死の夢
俺が見る夢。夢であって夢でないもの。あれは現実だ。未来に誰かに訪れる、あまりに悲しい現実。これは神が突然俺に与えた、他人の未来の死を「見る」能力であった。俺はこれを自分の中で「死の夢」と呼ぶことにしている。
「死の夢」は恐ろしく残酷で悲しい。俺は今までにたくさんの「死の夢」を見てきた。電車に飛び込むサラリーマン、川に溺れる子供、屋上から飛び降りる女子高生、夜道で後ろから刺される主婦。「死の夢」は眠りの最中突然始まる。そしてなぜかそれを見ているときには、どんなに眠りが深かろうと意識がはっきりする。その夢からは逃げることができないのだ。
そして俺は自分には何もできないことを知っていた。そもそも見る夢が現実になる、そのだいたいの瞬間に俺は居合わせることができない。だから死の夢を見るようになってしばらくはそれが未来に起こる現実だということを知らないでいた。知らない方が幸せだった。それでもあの夢が単なる夢でなく現実であることに気がついてしまったのは、小学6年くらいの頃だったろうか。それはあの夢を見るようになってから一年が経つ頃だった。その日俺が見たのは、小さな女の子が死ぬ夢だった。その夢はいつにも増して最悪だった。血の色より真っ赤な炎の中、たった一人で泣き叫ぶ少女の声が聞こえた。
「お母さん、!あつい!助けて、熱い、」
彼女は一人、永遠とも感じられるほど長い時間叫び続けた。たったの5分間だったかもしれないし、もしかすると数時間だったかもしれない。どちらにせよ、彼女の母親が助けに来ることはなかった。やがて叫び声は聞こえなくなり、彼女が孤独と共に死んでいったのがわかった。残された沈黙のなか俺は立ち尽くし、ただただ炎の赤い音を聞いていた。それは世界で最も恐ろしい沈黙の音だった。
それからちょうど一週間後のあの日、俺は小学校から一人帰るところだった。途中何やら騒がしく、人が集まっている場所があった。事の異常さは数百メートルほど前から伝わってきていた。高く上り詰める黒煙、物が燃える異様な匂い。まさかと思った。
俺は人混みをかき分け、やっとのことで前に出た。そこはやはり、俺があの夜夢に見た場所だった。しかし野次馬や消防団員たちからあの少女の存在を思わせるような会話は全く聞こえてこない。救助をしているような様子もない。だが俺にはあの子が絶対にこの建物の中にいるという確信があった。俺はそれを周りの大人に伝えるため叫ぼうとした。
「っ......。」
声が出ない。体も動かない。頭でどんなに動こうとしても、俺の体が動くことはなかった。俺には見ていることしかできなかった。激しさを増していく炎の中、少女の叫び声はずっと俺の耳の中で響いていた。体は動かないのに、涙だけとめどなく流れた。
数時間後、火が消し止められた頃に母親が帰ってきた。彼女はその場に泣き崩れた。
「ごめん。ごめんなさい、ごめん、ごめん、ごめん。」
俺はその泣き声に背を向けてその場を後にした。後日聞いた話によると、少女は跡形もなく燃え尽きてしまったそうだ。俺は少女が中にいることを知っていたにも関わらず、何もできなかった。
神は悲しい現実を変えることを俺に許さなかった。あの少女の死の後にも何度か「死の夢」の場面に遭遇したが、目の前の現実があの夢のものであるとわかったその瞬間に俺の体は動かなくなり、見ていることしかできなくなるのだった。ならばなぜ俺はあんなものを見せられるのか、神は俺に何を望んでいるのか、わからなかった。