最終話 「とうとう、見つけましたよ!」
ここ一ヶ月、何が変わったわけでもない。
遅ればせながら開催された夜のお花見では、奇妙な連帯感に包まれた隣人たちが肩を並べ、腰を下ろしている。
薄紅色など一切残っていない、凡庸な葉桜。木の根元に敷かれた青いレジャーシートの上には安酒と出来合いのつまみ、それにありがちな世間話で盛り上がっていた。
「だから、嬢ちゃんはSFというものが全く理解できていない」
「じゃあ前野さんには、コミケの何が分かるって言うんですか!」
「……やはり、桜は美しい」
アルコールを含み、すっかり気分の良くなった三人の会話は、微妙に噛み合わない。そのくせ、ひどく楽しげだった。
ところがその輪の中に入らず、一人ぽつんと静かに佇む男がいた。
「おい! 何とか言ってやってやれよ、SFオタク」
「花見酒とは、――花を愛でるべきなんです」
「……どうしたんですか? 何だかいつもより静かじゃないですか」
足立が顔を覗き込むと、坂口は眠たげな目つきでじっとりと彼女を見つめ返した。
「えっ、もしかして、……お酒飲んでるんですか!?」
「いやいやぁ、これはぁ、カルピスでぃすよ!」
恐ろしく呂律の乱れた口調で答えた坂口は、「以前に足立さんがくれたのに比べると、すこーし、苦い? ……気もします!」と笑顔で敬礼して見せた。
坂口が手に持った缶を素早く奪い取った足立は、パッケージの内容を確認する。
「あっ! これカルピスじゃなくて、カルピスサワーですよ!」
「彼はお酒が飲めないと聞きましたが……」
「たまには良いんじゃないのか?」
石田と前野は虚ろな目つきで話しつつ、互いの紙コップにワインを継ぎ足し合っている。
「うっ……。気持ち悪い……」
「ちょっと二人とも! 大丈夫じゃなさそうですよ!」
足立は二人に向かって訴えると、「もしもーし、坂口さん? 誰か家まで運んであげてくださいよ……」と心配そうに背中をさすった。
「心配いりませーんよっと」
坂口は素早くその場で立ち上がったが、次いで身体をよろめかせながら、「何だか……。フラフラ、します……」と呟いた。
「ほらぁ! 無理しないでくださいよ」
「彼、本当に大丈夫でしょうか?」
「……仕方ない。俺が送るか」
そう言って前野が立ち上がると、「あぁ。大丈夫でぇすよ。一人で帰れますからぁ」と、坂口は虚ろな目つきで答えた。
――するとその瞬間、薄暗がりだった辺りを激しい閃光が照らしだした。
坂口以外の三人は、鋭い光源の眩しさに目を塞いでいる。やがて彼らがゆっくりと順に目を開くと、つい先ほどまでは確かになかったはずの発光体が目の前に出現していた。
縦に細長い卵型のフォルム、クレーンゲームのアームのような支柱。薄い光の膜は、脈打つように点滅している。
「…………」
驚きのあまり、誰もが絶句した状態でその発光体を凝視していた。皆があっけにとられている間に、卵型の一部は花弁のごとくゆっくりと開き始めている。
「――とうとう、見つけましたよ!」
そこへ草むらから突如として現れ、叫び声を上げたのは――。
「く、黒ずくめの男!?」
足立が大声でそう言ったのと同時に、男は走り出していた。
「この時をどれだけ待ちわびたことか!」
開いた花弁をよじ登った男は、コックピットに設置されたシートに腰掛ける。花弁は自動的に閉じ、男の視野全体をデジタルな文字や数字の羅列がびっしりと覆った。
やがて処理の済んだ全天周囲モニターのコックピットには、周囲の景色が映し出された。
桜の木の下では、鋭い光に照らされて強い風圧に煽られながら、レジャーシートの上にしがみつく四人の姿があった。
「これが地球外のテクノロジーですか。いやはや……」男は驚いた様子で船内を眺めつつ、「これを持ち帰れば、我が研究所の求めていた技術が手に入るはずです!」と興奮したように言った。
男はどうにかして宇宙船を飛ばせないものか、あれこれと試みる。するとなにかの拍子に宇宙船が宙を浮き、周囲に強い風圧が巻き起こった。
「ほらほら! 私にだってね、このくらいは動かせるんですよ!」
宇宙船は、その場から勢いよく真上に飛び去ってしまった。
「あぁっ! ちょっと!」
飛び立つ宇宙船を目で追っていた足立は、彼女の膝の上でぐったりした様子の坂口を見ながら、「行っちゃいましたよ、坂口さん! どうするんですか!」と焦ったように言った。
「まさか、一番地味そうなこいつが宇宙人だったとはな……」
「美しい宇宙船でしたねぇ。以前に僕が見たものと同じで間違いありませんよ」
三人が揃って空を見上げていると、上空から何やら影のようなものがゆっくりと落下してくるのが見えた。
「あっ! あれって、もしかして……」
「大丈夫でぇすよ」
足立の膝の上でへばっていた坂口は、のんびりした調子で口を開いた。「バイオメトリクス認証が、付いてまぁすからねぇ」
まもなくして、、宇宙船は元あった場所へと丁寧に着陸を始めた。
完全に停止すると再び花弁がゆっくりと開き、中から男が這い出るようにして降りてきた。
ゆらゆらと身体を揺らしながら数歩進んだ男は、白目をむいて地面に倒れ込んだ。
三人がぞっとした顔でその様子を見守っていると、男はすぐにいびきのような寝息を立て始めた。
「麻酔ガスが……充満して、眠っているだけ……ですぅ……」
と律儀に説明しつつ、坂口はとうとう眠ってしまった。
「とりあえず、ひと安心なんですかね?」
「宇宙船をほったらかして寝る宇宙人があるかよ」
「……花見酒。続けますか?」
三人は、ぽかんとした表情で互いの顔を見合っていたが、やがて誰からともなく始まった笑い声がその場に響き渡った。
この地球上には、実に様々な生物が暮らしている。
平凡な日常、当たり前の風景。その中に鮮やかに溶け込みながら、我々の隣にいる宇宙人は、今日も平穏な日々を送っていた。




