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5話 出会ったエルフは変人でした

 配給に向かった日、アンナ様の影武者として働いてから、私は隠されることはなく、堂々と出歩いていいように言われた。

 自室もアンナ様のお部屋の奥にある秘密の部屋が(こしら)えられて、……――余談だけど、その時初めてドワーフの職人というものを見て、あれよあれよと部屋が作られて、たった一日で物置だった場所が立派な部屋になっていくのに驚いた――……私とアンナ様は容易に入れ替わりができるようになった。ただし、毎日おそろいのドレスを着ることは忘れずに。動けるのは私の存在を知る人間のいる、お城の中の少ない場所だけ。それが私に許された僅かな自由の条件。

 秘密の部屋の床下には、オーブルの訓練場に繋がる螺旋階段が作られた。これで私はいつでもアンナ様と入れ替われるし、オーブルとしての訓練もできるようになった。

 ……私とアンナ様の事はそのドワーフの職人さんには見られてしまったけど、その職人さんはアンナ様に幾らか余分に金貨を渡されるとにやりと笑う。


「わしらドワーフは口が堅い。こんなもの無くったって、言いやしませんが、貰えるなら有り難く頂いときまさぁ」


 そして職人さんは出ていって、私に与えられた秘密の部屋には今までの客間で使われていた天蓋付きのベッドと書き物机と食事を置けるだけの小さなテーブルがあるだけの狭い空間。クローゼットは下着と運動着以外はアンナ様と共用になった。ハンガーに掛けられて、同じドレスが二着ずつ並んでいる。

 これからはコーム先生の家庭教師も、アンナ様の部屋でアンナ様と一緒に受けることになるそうだ。もう、私はそれだけの知識はつけたのだとアンナ様は言っていた。

 勉強中にノックの音が響けば、私は慌てて筆記具とノートを抱えてカーテンの裏に隠されたドアから自室に戻る。

 前よりも慌ただしい時間に押し流されそうになりながらも、どうにか堪えて日々を過ごす。コーム先生に渡される本も随分難しいものになってきた。自室でそんな本を読んでいたある時、アンナ様の部屋のドアがノックされた。私が息を殺して様子を伺っていると、アンナ様のお付きのメイドさんが誰かを連れてきたらしい。


「ハァイ、アンナ。久しぶりだね!」

「まあ、ビビ! 本当に久しぶりではなくて!?」


 甘いテノール歌手のような声の誰かと、アンナ様が歓喜の声を上げる。そしてしばらく何やら話していると、突然どちらかが私の部屋のドアをノックした。


「アンヌ、出てらっしゃい。紹介したい人がいるのよ」


 ノックの主はアンナ様だった。


「え、いいんですか?」

「あなたには会わせなきゃいけない方なのよ」


 恐る恐るドアを開けると、そこには金色の長い髪の毛を三編みにした、長く尖った耳の男の人が立っていた。貴族めいた服装に、深い緑色のマントをショールのように首に巻きつけている。

 その人は私を見ると一瞬驚いたような顔をして、すぐに駆け寄ってきて私を抱きしめた。


「わぁ!?」


 私の驚愕の声をかき消すようにその人……人? は立て板に水といった様子でまくし立てる。


「なんてこった! 本当に鏡に映したように生き写しじゃないか! こんな事があるんだね! アンナから時々聞いていたよ、ここじゃない世界から来たんだって? あ、言葉はわかるのかな? 共通語であるオンギレイの言葉の方がいいかい? でも最初からルジャにいるならルジャの言葉でいいよね? オーブルもしているんだって? その細腕で戦えるのかい? でも、さっき聞いたところによると、一度アンナの窮地を救っているんだよね? とても興味深い!」


 抱きしめられては顔を見られ、また抱きしめられる。そしてよく通る大きな声で言われるので私は外に声が漏れるのではないかと混乱しながらアンナ様に訊ねる。


「あ、アンナ様、この方は、誰です……?」


 それを笑いながら見ていたアンナ様は、その金髪で尖り耳の男の人の肩を叩いて言う。


「ビビ、離しておあげなさい。それに自己紹介もせずに女性を抱きしめるなんて、ヒュームでは常識を疑われても仕方なくてよ」


 言われ、男の人は慌てて私の体を解放し、衣服を整え、恭しく礼をした。それすらまるで舞台俳優のようで、芝居がかって見える。


「これはこれは、失礼した! 僕はビビールェクト・ズオカ・ルボア! ズオカの(ルボア)で生まれた、ビビールェクトが僕の名前だよ! 王都のアカデミーに特別入学した、森の賢者たる高潔なエルフ族にして、次のこの国のエルフの宰相さ!」

「さ、宰相……?」


 突然の名乗りに私が呆然としていると、付け加えるように腕組をしたアンナ様が言う。


「まだ自称してるだけですわ。エルフの長になると宣言して聞かないのよ、この方は。でも、有力候補ではありましてよ。私の数少ない友人で、理解者のひとりですわ」

「そうとも! だから、僕のことは気安くビビと呼んでくれるかい、もうひとりのアンナ?」


 そのヒト……いや、エルフ? は、年は二十代前半に見える。鼻が高く、目はぱっちりとしていて、その色はエメラルドのようなグリーンだ。まるでハリウッド俳優みたいにくっきりとした、綺麗な顔立ちをしている。私はこっちの世界に来てから初めて『違う世界の人だ』と感じる人に出会った。あのドワーフの職人さんも異世界の人だったけど、ひげもじゃで小柄なおじさんにしか見えなかった。


「よ、よろしくおねがいします、ビビ様」


 私が騎士敬礼を取ると、ビビ様は不満げに腰に手を当てて鼻で息をする。


「ダメダメ。ダメもダメもダメダメだよ、もうひとりのアンナ。君もアンナなのだから、僕と君はもう友人だ。ルジャの国の長になるアンナと、ルジャの国土に住むエルフ族の長になるという僕が友好関係でなくてどうするんだい? しかし、アンナがふたりではどう呼べばいいのかな、本物のアンナ? いや、もうひとりのアンナ、僕は君をなんと呼ぶべきだい?」


 ……ものすごく、よく喋るヒト(・・)だ。いや、エルフ(・・・)だ。エルフとは皆こうなのだろうか? 私が困惑した目でアンナ様を見ると、アンナ様は肩をすくめる。……仕方なく、私も自己紹介をした。


「あ、私のことはアンヌと呼んで下さい。アンナ様のオーブルで、影を務めています」

「ノン、ノン、敬語もいらないよ、ミス・アンヌ。言っただろう、僕らはもう友人だって」


 指を振ってそうビビ……ええと、フルネームが覚えられない。もうビビでいいや。ビビ様が言う。


「わ、わかった、ビビ。よ、よろしくね」


 押し切られるようにそう言うと、ビビ様……ビビは満足そうに微笑んだ。


「アンヌ、勘違いしてはいけないから言っておきますわ。本来エルフは森の奥深くに隠れ住む静かな民族ですの。ビビは変わったことに、ヒューム……私達の種族ですわね。ヒュームの文化に興味があって、わざわざルジャの言葉を覚えて、ヒュームの最高学部であるアカデミーに通う、非常にお喋りな変人ですわよ」


 それを聞き、ビビはまたも不満げな声を上げる。


「ノン、ノン。わかっていないね、アンナ。僕はエルフ族が淘汰されないように、ヒュームの事を学び、ヒュームとエルフの架け橋になる為にアカデミーに通っている。莫大な資金がかかる、それを支援してくれているのは他ならぬ君じゃないか、アンナ?」

「そうですわね。あなたはいい駒になってくれそうですもの」

「相変わらず辛辣だなぁ。君が僕を見出したのは君が十才になろうかって頃だったじゃないか。しかし、それは彗眼だと思うよ! なんと言っても僕ほど賢く、鋭く、優秀なエルフはそうそういないからね! 君もそう思わないかい、アンヌ?」


 私はどう答えればいいのかわからず、曖昧な笑顔で答えた。ビビはそれをどう捕らえたのかわからないが、大げさな身振りで喜びを全身で表現する。


「ともかく、大切な友人がふたりに増えたことは喜ばしい! さぁ、歌おうじゃないか!」

「この部屋もアンヌの部屋も防音装備はしていますけれど、あまり騒がないでくださいまし、ビビ。アンヌの事は最高機密でしてよ? この周囲に居る者はもう知っていますけれど」


 そうだ。私は隠された存在じゃないといけない。なのに、どうしてアンナ様は私をビビに紹介したのだろう? こんなに大騒ぎするヒトに知られたら、あっという間に私のことが公になるかもしれないのに。


「アンナ様、ビビに私の存在を知らせて良かったんですか? ……あの、バレるんじゃ……?」


 私にそう言われて、アンナ様とビビは顔を見合わせて、けらけらと笑った。


「そうですわね。じゃあ、ひとつ奇術をみせてさしあげましょう。アンヌ、いらっしゃい」

「は、はい」


 私はアンナ様に手を引かれ、自分の部屋へと入る。そしてドアの向こうにいるビビに言った。


「ビビ、ゲームよ。これから出てくるのは、アンナとアンヌ、どちらでしょう?」

「愚問だね! 見事答えてみせようじゃないか!」

「アンヌ、いつものように、背筋を伸ばして、私のふりを忘れないように」

「は、はい!」


 そして、背を向けたままドアを開けて私をビビの前に追い立てた。私からはビビは見えない。けれど、背中を見た瞬間にビビは言った。


「この色は、アンヌだね!」

「……正解。じゃあ、今度はどうかしら?」


 そうして、私とアンナ様は代わる代わるに部屋に入ったり出たり、二人で出たりする。その度にビビは答えていく。間違えることなく、正確無比に。


「アンナ、アンナ、アンヌ、こっちがアンヌでこっちがアンナ、アンヌ、アンナ」


 ビビは次々と正解していく。私達の見分けなんて、コーム先生やエミリーですら間違えることがあるというのに。どうやって見分けているのだろう?


「理解できて? アンヌ。ビビの前では、見た目なんて無意味なのよ。ビビには魂の形と色が見えるのだから」


「魂の色、ですか?」


 ビビは椅子に深く腰掛けて私達の当てっこクイズに答えていたが、私たちをくるりと円を描くように指差すと、堂々と言い放った。


「アンヌは少し透明なブルー、アンナは輝く黄金に近いイエロー。形はそっくりそのまま同じだね。こんなことは初めてさ! けれど、育った環境で魂の色は変わるのさ、アンヌ。君はそちらの世界では比較的平凡な環境で育ったんだね。とても澄んで見えるよ! とても綺麗だね!」


 ……多分、褒められているのだろう。けれど、魂の色とはなんだろう?


「はぁ……。魂の色というのは、オーラみたいな物ですか?」

「オーラ? それは君の世界の概念かい?」

「えーと……私もあまり詳しくないんですけど、私の世界では魂の色をオーラって表現するんだと思います」

「ふむ! 非常に興味深い! けれど、アンヌ?」


 ビビはそう言って立ち上がり、人差し指で私の顎を持ち上げて唇を寄せて呟いた。まるで唇が触れそうな距離だ。私は狼狽え身を引こうとするが、ビビの腕がそれを遮るように腰を抱き、許さない。


「僕との約束を破ったね? 僕と君はなんだい(・・・・)?」

「……あ! と、友達、です……」

「そうさ。親しい友人に対して敬語は失礼じゃないかな?」

「……ご、ごめん、ビビ。これからは気をつける! 気をつけるから……!」


 それを聞き、ビビは満足そうに笑うと私から身を離した。深緑のマントを翻し、ビビは踊るように両手を広げる。


「そうとも、僕とアンナは友人であり、アンナの影がアンヌであり、アンヌは僕の友人だ! 心配ないよ、もうひとりのアンナ。外では僕は君をいつものアンナとして振る舞おう! ああ、今日は素晴らしい一日だ! またヒュームの友人が増えた! それも、異世界の住人だ! 素晴らしいことだ! さぁ、歌おうじゃないか! 踊ろうじゃないか!」


 くるくるとひとりで回るビビに、びしゃりとアンナ様が言い放つ。


「ですから、ビビ。少しは静かにできないのかしら? こちらはいつだって支援を打ち切ってもよろしいのですわよ?」


 それを聞き、ビビは慌てて動きを止めると、アンナ様のドレスの裾にすがりつくように跪く。


「あぁ、ごめんよアンナ! 僕を捨てないでおくれ!! もう騒いだりしない、神に誓おう! だから、そんな理不尽な罰は許しておくれ!」


 アンナ様はそげなくビビの手を払い除けて、つんとした表情で言った。


「もう十分過ぎるくらいに騒いでおいでよ。本当に打ち切ってやろうかしら……」


 ビビの視線がこちらに向く。エメラルド色の目には涙が零れそうな程に溢れている。


「なんてことだ! 次期宰相をなんて扱いをするんだ、この姫君は!! アンヌからも何か言っておくれ!」


 私はそれを見て、思わず吹き出してしまった。


「……あはは! ビビ、おかしい」

「酷いよ、アンヌぅ……! 君までそんなことを言うのかい!?」


 不思議な友人がまたひとり増えた。エルフである彼はとても陽気で、変なヒトだった。

 ……きっと、彼とも長い付き合いになるのだろう。なにせ彼は自称『次期エルフの宰相』なのだから。

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