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ワーキングデッド  作者: 柴野独楽
10/14

シーズン1 第五章 同盟 1-2

     1

 2週間後。

 パンデモニック再生公社の(おも)だったメンバー六人――僕、林田さん、橋江さん、丸手さん、平さん、漣、加呂さんは、大型のワゴンに乗り込み、北を目指してゆるゆると走っていた。


 角間再生を目指して活動を開始したものの、一部区域の安全と、わずかな電力復興、そして浄水場を何とか確保したところで、僕らは深刻な人材、資材、エネルギー不足に陥った。

 三つのうちどれかの「不足」を解消しようとすれば、他の二つの「不足」がますます深刻化、窮乏状態になることが予測できていたため、ろくに行動することさえできず、そうかといって、現状を維持するだけでは「じり貧」になることも分かっており、一体どうすればいいのかと頭を抱えていたところへ、突如現れた「ヲタクの姿をした天界からの使い」が、神の恩寵に満ちた天からのお告げをもたらし――ちょっと大げさすぎるかな――僕らは、窮地を脱し、再び再生活動を開始することができた。

 マンパワーに余裕ができたおかげで新たに開始できた「事業計画」のうち、もっとも力を注いだのが「ホットライン構築」だった。

 ヲタク型天使であるシェン君が持ってきてくれた無線機により、追沙加大学に拠点を構える学生・研究者グループと、ある程度意思疎通はできるようになった。けれど、より突っ込んだ、具体的な話をしようと思えば、やはり無線のやりとりだけでは心許(こころもと)ない。ここはやはり、一度顔を合わせてしっかりした話し合いを持つべきだし、その後も気軽く面談ができるようにしておくべきだ、ということで、両側をバリケードで囲った安全な「直通街道」を整備することになったのである。

 それには、路上に放置された多数の車を脇へ寄せ、そららを積み上げてバリケードにし、内部の安全を確保する、という作業をこなさなければならないが、角間から追沙加大学の所在地である巣板市までの十キロ以上もの道路を、全てバリケードで囲う、というのは、僕らの現状の力では、さすがに無理があった。

 ところが、なんとも幸運なことに、角間と巣板は、高架高速道路である禁忌道が、ほぼ一直線につないでいる。角間より南の部分に向かう部分に車を積み上げ、数カ所あるインターチェンジを塞いだ上、高架上に放置された車を撤去し、その間を縫ってうろちょろしているゾンビさんを「清掃」しさえすれば、安全な「街道」にすることができる。

 後は、巣板のインターチェンジと、追沙加大学の入り口までをつなぐ、わずか2キロほどの道のりをバリケードで囲んでしまえば、ホットライン完成だ。

 僕らは、大学側のメンバーと緊密に連絡を取りながら、すぐに作業を開始した。

 大学側からもたらされた貴重な情報により、より簡単、スムースにゾンビ清掃が実施できるようになったため、人間は、車両の撤去・積み上げ作業に集中することができる。おかげで、十キロメートル以上もあった高架も、ものの10日ほどですっかり整備が完了した。

 一方、大学からインターチェンジまでのバリケードは、大学側の人間――主に学生たちによって進めてもらっていたのだが、こちらはなかなか難航していたようだ。

 作業を進めようという意欲はあるのだが、なにせ学生の集まりだから――いや、僕もろくに学校行ってなかったとはいえ、学生だったんですけどね――車を撤去するにも、フォークリフトでひょいと持ち上げて、というわけにはいかない。いちいち車に乗り込み、こちら側の人間――もちろん、あの「こそ泥と友達だった」ドライバー、出入さんだ――の教えた方法でエンジンを始動し、動かさなければならないのである。

 中には、諸々の理由でどうしてもエンジンがかからない車もあり、その場合は、いちいちサイドブレーキを解除した上で、レッカー移動するか、ロープで他の車と連結して移動するか、あるいは、数人がかりで押して動かすかしなければならない。さらに、そもそも普通免許すら所持していない、真面目な学生がメンバーの大半を占めているから、これらの撤去作業すら遅々として進まないのである。

 だから、もちろんバリケード作りなど夢のまた夢、せいぜいワゴン車や2tトラックなどをなるべく隙間のできないようにぴっちり並べておく程度のことしかできず、それも、不慣れな運転者が行うせいで、どうしても隙間が空いたり、後退の際速度を出しすぎて側溝にハマり、余計な手間を増やしたりと、まさに苦労の連続だったようだ。

 が、それも、僕ら公社組が、巣板のインターチェンジに到達するまでのことだった。

「お、フォークなしでここまで積み上げたのか、頑張ったな。それじゃ、仕上げは任しとけよ!」

 現場に到着するなり、重機でもって、いともたやすく車を積み上げ、サクサクとバリケードを作っていく林田さんと平さん。それまでああでもない、こうでもないと苦労しながら必死で作業を進めていた学生さんたち、その手際の良さに驚き、たちまちと尊敬のこもった目で見られるようになったそうだ。

「いやあ、ああいういい大学通っているヤツって、オレ達みたいな勉強できない人間をどっかバカにしてんじゃねえかって思ってたんだけど、そんなことねえのな。むしろ、みんなバカ素直に「すごいですね!若い女の人で、こんなに自由自在にフォークリフト扱えるって、尊敬しかないです!」とか、「僕、こういうの動かしてみたいって、ずっと憧れてたんです!今度、使い方教えてください!」とか、目、キラキラさせて言われてさ。いやあ、参ったよ!」

と、団地に帰ってきてから、なんとも機嫌良く語ってくれた。

 いや、それは、単にあなたがかなりかわいらしい系の女子で、しかも「俺女」という、一部のヲタク心をわしづかみにしないではいられない属性を備えているからでは、とも思ったが、自分の技量が認められたと上機嫌でいるのに、水を差すこともないか、と黙って聞いていたのだった。

 同じように、平さんはじめ、建設作業組の誰もが女子大生からアコガレの目を向けられたらしく、「バリケード作業組」の労働意欲ときたら、はじめて両親のお手伝いを頼まれた幼稚園児よりも高かった。そのやる気を原動力に、みんな揃ってガンガンに精を出して働いた結果、延べ4キロ近くにもなるバリケードを、わずか二日で完成させてしまったのである(人間の「いいとこ見せよう」パワーってすごいなと、つくづく実感した)。

 ホットラインも完成したことだし、そろそろ顔合わせもかねて、本格的に情報交換をしていきましょうか、ということで、今日は公社の仕事を一日休みにし、林田さんの愛車である紫色の巨大ワゴン車に皆で乗り込んで――絨毯敷き、土足厳禁、内装キンキラキンのものすごい車だ――ここまでやってきたのである。


 キツすぎる自動車用消臭剤の匂いにくらくらしながら車を降りると、

「ようこそ!」

 待ちかねていた、といわんばかりのまぶしい笑顔で、男女一人ずつの学生さんが出迎えてくれた。

「よう、原ちゃんじゃねえか!どうだい、運転うまくなったかい?」

 短髪で、ラグビー部かアメフト部か、ってぐらい体格のいい――ついでに気立ても良さそうな――男子学生に向かって林田さんが親しげに声をかけると、

「いやあ、毎日ちょっとずつ練習してんすけど、なかなかッすね!でも、自分頑張るんで!」

 大きな身体を恥ずかしげによじり、しきりに頭をかきながら、それでも元気に返事を返してくる(なんかこの、妙に人なつこい熊のようなかわいらしさは、平さんにちょっと似てる、と思った)。

 その平さんはというと、

「平のおじさま!今日はなんだか、この間よりもずっとかっこいいですね!あ、いえ、この間もかっこよかったですけど、それよりもっと、ずっと決まってるって感じで!」

 フレームの赤い大きな眼鏡をかけた、JKがそのままJDになりました、という感じの「よく見るとかわいいかも」系女子に嬉しげな声をかけられ、

「え、そうかな。いや、加須さんがこないだ『こんな風にしたら絶対かっこいいです!』って言ってくれたんで、若い子らに頼んで、ちょっとそれ風にしてみたんだけどさ……」

「えー!私の言ったこと、参考にしてくださったんですか!すっごい嬉しいです!思った通り、すっごく似合ってますよ!髪の毛がちょっとある伊集院隼人様って感じで、とってもダンディーですう!」

 そうか、それで平さん、白シャツに黒のスラックスに蝶ネクタイなんて、どっかのバーテンさんみたいな服を探してたのか、いやそれにしても、この加須さんとやら、伊集院隼人「様」って、なんか相当こじらせたアニヲタの匂いが漂っているんだけど……などと思いつつ、僕は、やや引いた目線、こわばった笑顔になる。が、平さんは、いかにも嬉しはずかしそうに身体をよじって照れているし(照れ方まで原君とうり二つだ、と妙に感心してしまった)、加須さんは至極嬉しげ満足げだし、これはこれで成立してるのかも、とあえてなにも余計なことは言わず、(半歩引いたところから)黙って見守ることにした。

 二人の案内で巨大な構内を歩いて行くと、とある古びた、巨大な建物の前に、ドクロや死体、鮮血の描かれた、今の状況下では、まさに不謹慎そのものと言うしかないTシャツ――後から丸手さんに聞いたところ、外国の有名なパンクロックバンドの公式グッズなのだそうだ――の下に、パジャマのようなイージーパンツをはき、その上から、薄汚れた白衣を無造作に腕まくりして羽織っている痩せ型の男性が、仁王立ちに立っていた。

「やあ、どうもどうも!お待ちしておりました!」

 いかにも嬉しげに手をこすり合わせ、にったりと大きな笑いを浮かべながらいそいそと近寄ってくると、おそるおそる差し出した僕の手を両手で挟み込むようにしてがっしりとつかみ、ものすごい勢いでぶんぶんと上下に振る。

「どうも、僕が加花です!いやあ、君が陸君だね?こうやって実際に会うのは初めてだけど、思ってたとおり、まだ若いのに、なかなかしっかりした感じの人だ!」

「あ、いや、そんな、僕なんて全然……」

「いやいや、謙遜謙遜!あれだけの人数率いて責任者やってるんだから、大したもんだよ!」 

「あ、いえ、あの、ありがとうございます、それであの、もう一方の代表っていう方は……」

 僕がそう問いかけると、加花さんはようやく、それまでずっと握りしめ、上下に激しく振り続けていた僕の手を勢いよく離し――おかげで、危うくつんのめってすっこけるところだった――身を翻して、僕らがやってきた方をすかし見る。

「さて、まだきてないようだね……ま、でも、心配することはないよ。ああいう職業の人は、基本時間厳守だからね、きっと約束の時間ぴったりに……あ、そう言ってるうちに、来たようだよ!いやあ、どうもどうも~!」

 手をすりあわせつつ、近づいていく加花さん越しに、きびきびとした足取りでこちらに歩いてくる集団が見える。その先頭に立って歩いている人が、やや戸惑った様子で立ち止まったところで、加花さんは半ば無理矢理その手を両手で押し包み、何やらいいながら、またもや激しく上下に振り始めた。

(無線で話している時も「なんかちょっと変わった人だな」って思ってたけど、こうやって直にお会いしてみると、加花さんて、変わった人どころか……)

「あの、うちの先生のこと、「変な人だな」とか思ってます?」

 思わぬ近距離から、その時思っていたとおりのことを言い当てたささやき声が届き、僕は思わず、ビクッと跳び上がった。

 目を見開いて声のした方を見ると、先ほど平さんにたかっていた赤メガネのオタク少女――加須さんが、気遣わしそうな表情でもって、じっと見つめている。

「いやまあ、ねえ、その、ほら、変だとかじゃなくて、ちょっとその、エキセントリックというか、個性的というか、ねえ?」

 図星を指されたあせりそのままに、答えになっているんだかなっていないんだか分からないような――ということは、「ええ、あなたたちの先生って、ものすごい変な人ですね!」と内心思っていることを、この上なくわかりやすく示してしまっているんだけど――返事をする。と、加須さんは、ゆっくり首を振った。

「いいんですよ。うちの先生、学内でも変人で有名でしたから。むしろ、そう思っててもらった方が、これから先のショックも少ないでしょうし」

「え?……ショックって?」

「いえ、なんでも。でも、これだけは信じてほしいんですけど、先生、あんな風だけど、研究では本当に優秀で、才能ゆたかな人なんです。ですから、その方面のことは、全面的に信頼してくれて構わないと思います!」

 目を見ながらはっきりそう言い切られ、僕は、

「はあ……」

 と返すより他、どうしようもなかった。

(加須さんて、もともと加花さんの研究室にいた学生さんなのかな?そんな身近な人に堂々と変人呼ばわりされるって、よっぽど……)

 一体どれほど変な人なのか、知りたいような、知りたくないような思いを抱えつつ、考えこんでいると、そこへ当の本人が、あいさつを交わしていた人物を背後に引き連れ、満面の笑顔でこちらへとやってきた。

「やあ栗田君、紹介するよ。こちら、板見にある陸上自衛隊駐屯地からやってこられた、井関さんだ」

 と、その人はぴしりと直立不動になり、慣れた動作で右手を顔の前に斜めにかざして、「敬礼」をする。

「はじめまして。陸上自衛隊第36普通科連隊第二大隊長の井関です。階級は一尉をいただいております」

 思いのほか柔らかな声でそう言われ、僕は思わず拍子抜けした。

 はじめの敬礼をみた後だったから、井関さん、きっと、「陸上自衛隊~~所属の○○一尉であります!以後、よろしくお願いするであります!」なんて、直立不動のまま、力一杯絶叫するものだとばかり思って(そういう映画やドラマを過去に何回か見たことがあったのだ)身構えていたのだが、しょっぱなの敬礼以外は、いたって普通だったから、安心と同時に、なんかちょっと残念な気がしてしまったのである。

 その上、遠目で見た時にはすごく背の高い、体格のいい人のように見えていたのに、こうして近くで向き合ってみると、思いのほか背は高くないし、肩幅も広くない。せいぜい中肉中背といった感じなのだ。

(自衛隊の人って、結構普通なんだ……)

 そんなことを思いつつ、しげしげ相手を見つめていると、当の本人である井関さんが、疲れているような、面白がっているような、困っているような、あきれているような、なんとも微妙な笑顔を投げかけてきた。

「えーと、栗田さん、でしたっけ?今、私をみて「あんまり軍人らしくないんだな」って思いませんでしたか?」

「え、は、え、いや、あの、え~……すいません、ちょっと思ってました」

 さっきは加須さんに思っていることを言い当てられ、今度はまた、井関さんにも言い当てられて……僕って、思っていることが顔に出やすいのかな、などととっさに思い……それならそれで、さっきは変にごまかそうとして微妙な空気になっちゃったし、どうせ本心がばれちゃうなら、ごまかさないでいっちゃったほうがいいよねと諦め、本当のことを白状する。

 その時の僕の顔があまりに情けなかったからか、井関さんは、今度はもっとはっきりした、優しい微笑を頬にたたえた。

「そんなに困らなくてもいいですよ、またか、と思っただけですから。実際、民間の方々には本当によく言われるんです。兵隊さんぽくないね、とか、大声であいさつしないんだね、とか、思ってたよりちっちゃいね、とか」

 優しげな軍人さんは、ここまで言うとまたもや笑みを変化させ、やや皮肉な、自嘲的な笑みを浮かべた。

「僕らはただ、自分の職業として「自衛官」という国家公務員を選んだだけの、ただの一般人ですからね。そりゃ、入隊した後に一通りの訓練は受けますから、そこそこ筋肉はありますけど、体格は人それぞれですし、隊の中では別として、その作法を一般社会に持つこむほど、世間知らずでもありませんよ」

「あ~……ですよね。よく考えりゃ、それが当たり前ですものね」

「まあ、でも、色眼鏡で見られやすい職業ではありますからね。ですから、民間の方とお会いする時には、むしろ意識して「普通」を心がけ、溶け込むようにしてます。少しでも、偏ったイメージがなくなればいいなと思いましてね」

「そうなんですか……苦労なさってるんですね」

 僕の「自衛隊のイメージ」と言えば、大きな災害が起こった時に現場へ出動し、ひたすら土砂を掘り返して人命救助したり、洪水の中舟を出して人命救助したり、山で遭難しかけた人を人命救助したりしている集団という、なんともお粗末で底の浅いものだ。隊員の皆さんが普段どういう仕事をしているのか、どういうところに住んでどういった生活をしているのか、全く知らない。なのに、なんとなく「こんな感じなんだろう」というイメージを当てはめていたのだから、我ながら、勝手なものだ。

(僕だってバイトしてた時、「ただかコンビニ店員ふぜいが」って態度で接してくるおじさんや高校生なんかに、散々いやな思いさせられてきたじゃないか。それなのに……)

「ほんとすみません、変な目で見ちゃって。いやな思いされましたよね」

 ますますへこみながらそう言うと、

「いえいえ、もういいんですって。よくあることですから」

と、がっくり来ている僕に、井関さんがかえって慌ててしまい、やっぱりなんだか、場が変な雰囲気になってしまう。

 なんだよ、はっきり本心を言ってもいわなくても、やっぱり変な雰囲気になるのか、一体どうしたらいいんだと、ほとほと困り果ててたところで、

「ほらほら、いつまであいさつしているんだい、はやく、入って入って!」

 大きく両腕を広げ、右腕を僕の、左腕を井関さんの肩の上に載せるようにして、加花さんが背後から覆い被さるようにくっつき、

「あ、いえ、はい……」

「あ、あの、ちょっと……」

 困惑している僕たちを引きずるようにして、僕らを建物の中に連れて入ったのだった。

 

 「……ということで、今回僕が発見した事実を公社の皆さんに提供し、実証実験を行っていただいたところ、仮説通り、ゾンビの無力化に成功しました。この発見により、ゾンビ化した方々に襲われる危険性が大幅に低下するばかりか、さらなる可能性が見えてきました。それこそが、『ワーキングデッド』計画です!その詳細については、この後私から発表させていただくとして、まずは、実証実験の詳細について、公社を代表し、栗田陸さんに発表していただきたいと思います。栗田さん、よろしくお願いします!」

 加花さんに指名され、僕は、ゆっくりと――ゆったり、ではなく、よろよろ、といった感じで――立ち上がった。

 加花さんはさすが大学の先生だけあって、人前で話すのにも慣れていて、そつがない。

それに比べて、僕は、人前で改まった発表をするなんて高校のクラス内発表の時以来だし、その時だってガッチガチに緊張して、結構きちんとした原稿を用意したのに、支離滅裂になってしまったのだ。

(今回はもう少しうまくいくといいんだけど……)

 ドキドキしながら教卓の前に足を進め、おそるおそる顔を上げる。

 と、教室の右側に陣取った学生さんや、左側の自衛隊の皆さんは、姿勢を正してこちらを注視しているものの、真っ正面に腰をすえた仲間――林田さんをはじめとする公社の面々は、机の上にぐったり肘をついたり、頬杖をついて鼻クソをほじったり、誰一人としてまともに座っていない。唯一橋江さんだけが背筋を伸ばしているけど、腕組みしたまましきりにあちらこちらを見回してはうなずいてみたり、あごをなでては首をかしげてみたりと、まったくもって落ち着きのない様子だ。

(あ~あ、林田さん、女子だっていうのに片膝立てて座ってるし、あんな目立つところでぼそぼそ私語してるし。本当にこの人たちは全く……)

 思わずため息をつきそうになったが……不思議なことに、仲間のそういった、思い切りくつろいだ姿を見たことで僕はすごくリラックスでき、開き直った気分になっていた。

(この人たちのリーダー(仮)ってぐらいの存在なんだし、皆さんそんなに期待もしてないよな。……気楽に話せばいいか)

 半ば自虐的な、半ば安心した笑みが思わずこぼれ落ち……僕は、すっきりした気分で、

「ただいま加花先生からご紹介いただいた栗田です。よろしくお願いします。今から2週間ほど前、加花先生からいただいたアドバイスを元に僕らが行った実験とは、次のようなものでした……」

と話し始めたのだった。



     2

 「……なあ、本当なのか?本当にそんなことで、ゾンビを無害にできるのか?」

 不審げな、そして心配そうな表情の林田さんに、何回目――十何回目かの同じ質問をされ、いい加減うんざりしていた僕は、

「分かりませんよ。でも、大学の先生っていう人が、わざわざ使いをよこしてまで教えてくれたんです。ただのいたずらで、普通はそこまでしないでしょうし、とにかく試してみようってことになったんじゃないですか!」

 十何度目かの同じ解答を、ややつっけんどんな調子で答えてしまう。

 それがちょっとショックだったのか、林田さん、しょぼんとした表情になり、

「いや、まあ、そうだけどさ……でも、ほら、そのために、せっかく閉じ込めたゾンビどもをもう一度解き放って、わざわざ危険を増やすことになるんだし、可能性は低いって分かってても、もし誰かが噛まれでもしたら、本当にどうしようかって……」

 普段イケイケで男勝りな彼女が、本当に小さくなっているのを見ると、さすがに少々気の毒になってくる。

「そこは、みんなで話し合って、一番危険の少ない方法をきちんと考えましたから。大丈夫ですよ。それに、これがうまくいったら、現状を一気に突破できるかもしれないんです。やってみるだけの価値はありますって」

 すると、林田さんは不承不承うなずき、

「だよな……うん、それは、分かってるんだよ。でも……なあ、本当にこんなことで……」

 再び、同じ質問を繰り返しはじめる。

 僕は諦めて、

「さあ、それじゃあ、はじめましょうか!」

 後ろに控えた屈強なオジサンたちに、「攻撃開始」の合図をだしたのだった。


 シェン君が通信機を担いできてくれたあの日、加花さんが僕らに伝えてくれたことは、大きく分けて三つ。そのうち、最も衝撃的だったのが、

「口を何らかの方法で塞いでやると、ゾンビさんの攻撃性が弱まり、人間を襲わなくなる」

ということだった。

「そんな簡単な方法で、本当に大丈夫なんですか!?」

 林田さんと全く質問を、無線機に向かって――それも、相当に疑り深い口調で――僕も尋ねたのだが、加花さんは、全くといっていいほど動じなかった。

「ええ、大丈夫ですよ。シェン君が空撮でとらえた画像を見たり、あなた方の話を聞いたりした限りでは、そちらを闊歩(かっぽ)している他害発病者――あなた方のいう「ゾンビさん」ですね――と、僕らが捕獲して実験した発病者との間に、何らの違いも見受けられません。ですから、同じ方法で無力化できるはずです。もちろん、同じ症状を呈しながら、病因が全く違う、ということもありますから、この方法が利かず、発病者から逆襲されることも考えられないではありません。しかしながら、世界的な疫病が同時多発的に発生することすら稀だというのに、全く同じ症状を呈する疫病が偶然同時に発生するなんて、それこそ、宝くじに十回連続で一等当選するとか、墜落事故を起こした飛行機に乗っていたけど無傷だったとか、犬をおもちゃのピアノを与えたら全く偶然に「ネコふんじゃった」を弾きこなしたとか、あるいは……」

「分かりました、分かりました!それぐらい低い可能性しかない、ということですね?」

 放っておけば、加花さん、いかにも嬉しげに「可能性の低い事象の具体例」を延々羅列しそうな勢いだったので、少し声を張って無理矢理言葉をさえぎる。と、

「……あ、ああ。ええ、まあ、そういうことですね」

 夢から覚めたような口調で――ややつまらなさそうに――加花さんは言葉を結んだ。

「分かりました。もしそれが本当だとすれば、僕らが今陥っている状況を一気に打破する解決策になるかも――いや、きっとなってくれると思います。一度、こちらでも試してみます」

「ああ、うん、はい。ぜひそうしてみてください!そしてその結果、もし僕らの意見が有用であると思われるなら……」

「はい!あなた方と協定を結ぶことを前向きに検討したいと思います!」

 そう言って、僕ら――通信機の周りに群がっていた、公社の主要メンバーは、大きくうなずきあったのだった。

 本音を言えば、別段そんな情報提供がなくても、一定以上の人間が生き残り、一定の空間を確保して、それなりに安全な生活を維持している集団が僕らの他にいるのなら、ぜひとも合流して、ともに生き残りを図っていきたい。けれど、今現在、エネルギーと食料・居住地のバランスがギリギリなのだから、「協力して生き残りを」といったところで、僕らの方から提供できるものはなんにもない。それでは相手に申し訳ないし、合流したはいいけど、かえってお荷物になるようなら、相手側からがっかりされかねない。だったら、せめてある程度、現状を打破するめどがついてから合流した方がいいんじゃないか……そんなふうに考えたのだ。

 そして、うまくいけば、一挙に現状を打破できるかもしれない方法が、今唐突に、僕らの手にもたらされた。けれどもその方法は、今まで以上にゾンビに近づかなければならないので、ある程度の危険はある。無理に実験を行うことで、新たな犠牲者を出してしまうことにもなりかねないことも事実だ。

 だから、その後の話し合いは、難航に難航を重ねた。

 せっかく一定水準以上の安全と平穏を確保できたのだから、ここから先はゆっくりやっていけばいいという――主に女性からの――意見と、このまま現状維持していても、近い将来きっとにっちもさっちもいかなくなる、余裕のある今のうちに、思い切った次の手を打つべきだ、とする男性側の意見が真っ向からぶつかり、どちらも一歩も引かなかったのだ。

 それでも、話し合いが延びに延びて、深夜にまでなるにつれ、ちょっとずつ情勢が偏ってきた。

 公社の中心メンバーのほとんどが、配送センターという「男の職場」で働いていた人たちだ。人数的に、もともと男性が多い職場であり、考え方もいわゆるガテン系。その中で、女性陣たちもよく頑張っていたのだが、脳みそが疲れ切った状況になってきたところで次第に劣勢となり、最終的に、うまくいけばメリットは計り知れないのだから、注意に注意を重ね、くれぐれも犠牲者を出さないよう気をつけながら、やるだけやってみよう、ということになったのである。

 

 心配そうな林田さんを尻目に、二人の屈強な男性が手に持ったマイナスドライバーを扉の継ぎ目――数週間前に林田さん自身が溶接した、鉄製の頑丈な防火扉のくぐり戸にあてがい、左手のハンマーを勢いよく振り下ろした。

 があん、とものすごい音が響き、溶接した金属のかけらが、バラバラと飛び散る。同時に、防火扉の向こうからも「ヴォオオオ……」といううなり声が複数、やや力ない調子で聞こえてきた。

 配送センターの管理棟四階である。

 パンデモニック発生三日目に、避難民たちのあまりにも傲慢な態度にブチ切れた林田さんが扉を溶接し、密閉して以来、ずうっと放りっぱなしだった四階部分――とその中のゾンビさんたち――に再び「シャバの空気を吸わせるため」、僕らはここにやってきたのである。

 頭にがんがん響く音を立てつつ、マイナスドライバーを突き立て、くぐり戸部分の溶接をあらかた取り除き終わったところで、いったん作業中止。その頃には、騒ぎを聞きつけた内部のゾンビさんたちが扉前に殺到し、「ヴォオヴォオヴォオオオオオ!」と元気に雄叫びを上げながら、内側から扉をがんがん叩いている。

(扉がもってくれるといいんだけど……)

 ちらりと視線を階段の方に向け、そこに、林田さんらに代わって、カールを中心とする精鋭犬部隊が勢揃いしているのを確認したところで――避難してきた人たちが連れてきたわんこたちを次々に仲間入りさせた結果、『ゾンビ牽制犬部隊』も、その頃には十数匹の大所帯になっていたのだ――誘導路の設置を急ぐ。

 例によって加呂さん指示の元、手先の器用な「木材加工部隊」総がかりで作ってもらったその誘導路は、突貫作業の割にはすごくいい出来で、幅も高さも、ぴたりと防火扉のくぐり戸に適合した。

「よし、バッチリです。それじゃ、皆さん、スタンバイしてください!」

 そう声をかけると、あらかじめ打ち合わせたとおり、誘導路の左右、そして終点に、ずらりと人が並ぶ。

「でははじめます!皆さん、くれぐれも気を抜かずに!では……お願いします!」

 くぐり戸のすぐ横に控えた屈強な体格のおじさんに声をかけると、おじさん、こくりとうなずき、手にした巨大なくぎ抜きの先をくぐり戸に引っかけ、思い切りこじった。

 ばきん、と盛大な音とともに最後の溶接部分が吹き飛び、同時にくぐり戸が大きく開いて、中から両腕を突き出したゾンビさんが、威勢よく誘導路へ流れ込んでくる――のを、誘導路の左右からさすまたでしばらく防ぐ。そのすきに、くぐり戸をこじ開けたおじさんは、誘導路の外へと退避(さすまたで一応の安全対策はしたものの、さえぎるもののないままゾンビさんたちの真っ正面に立たねばならなかったおじさんの緊張は相当強かったようで――なにしろ、ほんの一瞬でもタイミングが狂ったら、おだぶつなのだ――無事誘導路の外に出た途端、おじさんは床に這いつくばり、ぜいはあと荒い息をついていた)。同時に、そこだけ外してあった誘導路の壁を、待ち構えていた二人が元に戻し、大急ぎで釘を打って固定する。そこを見計らってさすまたを外すと、計画通り、ゾンビさんたちは誘導路に沿って、おとなしく進み始めた。

 誘導路は、くぐり戸にあわせ、入り口こそやや大きめに作ってあるが、その後、幅も高さも急激に狭まり、ほぼ人間一人が歩けるギリギリの幅、そして、四つん這いで進むのが精一杯という高さになる。その中を、ゾンビさんたちは予定通り、ヴォアヴォア言いながら、一列になってゆっくりと前に進む。

 そんな狭い通路を5メートルほど進んだところで、誘導路は再び高さを増し、楽に立って歩けるようになる。先頭を歩くゾンビさんが、その地点へとさしかかり、「ヴォオオオエアアアア!」と嬉しげに立ち上がって歩き出した、その時。

「よし、いまだ」

 誘導路の左右でタイミングを計っていた漣ともう一人が、後続の、いまだ狭い通路をのたのた進むゾンビさんの目前に、素早く落とし戸――誘導路にうがたれたスリットを上下する、厚いベニヤ板――を落とした。

「いいぞ、うまくいった!」

 ささやき声で二人をねぎらい、急いで通路の端へと向かう。

 先頭を進む、一体だけ隔離されたゾンビさんは、腕を前に突き出したおなじみの格好で前へ前へと進み……目論見通り、突き当たりの壁――これも、分厚いベニヤ製だ――の、高さ1.5メートルほどのところに二つ並んで開けられた直径15センチほどの穴の中に、躊躇なく両腕を突っ込んだ。

「今です!」

「ほいきた!」

 穴から突き出された右手を一人が、左手をもう一人がつかみ――もちろん、分厚い皮ジャンパーを着込んだ上軍手をはめ、その上に生皮でできた丈夫な作業用手袋をつけて、万が一ゾンビさんを取り逃がした時でも、決して噛まれたりしないよう、万全の準備をしてもらっている――壁に足をかけて、思い切り引っ張る。

「ヴォッ!」 

 べしょ、とゾンビさんが壁にぶつかったところで、両腕を縄で固定し、身動きが取れないようにする。その上、万が一にも抜け出したりすることがないよう、両腕を肘で曲げて折りたたみ、ちょうど壁越しに腕組みをするような形にして、肘から先を縄でぐるぐる縛る。

 これで、拘束終了。

「ヴォオオオオ……」と、悲鳴とも怒声とも困惑ともつかぬ声を上げつつ、足でベニヤ板をどんどん蹴飛ばしているゾンビさんごと、突き当たりの壁を通路から取り外し、そのまま下の階の作業場へと連行する。

 通路の突き当たりには、取り外した壁の代わりに、新たなベニヤ板――もちろん、腕の高さの位置には、既に穴が空けられている――を打ちつけ、準備完了したところで、通路途中でスタンバイ中の漣に合図し、落とし戸を上に引き上げてもらう。

「ヴォアアアア!」

 通せんぼされていた次のゾンビさんが、喜びの声を上げつつ落とし戸の下をくぐり抜けたところで、再び落とし戸を落とし、孤立したゾンビさんが、突き当たりの壁から両腕を突き出したところで、二人がかりでひっつかんでぐいと引っ張り……あとは、同じ作業の繰り返しだ。

(よし、こっちはスムースに進み始めたな……)

 作業が安全に、滞りなく進行しているのを確認したところで、僕は急いで階段を駆け下り、3階廊下に急遽しつらえられた「最終処分場」へと向かった。

「どうですか?うまくいきそうですか?」

 息を弾ませながら、こちらに背中を向けて作業中の男たちに声をかける。

「おう、代表。いい感じだ」

 ずらしてくれた背中の森をすり抜けるようにして――なにしろ公社の「力仕事」担当さんたちといったら、揃いも揃って、ガテンワークで鍛えた広い背中の持ち主ばかりなのだ――前に出ると、ちょうど一番注意が必要な作業へとかかるところだった。

 板越しに腕を縛って拘束したゾンビさんを、ベニヤごと地面に倒し、板の四隅を踏んづけて固定。そこへ、両側からゾンビさんの首に縄を引っかけ、ぐっと斜め上方に引っ張り上げる。

 ゾンビさん、首を振っていやいやをするが、構わずになおも縄を持ち上げていくと、首が絞まるのをいやがり――ちょうど、体力測定の時にやる「伏臥上体反らし」を無理矢理やらされてるか、でなきゃ、プロレズ技の「キャメルクラッチ」をかけられているような感じで――頭をぐっと高く持ち上げる。

「今です!」

「分かってるって!」

と、ぐっと背中を反らし、頭を持ち上げたため、ほぼ正面を向くことになったゾンビさんの口元めがけ、棒の先に、布きれをぐるぐる巻きにし、こぶし大の球状にしたものを突き出す。

 暑いさなか、日がな一日肉体労働に従事したオッサンの汗をたっぷり吸い込んだTシャツをまるめた、特製の「オヤジ球」である(このシャツを棒の先に巻き付ける作業だけは、申し訳ないが、シャツを着ていた本人にお願いした。他の作業はなんでもやるけど、それだけは勘弁してくれ、と女性陣に泣きつかれてしまったのだ)。

 鼻先に獲物の匂いを嗅ぎ取ったゾンビさん、「グヴォアアアァッ」と雄叫びを上げるやいなや、あごが外れんばかりに大きく口を開いた。そこをめがけて、「オヤジ球」を口中深く、ぐぼ、と突っ込んでやる。

 ゾンビさん、すかさずガチンと口を閉じるが、その弾みに、かたく巻き締めてあったTシャツがほどけ、たちまち口いっぱいに広がっていく。

「ヴォ!?」

 丈夫な木綿でできたTシャツは、狙い通り、口の中がぱんぱんになるまで広がった。そうなったが最後で、ゾンビさんは、噛み千切ることも、飲み込むことも、吐き出すこともできない状態になる。手を突っ込めば取り出せるのだろうが、両手を拘束されている今、それも叶わず、ゾンビさんは、「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛……」

とひたすらうなり、脂汗を流しながら、目を白黒させることしかできない。

「よし、うまくいったぞ!」

 噛みつかれさえしなければ――つまり、病気の感染経路である口さえ封じてしまえば――もう大丈夫。ゾンビさんはなおも足をばたばたさせ、しきりにもがきあがいているが、そんな動作など一切無視。手袋をした手で土気色の頭をがっちりホールドし、Tシャツごと、口元をガムテープでぐるぐる巻きにしていく。

 一通り巻き終わったところで、次は、サルグツワをかます要領で、手ぬぐいを口に巻いては縛り、巻いては縛りし、ちょっとやそっと爪を立てたぐらいではほどけないよう、しっかり固定する。

 その上で、手ぬぐいの上から針金をぐるぐると巻き付け、絶対に取れないよう、ペンチでキツくねじり、手ぬぐいを固定。仕上げに、針金の上からぴっちりと荷物梱包用の薄手ビニールテープを巻き付けて、終了だ。

「よーし。後はこれで、本当にうまくいくかだな」

 この頃になると、ゾンビさんは足をばたつかせるのもやめ、ぐったりと力なく横たわっているだけになる(おお、これは、死体と見せかけていきなり動き出す、なつかしき「あのゲーム」のゾンビ!と思わず叫びそうになったが、なんだか不謹慎な気がしたので、やめておいた)。

 幸先いいじゃないか、と思いながら、再びゾンビさんをベニヤごと持ち上げ、元のように立たせ、階段とは逆側の廊下の端――エレベーター前へと連れて行く。

 エレベーターに板ごと押しつけるようにしてゾンビさんを保定し、腕を縛りつけていた縄をほどき、ベニヤの穴から押し出すようにして両腕を自由にし……そのまま、脱兎のスピードで、あらかじめ連れてきていた犬部隊の後ろ、皆がさすまたを構えているあたりまで下がり、そっと様子をうかがう。

 ゾンビさんは、しばらくの間、自由になった両手を頬や頭の後ろに回し、なんとか口を塞いでいる邪魔者を取り去ろうと悪戦苦闘していた。が、あれだけがんじがらめに布やら針金やらで固定した上、ツルツルのビニールテープでぴっちりと「梱包」したため、つま先を差し込んだり、爪でひっかいて剥がしたりもできず、むなしく顔面をなでるばかり。

 やがて……ついに諦めたのか、ゾンビさん、その両手をだらりと下げ、背中を猫背にして、そのまま力なく立っているだけになった。

「……そろそろいいのかな?」

「……いいんじゃないですかね?」

 僕らは、おそるおそるゾンビさんに近づき、構えたさすまたの先で、そっと突っついてみた。

 なんの反応もない。

 さすまたの先で胴を挟み、そのまま、横に振ってみる。と、ゾンビさん、促されるまま、数歩前へと歩き、そこで立ち止まった。

 ここまでは、あらかじめ聞かされていたとおりだ。

「さあ、それじゃ……」

 僕は覚悟を決めて、持っていたさすまたを預け、おそるおそるへっぴり腰で、ゾンビさんに近づき……その正面に立った。

 が……確かにその目に映っているはずなのに、ゾンビさんは手を伸ばして僕をとらえようとも、顔を近づけてその牙を突き立てようともせず(これは、物理的に無理だけど)、ただ、じっとしている。

(……よし!)

 さらに勇気を出して、自ら手を伸ばし、ゾンビさんの手を取ってみた。

 が、やはりゾンビさんは、力なくその手を僕の手に預けるだけ。なんらの凶暴な行動も起こさない。

 そっと手を引っぱると、おとなしく引っ張られた方に進み、引くのをやめると、立ち止まる。手を取ったまま歩くと、一緒について歩き、歩くのをやめると、立ち止まる。手を引いたまままっすぐ建物の隅まで進み、階段を下りはじめると、ゾンビさんも、僕の動きに合わせて、おとなしく階段を下りる。その間、幾人もの人の前を通ったのだが、そちらに襲いかかろうとする素振りはおろか、視線をそちらに向けることすら一切せず、ひたすら従順なまま。メッチャクチャおとなしくて素直な犬を散歩させているか、さもなければおもちゃの木馬でも引っ張って歩いている気分である。

 そのままゾンビさんを連れて階段を下り、一階までたどり着くと、待ち構えていたメインメンバーにたちまち取り巻かれた。

「どうでした?うまくいきましたか?」

 せき立てるような勢いでまず尋ねてきたのは、丸手さんだった。

 事務方の丸手さんには、増加する一方である人々への住居や物資の割り振りや、人員の配置を、全て任せてしまっている。夜中は夜中で「道路偵察隊」の一員として活躍してくれているというのに、昼間は裏方の仕事をきっちりこなし、しかも、このところうまく人員と仕事のバランスが取れなくなっているのは、それらに対する采配をしている自分のせいではないかと、気をもんでくれていたようなのだ。その分、今回の「実験」に期待する気持ちが大きく……いの一番に結果を尋ねてくれたのも、なんとか現状を打破したいという思いの表れなのだと思う。

 心配そうな表情でじっとこちらを見つめるその丸手さんに視線を合わせ、僕はにっこりとほほえんだ。

「大丈夫、うまくいきました。ほら、見てください、こんだけ素直におとなしくなって」

 連れていたゾンビさんを押し出すようにして皆の前に披露すると、どよめきがわいた。

「この人、ゾンビさんだったのか!てっきり作業員の誰かを連れてるのかと思ったよ!」

「いやいや、うちの作業員だったら、こんなにおとなしいわけねえだろ、みんなガテン系なんだから」

「いや、いくらなんでもそりゃ偏見だろうがよ……」

 林田さんと平さんが漫才のような掛け合いをしながら、合間に「ほお」「へえ」と感嘆の息を吐く。

 加呂さんは、だらりと下げたゾンビさんの両手を持ちあげてしげしげと眺め、

「屋内にいたせいか、思ったほど指先汚れてないね。でも、爪がすっごい伸びてる。これは、切ってあげた方がいいよね、変に割れたりすると危ないし」

といかにも女性らしい気遣いを見せる。

 その間、橋江さんはぐるぐるとゾンビさんの周囲を回りながら、猿ぐつわの結び目を確かめたり、身につけた衣服をしかつめらしい表情で確かめたりしたあげく、

「なるほど、無線で教えてくれたとおり、口さえ塞いでしまえば、ゾンビさんの無力化ができるというのは本当だったのですね。となると、あの加花さんて人、やはり本物の大学の先生である可能性が高いな……ともあれ、早急にまたチームを作って、こんな面倒なことをしなくても口を塞ぐことのできるような、鉄製のマスクのようなものを量産していかないといけませんね」

 例によってメガネをくいと持ち上げながら、珍しく先走ったことを言う(冷静にふるまっているようでいて、橋江さんも、実はかなり、興奮していたのかもしれない)。

「まだまだ、先のことを考えるのは早いですよ。今のところは成功ですけど、実験はまだ後半分残ってるんですから」

 みんなの顔をぐるりと見回しつつも、意識は主に橋江さんに向けてそう言うと、橋江さん、慌てたように頭をかき、所在なさげにほほえんだ。

「そうでしたね、これで先の見通しがつけられるかと思うと、つい舞い上がってしまって。けど、これで終わりじゃないですものね」

「ええ、まずはこのゾンビさんをトラックに乗せちゃいましょう」

と、もう少し先にエンジンをかけっぱなしで停車してるトラックのところまで行き、リフトを使って荷台へとゾンビさんを誘導する。

 そこでそっと手を放すと、ゾンビさん、思った通り、荷台の端にじっと立ち尽くしたままでいる。

(よし。これなら、一台のトラックに20人は乗せられる)

 「仕事のできばえ」に満足し、荷台のど真ん中に仁王立ちしたまま、うんうんうなずいていると、

「おーい、代表。そこ邪魔だよ。そろそろ場所譲ってくんねえかな?」

 新たな処理済みのゾンビさんを連れてきたオジサンに、ニヤニヤしながら声をかけられ、僕は慌てて、リフトから飛び降り、次のゾンビさんを連れてくるために、再び管理棟四階へと向かったのだった。


 管理棟四階に閉じ込めていたゾンビさん19体を全て処理し、トラックに乗せたところで、

「それじゃ、いきましょうか」

 漣と安藤さんにうなずきかけると、トラックの助手席にのぼる。

 待ちかねていた運転席の平さん、クラクションを短く二度鳴らすと、早速出発。

 後ろのトラックが後について走り出したのをミラーで確認したところで、僕は前方へと視線を向けた。

 向かった先は、配送センターからやや北上した、とある施設。もともとそんなに人が多い施設ではないのだが、かなり大規模な建造物で、ゾンビさんが隠れられる場所も多い。浄水場のように、中の人の無事が分かっているのならまだしも、操業している様子はなく、おそらくは「ゾンビさん集会所」になっている。

 生活には必要不可欠な施設ではあるものの、差し迫って必要だとも感じられないし、食べ物が多く貯蔵されているわけでもない。普通に考えて「清掃」の順位はもっともっと、ずっと後回しでもいいはずのその施設を今回の実証実験の場所に選んだのは、これも加花さんのアドバイスを受けてのことだった。


 ゾンビ無力化の方法と、その後の利用法についてレクチャーしてもらい、その方法がうまくいくようであれば、ぜひとも協力体制を構築したい、と僕らが(かなり乗り気で)同意した後のことだ。

 あくまでも丁寧で、さりげない敬意を見せつつ話を聞いてくれた――これは、後から加花さん本人が評してくれた言葉だ――ことに気をよくしたのか、

「ああ、それから」

 と、改めて加花さんが、声の調子を改め、

「君らの拠点の側に……に類する施設があるなら――いえ、確かあったはずだと思うのですが――積極的に「発病者」を排除し、設備を復旧することをおすすめします」

と言いだしたのである(これが「加花アドヴァイス」の2つめだ)。

 なんとも意外な提言だった。

 その施設、禁忌道のすぐ近くにあり、よく目立つ外観上の特徴があるため、加花さんに言われるまでもなく、その存在は僕らも認知していた。が、そんなものの復旧なんてまだまだずっと後、今はもっと他にやるべきことがたくさんある、とばかり、僕らの誰もが思い込み、清掃場所の候補にすらあげられなかったところなのである(僕なんか、正直、加花さんに言われてはじめて、そういえばそういう施設があったな、と思いだしたぐらいだ)。

 当然、なんだってそんな場所を清掃場所の第一候補にするべきなのか、僕らは加花さんに疑問をぶつけた。

 と、加花さんは逆に、なぜそんなことも分からないのか、と戸惑うような口調となり、

「え?なぜそこを清掃するべきなのかって、そりゃあ、この先快適な生活を望むのであれば、絶対に必要になる施設だからですよ。つまり、主要な機能もさることながら、あの施設には……」

 得意の長弁舌に耳を傾けているうち、僕らは皆、雷に打たれたような表情となった。

 そうか!そういえば、小学校だか中学校だかの社会科での社会科で、習ったことある!確かに、あの施設では、それが可能だって……!

 皆が深く納得し、確かにそれは、いの一番に清掃し、設備を復旧すべきだと全員で意見が一致し、それなら、いっそゾンビ無力化の実証実験後半は、その施設の清掃がてらやっちまえばいいんじゃね?ということになったのである。


 「……禁忌道通り過ぎる時に、いつもいつも高い煙突だなって思って見てたけど、こうして間近で見ると、つくづく高くて、しかもぶっといよな、これ。男として、常にかくありたいもんだよな……」

 えげつない下ネタを真面目な顔で、しかも心底しみじみとした調子でつぶやくのは、言わずと知れた安藤さんだ。

 全くこの人は、どこまで本気で、どこまで冗談なんだか、本当に判断がつかないとひそかに頭を振りつつ、

「のんきなこと言ってないで、早く済ませましょう。この辺、一応バリケード内だとはいえ、どこにゾンビさんがひそんでいるか、わからないんですから」

 そうなのだ。

 外部からゾンビさんが流入してこないよう、バリケードを作り、路上をうろちょろしてるゾンビさんを排除。次いで、団地や住宅を一軒一軒訪ね、中にこもっている方々をさすまたで追い出しては捕獲し、バリケード外に「放流」するという地道な作業をここ数週間、ずっと続けてはいるものの、なにぶん公社のメンバーは、いまだ千人前後。しかも、ゾンビ清掃を中心にすえて作業を組んでいるとはいえ、清掃後の後片付けや改装、メンバーの食事の準備や食料等の調達や備蓄などにも人数を割かねばならない関係で、どうしても「清掃範囲」は限られてきてしまう。バリケードの内側とはいえ、本当に「安全になった」と言い切れる区域は、浄水場と団地、それにもともとの拠点である配送センター周辺だけ、というのが、現状なのだ。それ以外の地域では、建物内にまだ多量のゾンビさんがひそんでいるだろうし、そこから抜け出したのが路上をうろちょろしてる可能性も、決して小さくはない。バリケードの外に比べれば格段に安全なのは間違いないけれど、不意の襲撃を防ぐため、移動には必ず車を使用すべし、としなければならない程度には、まだ危険なのである。

「おお、悪い悪い。でかい建物好きなんで、つい夢中になっちまって」

 我に返って頭をかく安藤さんを促し、トラック後部の扉を開けて、荷台に乗り込む。

 おとなしく立ったままのゾンビさんを昇降台に数人ずつ立たせ、地面へと下ろす。

 安藤さんと平さんが、手分けして彼らに首輪――ホームセンターで手に入れた、大型犬用の首輪だ――を巻き付け、長く伸びるリードを装着。そのリードを操って、漣が、ゾンビさんたちを人ひとところにとりまとめていく。

 ゾンビさんたちが素直に従ってくれることもあって、サクサクと作業は進み、もうあと1回、昇降台を使えばゾンビさん全員下ろし終わる、となったところで、事件は起こった。

 施設の正門前にトラック二台を停め――うかつに正門を開けると、中にひそんでいたゾンビさんがホイホイやってくるかもしれないからだ――路上で僕らは作業をしていたのだが、そこへ、どっかの建物から抜け出してきたらしいゾンビさんが一体、突然、

「ヴォアアアアアッ!」

 大声を上げつつ、襲いかかってきたのである。

 作業にきていたのは四人だけで、僕はトラックの荷台から昇降台にゾンビさんを誘導している最中、漣はひとかたまりになったゾンビさんのリードを保持しつつ、僕の作業を見守り、平さんと安藤さんは、首輪を巻き付けている真っ最中、ということで、道の左右には誰も注意を払っておらず、完全に不意をつかれた。しかも、悪いことに、ゾンビのヤツ、わざわざトラックの横腹に沿って歩いてきており、「ヴォアアアア」と雄叫びを上げたのが、平さんから二メートルも離れていないところだったのだ。

 まさに、絶体絶命の状態である。

「うおっ!」

 平さんは驚愕の声を上げ、ゾンビさんの襲撃を避けようと、思わず右腕を顔の前にかかげ、尻餅をついた。

 それとほぼ同時に、僕は

「平さん!」

 まずい、やられる!と悲鳴混じりで気のいいオジサンの名前を呼び、漣と安藤さんはすぐさま駆け寄ろうとする。

 だが、時既に遅し。ゾンビさんの高くかかげた両腕が、今にも平さんの右腕をがっちりつかもうとしている。

 平さん、すみません!僕が、油断していたばっかりに!

 そんな思いが頭をよぎり、次に起こる流血の惨劇を予想して、思わず顔をゆがめた、その時。何かがゾンビさんと平さんの間に割ってはいり、襲撃をさえぎった。

 無力化したゾンビさんである。

 それまでおとなしくきちんと整列していた中の数体が、いつの間にか身体の向きを変え、襲撃してきた野良ゾンビさんを抱きとめるようにして、食い止めたのだ。

 あと数センチで捕まえられる、という間一髪のところで野良ゾンビは動きを封じられた。それまでぎゅっと目をつぶっていた平さん、おそるおそる目を開き、自分の腕まであと数センチ、というところでゾンビさんの指先がぎりぎりと震えているのに気づくと、

「うおおおおおおおっ!」

 野太い驚愕の悲鳴を上げつつ、地べたにへたり込んだ格好のまま、ずざざざ、と――ゴキブリもかくやと思われるほどの――ものすごい速度で後ずさった。

 襲撃をかけた野良ゾンビさん、身体を抱きとめられつつも、必死で前に進もうと身体をよじりつつ、腕を伸ばそうとする。が、あちらさんが一体なのに対し、こちらは数体の味方ゾンビさんが立ち向かっているので、どれほどあがこうとも、進むことも振り払うこともできない。野良ゾンビさん、にっちもさっちもいかない状態のまま、血走った目で平さんをにらみつけつつ、

「ヴォオオオ……」

 と切なそうな声を上げるだけで精一杯(国民的人気を誇る「あのゲーム」でおなじみのメッセージをもじった「ゾンビは なかまを たべたそうに こちらを みている!」なんて言葉が頭の中にふうっと浮かび上がり、僕は、「いや、そんなこと考えてる場合じゃないから!」と大急ぎで打ち消した)。

「うっわ、ヤバかった……でも、これで、あの加花さんて人が言ってたことが全部本当だったって、分かったよな」

 いつの間にか横に立っていた漣がそうつぶやき、その声で我に返った僕は――何度も何度も手を変え品を変え「ゾンビは なかまに してあげたそうに、こちらを見ている」とか「ゾンビの なかまになった!」とかいった言葉が頭の中に湧き上がってくるのを、必死で打ち消し続けていたのだ――慌てて、

「え?あ、うん、そう、そうだな!」

 言葉を返した。


 そうなのだ。

 加花さんが僕らに教えてくれたうち、最後の一つが、「無力化したゾンビは、他のゾンビに襲撃されると、反射的に防衛行動を取る」ということだったのである。

 最初、これを聞いた時は、無力化の話以上に信じられなかった。

「それ……本当なんですか?」

 ゾンビを無力化する方法を聞いた時より、さらに慎重な――はっきり相手を疑っていると分かる口調だったにもかかわらず、やはり加花さんは全く動じなかった。

「ええ、ええ。どうしてそんな行動をするのか、理由までは分からないんですけど、僕たちが行った実験では、かなり高い――ほぼ百パーセントの確率で、処理済みの発病者は、未処理の発病者が襲いかかるのを食い止めようとするんですよ。自己保存行動なのか、それとも、僕らのような未発病者を何らかの形で保護しなければならないという意識がはたらくのか、あるいは他になにか理由があるのかまでは定かではないのですが、確かにそういう行動が確認されています。専門知識も人数も少ない僕らが生き残りに成功したのも、早いうちからこの事実を発見していたからで、おかげで生活に必要な最低限の施設を確保することができましてね……」

 目を丸くした僕は、なおも延々と話し続けようとする加花さんを、

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 さえぎり、

「それじゃあ、その、あなたがたは、『無力化ゾンビはゾンビの襲撃を阻止してくれる』って確信もないうちに、外の、ゾンビさんがうようよしてるところにのこのこ出かけていったんですか!?」

 そう尋ねた。すると、通信機の向こうの加花さん、いかにも当然、といわんばかりの口調で、

「ん~、正確には「僕ら」ではなく、「僕一人が」ですね。ええ、そう、未処理の発病者のいる場所に出ていきましたよ。たいがいこれで大丈夫なはず、という直観がありましたからね。僕の直観は当たるんですよ。僕がこうして研究者をやっていられるのも、研究の要所要所で、うまく直感が働いたからでしてね。僕の研究の、少なくとも六割は、この直観のおかげで導かれたといっても……」

 六割は直観のおかげっていうぐらいなんだから、相当その精度は高いのだろうとは思う。けど、直観はあくまで直観だし、きっと外れることだってあったはずだ(本人は覚えちゃいないだろうけど)。そんなあやふやなものに頼って、自分の命を平然と危険にさらしてしまうのだから、相当のバカ研究者……いや、研究バカなんだろうなと、僕らは心の底からあきれてしまったのだった(僕らも、意識しないうちにその「バカな真似」の二の舞を演じることになってしまったけれど)。


 「やれやれ、さっきは本当に危なかったよな。大学の先生の言ったことが、たまたま本当だったからいいようなものの、そうでなかったら、平さんがめでたく「公社創設からの事故ゾンビ第一号」に就任するところだった」

「ええ、本当に油断してましたね。センターでの実験が思った以上にうまくいったんで、ちょっといい気になっていたのかも。気を引き締めないといけませんよね」

 安藤さんの言葉に、心底深刻な顔で僕はうなずいた。ところが、漣ときたら、

「本当にその通りだと思うけどさ、安藤さん、「めでたくゾンビ第一号に就任」はないんじゃね?」

 襲われた恐怖など、早くも忘れてしまったかのように、ニヤニヤしながらツッコミを入れるのである(「ゾンビ清掃部隊」リーダーとして、危険と隣り合わせのところで働いているので、こいつ、ちょっと危機感が麻痺(まひ)しているのかもしれない)。

 しかも、それにつられて安藤さんまで――あくまで真顔で――バカなことを言い始める。

「ああ、そうか、就任はさすがにまずいか。えーと、それじゃなんだろ。「ゾンビ転生」?事故のあと私、気がつけばヴォオオオオッて叫びながら人間追っかけてました、仕事はないし、仲間もいっぱい、思い切りスローライフ楽しんでます、とか」

「それじゃ、転生ものアニメの作品名じゃん。しかも、やたらサブタイトル長いし」

「そうか~。それに、平さんが主人公じゃ、きっとマンガ化とかアニメ化とかは無理だよな」

「うん。むしろ、ホラーのラスボス的な」

「ラストに崖から落ちたり、核爆発に巻き込まれたり、ミサイルで撃たれたりして殺されるヤツだな」

「崖から落ちるのは、もう一回復活するパターンだね」

「そうそう、しつこいヤツになると、3回ぐらい生き返って襲ってくる。平さんなら、そんなふうになりそうだな」

 と、とうとう我慢できなくなったのか、それまで黙って聞いていた平さん本人まで参戦。

「お前ら……人を勝手にラスボス扱いするんじゃねえよ!」

 いかにも笑い出しそうなのをこらえ、無理矢理作った渋い顔でもって、安藤さんの頭を軽く小突く。

「おお、ラスボス登場だ」

「平さん、そこは雄叫びを上げないと」

「雄叫び?」

「そうそう、ヴォオオオッて、ドスの利いた声で」

「ええと、こんな感じか?ヴォオ……」

 それまで僕は、三人ののんきなやりとりにあきれ果て、呆然と話を聞いていたのだが、ここでようやく我に返った。

「やめてください!こんなところで大声を出したら、また野良ゾンビに襲われるじゃないですか!」

 と、ノリノリで胸を大きくふくらましていた平さんも、さっきの恐怖を思い出したのか、しゅんとして小さくなった。

「とにかく、今のままの装備じゃ、不意に襲撃された時、万が一のことが起きてしまうかもしれません。そうなってからじゃ遅いですし、捕まえたゾンビさんの処理が終わったら、いったんセンターへ戻りましょう。そこで、カールか、他の犬2頭ぐらい連れて、改めて出直すのがいいと思います」

「お、おう……そうだな、犬がいりゃ、もう少し安心できるしな」

「うん、だね」

「そうだな……あ、そうだ!」

 真面目くさった顔でうなずきながら話を聞いていた安藤さんが、不意に目を見開き、「素晴らしいこと思いついちゃたぜ!」と言わんばかりの晴れやかな顔を、こちらに向けた。

 それにつられて――なんで懲りずにつられてしまうんだろうと、我ながら思うけど――僕も思わず、

「なんでしょう?」

 真剣な表情で身を乗り出す。

 と。

「『犬』何頭かと、『サル』グツワかませたゾンビ何体かで、清掃部隊作るんだろ?となると、部隊名は『チーム桃太郞』にしなきゃいけねえよな!」

 安藤さん、自信たっぷりの態度で晴れやかに言い放った。

「は……はあ?」

 思わず眉をへの字にしたところで、今度は漣が、

「いいけど、桃太郞には、キジが足りなくね?」

 またしても、要らんツッコミを入れやがる。

「いや、それはほら、カナリアかなんか連れてけばいいって。有毒ガスを探知するためとかなんとか、理由つけてさ」

 と、やっぱり我慢できなくなったのか、

「いやいや、それじゃ本末転倒だろうよ」

いい年こいたおっさんである平さんまで、真剣な顔で再び参戦。

「いいじゃないすか、かっこいいでしょ、チーム桃太郞」

「いやそれだったら『イヌサルゾンチーム』とかの方が……」

「そのまんまじゃん!それはないって!それだったらまだ『チームアニマル』とか……」

「いや、犬しか動物いねえし!ここはやはり……」

「いや、それでも……」

「そうじゃなくって……」

 真剣な表情でバカなことを延々と議論し続ける三人を、疲れ果てた表情で眺めながら、

(他にやりたいことがあるから、っていうから別行動にしたけど……引っ張ってでも橋江さんを連れてくるんだった……お願い、誰か助けて!)

 と、心の中で頭を抱え続けていたのだった。





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