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第一部

「パーン」という乾いた音とともに硝煙のにおいと血の臭いが部屋を支配した。

ザーという雑音が肩につけてあった無線機からながれ、通信が入ってきた。

「熱源反応なし……このフロアも制圧完了しましたね、クロン」

という無機質な女性の声。

「…ああ」

クロンと呼ばれた男は無線機越しに聞こえてくる声に、興が覚めたような声で答えた。

ここは都心のオフィス街のとあるビル。かなりの量の会社が入っているので昼はにぎやかだが、夜になると自分の足音が聞こえるのではないかというほどの静けさに包まれる

クロンが部屋を出ようとしたその時、突然死体の中の一つが、ガバっと飛び起きたのだ。

クロンがゆっくり振り返るとそこには大柄で、かなりがたいのいい男が立っていた。その男の手には刃物がしっかりと握られている。どうやら軍用ナイフのようだ。

男は怒りの感情を隠そうとすることもなく鋭い眼光で睨みつけてきた。しかしそれとは裏腹に足は恐怖からかガクガクと震え続けている。

「…なんでこんな事をした!!」

なんとか恐怖心を押し殺すようにしてその男はクロンに言った。

「さあな…俺は作戦を実行しているまでだ。理由なんかいちいち気にしている暇なんてない。お前を殺して作戦を続行する。」

そう言い終えるとナイフを構えている男に銃口を向けた。

男はがむしゃらに、雄叫びを上げながらクロンに突っ込んできた。

しかしクロンは何の迷いもなく、まっすぐに突進してくる男に向かって引き金を引いた。

銃弾は男の腹部をとらえ、そのまま後ろの壁に激突した。男の顔は苦痛にゆがみ、腹部をおさえたまま崩れるように床に突っ伏した。

「ちく…しょう……!」

クロン、はそう言いながら自分の足にまとわりついてくる男の手を、面倒くさそうにもう片方の足で蹴り飛ばした。

その男はもう事切れたのか、何の反応も見せることはなかった。

「大丈夫ですか、クロン?」

この、クロンと呼ばれた男は、膝まであるかのような長い黒のコートを着ている。歳は16といったところだろうか、かなり若く見える。しかしその男の顔は16とは思えない、何ともいえぬ存在感を放っていた。

「……なんでもない。作戦続行だ…」

クロンは男の首に手を当て死亡を確認すると冷めた目つきで男を一瞥した後何事もなかったかのようにただ平然とこのフロアを後にした。

「長い夜になりそうだ…」






本編

「ハ…ト。ハル…。…お……ろ…よ」

(……………………)

「おき…よ」

(なんだよこんな朝っぱらから…)

「……起きろっつてんだろっっっっ!!!」

「だぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

いきなり耳元で大声を出されて俺はつい大声を出して豪快にベッドから転げ落ちてしまった。

なんとか体制を立て直しキンキンいっている耳を片手で押えながら俺は、安眠を妨害した声の主のほうをおもいっきり不機嫌な顔で睨みつけた。

「トモ…朝っぱらから大声出すなって何度も言ってんじゃねーか!!どーしてわかんねーんだよ!!!」

「お前が、たまには刺激的な朝が欲しいとか言ったからこの朝のくそ忙しい時間削って10分も付き合ってやったんだろ…。」

とか言ってわざとらしくため息なんかついているのは一緒に住んでいる天城智明(あまきともあき)だ。一緒に住んでいるとは言っても別に好き好んで一緒にいるわけじゃない。俺の通ってる明徳高校が全寮制を取っているからと言うだけの話である。なのでこの学校に入ると入学式が終わった後すぐに寮に入ることになっている。

「んなこと言ったっけか…?」

寝起きの不機嫌な声で言ってやった。

「俺にはお前の魂の叫びが聞こえたんだぜ?マイソウルフレンドよ!!!」

はっはっは〜〜〜〜。とか言って馬鹿笑いしていやがる。悪い奴じゃないんだがこういうところはなかなかムカついていたりする

「ったく…こっちは昨日の重労働で疲れてるってのに。朝から最悪の目覚めだぜ」

なんてぼそぼそ独り言をしゃべりながら段々と眠っていた身体を起こしてゆく。

「そんなことより早く食堂いっちまおうぜハルト。」

ハルトというのは俺の名前だ。ついでにフルネームは沢田春斗(さわだはると)。特に気に入っているわけじゃあないがついてしまったものはしょうがない。

「ああそうだな」

その問いかけにてきとうに相槌を打つと俺たちは食堂に向かった。


食堂にはもう結構な数の生徒が集まっていて、もう朝食を食べ始めていた。いつもならこの時間にこの出席率はあり得ないのだが今日は9月の1日。つまり夏休みという夢の時間の終わりを告げる始業式の日なのである。初日から遅刻なんかして教師から目をつけられるのもなんだか鬱陶しいし、そのうえこの学校は無駄に学校行事を重要視する面がある。そんな日に遅刻すれば注目度はマックスなのである。

「はぁ…。とうとう終わっちまったな…俺たちの夢と希望に満ちあふれた光り輝く一カ月…」

席に座った途端こんなことを言いだしたので、俺は何となく見ていた食堂備え付けのブラウン管テレビから目を離して向い側のトモを見た。すると目の前には世界の終りと地獄を一緒に見たような顔をした同居人の顔があった。こういうときこいつは放っておくのが一番なのだ。

再びおれはテレビに向きなおった。

すると10秒もしないうちにトモが話しかけてきた。

「なあなあハルト」

本当にわかりやすい奴である

「お前は義賊団事件って知ってる?平成の鼠小僧とか呼ばれてるやつらの…」

いつになく真面目な顔をするので一瞬驚いたがすぐにどうこたえるべきか考えた。

(そう言えばそんな名前で呼ばれてるんだったな俺たちは。まあ世間の呼び方なんてどうでもいいんだけどな。)

「ああ聞いたことはあるかな」

たぶんすぐに答えられたと思う。

「ふーん…そっか。…あいつらのこと正直どう思う?」

「別にどうにも思ってないよ」

間髪入れずにそう答えた。もちろん嘘である。

きっとトモは義賊団が、紛争地帯に武器を横流しにしていた武器商の拠点を壊滅させたというニュースがテレビから流れているのを見て口に出したのだろう。おかげで余計な嘘をつく羽目になってしまった。

俺はあまり嘘が好きではない。一度ついた嘘が後に尾を引くことを知っているからだ。しかし、つかなければならない嘘もあることも同時に知っている。

「知らぬが仏」という諺をご存じだろうか。簡単に言うと世の中には知らないほうがいいこともあるということだ。今のトモの状況にはにはまさにその言葉がぴったりだ。

俺には絶対に言えない秘密がある。そう、俺は世に言う義賊団とやらの一員なのである。正式名称エレクティオン。俺の入ってる組織の名前だ。

古代ローマの神官団に端を発している(らしい)エレクティオンは、世界のパワーバランスを守るために裏から世界を操っている。世界平和なんていうガキの夢を大人が本気でかなえようとした結果がこの組織らしい。アドルフ=ヒトラーの死やナポレオン=ボナパルトの失脚にも関わっているそうなのだがあまり定かでは無い。

俺がこの組織に入ったのは10年前のことだ。まあ正確には入ったのではなく拾われたのだが。まあ入ってるということに変わりはない。

(あの頃はなれない場所に苦労してたっけなぁ…)

懐かしい思い出がどんどんよみがえってくる。昔はよく制服の洗濯なんかしてたよな…。でもあの洗濯機癖があってたいへんだったよな。あの頃の料理担当は確か…

するといきなり外部から強い衝撃が加えられた。

「おいっ!聞いてんのか?」

「…ああ聞いてるよ」

いきなり現実世界に戻されて危うく昨日、武器商を潰したことを口走るところだった。

「嘘だ!絶対聞いてなかったろ?」

「義賊団が許せないって話だろ?」

「なんだよつまんねぇ…絶対聞いてないと思ったのに」

何がつまらなかったんだろう?

「ってゆうかもう行かないとまずいんじゃねえの?」

そう言われてあたりを見回してみるともうほとんどの生徒が学校に向かうために食器を片づけているところだった。

「なんでもっと早く言わねえんだよ!!」

「お前が考え事に夢中っぽかったからだろ!!」

慌ただしく食器を片づけた後、二人とも顔を見合せて

「「やべぇ!!!!」」

と言って校舎に向かって全力疾走を始めた。






なんとか間に合うことができた始業式を終え、HRをするために俺たちは教室の席に座った。

「なあ…」

どういう訳か席まで隣のトモが話しかけてきた

「今朝かなりの重労働とか言ってたけど昨日なんかあったの?」

どうやら今朝言っていた独り言が聞こえていたらしい。変なところで鋭い奴である。

「バイトだよバイト」

「ふ〜ん。そういや夏休み中結構忙しそうだったもんな…で、昨日は何のバイトしてたの?」

「まぁビルのゴミ掃除かな」

あながち嘘ではない。

「清掃員までやってたのかよお前」

「まあ仕送りが無い分は稼がないとな」

そう言いながら何気なく机の中に手を入れると指に何かが当たる感触がした。どうやら封筒のようだ。

こういう場合、普通の学生ならピンクい妄想を巡らせてどきどきしたりしているところだろうが俺は全くそんな気分にならない。

念のため封筒を少しだけ机から出し色が黒であることを確認するとすぐにしまった。

「どうかしたか?」

「いや、なんでもないよ」

「なんだよ、ラブレターでも入ってると思ったのに」

「んなわけねえだろ」

と、軽く笑いながら答えた。

俺の机に入っていたこの黒い封筒、これは簡単に言うとバイトの指令書である。普段はこんな危険なところで渡すことはない。きっと急ぎの用事なのだろう。

その黒い封筒の中には場所、日時、ターゲットなどが書かれている。まあラブレターと言えないこともない気がするが、少なくともうれしくはならない。

そんなことを考えているとトモがおれの顔をのぞこきこんできた。

「また考え事?そんな時は遊ぶのが一番だぜ!!という訳でカラオケ行こうぜ」

「また行くのかよ!?夏休みの間に5回は行っただろ!!」

「ふふ…なめてもらっちゃぁ困るね。まだまだ俺の魂は不完全燃焼だぜ!!」

「ったく。でもわりぃ…俺、今日バイト入ってんだ」

今入ったんだけどな…

「え〜またかよ。この仕事人間め…」

「しょうがねえだろ」

「…まぁそれもそうか」

こういう物分かりのいいところはいいところだよな

「じゃぁ帰ろうぜ。お前もバイトが入ってることだしな」

そう言ってトモは席を立った。周りを見渡すともう半分以上の生徒が帰っていた。いつの間にかHRは終わっていたようだ。







俺はトモに、直接バイトに行くから寮には寄らないという旨を伝えて寮の前で別れた。

顔に張り付いた笑顔を消しながら、俺は封筒の中に入っていたイヤホン型の無線機を取り出し耳につけた。

「今から作戦現場に向かう」

「了解」

すぐに無線機から声が流れてきた

「…昨日の今日で大変ですね」

「まあな。」

この組織ではひとりひとりのオペレーターが決まっている

「…昨日はすいませんでした。こちらのミスであなたを危険な目にあわせてしまいました」

「今日は無いようにしてくれよ」

「はい」

そこで会話が途切れた。

「……昨日のことか」

そう言いながらあの男のことを何となく思い出した。死体の中から突然飛び出してきた男である。

「あの男・・・確かに急所を狙ったはずなのに」

ハルトにはこの組織の仕事に関わりだした時からある疑問のような恐怖のようなものが頭の中に渦巻いている。

昨日の男もその仲間である。普通なら即死のはずの急所を撃っても簡単には死なないやつがいるのだ。

そのことに気づいたのは仕事を始めたての頃すぐの話である。そのころは自分の腕の未熟さゆえの出来事ぐらいにしか思っていなかった。しかし、それからも仕事をこなしていくごとに1人、2人と確実にその人数は増えていった。そしてある時ふいに悟ったのである。それは人・・・いや生きている物すべてが持っている単純なまでの「生」への執着心であることを、そして死んだ人間なんかより生きている人間の方がよっぽど怖いということを。

「…また、いつものあれですか?」

「ああ。これを忘れたときは俺が死ぬ時だ」

「そうですか…」

しばらくの沈黙があった。

「ハルト…本当に仕事以外では明るいんですね」

「…聞いてたのか?」

「はい」

そう聞いたところで作戦現場に着いた。無駄話はここまでのようだ。

「封鎖は?」

「終わっています」

封鎖といっても律儀にテープなどを張ってその場所を隔絶するものではない。この場合の封鎖は、人が本能的にいやがる音波をターゲットのいる所以外のエリア内に送って、その中の人ともどもこのあたり一帯に近づいて来られないようにするのだそうだ。

「そうか」

と短く答えた。

するとハルトはかばんから自分の膝ほどまである黒いコートを取り出し、制服の上から着用した。

漆黒が自分の身を包んでゆく感覚。それに伴って段々と集中力が高まってゆくのを感じる。心が闇で満ちてゆくと共に学生沢田春斗からクロンへと立ち替わってゆく。

身を漆黒で包み、心を闇で満たし、感情を黒く塗りつぶしたクロンはビルへと足を踏み入れていった。

もう引き返すことができない道へと………







作戦開始から30分足らずでビルのほとんどを制圧した。このビルはどうも麻薬密売組織のようでいたるところに袋につめられた白い粉を見受けることができた。

「あとは残党を一人残らず抹殺するだけか」

そう言いながら自分の銃の銃把の弾倉をいれ代えた。

「残り目標(ターゲット)数5です」

「了解」

オペレーターの指示に従いながらビルの中に潜んでいた残党を一人一人確実に打ち抜いてゆく。

「残り目標数1です。…目標が商店街に入りました」

返事を返しながら俺はビルを出て目標の潜伏先へと向かった。


潜伏先へと着いてみるとそこには小さな中華料理屋があった。封鎖の範囲内なので一般人はいないはずである。

開けっ放しのドアを慎重にのぞきこみ、目標を確認すると素早く銃口を向けた。

しかしそこにはありえない光景が展開されていた。

クロンの見つめる先に包丁を持った男がいた。目標である。しかしその手に握られている包丁はクロンに向けられてはいなかった。あろうことかその切っ先はすぐ隣の女性に向けられていた。

その女性はこの店の制服を着て、男に羽交い絞めにされている。よく見てみるとすぐそばに同じ店の制服を着た男が血を流して床に倒れていた。

一般人が紛れ込むなんてあり得ないことである。組織の封鎖は完璧だったはずなのに。

「どういうことだ?」

無線機越しのオペレーターに問いかけた。理由なんてどうでもいいはずなのにきかずにはいられなかった。

「わかりません…」

その時、闇で満たされていたはずの心にわずかに一筋、余計な色が流れ込んできた。ちょうど白いキャンバスに絵の具が落とされた時のように。クロンの心に落とされた怒りの感情はゆっくりとシミを作るように広がってゆく。

しかしその変化にクロンは気がつけないでいた。通常、作戦中に入りえない感情の芽生え。その不測の事態に対応することができなかったのだ。

その感情に気づかないままクロンは男の脳天めがけて引き金を引いてしまった。

轟音と共に放たれた銃弾は間違いなく男の頭部に命中するはずだった。

しかし、あろうことかクロンの手元から放たれたそれは男の耳をかすめただけで致命傷を負わせることができなかったのだ。

興奮した男はその場で刃物を振り回し、そしてその刃で女性ののどを掻き切った。女性は一瞬信じれられないような顔をした後そのまま崩れ落ちた。女性の首からは心臓の鼓動に合わせてに血が噴き出し続けている。

自分が撃たれたことそして隣で人が死んだことに動揺し男はどんどん混乱してゆく。そしてその混乱が頂点に達した時、男はいきなり大声を上げて笑い始めた。すると男はそのまま自分の胸に包丁を向けて深々と突き刺した。

「うっ……」

一言そう言うと男は笑顔のまま床に倒れこみそのまま息絶えた。

そんな中No.11は一人、事態をうまく飲み込めないでいた。自分が手を下す前に全てが片付いてしまっている。あり得ない現状。なんで…?どうして…?そんな疑問ばかりが頭を支配している。

「クロン?」

突然無線機から流れた音声に一瞬驚いたがすぐに取り繕った。

「ああ…なんだ?」

「クロン…ではもうないみたいですね。目標の死亡を確認しました。ただちに帰還してください」

そう言われて、なんとか自分の中の冷静な部分を引き出すことができた。

「そうだな…これ以上ここにいる理由もない」

そう言って帰ろうとしたところで床に倒れこんでいる男女が目に入った。目標はもう死んでいるが、ここの店員であろう男性と女性はまだ息をしているようであった。これも生きることへの執念なのだろう。しかしそれももう時間の問題…あと1分も持つかどうかわからない。

自分の甘さから流させてしまった血。一瞬の気の迷いが奪い去った命。これ以上無駄に苦しみを長引かせたくない。おもむろに銃を引き抜くと女性の頭に銃口を突き付けて引き金を引いた。そして男性のほうにも…。

「ずいぶんと優しいのですね」

まだ交信が続いていたらしい

「優しくなんかないよ。ただ甘いだけさ…」

「そうですか…」

そこで通信が途切れた。

本当は自分に甘いだけである。そんなことは分かっている。もちろん、苦しみを取り去ってやりたいというのも本音だろう。しかしそれと同じぐらいに自分の失敗をいつまでも残していたくない。そういう本音もあったことも事実だ。

ついに名前を知ることすらなかった見ず知らずの男女。俺は一生忘れることはできないとハルトは思った。








ハルトと寮の前で別れたあと特にすることもないので俺はてきとうにベッドに寝転がりながらテレビをつけた。

たまたまつけたチャンネルではお昼のニュースをアナウンサーが読んでいるところであった。

今日は始業式があったために午前授業だった。おかげでいつもは見られない時間帯の番組だったので俺にとってはなかなか新鮮であった。それにこの時間帯はどこもこんな感じなので、特にチャンネルを変える気にはならなかった。

1時間ほどボーっとしながら見ていると、ニュース速報が入ってきた。どうやら例の義賊団がまた事件を起こしたらしい。

「またかよ…人騒がせな連中だな」

何となく呟いてしまった。

俺はこういうやつらが大嫌いだ。こいつらは自分のやっていることは正義だと思い込んでいる。

人殺しはどこまでいっても悪。正義になるなんてありえないことなのに。

そのまま続けて見ていていると聞きなれた土地の名前がアナウンサーによって読み上げられた。トモの実家があるあたりだ。

俺は妙な胸騒ぎを覚えた。

その時部屋に携帯の着信音が鳴り響いた。心臓の鼓動が速さを増してゆき、動悸が激しくなってゆく。恐る恐る通話ボタンを押すと聞き覚えのない男の声が携帯越しに聞こえてきた。


俺はその声が伝える内容が全く頭に入ってこなかった。かろうじて脳が処理することができたのは「両親が病院に運ばれた」「病院に来てほしい」。それだけだった。

それだけを聞くと携帯を閉じ病院にむかって走りだした。何かを考えることなんてできなかった。ただ足を動かし全力で病院へと向かうことしかできなかった。

病院に着くと40代後半ぐらいの男に声をかけられた。

「天城智明君かね?」

警察手帳を見せながら尋ねてきた。

「はい…」

「話は先ほど話した通りなんだが、君の両親が、経営する中華料理店で倒れてるところが発見された」

「………」

そのあとの言葉は聞き取れなかった。耳が聞くことを拒否したらしい。

「…だから今は」

「…せろよ」

刑事の言葉をさえぎるように言った。刑事が不思議そうな顔をしながらこちらを見ている。

「俺の親に会わせろよ!!」

「…いいのかい?」

「いいから…会わせてくれよ……」

なんとかそこまで言うことができたがそれ以上は言葉が繋がらなかった。

手術室に着くとそこには顔に布をかけられた二つの死体が安置されていた。

ゆっくりと死体に近づいてゆき顔にかぶせられた布を取り去った。するとそこには見まごう事なき両親の顔があった。どちらも額に銃創があったが見間違えることはない。

「それぞれ首と腹を刺されていて即死だったそうだ…」

「……!!」

腹の底から重い塊のようなものがせりあがってくる感覚。それに耐えきれずに俺は手術室から駈け出した。

後ろで誰かが俺の名前を呼んでいるような気がしたが振り向くことはできなかった。吐きそうになる衝動をなんとかおさえる。頭の中は真っ白でただこの場から、この現実から逃げたくて一心不乱に病院から離れていった。





俺はなりふり構わずただ走り続けた。どんな目で見られているかなんて全く気にならなかった。死んだ人の顔がまるで網膜に張り付いているかのようにまばたきをするたびにフラッシュバックされる。

こんなにつらいならいっそ……!。そう思ったところで俺は頭から躓き暗い路地裏の地面に思い切り突っ込んだ。

転んだ痛みが自分を現実へと引き戻した。両親が殺されたという変わることのない現実へと。

目を閉じるたびに両親との記憶が蘇ってくる。やめようと思っているのに脳が言うことをきいてくれない。ふいにどうしようもない気持ちが溢れはじめた。

「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

心の中にため込まれていたものが声となり涙となり体から溢れだしてゆく。今はこの衝動に身を任せることしかできない。

悲痛な叫びが誰もいない暗い路地裏にこだましてゆく。俺はただ力の限り叫び続けた。






作戦が終わったことを組織に報告すると俺はさっさと寮に帰って来た。どうやら今日の封鎖ミスは組織側の落ち度だったらしい。しかしそんなこと俺にとってどうでもいいことだった。

「クロンではもうない…か」

突然オペレーターにそう言われた事を思い出した。

確かにあのとき、一瞬だったとはいえ完璧であったはずのクロンは学生「沢田春斗」に立ち返っていた

俺は一般人がいるという普通の光景に本来作戦に必要のない感情を紛れ込ませてしまった日常を過ごしている人々にとって思いもよらない感情が紛れ込むのは当たり前のことである。たとえそれが間の悪いときであったろしても「それだけのこと」という言葉で片付けることができる。

しかし彼らの世界では違う。その気の迷いが人を殺すのである。そして他人ばかりではなくいつかは自分をも滅ぼしてしまう。

今日クロンが犯したミスはそれほど致命的なことである。

「なんでこんなことに…」

考えれば考えるほど思考の泥沼にはまってゆく

「俺は普通の日常を守りたくてこの仕事をやっているんだ。なのに…それをおれは……壊した?」

目の前が真っ暗になり自分の中で何かが音を立てて崩れ去ってゆく。作戦において初めての挫折。

今まで味わったことのない苦痛。その苦痛から逃れるすべが全く分からない。

もがき苦しみだんだんと自分がわから無くなってゆく。

ハルトは床に崩れ落ちた。立ち上がる気力すら湧き上がってこない。

ゆっくりと目をつむると深いまどろみに包まれていった。







目が覚めた…どうやら泣き疲れて眠ってしまっていたようだ。

もう辺りは暗闇に包まれていた。もしかしたらハルトのやつが心配してるかもぁ。

そう思うとこれからやらなくてはいけない色々な事を差し置いて早く寮に帰らなくち ゃという気持ちになった。

そして冷たい路地裏のアスファルトから体を起こした。するとその時突然後ろから足音がした。

「こんな時間に暗い路地裏を歩いてる奴なんて絶対面倒な奴しかいねぇよ…」

後ろから迫ってくる奴に聞こえないように小声で言った。

とにかくこういう奴は関わるだけ損だと俺の16年間の経験則が言っている

俺はできるだけ静かにこの場所を立ち去ろうと思った。しかしそのとき

「智明君」

と突然呼ばれたのだ。

どうやらその声は後ろから迫ってくる人のもののようだ。普通ならこんなことをされた瞬間走って逃げているところだが俺はそうしなかった。どうにも俺にはその声に聴きおぼえがあったのだ。

黙っているともう一度名前を呼ばれた。俺は恐る恐る体を後ろに向けた。するとそこには病院でおれのことを待っていた刑事がいたのだ。

「どうしたんですか!?まさか今まで俺のことを探してたんですか?」

その声の主の正体に驚きながらも返答した。

「そうだよ。両親の死に顔を見た瞬間に、いきなりいなくなった子供を心配するのは当たり前のことだろう?」

両親という言葉にかすかに心が痛んだ。

「いえ…すいませんでした。でもこのとおり元気なのでもう大丈夫です。ありがとうございました。」

そう言って一礼するとすぐに刑事に背を向けて寮に向かって歩き出した。

正直なところ早く自分の居場所に戻りたかった。この不安定な気持ちのままあまり外にいたくはなかったのである。

「…悔しくはなかったね?」

後ろから突然言われて何の事だか分らなかった。

「君の両親のことだよ」

そのとき身体全体に衝撃が走った。今一番考えたくなかったことを赤の他人に掘り返されてしまった。

「どうなんだい?本当は悔しかったんだろ?」

だんだんと声が近付いてきている。それにつれてだんだんと目の前が赤く染まってゆく。

「両親をどこの誰とも知れない犯罪者に穴ぼこだらけにされて?」

両親の死んだ顔が思い出される。早くこの場から離れたかったが足が動かない。身体があの男を殴れと言っている。

「…本当に何も感じないのかね?君はそれでも人間かい?」

そう言われた瞬間俺の頭の中で理性がはじけ飛んだ。

真後ろの声の主の方向に方向転換をすると一気に刑事との間合いをつめると胸倉につかみかかった。目から涙がこぼれていることも気にしないで刑事を睨みつけた。

「なんだ…やればできるじゃないか」

薄ら笑いを浮かべながら刑事が言ってきた。

「なんだと!!」

そういうと拳を振り上げ、刑事に向かって振り下ろした。

「ふっ…。まだ君も人間のようだな…」

その言葉に驚きつい拳を止めてしまった。

「お前は身近な人のために涙を流すことができている」

何を言っているのか全く意味が分からない。ついその言葉に聞き入ってしまい拳から力を抜いた。

「そう…君はれっきとした人間だ。だがあいつらは違う」

「あいつら?」

「そう…あいつらだ。義賊団だよ。しっているだろ?」

「まぁ知ってるけど」

ついつい答えてしまった。しかしこの刑事の言葉にはどこか引き込まれるところがある。なんとなく返答する気になってしまうのだ。

「あいつらは人間ではない。血も涙も無い悪魔だ。あんな自己完結の正義のために一般人を巻き込みとうとう殺してしまった」

そう言われて俺の中である仮定が生まれた。

「もしかして俺に両親を殺したのって………」

「そう。あいつらだよ」

そう言われた瞬間、堰を切ったように激しい感情が自分の中で溢れかえってくる。あいつらを殺してやりたい、復讐してやりたい……

「くっ……!!」

そのとき唇を思い切り噛んだ。そうすることでなんとか感情が暴走することを止めようとした。しかしさまざまな負の感情が押し寄せてくる。さらに強く唇を噛む。ここでこの感情に従ったらあの義賊団と同じになる。そう言い聞かせてなんとか溢れてくる感情をせき止めた。唇からは強く噛みすぎて血が一筋流れていた。

「義賊団を解散させよう」

それが俺が出した答えだった。もう二度とこんな過ちを繰り返さないために。

「本当にそれでいいのかね?」

「これでいい。それが俺の出した答えだ」

はっきりと言い切った。

「でもどうやって?」

「うっ…」

痛いところを突かれてしまった。確かに一人ではかなり難しいかもしれない。ハルトにこんなことを頼みたくないし……

「だったら私と手を組まないか?」

「あなたと?」

「もちろん私だけではない。義賊団に否定的な考えを持っている人たちともさ」

「あなた刑事でしょ。そんなことして平気なの?」

「本当に刑事に見える?」

そう言われればそうかもしれない。刑事ならさっきみたいに遺族を傷つけるような発言はそう簡単には言わないだろう。

「残念ながら私は刑事ではない。義賊団にいい考えを持ってない人たちの組織…ウラノスっていうんだけどね」

「ウラノス?」

「そう…ウラノス。私はそこでリーダーをやっているんだけどね。構成員には私から言っておくから、是非手を組まないかい?」

そう言って手を前に差し出してきた。確かに情報は手に入るし組んでおいて損なことはないだろう。

「それなら」

俺は手を握り返した。

「よかったよ君が入ってくれて。そうそう私の名前は下山(しもやま)平治(へいじ)、よろしく。」

「こちらこそ」

「じゃあさっそくウロノスの本部に行ってみようか」

「そうですね」

俺は断ることはしなかった。暗闇の中で一人信じることができる人を見つけられたのだ。いまはその光に追いすがることしかできない。その光に魅入られるように俺は下山の背中を追いかけて行った。


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