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12話 初めてのデートはシンデレラのようでした

 アンナ様が即位されて、確かにディディエ様のオーブルが襲ってくることはぱたりと止んだ。だから私は比較的暇だ。コーム先生の勉強は今ではなぜか私まで帝王学だとか、そんな域まで到達している。世界地図をばっと広げられる。そこに描かれているのもやっぱり私の見知った世界地図で、やっぱり七十年くらい前にこの国でも大きな戦争があったことと、今のように魔法学が飛躍的に発展したのは戦争で負け、敵国だった国から知識や技術を学んでからなのは私の育った国と似ているな、なんて思っていた。その敵国の言葉……オンギレイの言葉は難しかったけれど、やっぱりその響きはどこか英語に似ている。だから、まったく文字の違う筆記はともかく、話せるようになるのは比較的楽だったのは、元の世界で六才の頃から英会話を習わせてくれた元の世界の両親のおかげで、それに感謝した。


 その日は安息の日。商売人や農業、酪農を行う人間以外は休日とされている日だった。それでも、コーム先生の授業は休まず行われる。その日は歴史について学んでいた。それでも、昼の鐘が鳴る前には終わったけれど。


「今日はここまでにしましょう。お疲れ様でした、アンナ様、アンヌ様」

「先生、先生」


 私が手を上げて先生に訊ねる。


「どうしましたか、アンヌ様」

「私が育った世界では近隣の国となんだか仲が悪かったみたいなんですけど、こっちでもそういう事があるんですか?」


 コーム先生は少し口ごもる。対して饒舌に喋りだしたのはアンナ様だった。


「えぇ、国関係で言えば、今現在この島国であるルジャの国とすぐ側にある大陸の小さな半島にあるラクフィの国や、国土の広いシィナの国とはあまり友好的な関係とは言いにくいでしょうね。お互い文化の共有なんかはしていますから、留学してくる者も少なくありませんけれど。それに、ラフィッシの国には元はルジャの国土であったエゾノの北にある島々を奪われたままですし。ここもなかなか難しい話ですわ。けれど、幸い、ルジャの国は戦争相手だったアメリーテの国とは友好関係にあります。……あちらからすれば、敗戦国の面倒を見てやっているという思惑なのでしょうけれど、魔法でも兵隊でも、軍事強国であるアメリーテの後ろ盾がある限り、ルジャの国がそうそう脅かされることはありませんわよ」

「ふぅん……」


 ラクフィ国はおそらく韓国、シィナは中国、ラフィッシはロシア、それにアメリーテはアメリカのことだろうと容易に理解できた。やっぱり、この世界と私の育った世界は似た境遇を辿っている。科学の代わりに魔法が発展しているから、こっちの世界だって相手が襲おうと思えばいつだって戦争に発展しかねない。私が不安げな顔をしているのに気がついたのか、アンナ様はころころと笑った。


「安心なさい、アンヌ。私の目の黒いうちは戦なんて起こさせやしませんわ。ラクフィやシィナとだって仲良くやっていけます、きっと。……例えあちらの国民がルジャの国に良い感情を持っていなくても、国同士で言えば四年に一度の首脳会議とジュズロンピィティ(オリンピック)で親交を深めていますもの」


 そう言ってアンナ様は不敵に笑う。この国王様に怖いものなどないのだろう、そう思わせる威厳がそこにはあった。これが幼い頃から帝王学を学んできた成果なのだろう。


「それよりアンヌ、今日は午後からあのトマト男と逢引(デート)ではなくって? 今日はせっかく与えてあげた休日なんですから、有意義に過ごさなくてはいけなくてよ?」

「デートって……そ、そんな大層なものじゃないよ!?」

「ええ、せいぜい顔をお隠しになって、小市民として振る舞ってくださいまし。仮にも王族であるあなたと下賤な暗殺者(オーブル)が恋仲だなんて知られたら、とてもスキャンダラスですもの」


 そう言ってアンナ様は再び笑う。私ももう十七才になろうとしている。成人までもう少しだ。


 エミリーに綺麗に化粧をしてもらい、髪が傷まないように慎重に結い上げてもらい、普段より質素なドレスを着て、財布や手鏡、ハンカチの入った手提げポーチを持ち、私はオーブルの練習場に降りていく。そこにはもう、普段のオーブルとしての戦闘服ではなく、普段着をラフに纏ったジャンが立っていた。


「ジャン、ごめん、遅くなった……!」

「いや、そんなに待っていない。……安奈、顔を上げて見せてくれ」

「え?」


 私が顔を上げると、そこには笑顔のジャンがいる。せっかく綺麗に結い上げてもらったのに、慌てて階段を降りたから、もみあげからこぼれ落ちてしまった髪の毛の束をすくい、何かを差した。


「……柄じゃないけど、プレゼントだ」


 私はポーチから手鏡を取り出し、覗いてみた。耳の後ろ辺りで留められた髪の毛。そこにはキラキラと光るヘアピンが飾られている。


「……綺麗。た、高かったんじゃないの?」

「いや、俺の給料で姫君にそぐうような高級品が買えるわけないだろう?」

「……確かに、アンヌとしての立場は王族だけど、安奈としての私は、きっと今はただの女子高生だよ。……すごく綺麗。ありがとう、ジャン!」

「喜んでもらえたなら良かった。……ところで、ジョシコーセー、っていうのは何だ?」

「えーと……学生だよ。ただの平市民ってこと!」

「なるほど。じゃあ……今日はお互い、平市民として、ぶらぶらするか」


 そう言うと、ジャンが手を差し伸べてくれる。私はそれをドキドキしながら受け取る。今日はジャンと安奈として、初めて出かける日。私の化粧はアンナ様が普段する化粧とはまったく違う、エルフが調合した少しだけ魔法の込められた見た目の印象が変わるだけの不思議な化粧品で、街にいる娘と変わらない平凡なものにされている。なので、私がアンヌだと悟られることもないだろう。


 私とジャンが手をつなぎ、城の外に出る。日はまだ高く、暖かな光を城下に降り注いでいる。私とジャンは城下に出る乗合馬車に乗り込み、城下を目指す。


「……私が安奈だって呼ばれて、大丈夫かな」


 不安げにそう言うと、ジャンは平然と言った。


「姫君の名前が公表されてから、市民の間でもアンナという名前が流行った。お前の年頃の娘なら、平民にもアンナという名前の娘も多い。心配ないさ」

「そっか」


 私とジャンは城下の商店が並ぶ市場で下りる。にぎやかな声で溢れたその場所は、私の暮らしていた世界の都会と変わらないくらいの賑わいを見せていた。


「わぁ……! にぎやかだね、ジャン!」

「おのぼりさんみたいだぞ、安奈」


 私が周囲をキョロキョロ見ていると、ジャンの苦笑いが聞こえてくる。


「だって、市場を自分の足で歩くの初めてだもん。充分過ぎるくらいおのぼりさんだよ!」

「確かにな」


 ジャンは私がはぐれないように、握る手をさらに強くする。少しごつごつしていて、ざらついた指なのに、不快感はまるでない。私も同じように握り返えした。


 その日私が着ていたのは脛が隠れるか隠れないかといった丈の薄い水色のワンピースだった。靴も普段履いているブーツではなくて、クリーム色のバレエシューズだ。これは町娘が精一杯おしゃれしたみたいな格好を、とエミリーに頼み、用意してもらったもの。ジャンもカーキ色のズボンに糊の効いたシャツを着ていて、きっと普通のカップルにしかみえないはずだ。その証拠に……。


「そこ行くお二人さん、焼き菓子はいかがかな」


 こうして露天商に呼び止められる。露天を覗くと、薄い生地にフルーツが盛られた小さなロールケーキのような物が並んでいる。クレープに少し似ていたが、それより生地が分厚く、ふわふわしている。


「わぁ、美味しそうですね!」

「果物は全部ヤーガタ産、それも今朝取れたものをエルフの魔法転移で移送されたものだ。どれも新鮮で美味い。いかがかな?」

「うーん……イチゴの、美味しそうだなぁ……」


 私はポーチの中の財布を弄る。渡されたお金は困るほど少ない訳ではないが、無駄遣いしてもいけない気がした。


「親父さん、そのイチゴのクレップをくれ」

「あいよ」


 私が迷う前にジャンが財布を取り出して指差した。


「ジャン、ダメだよ、私払うよ」


 しかしジャンはさっさと支払ってしまうと、私に紙に包まれた焼き菓子を渡してくる。


「馬鹿、俺は成人も済ませた大人の男だぞ。この程度の見栄くらい張らせてくれよ」


 そう言っていたずらっぽく笑われて、私は何も言えなくなってお菓子を受け取る。


「まぁ、お前が普段食べてるものに比べたら駄菓子みたいなものだろうけどな」

「酷いですなぁ、旦那。しかし、そちらの娘さん、貴族かなにかですかい?」

「はは、俺たちは貴族付きの使用人みたいなもんだ」


 軽く受け流すジャンを横目に、焼き菓子を頬張る。ふわふわの生地に包まれた生クリームに、新鮮なイチゴの酸味と甘さがよく合う。


「美味しい! おじさん、これ、とっても美味しいです」

「だろう? うちはこの市場のクレップ屋でも一番の自信があるんでね!」


 ぱくぱくと食べ進める私を見て、ジャンが指を私の顔に近づけてくる。口の端に付いた生クリームを撫で取り、舐める。


「……ん、甘いな」

「じゃ、ジャン……!」


 私が頬を赤らめると、焼き菓子屋の主人が口笛を吹いた。


「はは、お熱いこった! じゃあ、お二人さん、いい休日を!」

「あぁ、ありがとう。ほら、行こう、安奈」

「あ、待って、ジャン!」


 私は食べ終わった焼き菓子を包んでいた紙を側に置かれていたゴミ箱に入れると、慌ててジャンの後を追った。ジャンはのんびり歩いていたので、あっという間に追いつけた。


「もう、恥ずかしいなぁ……」

「そうか?」


 真っ赤になって両手で顔を覆う私とは対照的に、ジャンはなんでもないように笑っている。


「……ジャン、もしかして女の子と付き合うの慣れてる?」

「まさか。お前が最初だ」

「天然であんなこと出来るんだ……。怖いなあ」

「……怖い?」

「ジャン、天然ジゴロなんだもん」

「酷い言われようだな。他の女にはあんなことしないぞ?」

「されたら困るよ! ジャン、格好良いんだからモテモテになっちゃうじゃない!」

「俺みたいなトマト男をそういうのはお前みたいな物好きだけだ、安心しろ」

「うー……」


 翻弄されている気がする。……ジャンは確かに、痣のせいで醜いって思われてるかもしれないけど、立ち振舞すらこんなに格好良いんだから、痣さえなければ女の子にキャーキャー言われるに違いない。


「……私、今日ほどジャンがラマトゥ(トマト男)でよかったと思ったことはないよ……」

「どういう意味だ、それ」

「ジャンがラマトゥだから、ジャンを独り占めできるってこと!」


 私が速歩きでジャンを先導して人通りの多い道を歩いていく。ジャンは私を追いながら声を殺して笑っている。


「……心配しなくても、俺はお前だけのモノだ。それにしても、安奈」

「何?」


 私が振り返ると、ジャンは少し耳を赤くしてぼそりと呟いた。


「お姫様してるいつものお前より、町娘をしている今の方が綺麗に見えるのはなんでだろうな」


 私は足を止める。そして少し考えて……笑った。


「安奈?」

「だって、私はただの女の子としてずっと育ったんだよ。だから、きっと今の方が自然で、自然な私を綺麗だっていってくれるなら、ジャンが好きになってくれたのは、本当に安奈の方なんだって安心したの」

「なんだそれ」


 私たちは歩きながら市場を散策する。衣服を見たり、大きな鮪を解体する魚屋さんを見たり。そして、お肉屋さんの前を通り過ぎた時、不思議なものを見かけた。小さな墓石だった。


「……そういえば、さっきの魚屋さんの前にもあったね、これ。これ、何?」

「あぁ、神に命を頂いている事を感謝する為の動物や魚たちの慰霊碑さ。八百屋の前にもあっただろう? 俺たちは命を食べなきゃ生けていけないからな。教会様の教えさ」

「命を……」


 ……オーブルであるアンヌやラマトゥは、今までどれだけの命を奪ってきたのだろう。そうしないと生きていけない。そうするのが仕事なのだから。全てはアンナ様をお守りする為。そう言い聞かせてきたけれど、この世界では、植物や動物たちの命すら尊ぶのが教えなのだとしたら、人間の命を奪い続けてきた私たちはどれほど罪深いのだろう。


「……安奈、顔色が悪いぞ?」

「……命を、奪うって……重いなって思ってたの」

「あぁ、重い。だから、動物を捌く屠殺人は聖職者扱いだ。……けど、俺たちは、そんな綺麗なものじゃない。死んだ後に向かうのは、きっと戒めの国さ」


 戒めの国。死んだ後に向かう、この世界での地獄とされている場所。罪深い存在が戒めの国に落とされ、百年罰を受けて、そして魂は蘇ることなく、消えていく場所なのだと、コーム先生が教えてくれた。


「……例え、私やラマトゥが行くのが戒めの国だったとしても、私、怖くないよ」

「……安奈?」

「だって、それは、死んだ後もジャンと一緒にいられるって事じゃない。どんなに厳しい罰だって、ジャンと一緒なら耐えられるよ、きっと」


 ジャンは困ったように髪の毛をわしわしとかき混ぜる。その度に見え隠れする、赤い痣。その時、夕刻を告げる大聖堂の鐘が鳴った。


「……そろそろ戻らないとな」

「うん、……元の生活に戻るんだね」

「あぁ、そうだな」


 私は大きく伸びをする。


「鐘の音でお姫様に戻るなんて、シンデレラの逆みたい」

「シンデレラ? なんだ、それ」

「私の育った世界の童話。継母や継姉にいじめられてた清く正しく美しい女の子が、魔法使いに魔法でドレスとかぼちゃの馬車を与えてもらって、王子様の開催する舞踏会に行けることになるの。でも、深夜の鐘の音で魔法はとけてしまうのよ。だから鐘がなって慌てて戻るときに履いていた靴を落としちゃうの。シンデレラに恋した王子様はその靴を頼りにシンデレラを探して再会するの」

「そりゃあ……俺たちと真逆だな。俺は王子でもないし、お前はお姫様だ」

「なんだか変な感じだね」


 私とジャンはかぼちゃの馬車……ではなくて、ただの乗合馬車に乗ってお城へと戻っていく。そして、私は魔法がとけて、町娘からお姫様に戻るのだ。ジャンも暗殺者に戻る。ラマトゥとアンヌに、私達は戻る。


 私とジャンに与えられた短い休日は、こうして幕を閉じた。ジャンに貰った、まるでガラスの靴の代わりのようなイミテーションの宝石の散りばめられたヘアピンを外し、書き物机の横に添えられた小物入れにそっと仕舞う。

 また町娘として出歩ける日がくるまで、さよならだ。

 ……そんな日がまた来ればいいなと、そう思った。

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