002
「——外れか」
少年は溜息をついてから、牢屋から立ち去ろうとした。
「外れじゃないですよ! ほら、この背の低くて気持ち悪いおじさんがか弱い美少女を檻に閉じ込めてあんなことやこんなことをしようって思っているんですよ!」
「ボ、ボ、ボクがそんなことするわけないでしょうがぁ! ボクは信頼第一の人攫いですよぉ!」
「——どっからどう見ても檻で暴れる獣を閉じ込めようとしている弱い魔法使いにしか見えないな」
「「そんなわけないでしょ!」」
少年の失礼な一言に彼らは反論した。
「——だが、そこにいる魔法使いがここのトップってことはたしかなんだよな」
「え、えぇ、そうですともぉ。それがどうかしたんですかぁ?」
男は付与魔法を止めて、少年の方に近づいた。
「なら、一つ聞く。黒色の人の手が交差したような魔法紋をつけたやつは知らないか?」
「そ、そんな魔法紋を持っている人なんて知りませんよぉ! そこのお嬢ちゃんが左脇腹に金色の大きな猫ちゃんの魔法紋をつけていたのは知っていますがねぇ」
「ねぇ! 本当に私の体を見ていないでしょうね!」
「だから、見ていませんってば!」
じーっと男を見つめる彼女に男は猛反論した。
少年は少し溜息をついてから、男に尋ねた。
「へぇ……。——で、アンタはこいつを捕まえて何をしようってしたわけ?」
「彼女を捕まえたら、偉い騎士様がお金をやるって言われたんですよ! ——ところで、あなたは腰につけていた短剣を持って何をしようとしているんですか?」
「こういうときって、たしか、女を助けるのが男ってもんじゃないの?」
「ギャー!」
少年が短剣を一振りすると、男は牢屋の檻ごと体を真っ二つに斬られた。
ミラは恐怖のあまりビクビク震えながら、少年を見つめていた。
「ほい。開いたぞ。さっさと出ろ」
少年は男を斬ったにも関わらず、飄々(ひょうひょう)とした態度で手を差し伸べた。
ミラは彼の手を掴んで、「ありがとう」と言ってから、「ところで、あなたは?」と尋ねた。
「——ウェリック。しがないギルドの一員。言っとくが、お前より年上だからな!」
ミラは——この子はわたしが怯えているから、冗談を言ったんだな? と思って、少年の肩を叩いてこう言った。
「その背で私より年上って無理がありますよ。私は16ですけど、あなたは?」
少年は苦虫を嚙み潰したような顔をしながら、小さな声で呟いた。
「——26だよ」
「え? この身長でですか?」
ミラは驚いた顔で少年を見つめた。
どこからどう見ても、身長はミラよりも低く、顔も幼い。年不相応に深い隈をのぞけば、どこからどう見ても少年にしか見えない。
「ほんと、ガキだから見る目がないな。てめぇも一応、どっかのギルドの一員なんだろ?」
ウェリックにそう言われると、ミラは少しむかついたのか、苦笑しながらこう答えた。
「えぇ、そうですとも。私は有望株って言われていますよ」
「それで力量差が理解できないのか? ——あぁ、こんな雑魚魔法使いに捕まるんだから無理もないか」
「——そ、それは、私は武闘派なので、付与魔法とかそういう姑息な攻撃は効いてしまうんですよ」
ミラは人差し指を合わせてもじもじさせながら、そう答えた。
「——姑息って、そんなの避ければいいだろ?」
ウェリックはそう言って、溜息をつく。
「それが出来たら苦労しませんよ!」
「はぁ……。こんなもの避けられなくて、有望株なんてそのギルドってたかが知れてるな。とにかく俺は帰る。じゃあな!」
「どうしてですか! 普通はわたしをそのまま町に帰してくれるものでしょ!」
「——そんなの俺に頼むなよ。俺は仕事のついでにここに来たんだよ」
「仕事って、魔法紋を持っている人を探す仕事ですか? ギルドにはそんな仕事もあるんですか?」
「あるんだよ。ほら、身辺調査とかあるだろ? そういうもんだよ。——とにかくついてくんな」
ウェリックは自分にしがみついているミラを引きはがそうとするが、彼女の力が強いのかなかなか引きはがせない。
「嫌ですよ。どうせこういうところは森の奥深くにあってどこなのかさっぱり分からない場所なんでしょ」
「外が分かんないところに居たのに、よく分かったな。武闘派のくせに」
「勘ですよ! 勘! それに、武闘派を脳筋だと判断するのはひどくないですか!」
「——勘に頼る時点で脳筋だと思うがな。けれど、お前ってギルドの有望株なんだろ? なら、俺の助けなんて必要ないほどすごいやつなんじゃないのか?」
「それとこれは違います! とにかく私を町まで連れて行ってください!」
「じゃあ、金」
ウェリックの申し出に彼女はこう答えた。
「——出世払いでいいですか? 送ってくれないとこの人に襲われましたって門番の人に言いつけますよ。わたし、実は絵が得意なんですよ。だから、簡単にあなたの絵を描けますよ」
そう言って、彼女は短剣を取り出して壁に絵を描いた。すると、あっという間にウェリックに似た顔が描かれた。
「——てめぇ、たち悪いな」
彼はすぐに自分の絵が描かれた壁を叩き壊した。
「こういうときって女の武器を使うべきでしょ?」
「——女の武器っていうのはそういうことじゃないと思うんだけどな……。まぁ、いい。ついてこい。言っとくが、女だろうが何だろうが知ったこっちゃねぇ。俺はそんなことお構いなしに走るぞ?」
そう言って、ウェリックは短剣で壁に大きな穴をあけた。そして、そこから飛び降りて走り出した。
ミラはウェリックがいきなり穴をあけて走り出したことに面食らったが、彼を追いかけて森の方へ走り出した。
【補足】
・黒色の人の手が交差したような魔法紋
今のところ色々理由があって詳しく語ることはできない。
・金色の大きな猫の魔法紋
今のところ詳しく語ることはできない。しかし、こちらの方は後日、詳しく紹介することになるかもしれない。