたため、あっという間に感染が広がってしまったのです」

 その時のことを思い出したのか、井関さんはつらそうな表情を見せた。

「隊員たちも発病者たちをなんとか取り押さえようとしたのですが、なにしろ日頃から訓練で鍛えておりますから、相手もなかなか手強く、ようやく取り押さえた時には、同室の全員が血だらけ、傷だらけ、という有様になってしまいまして。これが普通の企業でしたら、擦り傷切り傷の類いであっても医務室で治療してもらえ、ということになったと思うのですが、我々自衛官は、『なに、傷だと?ツバでもつけとけ』といった仕事です。しかも、悪いことに、ちょうどその頃になって中央から緊急連絡があり、命令が入り次第即応できるよう、万全の体制で待機しておくように、と発令されてしまう。仕方なく、傷の手当てもそこそこに、出動準備を整え、次いでやってきた命令に従い出動したところで、かまれた者が発病し……伝染の負の連鎖を形成してしまったのです」

「それは……なんともお気の毒なことでしたね」

「ええ。なまじ真面目に職務を遂行しようとしたばかりに、かえって傷口を広げる結果になってしまったと、後々、皆でいたく反省いたしました。もっとも、このような『負の連鎖』に陥ってしまったのは、我々ばかりでなく、警察や消防といったいわゆる『ガテン系』公務員全般がそうであったと聞き及んでおります。そして、多くの発病者が運び込まれることになった病院に勤務していた方々も」

「なるほど。パンデモニックがはじまって幾日も経たないうちに行政が麻痺してしまったのは、想定外の出来事により、治安維持活動を行うはずの組織が真っ先に機能不全に陥ってしまったからなんですね。よく分かりました。それで、そのような事態に陥ってしまった後、皆さんはどのような活動方針を立てられたのでしょうか?」

「はい。感染の猛威をなんとかくぐり抜け、なんとか無事に樹生き延びることができた隊員は、さっき申し上げましたように、百人程度、といったところでした。中央との連絡はその後もしばらくは保持していたものの、入って来る指令といえば、各駐屯地、各自それぞれの判断において最善最良と思われる行動を取れ、という内容ばかり。いやしくも自衛官である以上、周囲の惨状をそのまま放置することなど許されない、どれほど困難であろうとも、救助活動を試みるべきではないか、という意見もあったのですが……」

「無理無理、人員の9割以上失われたってんだろ?そんなもの、まともに動けるはずないって!」

 客席から大声で叫んだのは、平さんだった。

 これが、声音に少しでもからかいのニュアンスが混じっていたなら、たちまち僕らと自衛隊の皆さんとの間にピンと緊張の糸が張り詰めたのかもしれない。が、平さんの口調は、心からの同情と、心配のみが込められたものだった(優しい人なのだ、この巨漢のおじさんは)。だからだろう、壇上の井関さんも素直にうなずき、

「ええ、その通りです。集団としての有機的な行動など、まるで不可能な状態でした。それに、他の理由もあって、結局私たちは、救助活動を断念し、駐屯地内に()もらざるをえなかったのです」

「懸命なご判断だったと思います。時に、お話しに出てきた「他の理由」とは、一体なんでしょうか?」

 加花さんの見事な誘導に大きくうなずくと、井関さんは、重苦しい表情となり、ゆっくりと再び口を開いた。

「近隣から、思いもしなかった数の避難民が、駐屯地めがけて殺到してきたのです」

 ああ、と納得と共感をまぜこぜにしたような嘆息が、あちこちからもれた。

「駐屯地はもともと、かなり高めのフェンスによって、シャバ……失礼「外部」とは隔てられています。ですから、内部の発病者さえ隔離してしまえば、襲われる危険はほぼありません。そのことを知っており、かつ、自衛隊に逃げこめばなんとかなるだろうとお考えになった近隣住民の方々が、パンデモニック開始数日後から、大挙して押し寄せて来られたのです。人命救助を使命の第一とする我々としては、命からがら避難してきた民間の方々を、むげに追い返すわけにはいきません。ですから、やってこられた方々は全て受け入れ、不十分ながらも寝床と食料を提供させていただいたのですが……いかんせん、どうにもこうにも数が多すぎました。隊舎を全て解放し、使用してない庁舎をも明け渡し、備蓄してある毛布全てを供出しても、まだ寝床が足りず、仕方なく隊員は、敷地内にテントを立て、着の身着のままで連日野営しなければならない状況が続いています。しかもその上、倉庫に備蓄してあったレーション――携帯食料も、そろそろ底をつき始め、このままだと近い将来、何らかの抜本的な手を打たなければならないかもしれない、と皆で悩んでいたところへ、こちらから、ご連絡をいただいたのです」

 ここでいったん話を切ると、井関さんは、教室内をぐるりと見回した。

「今現在、駐屯地内には三千名を超す民間の方が、我々の庇護の元、生活していらっしゃいます。これだけ多くの方々がいらっしゃると、現在百人そこそこしかいない隊員では、どうにかこうにか日々の世話をするだけで手一杯、それ以上の活動など、到底不可能です。災害救助の技術や必要な機材は揃っているというのに、なにひとつ有効な行動ができない状況なのです。そこで、この場をお借りして、皆さんにお願いしたいのです。全員とはいいません、せめて半数……いや、三分の一だけでもいいですから、どうか、避難民の方々をそちらで引き受け、衣食住を保障してあげていただけないでしょうか?お願いいたします!」

 悲壮感漂う顔で腰を直角に近く折り曲げ、深々と頭を下げる井関さん。その様子からして、相当崖っぷちに立たされているに違いない。

(そりゃそうだよな、いくら自衛隊が緊急事態のエキスパートだからっていっても、他に助けてくれる組織もない状態で、そこまで広くない駐屯地内に、いきなり大勢の人たちに押しかけられりゃ、むちゃくちゃになるよな……)

 突然大勢に人に押しかけられ、ああだこうだえらそうなことをいわれ、右往左往している気の毒な自衛官さんたちの姿が目に浮かび……井関さんの追い詰められた懇願が終わるやいなや、僕は思わず、手を上げていた。

「あ、はい、オッケーですよ。うちで全員引き受けます」

 窮状を打破するため、大変申し訳ないが、なんとか手助けしてほしい、お願いだ……といわんばかりの切羽詰まった懇願に対し、僕の言葉はあまりにもお手軽で軽薄に響いたのか、井関さん、ものすごく困惑した顔で上体を起こし……自衛隊の方々が座っているあたりからも、不安そうなざわめきが沸き起こった。

「えーと……あの、3000人ですよ?本当によろしいのですか?」

 よっぽど不安だったのか、井関さん、自分の持ち出した依頼だっていうのに「そんなことできるはずないじゃん、ふざけるなよ」と言われるに違いない、むしろそう言ってほしいといわんばかりの顔で、おそるおそるこちらの様子をうかがう。

 が、やはり僕があっけらかんと、

「はい、それぐらいなら大丈夫です。トラックで迎えに行くんで、ピストン輸送する形でいいですか?ちょっと乗り心地は悪いですが、それが一番安全に移動できるんで……」

なんて答えを返したばかりに、いよいよ井関さん、心配になったらしい。

「え、でも、3000人ですよ!?その分の食料とか……」

「食料か……ま、この先ずっとは無理だけど、当分はいけるだろ。この2週間で、市内にいくつかある配送倉庫を確保したし」

 林田さんが立て膝のまま、こともなげにそう発言すると、

「野菜は冷凍物ばかりになるから、そこだけはちょっと我慢してもらわないといけないけどねえ」

と、食料全般の管理を請け負ってくれている加呂さんが、おっとりとつけ加える。

 気をのまれたのか、どぎまぎしながら井関さん、

「あ……ええ。いえ、あの、たとえ冷凍だとしても野菜まで準備いただけるのならば、十分かと思います。なにしろ今は、朝昼晩、三食レーションばかりになってしまっているので。しかしその、3000人ともなると、上下水道や電気、それに居住スペースの用意などもお願いしないといけないのですが……」

「ええとですね、上下水道については、浄水施設を確保してますから、問題ありません。電気も、ちょっと不足気味で、24時間使い放題、というわけにはいきませんが、夜間に明かりをともしたりするぐらいなら、おそらく今でも可能です。居住スペースは、団地全てがクリアになりましたし、今着々と駅前の高層マンション区域を清掃してるところなので、数日倉庫などで我慢していただければ、準備完了できますね」

 ハンカチで額の汗をふきふき、そしてメモからじっと話さない状態で――バイクに乗ってる時のパンクな丸手さんと、普段仕事してる時の気弱で気ぜわしげな丸手さんとでは、全く別人だよなって、つくづく思う――、流通管理的な仕事をしてくれている丸手さんがそう告げると、井関さん、さらに目を大きく見開き、自衛官の皆さんのざわめきもさらに大きくなった。

「それは……それなら、そちらも問題ないですね。後は……その、3000人を移動するに当たっての計画をきちんと立てた上で……」

「おいおい、こっちはもともと配送やってた人間だぜ?トラックは何十台もあるし、ドライバーも揃ってる。荷台に詰め込めば、一台で20人は運べるから、せいぜい10回も往復すりゃあ、それで完了するって」

 平さん、ニヤニヤ笑いながらそう言った後で、

「国民を保護しなきゃなんねえっていう立場上、移住させても本当に大丈夫かって、しつこく確認しなきゃいけねえのは分かるけどよ。アンタ方がにっちもさっちもいかなくなった間、うちらは着々といろんな作業を進めてたんだ。もうちょっと民間人を信用してくれよ」

 井関さんの気持ちをすくい取るような、温かい口調で、言い添える。

 そこへ、橋江さんが――例によって指先で「くい」と眼鏡を持ち上げながら――追い打ちをかけた。

「実を言いますと、事前に聞いていたのですよ。こちらの加花さんから、『板見の駐屯地にいらっしゃる自衛官の方々と連絡がついたのだけど、避難民のことで、なにやら問題を抱えていらっしゃるようだ』とね。それで、おそらく問題とは、避難民の数が多すぎ、パンク寸前になっていることなんじゃないか、と予想し、それなら土地やらインフラやらに余裕のある我々で引き受けようと、と話がまとまりましてね。この2週間、居住区や食糧の確保といった作業を、優先的に行ってきたんです」

 それを聞いて、井関さんが、「ああ」とも「おお」ともつかない嘆息をもらした。

 なんというかそれは、驚きと同時に、ああ、これでようやく独力で全ての状況に対処しなくてもよくなる、という安心の思いが込められた、まさに彼の肩から荷がすうっと滑り落ちたのを目にした気がして、僕は思わずほほえんでしまう(彼の下ろした荷物がそっくりそのまま自分の肩にのしかかることになるんだけど……それは後の話)。

 そして、最後に、

「そういうことでさ。オレ達は、いろいろバッチリ準備して、この場に臨んでるんだよ。だからさ、心配すんのも分かるんだけど、多少は目をつぶって、ここはどーんと任しとけって。悪いようにはしないからさ」

 林田さんが、小さな体で精一杯胸をはり、自信たっぷりに言い放つ。

 壇上の井関さんは、しばらく直立不動のまま目をつぶり、なにやらその場の空気を存分に味わっているような、そんな様子を見せ……それから、ゆっくり目を開いた。

「皆さん、本当にありがとうございます。これまで私は、上官全てが勤務不能に陥ってしまったため、やむを得ず、連隊長として、駐屯地司令として、皆の先頭に立って、この状況に対処してきました。少しでも多くの方々を救助しなければ、多くの困っている人々を助けなければと思いながら、波のように押し寄せる避難民の方々の世話に忙殺され、思うように動けず、もどかしさばかりがつのり、一人で気持ちをとがらせ、何とかしなければとあせっていたように思います。ですが、そうじゃなかった。私がやるべきだったのは、避難してきた方々を含め、多くの人間を信頼し、やるべきことや問題点を話し合い、相談して、皆が協力し合える状況を作り上げることだったのですね。今の皆さんの言葉を聞いて、ようやくそのことに気づけたような気がします……」

 その言葉に、ああ、と僕はようやく納得できたような気がした。

 自衛隊や警察のような組織は、上官の命令には基本絶対服従しなければならないようなところがあるのだと思う(少なくとも、今まで見てきたホラー映画とかの中の軍人や警官はそうだった……アメリカ映画だけど)。その分、全ての決定権を持つ最高指揮官の責任は絶大で、そういう覚悟や訓練を持たないまま、やむを得ずその立場に立たざるを得なかった井関さんの心労は、相当なものだったに違いない。

 だからこそ、一人で背負わなくてもいい、みんなで考えてみんなで対処していけばいい、という僕ら公社の、ある意味テキトーな態度を見て、ああ、自分ちょっと気張りすぎていたのかもしれないと、ふっと気が楽になったのではないだろうか。

(公社の責任者ってだけでも気が重いのに、井関さん、一人で責任全て負って、大変だったんだろうな……)

 意図せず責任者にならざるを得なかった仲間として、今まで以上に親近感のこもった目で壇上に目をやると、先ほどまで、どこかかたい雰囲気を漂わせていた井関さんが、曇りのない、晴れ晴れした表情になっている。

「公社の皆さん、このたびは、私たちを窮状から救うべく奮闘してくださったこと、本当にありがたく思います。そのご厚情に甘える形になりますが、どうか、駐屯地にいらっしゃる3000人の避難民の方々の身柄引き受け、お願いいたします」

 深々と頭を下げる井関さんに、「任せとけって」「心配いらないわよ」などと、うちのメンバーが声をかける中――どうしてこの人たちはこうなんだろう――林田さんが、不意に僕の方をに顔を向けた。

「ということなんだけどよ。もちろん問題ねえよな、代表?」

 ややねっとり「だ・い・ひょう?」と問いかけられ、そういや途中から、僕の出番がまるでないまま話が進んでたな、とようやく気づき、代表としての立場も威厳もあったもんじゃないよな、とおもわず情けない顔になりつつ――決定したことにはなにひとつ異論なかったので――アホのようにがくがくと首を上下に振る。

 そんな僕の様子をちらりと――しかし満足げに――確認したところで、橋江さんが、再び眼鏡を指で押し上げた。

「ただ、避難民の方々を引き受けるに当たって、いくつかクリアしていただきたい条件があります。一つは、公社の統括する領域に入る前に、皆さんに身体検査を受けていただき、ゾンビ禍の可能性ありと判断された方には、24時間個室での監視を実施させていただきたいこと。これは、我々のテリトリーに参加を希望される皆さんに実施させていただいている手続きでして、これまで駐屯地で共同生活していらっしゃた皆さんが、いきなりゾンビ化する可能性は非常に低いと思いますが、公社の既存メンバーから「検査なしなんて不公平だ」との声が出ないようにするためにも、必要な続きとしてご了承していただきたいと思います。もう一つは、晴れて公社の一員ということになりましたら、これまでのように「避難民」という立場ではなく、公社の構成メンバーとして、何らかの作業を分担していただくことになる、ということ。もちろん、中学生以下の子供や身体的な事情で作業が困難な方は免除いたしますし――とはいえ、現状、そのような方に満足な教育や医療、看護を与えられる体制は整っておらず、これから整備を考えていかねばならない状況なのですが――ある程度の適性を考慮した上、本人の希望にできるだけ添う形で、作業を割り振っていきますが、基本『働かざる者食うべからず』が、公社の基本方針です。これら2点について、井関さんの方から避難民の方々に説明し、納得してもらうようにしていただきたいのです」

「つまり、まずは身体検査を受け、その後、割り当てられた作業をこなしさえすれば、一定レベル以上の安全と、衣食住を保障していただけるということですね?」

「はい、その通りです」

 橋江さんが自信たっぷりにうなずいたのを見て、僕は慌てて、

「といっても、先ほどいったように、パンデモニック以前のような快適な生活にはほど遠いかもしれませんけれど、それでもよければという……」

そうつけ加える。が、最後まで言い終わる前に、井関さんはにっこり笑い、首を横に振った。

「今現在、駐屯地の避難民の方々には、スペースの関係上、火の気も電気もない宿舎の廊下に毛布を引いて寝ていただいています。食料はほぼレーションばかり、それも最近では底をつき始め、配る量を調節しなければならない状況です。さらに言うと、皆さん暇をもてあましており、「どうか何か仕事を割り振ってほしい」と我々に頼み込む方までいらっしゃるのですが、なにぶん特殊な機材が多い上、取り扱いを間違うと危険なものばかりが揃ってますから、安全確保のため、やむを得ず、ひたすらじっとしていただいております。そんな状態ですから、皆さんの提供してくださる待遇を話せば、全員が、些細な条件などまるで気にせず、一も二もなく飛びつくであろうと思われます」

「そうですか。それならよかった」

 僕がにっこりすると、井関さんも、にっこり笑ってうなずく。

「それで、それ以外の条件とは……」

「あ、はい、それなんですが……」

 ちらりと目線を向けると、待ってましたとばかりに再び眼鏡をくいと持ち上げ、うちの「相談役」は再び口を開いた。

「皆さんからの避難民を受け入れると、我々公社の構成人数は、総勢5000人近くまで、一挙に膨れ上がることになります。その全員の生活をこれから先も保障し、さらに多くの避難民を受け入れていくことを考えると、この先、さらに大規模に広い地域、多くのインフラを確保し、清掃していくことを考えなくてはなりません。それには、さまざまな専門技能を持ったプロが、大勢必要になってきます。特に、トレーラーや重機を扱える方はこの先絶対に必要になるかと……」

「ああ、分かりました。我々にそれらの現場仕事を任せたいということですね。それはもちろん、むしろこちらからお願いしたいぐらいの……」

「いえ、違うんです。確かに、あまりに人手が足りない時には現場に出て、作業を手伝っていただければ、と思うんですが、それより皆さんには、教育……というか、初心者研修に従事していただきたいんです」

 立て板に水、という調子ですらすらと言葉を重ねる橋江さん。その言葉尻に乗っけるようにして、僕も、

「そうなんです」 

と一言言い添える。

 ややいぶかしそうな表情となる井関さんを前に、我らが相談役は、おもむろにメガネをくいと持ちあげ、再び口を開いたのだった。


 昨晩、「明日はいよいよ「三者会談」本番だから」ということで、メインメンバー全員で久しぶりに団地の集会室に集合し、加呂さん指揮の下、「管理人部隊」数名が腕を振るってくれた夕ご飯に舌鼓を打ちながら、対応やこちらの提示すべき条件について話し合った、その後のことだ。

 一通り、決めるべきことを決め終わり、さあ、それじゃちょっと渇いた喉を潤そうか、ということで、つい先頃清掃が終わったばかりの酒屋倉庫からこっそり漣が持ち出し、こっそり冷蔵庫で冷やしておいた缶ビールを一ケース持ち込んで――「チーム桃太郞」システムが動き出してからは、清掃作業の効率が格段に上がり、大量の資材や食料の眠った大規模な建造物が次々浄化されたので、「週末、晩酌程度の酒類をこっそり自室に持ち込むぐらいはオッケー」ということになっていた。だから、これは決して不正行為じゃないんだけど、なんだかやっぱり、お酒を飲む時にはこっそり飲まなきゃいけないような気分になるのだ――思い思いにぷし、ぷし、とプルタブを開け、黄金色の液体を喉に流し込んだ――これも念のために言っておくけれど、未成年の漣と真木ちゃんは、ノンアルコール飲料だったはずだ……多分――そのタイミングで、ふと、林田さんが口を開いた。

「あ、そうだ。オレ達が避難民を受け入れたら、自衛隊の皆さんって、手が空くだろ?そしたら、どうすんのかな?そのまま、板見の辺りに住み続けんのかな?」

「うーん、どうなんでしょうね。自衛隊なら、特殊な機材をたくさん所有してらっしゃるでしょうし、それらのメンテナンスとか考えると、元の場所の方が実力を発揮しやすいのでしょうけど」

「ああ、そうか。そうだよなあ……」

 それまで目をキラキラさせてた林田さんが、橋江さんの言葉を耳に資した途端、しゅんとしょげた様子になる。その落ち込み方があまりにも激しかったので、僕は思わず、

「どうしたんです?」

と尋ねていた。

「いや、だってさ、自衛隊だろ?戦車とか、でっかい大砲のついた車とか、すっごいごついトレーラーとか、いっぱい持ってるじゃん。もしさ、皆さんもこっちに合流するんだったら、ちょっと乗せてもらったりできないかなって思っててさ……」

 話しているうちに興奮がよみがえってきたのか、また目をうるうるキラキラさせる林田さん。その姿が「ひこーきってかっこいいね!」「でんしゃってすごいね!」と、腕をぶんぶん振りながら、お母さんに一生懸命興奮を伝えようとする子供と重なり、僕は思わず、くすっと笑いをもらしてしまった。

 と、とたんに林田さん、

「なんだよ、笑わなくたっていいだろ!ちっちゃいころからのアコガレだったんだよ、ああいう車の運転するの!」

 とこれまた子供のように、唇をとがらす。

「あ、いや、ごめんなさい、そういうつもりじゃなくて、なんか、かわいいなって」

「なんだよ、かわいいって!やっぱりバカにしてんじゃん!」

「してませんって……」

「いいよいいよ、ま、子供っぽい夢だってのは、自分でも分かってるしな。ああ、それにしても残念、一度でいいから運転してみたかったなあ……」

 唇をとがらせたまま、遠い目になる林田さんを見て、そのあまりのかわいらしさにまたもや笑い声が漏れ出しそうになるのを、なんとかこらえる。

 そこへ。

「……なるほど。そういう手もありますよね」

 それまで眉根に皺を寄せ、何事か考えこんでいた橋江さんが、ゆっくり口を開いた。

「へ?」

 怪訝そうな顔になる林田さんはじめ一同に向かって、橋江さんは、くい、とメガネを押し上げる。

「いえね、ずっと考えていたんですよ。もし、自衛隊の方々が我々に合流していただけるなら、どういった仕事を担当していただくのが一番いいのか、とね」

「そりゃあ、やっぱり最前線で、ゾンビ捕獲に参加してもらうのがいいんじゃね?なんたって、そういう作業の専門家だろ?」

 当然だろ、という顔、口調で、漣が声を上げる。橋江さんは、その漣に向かってうなずくと、

「私も、最初はそう思っていたんですよ。これからますます増えるであろう危険作業に従事してもらうのが一番合理的だろう、とね。でも」

「今までそういう作業、俺らでやってきただろ?そこに自衛隊の方々に合流してもらったところで、結局、重機屋と運搬チームがもう一つ増えるだけにならねえかな?なんて軽い気持ちで言ったら、橋江さん、考えこんじゃってさ……なんか、悪いこと言っちまったよ」

 しゅんとした口調で、平さんがつけ加える。

 と、橋江さんは、慌てて首を左右に振った。

「いえいえ、悪いなんてことは全然ないんですよ、気にしないでください。ただ、確かに平さんの言う通りだなって思っただけなんです。これから先、安定した生活を保障しながら、さらなる生活環境の充実を図っていこうと思えば、インフラとエネルギーのある都市部と食糧生産可能な田園地帯、少なくとも二方面に向かって安全領域を広げていかなくてはならなくなります。そのためには、今私たちが確保している人員だけじゃ足りないのはもちろん、もう一チーム専門部隊が増えたところで、焼け石に水にしかなりません。それでは結局、近い将来行き詰まってしまうと思うんです」

 ああ、とみんなが深くうなずいた。

 加花さんから「清掃工場を確保して発電すればいい」というアイデアを授けてもらったおかげで、直面していたエネルギー不足はとりあえず解消したけれど、工場で作り出せる電力は、せいぜい一般家庭数千戸分。パンデモニック以前の水準に比べれば電力使用量は格段に落ちているとはいえ、他にもさまざまな工場や施設なんかを稼働させなければならないことを考えれば、公社メンバーが一万人に達するかどうか、というぐらいで、またしても深刻なエネルギー不足に直面することになる。

 さらに、今はまだなんとか付近の車やガソリンスタンドに残っていた石油を使うことで、フォークリフトやトラックを動かせているが、これも、いつ底をつくか分からない。重機が動かせなくなってしまったら、公社の機能の大半は麻痺してしまうから、なんとしても早いうちに、大量の石油を確保しておきたい。

 となると、やはり追沙加市の沿岸部に広がるコンビナート地帯と石油備蓄基地を手に入れたいところだが……都市部に向かって「領地」を広げていけば、当然ながら大勢の避難民を受け入れることになる。その彼らに、衣食住を保障しようと思えば、食糧生産が可能な田園地帯を、かなり広い面積、「領土」に組み込まなければ、ということになって、そちらにも人員を割かなくてはならない。

 結局、加花さんたちとのランデブー以前に直面していた「人手不足」問題が、再び蘇ってきてしまうのである。

「確かにな。今までは俺たち1チームでバリケード伸ばしていってたけど、正直いって、相当しんどかったぜ。川だの高速だのをうまいこと利用して、しかも、距離だってそんなに長くないバリケードでそれなんだから……この先、もっと長い距離をバリケードで囲い込むんなら、少なくとも3つは、重機扱えるチームがないと、つらいと思うぜ」

と林田さんが珍しく弱音混じりの苦言を口にする。と、

「ああ、3チームって、一方向につき3チーム、ってことな。都市部と郊外、両方いっぺんにバリケード伸ばすんなら、それぞれに3チーム、計6チームはいるな」

とすかざす平さんが補足する。すると、

「それでもまだ足りませんよ。3チーム制だと、常に全チームフル稼働になってしまうじゃないですか。各チーム、順番に休日を取りつつ、途切れることなく作業を続けようと思えば、もう1チーム加えて、4チーム制にしないと。ですから、計8チームです」

 今度は丸手さんが、いかにも作業管理者らしい意見を述べる。その意見にうなずいた加呂さんが、

「途切れることなく作業っていうなら、3交代制でずっと作業続けた方が効率いいわよねえ。とすると、8チームの三倍で……」

と、おっとり首をかしげる。

 それら全ての意見を総括する形で、

「合計24チーム。まあ、それは最終的な目標としても、最低8チーム、重機作業のできる人員を養成しないといけない、ということになりますね」

と、橋江さんがメガネを押し上げる。

 そこまで言われて、ようやく僕も、橋江さんの考えていることが理解できた。

「あ、そうか!だから、自衛隊の人たちにはバックアップに回ってもらい、チームの養成を担当してもらったらどうか、ってことですね?」

 すると、橋江さん、「その通り!」といわんばかりににっこり笑い、大きくうなずいた。

「そうなんですよ。今現在――まだそこまでメンバーが増えておらず、食糧も住居もまあまあ余裕がある今なら、とりあえずまだ、重機チームを増やさなくてもなんとかなりますからね。今のうちに、公社メンバーから希望者を募って、自衛隊の皆さんに、重機の扱い方をレクチャーしてもらったらいいんじゃないかと思うんです」

「なるほどな。センター長お気に入りの原君とか、加須さんとかの学生さんたちも、意欲はあるけど技術がねえから困ってたわけだしな。もともと頭のいい子達だし、あの子らが機械の扱い方覚えてくれたら、いい戦力になると思うぜ」

「「清掃」にゾンビさんとわんちゃんが有用なのは分かりましたんで、そちらは、私のような体力のない中年男でもなんとかなると思います。ですから、これまで清掃チームに所属してもらってた若い人たちも、重機チームに回ってもらえるんじゃないかと……」

 平さんと丸手さんも大きくうなずいたところで、漣がぐっと身を乗り出した。

「あ、じゃあ俺、俺もそっちでいろいろ教えてもらっていいかな?できればブルドーザーの動かし方とかだけじゃなくて、銃の撃ち方とか、そっちも……」

「いやいやいやいや!」

 物騒なことを口にする漣に、大人たちが慌てて首を振る。

「銃はダメでしょう?そんなもの、いったいどうするつもり?」

 加呂さんが眉をひそめてとがめると、それにおっかぶせるように、林田さんが難しい顔をする。

「そうだよ、漣ちゃん。銃なんて持ってたって役に立たねえって。それより、あれだよ!戦車の動かし方を習った方がずっとかっこいいし、役に立つって!」

「あ、それいいすね!」

「オレさ、一度でいいからあの大砲をぶっ放してみたかったんだよ!」

 夢見るような口調で手を仰ぐ林田さんと、満面の笑みでうんうんうなずく漣。

 そこへ。

「いい加減にしなさい!」

 仏頂面の加呂さんから、手厳しい一言をびしりと言い放った。

「……はあい……」

「……わかったよ……」

 二人がしょぼんとなったところで、

「それじゃ、当分の間、作業は僕らセンター古参組が引き受け、自衛隊の皆さんには、避難民の希望者にさまざまな技術を教えるのを担当していただく、ということで、問題ないですね?」

 橋江さんが周囲をぐるっと見回しながら確認する。

 もちろん、誰一人、異論を唱える者はいない。

 その様子に、橋江さんが満足そうにうなずいたところで、先ほど口をつけたビールがほどよく頭に回り、気持ちよくなっていた僕は、心地よいに引っ張られるがままに、自然と口を開いていた。

「あ、それじゃ、教育研修係を引き受けてもらうのと同時に、自衛隊の方には、もう一つこんなお願いをしたらどうでしょう……」


 「……といういきさつで、最後に代表がつけ加えたのは、『教育研修に従事してもらうにあたり、できれば自衛隊の、あの制服でやってもらえないか』ということでした。これから先、さらに公社のメンバーが増えていけば、仲間の内でのいざこざやもめ事も起こってくるでしょうが、そんなときに、自衛隊の制服を着てきびきび動き回っている人が視界に入れば、頭に上った血もすっと下がり、大事になるのも減るんじゃないか、と。なるほどその通りだと、我々一同、全員一致で賛成したのですが……いかがでしょう?こういった理由から、皆さんには初心者研修を受け持っていただきたいこと、そして、その際、制服を着用していただくことで、間接的に公社の治安維持活動を行っていただくことをお願いしたいと思っているのですが」

 壇上にいる井関さんを差し置き、30分近い時間、ずっと一人でしゃべりまくり――自分の意見を披瀝する段になるとなると、この人、決まって話がやたらと長くなるのだ――ようやくのことで話をまとめると、橋江さんは――もちろん、おもむろに眼鏡をくいっとやった後で――自信ありげに壇上の隊長さんへと微笑みかけた。

 一方の井関さんは、橋江さんが気持ちよさげに語る長話を――長い上にいろいろ細かい補足をつけ加えたせいで、ものすごく退屈だったにもかかわらず――真剣な表情でじっと最後まで聞き入ってくれた上、最後の微笑みをも、正面からしっかり受け止める。

「丁寧なご説明、ありがとうございます。皆さんの意向はもちろん、意志決定の流れや内部の雰囲気まで、大変よく分かりました。本当にアットホームで民主的な運営をされているのですね」

「いや、そんないいもんじゃねえって。みんなテキトーだから、事前に話し合っておかねえとヤバいことになるってだけだよ」

 ぶんぶん手を振りながら照れくさそうに声を張り上げる林田さんに、他のメンバーもニヤニヤ笑いながら同意する。

 その様子に、井関さんも思わず苦笑を見せると、

「本当に、皆さん仲がいいのですね。私たちも、その仲間入りができるというのですが」

「え、それじゃ」

「はい。こちらとしても、私の一存で隊の運命を決めるわけにはいきません。後ほど皆で話し合い、今回の提案について検討させていただいた後、正式な回答をさせていただきますが……お聞きした限りでは、同意しかねる条件はありませんし、基本的には、そちらの公社に合流させていただく形になると思います。皆、異存はないな?」

 井関さんが自分たちの仲間が座る座席の方へと視線を向けるのに合わせ、僕らも振り向く。そこに座っていた皆さんは、おしなべて好意的な顔を浮かべていて……中には何度も何度も深くうなずいたり、満面の笑みを浮かべつつ、深々と頭を下げてくれたりしている人もいた。

(よかった。これでようやく、長期的な復興計画を立てられそうだ)

 ほっと安心し、僕も砕けた笑顔を浮かべたところで、

「では、会議が終わり次第、今回のご提案を持ち帰り、この場にいない隊員と、避難民の皆さんとに諮った上、明日……遅くとも明後日には、無線を通じて正式な返答を差し上げます。どうか、よろしくお願いいたします」

 壇上の井関さんが、腰を直角に折りたたむ、本格的な礼をしてくれる。

 それに対し、

「おう、任しときな!それまでに、避難民の皆さんを受け入れるための搬送計画と住居整備、完全に終わらせておくからよ!」

 林田さんが、椅子に座ったまま――それも片膝を立てた、この上なくだらしない格好で――がさつ極まりない言葉を返す(お願いだから、せめてもう少しなんとかしてくれと、僕は思わずため息をつきそうになった)。

「あ、こんなですがすいません、悪気はないんです!どうか気を悪くせず、ご検討、よろしくお願いいたします!」

 フォローってわけではないけど、多少なりとも心証をよくしようと、立ち上がり、精一杯の「気をつけ」から深々と下げ……そろそろと頭を上げると、興味と優しさと、妙に穏やかな視線の入り混じった複雑な表情で、じっと僕を見つめている井関さんと目があった。

「……なるほど。先ほどのアイデアのとりまとめといい、今回の締めくくりといい、だからあなたが、お若いながら代表を務めていらっしゃるのですね」

「え!?は?あ、いえ、その、なんか分からないうちに、そういうことになってしまっていて、なんか、本当にすいません……」

 井関さんの妙に感心したような口調の意味が分からず、へどもどしながら再び頭を下げると、この気のいい隊長さん、今度はぱっと破顔し、何の屈託もなさそうな笑い声を立てた。

「いや、失礼しました。なるほど、皆さんがこれまでスムースに公社を運営なさってこれた理由の一つが、分かったような気がします」

「はあ……」

 なにがなんだかよくわからず、思わずぼんやりした表情のまま突っ立っていると、それがまたおかしかったのか、井関さんは再び、にっこりといい笑顔を浮かべた。

「これから先、皆さんと共に復興に尽力できるかと思うと、楽しみにでなりません。どうかよろしくお願いします。それでは、私からは以上とさせていただきます」

 笑顔のままで腰から二つに折れ曲がる見事な礼を再び披露した後で、井関さんはすたすたと壇上を後にしたのだった。


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