Practice6 チームポラリス、街へ
最新話を更新します。最後まで読んでいただければ幸いです。藤波真夏
Practice6 チームポラリス、街へ
翌日。天気は晴天。
七海、大宙以外の四人が劇場に集まった。ハジメの手からフライヤーが手渡された。表には主役と準主役の弦と七海が大きく写っていた。裏へ返せば、キャストビジュアルスナップ、演目の概要が掲載されていた。
どこか恥ずかしい気持ちにもなった。
「今日、七海は店の手伝いで休みだ。大宙は部活で遅刻してくる。大宙には無理せず部活に専念するように伝えてはいるけれど、大宙には必ず劇場に来るように伝えてある。来たら僕から弦に連絡する」
「わかりました」
弦は均等にフライヤーを分けて三人に手渡した。フライヤーに初めて目を通した四人は感嘆の声を上げた。舞台経験者の弦ですらため息が出るほどの出来栄えであった。
「じゃあみんな頼んだよ」
ハジメは四人を送り出した。
四人は二手に分かれて別々の場所に向かった。
鈴と弦のペアは星川町駅前。夜と瑠衣のペアは星川町駅から電車に乗り、隣町の駅前に向かった。
弦と鈴は行き交う人たちにフライヤーを配り始める。
「チームポラリスです! 旗揚げ公演を行います!」
「旗揚げ公演を行います! 是非来てください!」
弦と鈴の声が駅前に響いた。
フライヤーを受け取った人たちは誰もがあの劇場を思い出す。星川町の中に静かに立つ劇場に再び光が灯るその日が近づいてきている。
星川町の人々は心温かく、弦と鈴が持っていたフライヤーはすぐになくなってしまった。出だしは好調だ。チケット販売も開始している。あとはハジメからチケット販売状況を確認するだけだ。
「最初にしては上出来だな」
「そうですか?」
「とりあえず劇場に戻ろうか」
弦と鈴はハジメが待機している劇場前へ戻っていった。
一方、隣町に行った夜と瑠衣も頑張ってフライヤーを配っていく。
「チームポラリスです! よろしくお願いします!」
「旗揚げ公演のフライヤーです! よろしくお願いします!」
星川町並みに受け取る人は少ないものの、少しばかり時間をかけてフライヤーを配っていく。
「瑠衣ちゃん! フライヤーはどう?」
「あと十枚くらい。夜くんはどう?」
「こっちも同じくらい!」
互いに声をかけながらフライヤーを配っていく夜と瑠衣。瑠衣がフライヤーを手にとって見つめた。そんな瑠衣に夜はどうしたの? と声をかけた。
「お客さん来てくれるかなって思ってさ」
「わからないけど、でもフライヤーを配って知ってもらうってことが大事だと思わない? 俺はそう思う」
夜はニッと笑った。しかし瑠衣はまだ心の中に引っかかりを持ったまま、再びフライヤーを配り始めた。
弦と鈴がフライヤーを配り終えて劇場へ戻る途中、東弁当の前に差し掛かった。弦が不意に足を止める。窓には旗揚げ公演のフライヤーが貼られていた。
実際にフライヤーを配って宣伝できない代わりにお店にやってくるお客さんに向けてフライヤーを貼っていた。
弦は少し笑って歩き出した。
すると弦のスマホが鳴り出す。ポケットを探り、取り出すと画面をタップし耳に当てた。どうやら電話らしい。鈴は黙った。
「はい。お久しぶりです。はい、元気です。実は新しい劇団に所属したんです。後で詳細を送るので是非。はい、では」
弦は電話を切った。
「弦さん。誰からだったんですか?」
「前に共演した人だ。元気か? って電話をしてきた」
鈴はへえ、と返す。鈴は弦の横に並んで歩いていたが、チラッと横顔を見た。そこには少し嬉しそうな顔をした弦がいた。すごく珍しい姿に鈴は目を見開いた。思わず、からかいたくなってしまう。
「弦さん、嬉しいんですか?」
「は?」
「電話の後からずっと嬉しそうな顔してるんで。これ、七海さんに伝えときますね!」
「やめろ! 及川!」
追いかける鈴を弦が追いかけるようにして劇場に帰って行った。
鈴と弦が帰ってくるとロビーでハジメが向かい入れてくれた。フライヤーが全部はけたことを伝えるとハジメも安心していた。ハジメはなにをしていたのかというとチケットの売上状況を確認していた。弦と鈴がパソコンを覗き込んだ。
「売上は・・・まあまあってところか」
「これは売れてないってことですか?」
「いや、フライヤーを配ってなかったから低いけど、フライヤー効果がなにかしらあるはずだよ」
だから安心しなさい、とハジメは鈴に言った。
よかったー、と鈴は言った。不意に受付に置かれていた時計を見てギョッとした。鈴はこれから日雇いのアルバイトがあると言い出した。フライヤー配りに夢中ですっかり忘れていたという。
ハジメはそれは大変だからすぐに行くように促した。鈴は慌てて劇場を出て行った。
その後ろ姿を弦がため息混じりに見送った。ハジメはなんとなくではあるが実感していた。もうあの頃の弦ではない、と。
そして鈴と入れ違いに夜と瑠衣も帰ってきた。持って行ったフライヤーは全部なくなっていた。これによりチケット売上にも期待はかかる。
「隣の駅、なかなか受け取ってくれなかったんです。大苦戦でした」
夜がそう口火を切ると、瑠衣も同意してうんうんと首を縦に振った。星川町駅では受け取る人が大半だった。隣では違う反応なのか、とハジメは思った。
「そういえば鈴は?」
瑠衣が見渡す。弦が今度は口を開いた。
「日雇いバイト入れてたのすっかり忘れてたんだと。だから大急ぎで出て行ったよ」
「高校生なのに大変ですね。鈴ちゃん、あれでも最年少ですから」
夜がそう言い出した途端、弦はフライヤー配りの際に見た鈴のエピソードを話し出した。
「及川のやつ、フライヤー配る時の目がガチなんだよ」
「が、ガチ?」
その場にいなかった、ハジメたちは弦がなにを言っているのか見当がつかない。弦は話し始める。
「もうあれは押し売りに近いんじゃないか、と思ったが、言葉たくみに操ってフライヤーを配っていた。もはやあれは悪徳商法だ」
「別に報酬金がもらえるわけじゃないのに、好きだね〜」
ハジメは笑った。
するとパソコンから通知音が聞こえてきた。ピピピ! とけたたましい音。それを聞いた夜はなんだろう? と近づく。
「宮原さん。変なところいじってませんよね?」
「そんなことしてないよ! 僕はいじってないし!」
その場にいる三人全員がハジメに嫌疑をかける。ハジメが機械音痴であることはもう劇団員六人全員が知っていることだ。ハジメは決して違う、と無実を主張するが説得力は全くない。
そこで三人が受付にあるパソコンの画面を覗き込んだ。するとエラー音ではなくお知らせを告げる通知音だった。なんだ、エラーじゃないじゃん、と夜が言うとハジメも安堵の吐息を漏らした。
「じゃあ、何の通知かな?」
瑠衣がそう聞くと、弦が通知欄をクリックする。すると、チケット売上のページが出てくる。それを見て三人が悲鳴を上げた。そしてすぐさまハジメを呼ぶ。
ハジメが画面を覗き込むと、ハジメも驚きを隠せなかった。つい三十分前まで平衡性を保っていた売上グラフが一気に上がったのだ。チケット予約をした人が一気に増えたのだ。
「宮原さん、これって・・・」
「フライヤー効果、こんなに早く出るとは・・・」
その場の全員が驚きのあまり凍りついている。嬉しいはずなのによくわからない。
「桜田、綾瀬。こんなに見にきたいって人がいるんだ。今日の夜は少し稽古してくぞ」
弦がそう言うと、二人は頷いた。ハジメもその意欲を買い、現在不在の三人にはこちらから連絡をするように約束をした。
午後になり、七海は弁当屋の仕事がひと段落して店先で冷たいお茶を飲んでいた。ぷはあっ! と豪快に声を上げるとポケットに入れていたスマートホンが鳴り出す。スマートホンの液晶画面に映し出されたのは「ハジメ」の文字。
どうしたんだろう?
七海は半信半疑でスマートホンの応答部分をフリックし、耳に当てた。
「もしもし?」
『七海か? 今、大丈夫?』
「大丈夫だけど、どうしたの? ハジメから電話だなんて、何かあった?」
『まずは嬉しい報告だよ。チケット売上が一気に上昇したんだ。計算上ではあの劇場の半分は埋まっている』
「本当?!」
ハジメからの報告は七海すらも有頂天にさせてしまう。七海は思わずガッツポーズをしてしまった。ハジメも電話口から七海の嬉しそうな声が伝わってきた。
『それで今日の夜に稽古をしようと思うんだ。疲れていると思うし、無理はさせたくないんだけど、七海はどう思う?』
ハジメからの提案。ハジメは七海が無理をしてでも来るかもしれない、と懸念し、「無理はするな」と楔を打ち込んだ。七海はもう答えは決まっていた。
「わかった。少し片付けしてから向かうわ」
『わかった。でも本当に大丈夫?』
「大丈夫。ハジメは心配性だな〜。準備するからもう切るね」
七海はそう言って電話を切った。七海は胸の高鳴りが止まらなかった。七海は急いで家の中に戻った。弁当を買いに来たお客さんたちに旗揚げ公演のフライヤーを渡していた七海。たくさんあったフライヤーはすっかりなくなっていた。
七海は急いで準備をして、弁当屋を勢い良く出て行った。
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