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夜空に飛来する卵  作者: 扇谷 純
ベランダから見る景色
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第47話 「見たんですね!!」Aパート

 待ち合わせのカフェテラスで煙草をふかす前野は、通行人の様子を観察していた。


 この街には化粧の濃い女と黒人(さすがに国籍までは、見ただけで分からないな)が多い。高価な衣服や装飾品を身に纏い、高級なドッグフードしか受け付けないであろう澄ました顔の犬を連れた奴らをよく見かける。


 近辺には確か、大使館がいくつか点在していたはずだ。表通りはガラス張りのブランド店や高層ビルが建ち並び、整然とした雰囲気を気取っていやがるが、一本道を入れば小汚い街に早変わりだ。


 周囲を歩く連中は羽振りが良さそうに見えるものの、どうやら街に還元するつもりはないらしい。そんな個人主義どもが暮らす街にお似合いな、にやけ面の男が向こうから歩いてきた。


「よう。今日も早いな」


 松田は近づいて来ると、突然(いぶか)しげな表情で前野を見つめ、「お前、ここまで走ってきたのか?」と尋ねた。


 彼がそう問いかけた理由は、前野がランニングウェアを着ていたからである。そんな姿で堂々と煙草をふかし、健康的なのか不健康なのかよく分からない風貌である。


「ばか、走って来れるか。これから帰りに近所を走るんだよ。帰ってからまた着替えて出るのも面倒だろ」と前野は答えた。


 向かいの椅子に腰かけた松田は、前野の服装を観察すると、「そんな格好でこの街に来るかねぇ」と言って呆れたように肩をすくめた。「近所を走るだけなら、一回帰って着替えてもすぐだろ」


「元はといえば、お前が待ち合わせの時間を遅らせたせいで予定が押してるんじゃないか。俺は日が沈んでから走るのは好きじゃないんだ」


「そんなことよりさ――」彼の話を遮った松田は、胸ポケットの煙草を出し始めている。メントールの細い煙草を口に咥えながらメニューを見つめ、「この間の話、考えてくれたか?」


 ちょうどその時、前野が注文したポット入りの紅茶が運ばれてきた。松田もそれに便乗してバナナとキャラメルのパンケーキ、それにキャラメルマキアートを注文している。


 いつか、糖尿病で苦しめばいい。 


「もう少しってところだ。それが片付いたら考える」と、灰皿に煙草を押しつけながら前野は答えた。


「《《考えながら》》、次の案件も進めればいいじゃないか」前半の台詞にアクセントをつけて松田は言い返した。「二つくらいなら、いっぺんに始末できるだろ」


「それは無理だ」


 前野は紅茶をカップに注ぎ、砂糖を入れずにストレートで口に含んだ。白湯とさほど味の差を感じない。茶葉をケチっているせいで、まるで風味が立っていないな。


「待てないなら、他の奴に頼めばいい」と、前野は相手を睨みつけた。


「オーケーオーケー。分かったよ。そう気短な言い方をするんじゃないよ」松田は両手を上げて降参するようなポーズをとり、「それで、今の案件は順調に進んでるのか?」


「ぼちぼちってところだ」


「何だか曖昧な言い方だな」


 即座に切り返した彼もまた、前野に向かって鋭い視線を送る。許可もなく紅茶のカップを手に取り、口に運んだ。「なんだこれ、全然味しねーな」


「今月中には片をつけるつもりだ」


「お、言ったね。それじゃ、先方には来月予定で話進めとくからな」


「……まだやるとは言っていない」


 前野はカップを奪い返すと紅茶を口に含み、もう一本煙草を出した。


「なぁ、前野よ」


 改まった口調で呼びかけながら、松田は彼の咥えた煙草に自身のライターで火をつけ、「何でそんなにやわなことを言うようになったんだ? 俺やお前のような立場の奴が生き抜くためには、目の前のものにしがみつくしか手はないんだよ。お前だって、そのくらい分かってんだろ?」


「…………」


 松田の注文した品が運ばれてきた。メイドのような制服を着た茶髪の店員は、商品を淡々とテーブルに乗せると無言のまま伝票を丸めて置き、素早く去っていった。


「……分かってる。だが、もう少しだけ待ってくれ。次に会う時までには結論を出す」


 前野の返答にニヤリとした表情を見せた松田は、「オーケー。そうこなくっちゃな」と言うと、キャラメルのフルコースを味わい始めた。

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