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11話 新しい王様、曝け出された自分

 王様が譲位を告げた翌日、アンナ様はまるで婚姻衣装のように厳かで清楚なドレスを纏う。これが王族の正装なのだろうと思うと思わずため息がこぼれた。アンナ様のその姿はとても綺麗で優雅だ。まるで絵本で見たお姫様のようで、ああ、本当に彼女は王家の血を継いでいるのだと実感する。……自分にも同じ血が継いであるとは思えないけど。私はどこまでいっても小市民な感覚が抜けない。


「では、これから王位譲渡の儀式を行いますけれど……アンヌ、あなたも正装してらっしゃいな。ここまで正式な衣装でなくてもいいけれど」

「私もですか?」


 アンナ様はエミリーにドレスを渡し、ひらりと身を翻すと当然であるかのように言った。


「昨日聞きましたでしょう? アンヌは王家の血を継ぐ私の双子の妹として公表されると。……まぁ、それまではオーブルのあの革臭いマントを羽織っておいてもらいますけどね」


 私はエミリーに渡されたドレスを広げる。アンナ様の白のドレスと同じ色のドレスだ。ところどころに宝石があしらわれたそれは、今まで着てきたドレスのどれよりも高価に見えた。


「わ、私がこんなものを着ていいんですか!?」

「当然ですわ。王家の血を継ぐ者として、それなりの格好をしていただかないと」


 そう言い残し、アンナ様は騎士団に囲まれて馬車に乗って、街の中心にある大聖堂へと向かっていった。神の前で王であることを誓う為。それはまさに国との結婚とも言うべき行為に思え、王様になるということの重みを私だって嫌でも実感せざるを得なかった。私は城でドレスを纏い、マントを羽織ってアンナ様の帰りをただ待つ。いくら王族のオーブルとはいえ、汚れた職業だ。公式な式典の場には出られない。私が部屋で本を読みながら時間をつぶしていると、床の隠しドアがコン、ココン、とノックされた。この独特の合図は。


「ジャン?」


 ドアを持ち上げると、そこには普段と変わらない姿のジャンがいた。


「……よう、安奈」


 ふたりっきりの時にだけ呼び合う、本当の名前。しかしジャンの声色は曇っていて、どこか落ち込んでいるように思える。


「どうしたの? ……あ、上がって上がって」

「あぁ……」


 のそりと部屋に上がってくるジャンだが、その顔もやはり落ち込んで見える。


「……どうかしたの、ジャン?」

「……聞いた。お前が、アンナ姫の本当の妹だったって話」

「……あぁ、私も実感あまりないんだけど、そうみたい」

「……まぁ、納得もできるけどな……。お前は姫にあまりにも似すぎてる。……これからはお前のことも姫と呼ばなきゃいけないんだろうな」


 それを聞き、私は驚き、両手を振った。


「そ、そんな(かしこ)まらなくていいんだよ!? 私がアンナ様の影で、オーブルを続けるのは変わりないんだし! 今までと変わらないよ! ……施しの仕事は、正式な王族として行うことになるかもしれないけど、その程度だよ! だって、私には王家の血の魔法は使えないんだし! 王様になるのはアンナ様で、私は何も変わらないよ!」


 慌てて弁解する私に、ジャンは暗い声のままで言う。


「……安奈、マントを脱いでみてくれるか?」

「う、うん……」


 ドレスに縫い付けられた細かな宝石が取れないように、慎重にマントを脱ぐ。それを見て、ジャンは少し笑っていう。


「……綺麗だ、安奈」

「あ、ありがとう、ジャン。でも……どうしたの?」


 ジャンは私に向かって跪くと、膝に唇を落としてきた。忠誠の証だ。


「ジャ、ジャン?」

「……俺のことは、もうその名前で呼ばないでくれ。俺はラマトゥ。アンヌ様を守るオーブルだ。……姫君が、俺みたいな汚れたトマト男と交際してちゃいけない」


 私は身をかがめ、ジャンの肩を掴んで顔を上げさせる。その表情は暗く、悲しげだった。


「……ジャン」

「いえ、自分はラマトゥです」

「……ジャン!」


 私は声を荒げた。ジャンは驚いたように肩を震わせる。


「私が好きになったのは、ジャンなの。今までも、これからも、変わらない。アンナ様だって言ってくれた。私が望むなら、ジャンとの婚姻だって許してくれるって」

「それは、お前がただの影だった頃の話だろう? 今は違う」

「それなら、私がアンナ様を説得する。どうしてそんな悲しいことを言うの。私は、こんなにジャンが好きなのに。身がちぎれるくらいに好きなのに」


 想いを告げあったあの日から愛しさだけが積もって、今ならあの日、ビビと歌った愛の歌だって体現できる。私はあと二年、たった二年で大人になれる。そうしたら、ジャンを大人としてやっと愛せるようになるのに。私達はこれからなのに。涙が零れそうになるが、必死で堪えた。せっかく綺麗に化粧までされたのに、泣いてしまっては無駄になる。


「……ジャンは、私が嫌いになったの?」

「そんな事……、そんな事、ある訳ないだろう」

「じゃあ、何も問題ない。私はジャンが特別だから。ジャンだけが特別だから、ジャンだけを愛しているから」


 私の声を遮ってジャンが声を出す。嘆くような声だ。


「……これから先、お前が社交界に出ても、こんな醜いトマト男を愛し続けられるのか? 麗しの各国の王族たちと出会っても、こんな下賤なトマト男を愛し続けられるのか?」

「そんなことを思ってたの? ……私が、私が見た目だけでジャンを好きになったって思ってるの?」


 いや、初めは見た目だった。ジャンが醜いという、その痣を隠した姿だったけど。でも、今は違う。今までたくさん話をしてきたじゃないか。たくさん一緒に訓練をして、仕事をしてきたパートナーじゃないか。私はジャンの些細な癖も、ジャンの卑屈がちな心も、ジャンの心を苛むその痣さえも、全てが愛おしくてたまらなくなっている。四年かかって、ここまで気持ちは膨らんだ。それを割るなんて、私にはできない。


「身を裂くような痛みを、あなたと踊るならば茨の海でも、あなたとならば幸福と呼べる」


 あの日、ビビと歌った歌の一節を暗唱する。あの日はまだ幼すぎて歌詞の意味も理解できなかった歌を、今なら身に染みるくらいに実感できる。


「私の気持ちは揺らがないよ。ジャン。ラマトゥは私の護衛で、私の相棒で、ジャンは私の恋人だって、これから先も言い続ける。アンナ様が反対するなら、いいくるめる。私はアンナ様の影だから、アンナ様よりジャンを選ぶなんて出来ないけど、意地でもいいくるめる。だから、ジャン。私とあなたを身分なんてつまらないもので線引きしないで」

「……それは、お前の育った世界の考え方か?」

「わからない。でも、私は少なくとも、そう思ってる」


 ジャンはゆっくりと私を抱きしめた。唇を重ねた幼かったあの日以来のことだった。


「安奈、好きだ。俺はお前が好きだ」

「私もジャンが好きだよ。ジャンが大好き。身分が変わっても、気持ちだけは絶対に変わらない。ジャンが私を安奈と呼んでくれる限り、私は安奈でいられる」

「……悪かった、安奈。俺はもう間違えない。お前を愛してる。これからも、ずっとだ」


 唇をそっと重ねる。一瞬だけのその行為は、私の純白のドレスと相まって、まるで婚姻の儀式のようだった。


「……これから、城のテラスで姫として紹介されるんだろう?」

「……そうだね」

「心配するな、アンヌ姫。なにか起きても、俺が必ず守る。……安奈を守る」

「うん、信じてる。それに……」


 私はドレスを捲ってみせた。そこにはいつものあのブーツが隠されている。


「私だって、自分の身は守れるよ。ラマトゥに鍛えてもらったからね」

「……そうだな」


 私達は笑いあった。照れたような笑い声が狭い部屋に響く。そんなことをしていたら、部屋のドアがノックされた。私達は慌てて身を離し、私は応対に出る。そこにはエミリーが立っていた。


「アンヌ様、アンナ女王が大聖堂よりお戻りになられました。これからお披露目式ですから、アンヌ様も待機されるようにとの事です」

「……わかった。ありがとう、エミリー」


 私は再びマントを羽織り、ジャン……ではなく、ラマトゥに笑いかけた。


「じゃあ、頑張ってくるね。……何かあったら、守ってね、ラマトゥ」


 ラマトゥは強く頷いた。


「あぁ、アンヌ。気をつけていけ。お前は普段どおりにしていればいい」


 強い言葉に背中を押される。これは恋人としてではなく、仕事の先輩としての言葉だ。私はマスクで顔を覆い、民衆が集う、城下を見渡せる城のテラスへと向かった。


 城のテラスには、もうアンナ様がいた。王の証である王冠と、王笏を持ち、演説を始めている。テラスの向こう側には正装をしたジスラン前王が車椅子に乗っている。こちらに向かって小さく手を振ってきたので、私も振り返した。そんなことをしている間にも、アンナ様の演説は続いていく。


「……前王の意思を引き継ぎ、今ここに立てているのは皆のお陰でもあります。私は民の望む限り、民を愛し、この国を愛し、強くあり、この国とそこに住む民を守ると、神に誓いました。それを(たが)うことは決してありません。皆は私を信じ、ついてきて下さい。それだけが私の望みです。重圧に苦しむ民には解放を、貧困に喘ぐ民には生きる術を与えるように、というのが前王たる父の教えです。私はそれを守り続けましょう」


 民衆から歓声が上がる。アンナ姫は……いや、アンナ女王は、立派に王としての務めを果たすと宣言している。その振る舞いは堂々としていて、まさに女王陛下といった姿だった。


「そして、今日、ここで皆に紹介したい者がいます」


 こちらへアンナ様の視線が向けられる。私はおずおずと陛下の前へ進み出て、騎士敬礼を取った。突然現れた革のマントを羽織った謎の人物に困惑した民衆からざわめきが聞こえてきて、私は緊張してしまう。


「彼女こそ、私の陰日向となり、私を支えてくれた存在です。さぁ、そのマントを脱いで見せなさい」


 民衆が再びざわめく。私は恐る恐る首の紐を緩め、身を包んでいたマントを脱ぎ捨てた。ざわめきが一層大きくなる。そりゃあそうだろう。女王陛下とまったく同じ顔をした存在が突然現れたのだから。


「彼女はアンヌ。アンヌ・エトワル・ルジャース。これまで私を守っていてくれた影であり、これまで隠されていた私の双子の妹です。さぁ、アンヌ、ご挨拶なさい」

「あ……あの」


 ……言葉が出ない。

 民衆の視線がこちらに向いているのがわかる。足が震える。呼吸が乱れる。けれど、ジャンのことを思った。ラマトゥの言葉を思い出した。私は普段どおりにしていればいい。その言葉が勇気に変わる。

 息を整え、私は出来る限りの大きな声で言った。アンナ様と同じ声がテラスに反響して民衆に響いていく。


「私は、アンヌといいます。王位継承順位者であるアンナ様をお守りする為、今日この日まで隠され、戦い、生きてきました。けれど、今日からは違います。クイーン・アンナと共に、皆さんを守ることを務めとし、努力することを誓います。私は皆さんの為にアンナ様をお守りします。皆さん、今はまだ、このアンヌのことを信じられないかもしれません。ですが、私、アンヌは、アンナ様を……クイーン・アンナをこれまでと変わることなく守り続けます。皆さんを導く王たるアンナ様を守り続けます。それだけは信じてもらいたいです。……私は、王族の者としては至らぬことも多いでしょう。けれど、これからもアンヌはアンナ様を守り続けると誓いました。それだけはどうか信じて下さい!」


 私がそう言い、民衆に騎士敬礼を取る。一層大きな歓声が上がった。たどたどしく、しどろもどろな演説だったが、これで良かったのか不安になる。騎士敬礼を取ったままでアンナ様を斜目で見ると、彼女は満足そうに笑っていた。


「上出来ですわ、アンヌ。けれど、王族たるあなたは民衆に騎士敬礼をとることはなくってよ?」

「いえ、民衆を守るアンナ様を守るのですから、これでいいんです。私は『民衆を守る』アンナ様を守る影ですから」


 私が笑うと、アンナ様はやれやれといった様子で肩を揺らす。その時、一陣の風が強く吹いた。私とアンナ様の長い黒髪が靡く。風とともに艷やかな光が髪を撫でていった。アンナ様はそれを浴び、王笏を掲げて宣言した。


「今、神の祝福たる息吹が吹きました! この国はこれより更に発展していくでしょう! ルジャ王国に栄光を!」


 大きな歓声が波打った。自然現象すら味方につけたこの王は、間違いなく神が選び、定められた王なのだと民衆が信じた瞬間を私は見た。


「これからもよろしくおねがいしますわ、アンヌ」


 アンナ様が小声でそう言う。私は笑顔でそれに答えた。


 民衆への返事は手を振り応える。


 ……こうして、ルジャの国に気高く美しい新たな王が誕生したのだった。


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