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16話 流行り病

 アンナ様への暗殺の手が減ったと思った。思っていたけど、こんな事態になるとは思わなかった。私は全速力で貧民街の裏路地を走る。遠くから私を追ってくる男たちの声が聞こえた。


「どっちに逃げた!?」

「俺はこっちを見てくる。チッ、逃げ足の速い姫様だ」


 交差路で私の姿を見失った男たちが二手に別れた。よかった。一対一なら私もどうにか戦える。

 私は壁にもたれかかり、少し息を整える。

 アンナ様は狙われなくなった。よほどの悪王でもなければ、国王を殺そうなんてそうそうできやしない。けれど、代わりに私が狙われるようになるのは想定外だった。国にアンナ様の妹がいると知られたら、どうなるか。妹姫を拉致して、国を揺さぶろうとするテロリストだっていたっておかしくはない。彼らもきっとその一味だろう。何人かはラマトゥに斬り伏せられたが、それでもしつこく追手はついてまわる。


 ――足を鈍らせるなよ。


 こちらに来てからすぐにルクトォさんに言われたことを思い返す。立場上出ることは許されないが、四年に一度のジュズロンピィティ(オリンピック)に出ることが許されるなら、きっと私は長距離走で上位に入ることができるだろう。毎日毎日走り続けた私の足。スタミナもまだ残ってる。まだ走れる。そう思っていた瞬間。


「見つけたぞ、お姫様!」


 私は咄嗟に声のした方を見上げた。貧民街の安い木で拵えられただけの屋根の上、顔を隠した男が短剣を手に立っていた。飛び降りてくる男を咄嗟に躱す。男の舌打ちが聞こえたが、私はもう構うことなく攻勢に出ることにした。靴は変わらずいつものブーツ。ダンと地面を踏みつけるのと同時に男に向かって突進した。


「な!?」


 私の動きは想定外だったのか、瞬時に男が身を引いた。私は身体を捻り、軸足に力を込めて男の脇腹に蹴りを入れる。男がうめき、身を引いた瞬間に靴底の針がその身を裂いた。


「こ、の……!」

「残念でしたね、誰かは知らないけれど! 私は陛下みたいにお綺麗な生き方はしてないのよ!」


 私がそのまま振り上げた踵を男の肩に落とした。同時にドレスに返り血が少しついてしまった。けれど、私が着ているのは華美に装飾された高級なドレスではなく、装飾もされていない質素なものだ。それでも国税で購入されているので躊躇(ためら)いはするが、私のドレスなど自分のものに比べれば些細な出費だとアンナ様は笑うだろう。

 男は肩を抑えて(うずくま)る。私は再び地面を踏みつけて靴底の刃を消した。同時にラマトゥが駆け寄ってくる。


「アンヌ、大丈夫か!」

「ラマトゥ。うん、私は平気。どこも怪我してない」


 踞る男をロープで拘束しながらラマトゥが怒りも込めて腕をひね上げたのだろう。男がぎゃあぎゃあとわめき出す。


「いだだっ! クソ、なんでただの姫がこんなに足が速くて戦いができるんだ!」


 私はドレスの埃を払いながら長い黒髪を耳にかける。そして笑って言ってやった。


「知らなかったの? じゃああなたはきっと国外の人なのね。私はアンヌ。アンナ・オーブルのアンヌ。アンナ様をお守りするために存在しているんだもの。このくらい戦えないと意味がないわ」


 ラマトゥが捕らえた男たちは五人。彼らは拙いルジャの言葉を一様に話していた。憲兵たちの事情聴取が取られ、その報告がアンナ様に伝わった。執務室で短い休息を取っていたアンナ様は報告書に目を通しながら言った。


「先日の施しの時にあなたを襲った者の正体が掴めましてよ。わざわざ、この国の裏側から来たテロリストですわね。幸いなのは魔法学が発展していなかったことかしら。あなたをダシにこの国の資産を奪おうとしたみたいですわ」


 それを聞いて私は深い溜息を落とす。


「……なんで、そんなこと……」


 私の呟きを聞いて、アンナ様は報告書を執事長に渡す。そして言葉を繋いだ。


「その国は国際連盟にも認められていない紛争の多い小国ですわ。良いところがあるとすれば、宝石の鉱脈がある程度かしら。それを輸出してどうにか国としての体裁を保っている程度ですけれど、それは殆どが個人の懐に入るだけで国のお金にはなりませんわ。だから貧富の差がルジャとは比べ物にならないくらい激しいの。フォンス皇国なんかは国が採掘を依頼しているから、そこからいくらかお金が届くくらいでしょう。そりゃあ、無防備に見える王族が庶民に食事を振る舞う姿を見れば、容易に襲えると考えるでしょうね」

「はぁ……」


 生返事を返す私をよそに、アンナ様は話題に出たフォンス皇国から頂いたクッキーを頬張り、少し冷めた紅茶でそれを喉の奥に流し込む。そして私をちらりと見ると悪そうな笑顔で言った。


「施しの仕事をあなたに任せて良かったですわ。私ならきっと容易く捕まって、王国が傾きかねませんもの。やっぱりあなたは神からのプレゼントでしたわね?」

「……はい。アンナ様の命を守れるのならば、私はどんなことでもしますから」


 その言葉に嘘や偽りは全く無い。無いが……これからも自分は戦い続ける運命なのだろう。アンナ様の命を守るために。それにも不満はなかったが、杞憂がひとつだけあった。


 夕方の鐘が鳴り、午後の謁見が終わってから夕食が出来るまではアンナ様には短い自由時間が与えられる。それは私の自由時間でもあり、訓練の時間でもある。動きやすいズボンに着替えて、ミットを持ったラマトゥ相手に蹴りを何度も繰り返す。


「どうした、アンヌ、その程度か!」

「ま、まだまだ!」


 息を切らせ、私は回し蹴りを放つ。しかし、ラマトゥはミットを使うまでもなく軽くそれを躱した。


「動きが大振りになってるぞ、アンヌ! もっと動きをコンパクトにまとめろ! そんなことじゃ実戦では使えないぞ!」

「は、はい!」


 ラマトゥの訓練はいつも厳しい。けれど、そのおかげでズブの素人だった私も、蹴り技でなら戦えるようになった。ラマトゥはミットを置くと、腕で汗を拭う。


「今日はここまでにしよう。アンヌ、水分補給を怠るなよ」

「は、はい……」


 私はふらふらと詰め所に入り、置かれた水差しから木のコップに水を汲むと、喉を鳴らして飲み干して、そのまま机にうなだれかかる。


「……アンヌ、無理してるんじゃないか?」

「え?」


 ラマトゥが私の髪の毛をすくい、顔色を伺うようにじっと見つめてくる。


「……やっぱり、顔色が悪い。今日は早く休め。身体を壊したら元も子もない」

「う、うん……わかった……」


 確かにすこし視界が霞む。そんなに疲れる程訓練したのだろうか。今日は熱いお風呂に入ってゆっくり休もう。そう思っていた。しかし。


「ううっ、寒……」


 季節が冬とはいえ、こんなに寒いものだろうか。お湯に浸かっても寒さは増すばかりで、這々の体で髪の毛を洗い、身体を石鹸で擦る。そして再び湯船に浸かるが、体の震えが止まらない。タオルを持って待機していたエミリーが私の異変に気がついたのか、浴室のドアを少し開けてちらりとこちらの様子を見てくる。その瞬間に入ってきた隙間風が肌に痛い。


「アンヌ様! 酷い顔色……!! 早く着替えてベッドに……!」

「ダメ……髪の毛、乾かさなきゃ……」

「全部このエミリーにお任せ下さい。さあ、早く身体を拭いて……!」


 ガタガタと震える私をエミリーの持つ柔らかいタオルが包む。それだけで少しだけ暖かくなったような気がしたが、震えは止まらない。


 エミリーは浴室の隣に置かれたドレッサーの前に私を座らせると、普段よりも出力の高い温風の出る魔法で手早く私の髪の毛を乾かし、私の身体を支えて自室まで連れて行ってくれた。柔らかいベッドに私の身体を押し込むと、分厚い羽根布団を持ってきて毛布に包まる私の身体にかけた。


「すぐにお医者様を呼んでまいります。お食事もこちらに持ってきますから、安静になさっていてください!」

「わかった……。ありがとう、エミリー」


 そう言って部屋を出ていき、入れ違いにアンナ様が顔を覗かせた。


「アンヌ、体調がよろしくありませんの?」

「アンナ様、お部屋に戻って下さい。感染る病気だと大変です……」

「あ、あぁ、ごめんなさい。私にできることがあればなんでも仰ってね?」

「平気です、悪寒が酷いだけですから……」


 それからしばらくして、城に常駐している王族の専門医のおじいさんがやってきた。白い髭を豊かに蓄えたおじいさんは、私の胸に聴診器を当て、なにか魔法を唱えた試験管に私の吐息を吐かせると、コルクで栓をして少し振る。透明だった試験管の中身がみるみる真っ赤になっていく。


「ふむ、こいつはラギリープじゃな。軽いが、肺炎も併発しておる。これはすぐに治るじゃろうが、根本がのぅ……」


 それを聞いたエミリーの顔が蒼白する。


「ラギリープ……!? そんな……!」


 狼狽えるエミリーの肩をぽんと叩き、お医者様は言う。


「何、三日乗り越えれば死ぬことはない。すぐに薬湯をこしらえよう。しばし待っておられよ、アンヌ様。そちらのお前さんはアンヌ様のお世話係だね。マスクをきちんとつけるように。君も数日間は薬湯を飲みなさい」

「わ、わかりました」

「らぎりーぷ……?」


 聞いたことのない言葉だ。そんなに重い病なのだろうか。


「エミリー、らぎりーぷ、ってどんな病気……?」

「ウィルス性の感染り病です。あ、待ってて下さい。失礼になりますけれど、マスクをつけなきゃ……」


 エミリーは慌ててお医者様から渡されたマスクを着けた。

 ウィルス性の感染り病。そう言われ、今の症状と合わせて私の脳裏に過ぎったのは、……インフルエンザ。そう考えると、この異様な悪寒も納得できた。

 なんだ、インフルエンザか。……けど、待てよ? 小学校の頃、大昔はインフルエンザは死ぬ危険性の高い病気だったと聞いたことがある気がする。……こちらの医療技術で、治るのだろうか?


「エミリー、こっちってどうやって病気を治すの……?」


 マスクを着けたエミリーは熱が出だした私の額に乗せられた濡れタオルを変えながら言う。


「魔法による症状緩和と、薬湯による根治治療です。ラギリープは三日はウィルスが身体で暴れます。それからも一週間は安静にしないといけません。ウィルスが抜けきるまで、お部屋を出るのは控えないといけませんね」


 そう言ってエミリーは部屋に申し訳程度に作られた小さな窓を開ける。換気の為だろう。


「……私、病気で死ぬのかな」

「まさか! アンヌ様の命はアンナ様のものなんでしょう? アンナ様の為に散らせることはあっても、病なんかで神が魂を奪うことなんてありえません! 絶対に治ります。絶対です!」


 強くそう言われ、私も本当にこの世界に神がいるのなら、それもそうかもしれないと思った。


 しばらく経って、お医者様がティーポットに入れられたハーブ茶を持ってきた。


「……ハーブ茶で治すんですか?」

「ご心配なさるな、アンヌ様。これは霊峰エネテルのお膝元である、ギーフの森より湧き出た清き水で育てられた、エルフのハーブじゃ。通常のハーブとは効きが違う。少し苦いが、堪えて飲まれよ。そこのメイドよ、お主もじゃ」

「はぁ……」


 カップに注がれたお茶を見る。こちらに科学的な薬があるとは思わなかったが、まさかハーブで治すとは。少し濁った緑色の熱いお湯をちびりちびりと飲む。……苦い。けれど、砂糖なんかを入れたら、効果が薄まるのだろう。我慢して飲みきった。


「……うー、苦い……」

「良薬は苦いと相場が決まっておるじゃろう? アンヌ様、朝昼晩と欠かさずこれを飲みなされ。では、処置魔法をかけてさしあげよう」


 そう言うとお医者様は私の額に手をかざし、なにやらぶつぶつと唱え始める。他の魔法と同じ、耳慣れない言葉だ。きっとルジャの古い言葉なのだろう。お医者様が唱え終わると、身体が急に楽になる。悪寒は少し楽になり、熱も少し引いた気がした。私は感嘆の声を上げる。


「わぁ。……これが病気を楽にする魔法。すごいですね、一気に楽になりました」

「これは一時的な処置に過ぎんが、これで体力の消耗をすこしでも減らせれば、その分抵抗力も上がるのじゃ。明日からも定期的にかけに来よう」


 なるほど、と納得する。エミリーを見ると、彼女も苦いハーブ茶を飲みきり、顔を歪ませていた。すぐにマスクを着け直す。


「魔法が効いている間に食事をしなされ。食べたいものを食べたいだけ食べるように。無理にとは言わんがな。病を治すにはまずは栄養をつけねばならんでのう。では、また明日の朝に様子を見に来よう。しっかり休まれよ、アンヌ様」

「はい。ありがとうございました」


 お医者様が出ていき、エミリーがポットとカップを片付けながら訊ねてくる。


「アンヌ様、なにが食べたいですか? 何でもご用意しますよ」

「……じゃあ、お粥が食べたいな。お米から煮たやつ。鮭があったら入れてくれると嬉しい」

「鮭なら、新鮮なエゾノのものがあったはずです。すぐにお作りしてもらって持ってきますね。……動いちゃダメですよ!」


 念を押され、私はおとなしくベッドに横たわる。今はだいぶ楽だけど、これは魔法が効いているだけなのだ。治った訳ではない。

 身体が休息を要求しているのだろう。徐々に睡魔が襲ってきた。私がうつらうつら微睡んでいる間に調理が終わったのであろう、ドアの開閉音で目を覚ます。寝ぼけた顔のまま身体を起こそうとするが、エミリーがそれを静止した。


「アンヌ様は楽になさっていてください。私がお口までお食事を運ばせていただきますから」

「えぇ? 子供みたいで恥ずかしいよ。自分で食べられるってば」


 そう言って私は身体を起こす。エミリーは仕方がないと言わんばかりに私のベッドの横にテーブルを運び、そこに焼き鮭の混ぜ込まれたお粥が置かれた。


「美味しそう」

「それを聞けば、シェフもきっと喜びます」


 木の匙で私はお粥を口に運ぶ。お米の甘さと鮭の塩辛さが絶妙だ。それでも半分ほどで満足してしまい、私はお粥を残してしまった。私はマスクをつけて、疲れ果ててベッドに倒れる。


「ごめん、エミリー。全部食べられなかった……」

「よろしいのですよ、アンヌ様。アンヌ様は今ご病気なのですから、これだけ食べられたのなら充分です」

「……あー、お米の神様に怒られる!」

「ふふ、アンヌ様の育った世界の教えでしたか。アンヌ様の世界にはたくさんの神がいらしたのですね」

「うん、太陽の神様が一番偉いんだったかな……」


 そんなことを話している間に、再び眠気が襲ってくる。気がついたら朝になっていて、エミリーは寝ずに看病していてくれたのだろう、まだ冷たいタオルが額に置かれていた。エミリーは窓辺で毛布に包まり、うつらうつらしている。開け放たれた窓から冷たい冬の風が入り、エミリーは瞼を持ち上げた。


「あ、アンヌ様! すみません、私、寝て……!」

「いいよいいよ、エミリー。ずっとお世話してくれてたんだね。ありがとう」


 処置魔法が切れているのだろう、私はまた急激な怠さと胸の痛みに悶えながらエミリーにお礼を言う。同時にお医者様が再びハーブ茶の入ったポットを持ってやってきた。

 私とエミリーは再びその苦いお茶に悶え、お医者様に処置魔法をかけてもらい、食事を取る。トイレにはエミリーが私を支えて連れて行ってくれた。夜には汗をかいた私の身体を丁寧に拭いてくれる。

 献身的な彼女の介護と、お医者様の適切な処置のおかげで、私は三日目の朝を無事に迎えることができた。


「これで峠は越したじゃろう。じゃが、まだ薬湯は飲み続けるように。それに心配されている方もいらっしゃる。もう見舞い客をいれても良いじゃろう」


 そう言ってお医者様が部屋を出ていくと、同時にマスクをつけたアンナ様が飛び込んできた。


「アンナ様!?」

「アンヌ、ラギリープだったんですって!? もう大丈夫なの? どこも辛くない?」


 私の身体を恐る恐る確かめるように触れるアンナ様に少し笑いがこみ上げてくる。


「峠は越したそうなので、あとは身体に残ったウィルスが死んじゃうのを待つだけです。大丈夫ですよ」


 マスク越しに笑って言う私に、アンナ様は安堵の息を零す。


「そう……。よかった。でも、どこで感染ったのかしら……。考えられるとすれば、施しの時くらいだけれど……」


 そう言われて、あぁ、と納得した。


「あぁ、そうかもしれません。沢山の人と触れ合いましたから……。でも、それじゃああの町では今大変なことになってるんじゃ……! ただでさえ貧しい場所なのに、パンデミックなんて起きてたら……」

「心配しないで、アンヌ。私がちゃんと調べて対処しますわ。ともかく、あなたが無事でなによりですわ。ビビも心配してらしてよ。少し経てばお見舞いに来るんじゃないかしら。それに、あのトマト男だって」


 話を続けようとするアンナ様に私は苦笑いを浮かべて言葉を遮る。


「わかりました、アンナ様。あなたまで病にかかっては大変です。お部屋に戻った方がいいですよ。うがいと手洗いはちゃんとしてくださいね。私の身体にはまだウィルスが残ってますから」

「……ありがとう、優しいアンヌ。まだまだ安静にしていなくてはいけなくてよ。あなたは私の大切な半身なのだから」


 そう言ってアンナ様は自室に戻っていく。

 ほぼ二週間、たっぷり休息を取らせてもらって、私はようやく全快したとお医者様に太鼓判をいただいた。ベッドでのんびりしていた間、ビビは鮮やかでカラフルな花束を持ってきてくれて、ルクトォさんは新鮮な果物を持ってきてくれた。そしてラマトゥは……。私が横たわるベッドの横に置かれた椅子に座ってうなだれている。


「……悪かった」

「え、何が?」

「お前が病気だなんて思わなくて、厳しい訓練をさせてたな、俺」


 そう言って頭を下げてくるので私は大慌てで言う。


「ラマトゥは悪くないよ! 私も自分が病気になってるなんて思わなかったし、それに、私の異変に一番に気がついてくれたのはラマトゥじゃない!」


 ラマトゥは申し訳無さそうに顔を上げる。ゆらりと揺れた前髪に隠された痣が見えた。


「えい」


 私はぷに、とその痣をつつく。赤い痣は簡単に沈み、皮膚の下で溜まっていた血液が別の場所を求めて歪む。


「なっ、何するんだ!?」


 ラマトゥは驚き、咄嗟に身を引くと、顔の左側を隠した。


「ラマトゥが馬鹿なこと言うから、仕返し。これでおあいこ。ね?」


 笑う私を見て、ラマトゥは少し不満げな顔をしていたが……。やがて笑顔になっていく。


「元気になったら、またしっかり訓練つけてね? 先輩」

「……あぁ、ビシバシ鍛えてやるよ。だから、早く元気になってくれ」


 運動の許可が下りて、ベッドから出た私は真っ先にオーブルの訓練場へ向かった。軽快に走り出す私を見て、ラマトゥが安堵の表情を見せていたことは、ちっとも知らなかった。

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