Practice7 ポラリスの夜
最近連日投下してますね。それはスランプの時にちょっとずつ書きためていたものをやっているので、そろそろ尽きてきてます(涙)。改めて最後まで読んでいただけたら幸いです。藤波真夏
Practice7 ポラリスの夜
太陽が沈み、夜になる。
ハジメの連絡を受けて、不在だった七海たちが駆けつけた。そして七海は差し入れにお弁当を持って来てくれ、全員がご馳走にありついた。
「さあ! 本番まで一ヶ月を切った! もう台詞は頭の中だから心配ないし、動きは修正すればなんともない! あとは自信を持つだけだよ! 頑張ろう!」
ハジメが集まった全員に鼓舞するとおーっ! と拳を天に突き上げた。
ハジメの演技指導にも熱が入る。そして、六人の熱意もどんどんと溢れ出る。相互作用が生じているのだ。汗が輝く。まるで青春ドラマの一場面を見ているようだった。
稽古は夜遅くまで続いた。しかし、バスも終電がなくなり完全に帰れなくなるという非常事態が起きてしまった。
これにはハジメも予想外で頭を抱えた。
親御さんになんて説明すれば・・・、と嘆いていると大宙がハジメに言った。
「ここに泊まるっていうのはどうですか?」
「へ?!」
ハジメは上ずった変な声を出してしまった。それを聞いた他の五人も首を横に振るかと思ったが「それいい!」と全員が言った。ハジメは仕方ないなあ、と頭をかいた。弦以外がすべて実家暮らしであるために、各々自分の親に承諾を得るために電話をかけた。
これも熱意による時間ボケのせいだろう。
実家暮らしの人間は全員が親からの了承を得た。
ハジメはなんとか胸をなでおろした。そして、公演の時に六人の家族が来たら全身全霊で礼をしようと心に決めた。すると緊張の糸が切れたのか、大宙のお腹が鳴る。
「あ・・・。腹、減った・・・」
大宙が笑うと、七海はよし、と声を出す。七海はカバンの中からいつも仕事で使っている割烹着を取り出して、着用した。
「私の出番のようね。ハジメ、キッチン借りるよ!」
七海はニッ笑ってキッチンに立った。手伝います、と瑠衣と鈴が声をかけるが今日だけは全部一人でやらせて、と七海は言った。わかりました、と二人は引いた。
しかし、男性陣はそうとはいかなかった。
「男性陣! これから言うものを手分けして買ってきてちょうだい」
「買い物?!」
今すぐ四人はスマートホンなり、メモ帳なりを取り出してリスト作りの準備は満タンだ。七海は買ってきてほしいものを話す。
「合いびき肉、玉ネギ、パン粉、牛乳、卵、サラダ油にマッシュルーム。野菜は人参、ジャガイモ、ブロッコリーね。タレにトマト缶詰、ケチャップ、みりん、コンソメの素、最後にバター。これを手分けして買ってきてちょうだい」
全部をメモし終わり、七海は笑顔でよろしく、と見送った。
一部調味料を抜いた材料を買いに、男性陣四人は手分けをしてスーパーへ向かう。
男性陣が出て行くと残されたのは七海、瑠衣、鈴。
男性陣たちに有無を言わせずに動かす七海に少し圧倒されていた。七海はどうしてそんなに引いてるの? と聞く。
「あの、七海さん。昔ヤンチャしてたとかしませんでした?」
「え?」
七海が目を見開いた。もしかして地雷を踏んでしまったのではないか、とヒヤッとする。しかし、七海は笑った。
「そんなわけないでしょ? 反抗期はあったけど、そんなヤンチャはしてないから安心して」
「なんだ・・・」
鈴と瑠衣は胸をなでおろした。しかし、それだけでは二人の不安は解決しない。
「私、結構年下に懐かれやすいというか・・・、好かれやすいタイプみたいで。まとめ役とか結構やってたの。多分、その影響かな。『姐御』って呼ばれるようにもなったし」
「でも七海さんが姐御って言われるのなんだか分かる気がします」
瑠衣がそう言うと確かにと鈴が笑った。
「なんだか七海さんはチームポラリスのお母さんみたいですね」
「確かに料理は美味しいし、面倒見はいいし。将来、いいお嫁さんになると思いますよ」
瑠衣がそう言った。
七海は大げさだというが二人は「だよねー!」と同意する。少し七海も恥ずかしくて顔を隠す。男性陣のいない束の間の女子トークに三人は心を躍らせた。
一方、男性陣はというと買い物袋を一人一つずつ持って劇場の道を歩いていた。
「七海さんも人使い荒いですね」
「大宙。それ、七海さんの前で言ってみなよ。晩御飯なしだよ」
「・・・そうですね」
前回あった千切りキャベツオンリー騒動を思い出すと、身の毛もよだつ。そして歩く足もだんだんと早くなる。劇場に到着し、レッスンルームの扉を開けた。
「おかえりなさい」
男性陣は七海に買ってきたものを見せると七海は上等、と笑った。
「これで何を作る気ですか?」
夜が聞くと七海は人差し指を自分の唇に当てて笑った。
「出来てからのお楽しみ」
七海は大量の材料を持ってキッチンに向かう。瑠衣と鈴はその顔を見て思った。「やっぱりお母さんだ」と。
七海が料理を開始してから三十分後。キッチンのある方から肉の焼ける香ばしい香りが漂う。きっと美味しいものに違いないと期待が高まった。ハジメを含む六人はレッスンルームを掃除し、テーブルと椅子を出す。
待ちきれない様子がレッスンルームに溢れる。するとレッスンルームの扉が開いた。そこには七海が炊飯器と茶碗を持ってやってきた。
「ご飯できたよ。まずはこれね」
七海は炊飯器を開けた。キラキラに光るご飯を茶碗によそった。それをそれぞれの席に配った。そして、次に持ってきたのは人参、ジャガイモ、ブロッコリーの温野菜だった。それを底の深い皿に盛り付ける。
「さあ。メインディシュだよ」
七海が大きな鍋を持ってレッスンルームへ戻ってきた。今までの比ではないくらいの大きさだ。なんだろう、とその場にいる全員が待っていると七海が蓋を開けた。そこから真っ白な湯気が立ち込める。
「うわああ!」
全員が感嘆の声を上げた。
「お待たせしました。今日のメインディシュ、東七海特製煮込みハンバーグです!」
香ばしい香りに全員の顔が一瞬で笑顔に変わった。
七海の持っている鍋から一人ずつに煮込みハンバーグが渡る。そして温野菜を添えて完成だ。
全員が目の前のご馳走を食べたくて食べたくて仕方ないようにしていると、ハジメが音頭をとる。
「さあ、冷めないうちに食べよう! いただきます!」
「いただきます!」
口に運ぶと広がる旨味。全員が頰を緩ませた。
夕食後、全員が布団の中に入った。
しかし眠れない人物が約二名。七海が劇場の舞台にやってくると、舞台に座っている弦が目に入る。
「弦?」
「ああ、東か」
七海は弦のそばまで歩みを寄せる。弦の首筋をよく見れば、汗が伝っている。そしてほのかに感じる汗の匂い。
「自主練してたでしょ?」
「・・・悪いか?」
「別に。でも、弦は努力家だね。尊敬するよ」
七海はそう言って弦の隣に腰掛けて座った。足を舞台の先に向けてぶらぶらと動かす。七海は手に持っていたタオルを弦の頭にふわりとかぶせた。
「もうすぐ本番だね」
「ああ。そうだな」
二人は静かに客席を見つめていた。その沈黙を七海が破った。
「今回の演目、クレオパトラがなんだか切なく思えてくるんだよね」
「?」
「なんだか気になっちゃってさ、ネットで調べた。世界三大美女として名声を誇り、その美貌を武器に男を手玉に取ってエジプトの女王として君臨していた。だけど、大切な家族と敵対し、命を狙われ、愛する男すら失った。挙げ句の果てには毒蛇に自らの体を噛ませて死ぬ。こんな激しくて切ない人生があるのってくらい・・・」
七海は完全にクレオパトラに心を侵食されている様子だった。
七海にはクレオパトラが時代に翻弄されてしまった悲しい女性という印象を与えたのだった。
「でも、彼女が守り抜いた都は今でも残っている。クレオパトラは立派に役目を遂行したんだと思う」
弦は目を閉じて言った。考えはひとそれぞれ、その言葉を体現するにふさわしい。
すると七海は立ち上がり、弦の手を取る。
「どうした?」
「火がついた。ちょっと私に遊ばれてちょうだい、カイル」
七海の目の色が変わった。弦はすぐにわかる。今目の前にいるのは東七海ではない、クレオパトラだと。
七海が弦の手を引いて舞台の上を縦横無尽に動く。軽やかな動き。洗練された指先。裸足で舞台の上を動き、ズルッと鈍い音がする。床と足の裏が擦れた音がした。しかし、二人は一切の痛みを感じることなく、動き続けた。
「東! 待ってくれ! タイムタイム!」
弦が根を上げる。すると七海は弦の手を離し、軽やかにターンをして振り返った。七海のショートヘアーが浮いて風をつかむ。
「私の勝ち」
七海がニッと笑った。弦はハハッと少し呆れた風に笑った。そして舞台上にしゃがみ込んだ弦に七海は手を差し出す。弦は七海の手を掴んで立ち上がった。
そして二人はがっちりと固い握手を交わした。
その様子を舞台袖で静かに見守るハジメ。安堵したように微笑んだ。そして何事もなかったかのように二人の前へ姿を見せた。
「弦。七海。もう遅いから寝なさい」
「あ、すいません」
「もうそんな時間なの? ごめん」
七海と弦は揃って部屋へ戻っていった。その後ろ姿をハジメは見守った。
かつてはぶつかり合い、どうなることかとヒヤヒヤしていた。しかし、今ではチームポラリスを引っ張る重要な存在になった。
一人残されたハジメはしゃがんで舞台にしゃがんで床を触る。
長い時間と時代を見つめ、様々な夢の世界がこの舞台の上で演じられてきた。この場所にはたくさんの役者たちの息遣いが聞こえてくるようだった。
「あの子達は結構手強いよ。でも絶対に取り込むなよ、舞台の魔物」
ハジメはそう呟いた。
そして劇場に朝日が差し込んだ。
女子部屋ではまだ瑠衣と鈴が寝息を立てていた。しかし、七海だけは布団をたたみ、着替えを済ませると部屋から出て行った。
割烹着をつけると台所で朝食作りをする。数分で台所が美味しい香りでいっぱいになる。
「上出来。さて、次は・・・」
七海はご飯、味噌汁、焼き魚といった定番朝ごはんを準備したのち、割烹着のままで女子部屋へと向かった。
その時、ハジメと鉢合わせる。挨拶を交わすと七海は言った。
「もう朝ごはんはできてる。あとは、寝ているみんなを起こすだけ」
「ありがとう。本当に七海はお母さんみたいだね」
「ハジメまでそんなこと言うの? 恥ずかしい」
七海は笑った。じゃあみんなを起こしてくるからハジメは先に行って待っていてほしい、と言った。ハジメはわかった、と一言口にする。
そして七海は女子部屋へと戻って来た。
七海が出て行った音にも入ってきた音にも一切気付かず、まだ瑠衣と鈴は眠っている。七海は二人の体を揺すった。
「ほ〜ら。瑠衣、鈴。起きて〜、朝よ〜」
少し揺すっていると唸るような声が聞こえて来る。瑠衣はゆっくりと上半身を起こし、目は薄く開けていた。鈴も眠い目をこすり、起き出す。
「ご飯できてるから、レッスンルーム集合ね」
「はぁ〜い」
生返事を返す瑠衣。まるで酒にでも酔ったような返事だ。
女子部屋を後にして七海は男子部屋へ向かった。
七海にはほぼ恥じらいはない。豪快に扉を開け、つかつかと部屋の中へ入る。そして光を遮っていたカーテンを勢い良く開けた。
「うっわ! まぶっ!」
「男子! 朝です! とっとと起きなさい!」
男子の場合、女子二人のように一筋縄ではいかなかった。太陽の光を受けても弦、夜、大宙はまだ夢の中。すやすやと寝息を立てている。
挙げ句の果てにはもうちょっと、と大宙が寝言を漏らしている始末だ。
「ほぉ〜お〜らぁ〜! 起きなさいっ!」
七海が三人の掛け布団をどんどん剥いでいく。少し冷たい空気が男子たちの身を震わせてゆっくりと目を開け出す。
「え?」
男子たちの視界に入ったのは覗き込む七海の顔。
「な、七海さん?!」
「いい加減にしなさい。もうハジメも瑠衣も鈴も起きてるんだよ。朝ごはんできてるから早く起きてきて」
七海はそう言うと男子部屋を出て行った。
残された三人は顔を見合わせた。そして急いで布団を片付け、着替えを始めた。朝の忙しさを表すことに差し支えのない、慌てぶりだ。
「本当に七海さん、オカンみたい」
「急げ! 朝飯が消える!」
男子たちは急いで着替えて朝食の香り漂うレッスンルームへ走って行った。
朝食を食べた後、全員が帰宅をした。稽古は休み。各々で本業があるためにそれを片付けるために家へ戻る。
そして弦も家へ戻ると、固定電話の留守番電話が赤く点滅していた。
ああ、そういえばスマホの電池切れてたんだった・・・。
丸一日家を空けただけでここまで留守電が溜まるのか、と弦は思った。早速録音されたメッセージを聞くために再生ボタンを押して、弦は荷物を降ろして聞き流そうとした。
しかし、その考えはすぐに改まる。
『山崎。久しぶり。以前舞台で一緒になった金子だ。新しい劇団に入って、旗揚げ公演で主演だって聞いた。俺も見に行く、頑張ってくれ。じゃあな』
かつて同じ舞台を踏んだ友人からのメッセージだった。その後のメッセージもほとんどがかつて舞台で共演した人たちからだった。
全員が弦の主演舞台のチケットを購入したという連絡であった。弦は力なくしゃがみ込んだ。嘘だろう? と何度も自問自答をした。
楽しみにしている。
その言葉が弦の心に深く突き刺さったのである。
最後まで読んでいただきありがとうございます。感想&評価等よろしくお願いします。藤波真夏




