猫が死んだ日。或いは野良を効率的に手懐け掴まえる迄の日。
ペットロス、とは良くある話だが、野良ロスってあるのか?
職場の先輩に、あの野良が死んでいた、と教えられた。
クリスマス、年末年始と飲食店は書き入れ時、猫の手も借りたい程の修羅場が続き、あっという間に年明けを迎えて三日目。
朝出勤すると店の入り口前で寝ていたから、変な奴だと見てみると既に事切れていたそうだ。
「悪いとは思ったがよ、埋める所なんてありゃしないだろ?こっちも忙しいからさ……何とか誤魔化してゴミに混ぜて出しちゃったよ」
それを聞いた瞬間、少しだけ訪れていた華やいだ正月気分は、綺麗に霧散して荒涼とした気持ちになった。
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その猫がいつからそこに居たのか不明だが、なんやかんやと良く見掛けた。タバコの為に外に出れば「ニャー」。ゴミを捨てに出れば「ニャー」。
二匹の白黒斑のメス猫(タマが無かった)は、朝昼晩三回出勤と、野良の癖に真面目な出勤を欠かさずに、多忙なスケジュールを日々送ってきた。
鳴きながら寄ってくれば、何かして引き留めたくなるのが人情か、ついつい冷蔵庫からあれやこれやを引っ張り出し、
「ほれ、要らんのか?」
ひょい、と千切って投げてみると、二匹の尻尾の長い方がぴゃっ、と飛び付いてガジコラと噛み、遅れて来る尻尾の短い方はオドオドしながら近付き、キョロキョロしながらヘタクソに噛んだ。
次第に尻尾の長い方は態度も不遜になり、餌が無くても絡み付くような目線でニャーニャー鳴いてねだるようになり、しかし尻尾の短い方は不器用で不安げなまま、そいつの後ろからやって来ては手の届かない範囲を絶対に守り、足先を向けただけでもその場から後退り逃げ出した。チキンである。
そんな姉妹……かは知らないが、見た目の違いは鼻の脇のブチと尻尾の長さだけ。見た目はそっくり。しかし性格は真反対。見た目は美人猫、中身は……サキュバスとバンシー並の違い。うん、そんな感じだ。
餌に好みはなかった。ただ、バンシーの方は根本的にバカなのか知らないが、慌てて飲み込んで、息を詰まらせて吐き出したりしていた。食うのもねだるのもヘタクソなのか?サキュバスの方は優雅にさっさと平らげて、暇潰しにじゃれついてくる余裕すらあるのに。
そう、尻尾の長いサキュバスな方は、表でタバコを吸っているといつの間にかパイプ椅子の下に這い込んで、足の間から「ニャー」とやらかすのだ。実に判っている奴である。
しかし手渡しで餌を食わそうとして、手痛い爪付き猫パンチを食らってからはそれは止めて、座った膝の上に餌を載せて取らせるようにした。何事も少しづつ、である。
次第に慣れさせて、気がつけば向こうから膝の上に前足を載せて「……ニャ?」と見に来たりするようになり、こうなると……掴まえても嫌がらなくなった。
……ガッシ!!と首根っこを鷲掴みにし、吊り上げる。結構、重い。
「……なんなのよ、何するつもり……?」
……いや、なんちゅーか、スキンシップ?
「……あんた、バカなの?……私は猫なんだけど、おっさん……」
……やーやー、高い高いぃ~♪お、結構大人しいなぁ(ドキドキ……)
「……覚えときなさい、下手打つと引っ掻いてやるから……」
……お?……タマはやっぱり無い……ように見える。かな?
「……セクハラおっさん!!」
……意外と鼓動早いのな……俺が捕まえてるからか?
「……別にあんたじゃなくても同じだよ、たぶん!!」
俺は別に激しく揉んだり触ったりはしなかった。頭を撫でたり背中や尻尾の付け根まで触ったりする位である。それらが猫的なセクハラだったとしたら……謝罪したい。
膝の上に載せる時は慎重にひっくり返し、背中から丸めるようにして載せた。隙を見せると一瞬で足に爪を立てながら飛び降り、バッと着地する。爪を立てながら……。だから、載せる時は慎重に、そして短時間且つ身体中の緊張を読み取りながら、飛び降りようとする前に降ろしてやった。爪は何時でも鋭い傷を残すものだ。
忙しさの合間に、休憩等と顔を合わせる事は必ず有ったのだが、それでも年末の多忙な日々が過ぎ去り……
……ニャー。
お?お前は……【バンシー】か。
……ニャー。
ほら食え。トロいな、それに何故逃げる?礼位言えよ。あとせめて頭を撫でさせろ。
……ニャー。
お前の相方、死んじまったぞ?だから振り返っても誰も居ないんだよ。
ニャー!!
うるさい。それと逃げるなら最初から来るなよ……【サキュバス】を思い出しちまう。
ニャー!!
ほら、さっさと食えよ。そしたらまた明日も来い。そしていつか、掴まえさせろ。
あれから半月が過ぎた。【バンシー】は野良らしく、一切心を開かない。指一本触れさせず、近付けば後退りながら逃げる。実に可愛らしくない。てかいい加減ムカつく奴だ。何故、お前が残った。
明日も仕事だ。【サキュバス】は居ない。
しかし、【バンシー】がやって来て、ニャー、と鳴いたなら……きっと何かやるつもりだ。何も期待はしないが。
飼うとこの何倍も辛いのだろうな、たぶん。猫と犬、どちら?と聞かれたら「両方!!」と今は答える。両極端に卑賎無し。