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ある夜の事

作者: 乾紅太郎

 ある曇った夜の事、彼は一人自転車に乗って自宅への道を軽快に疾走していた。顔に当たる風は心地よく、彼は一時今が夏である事を忘れ、上機嫌でペダルをこいだ。

 自宅への道はここから大きく分けて3つ。一つは真っ直ぐに帰る最短ルート、危なくも無ければ何の面白みも無い道。もう一つは山の方へと迂回して回る道。道は遠回りだがこの季節は蛍の光が道行く人たちを和ませてくれるはずだ。そして最後の道は空への道。こんな事誰に言っても信じてもらえないのだが、彼の自転車は空を飛ぶことができた。

気付いたのは今年の冬の事、雪降り積もる中走る彼の自転車がぬかるみにタイヤを取られ転倒した時、彼が空でも飛べたら、と思ったことがきっかけだった。

 彼は数瞬考えた後、空への道を行く事を決めた。この夜なら誰にも見られる心配は無いし、月を雲の上から見るのも悪くは無い。決断すれば後は実行あるのみ。彼はペダルをこぐ力をさらに強め、自転車のスピードをあげる。するとふいに自転車はゆっくりと宙を浮き始めた。久しぶりの感覚に彼はわくわくする気持ちを押さえつけ冷静に軌道を上へ上へと向けていく。

「もうすぐ雲の上だ」

 雲を突きぬけ彼は地上の人間が見るよりも遥かに大きな月を見た。

「あーあ、このまま月まで行けたらいいのに」

 そう彼が呟いた瞬間、自転車は信じられないスピードで月に到達した。そしてその時を同じくして、彼の体は地上へと帰還した。


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[一言] 着いちゃった……。 いいオチでした。
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